銀座の夜は、欲望を隠すように暗く、底知れなく眩い。 高級会員制クラブ『club Estrella』。ミッドナイトブルーの絨毯と、滝のようなクリスタルシャンデリアが頭上で煌めく。 キャストの一人が合図を送る。 それを見た白鳥凜は、足音を殺して素早く駆け回った。 装飾のない地味な黒のパンツスーツに身を包み、ただ床を這い回る影になる。それが、凜の仕事だった。 美容院に行くお金を惜しんで伸び切った黒髪を後ろで無造作に纏め、客の落とした灰を拾い、汚れたグラスを黙々と下げる。 頭上で眩く輝くシャンデリアを見上げる余裕さえない。かつて名家の令嬢であったはずの凜は、今やこの華やかな世界の底辺で、ただ床を這い回る影でしかなかった。 だが、今夜は事情が違った。 人気キャストの玲奈が、急な体調不良を理由に欠勤したのだが、なぜか「代役には、裏方の凜を」と店長に名指しで頼んできたらしい。「なぁ、凜。玲奈の強い希望なんだよ。今夜だけキャストとして入ってくれ」 店長が凜の前に両手を合わせ、大袈裟なまでに頭を下げる。『その顔なら客取れるって』 凜が『club Estrella』に入店した頃から、玲奈が幾度となく冗談めかして言っていた言葉が頭を過ぎる。――もしかして、本気で言ってたんやろか……。 断ることはできる。いつも通りホールスタッフをすればいい。 けれど、今月は足りない。臨時の出費が、まだ埋まっていなかった。「……やります」 絞り出した声は、思った以上に掠れた。「……お酒のお相手や、会話はさせていただきます。でも、それ以上のこと……身体を売るような真似は絶対にしません」 凜が真面目な顔で話した内容に、店長は苦笑しながら大きく頷く。「分かってるって。お前のそ
Última atualização : 2026-07-04 Ler mais