瀬里奈も悠真も黙っていた。莉々花が見回しても、目を合わせる人はいなかった。「違うの。私は、ただ」 莉々花の声が上ずる。「俺に近づけなかったから、有馬悠真さんを選んだのか」 悠真の顔が強張った。 莉々花は振り返らない。「何もしなかったら、私には何も来なかったんだもの。お姉様は最初から持ってた。指輪も、名前も、あなたの記憶も」 久我山がペンを置いた。 録音機の秒表示だけが進む。 莉々花はもう一歩近づき、征臣の袖を掴んだ。整えられた爪が黒い布へ食い込む。 征臣は布を掴む指を外し、腕を下ろした。「俺が好きなのは澪だ。君の望む返事はできない」 涙が落ちた。 父、瀬里奈、悠真へ順に目を向けても、誰も動かない。 昔の癖が胸の奥で動いた。 助けなければ。私が引かなければ。 その前に、一歩だけ後ろへ下がる。 掌へ爪が当たり、白い跡が四つ残った。 莉々花は反射的に悠真の袖へすがる。「悠真さん、違うの。選ばれたかっただけで」 悠真は、掴まれた布を見下ろした。「征臣様」 もう一度呼ぶ。 征臣は振り向かず、出口を見たままだった。 数秒後、低い声が落ちる。「悠真さんの袖を掴んだまま、俺に何を言わせたい」 莉々花の指がさらに強く布を歪ませた。「そんな言い方、ひどい」 会場スタッフが水を持って近づいたが、莉々花は腕を振って拒んだ。紙コップが傾き、水が床へ細くこぼれる。誰かがすぐ拭こうとし、久我山が録音を一時停止すると告げた。 録音の赤い表示が消えても、莉々花の泣き声は変わらなかった。濡れた袖を握ったまま、誰かが口を開くのを待っている。「お姉様なら、分かるでしょう」 私へ向けた声が小さくなる。「分かるよ」 答えた自分の声に、昔の癖が混じっていた。「でも、だからって……私がまた代わるのは違う」 喉が痛んだ。もう一度慰めれば、莉々花は少し泣きやむかもしれな
Last Updated : 2026-10-06 Read more