名前を呼ばれても、昔みたいに胸は動かなかった。 ただ、少し疲れた。 「君なら分かってくれると思った。白鳥家も、有馬家も、今崩すわけにはいかない。莉々花はまだ若くて、不安定で……」 「私も、二十二歳でした」 悠真の口が閉じた。 「私が黙っていれば、あれも全部『仕方なかった』で済んだんですか」 返事はなかった。 「そういう意味で言ったんじゃない」 「じゃあ、何だったんですか」 会議室の空調が、低く鳴っている。 悠真は答えなかった。征臣も口を挟まなかった。 私はバッグから、新聞社の出資資料を出した。莉々花と瀬里奈と悠真の名前に、細い付箋が貼ってある。 「……また『知らなかった』ですか」 悠真の視線が、付箋の一つで止まった。 莉々花の名前だ。 紙の上で、彼の指が初めて震えた。 「莉々花さんが、情報提供者?」 悠真の声は、思っていたより小さかった。 否定でも、怒りでもない。手に持っていたものを落としかけた人の声だった。 「まだ決まってません。だから、残っているものを確かめます」 そう言いながら、紙を一枚めくる。 候補、という言葉は便利だ。責任をぼかすのに使える。だから、私はその便利さに逃げないよう、資料の端を指で押さえた。 「ただ、記事に出た母の遺品名を知っていた人は限られます。白鳥家の中でも、母の部屋に出入りできた人」 「莉々花は……」 悠真は何かを言おうとして、視線を落とした。 「彼女は、君と仲直りしたがっていただけだ。そう聞いていた」 「悠真さん」 「本当なんだ。僕には……そう言ってた」 「あなたの前では、ずっとそうだったんですね」 返した瞬間、悠真の顔から血の気が少し引いた。 可哀想だとは思わなかった。けれど、痛くないわけでもない。私が何年も見なかったものを、彼もいま初めて見ている。 莉々花の泣き顔には、いつも決まった角度がある。 袖を掴む強さを知っている。 誰の前で、どの声を出せばいいかを知っている。 知らないふりをしていたのは、私だけではなかったらしい。 「澪、僕は」 「今は謝らないでください。先に記事を止めて」 「止める。……必ず止める」 「記事だけじゃないです」 悠真が顔を上げた。 私は画面の〈有馬関係者〉を指で示した。 「誰が言った
Zuletzt aktualisiert : 2026-07-23 Mehr lesen