『club Estrella』のVIPルーム内、凜と理玖の間に、緊迫した空気が漂っていた。 幸い、山下はほどよく酔いが回っているようだった。彩との会話に夢中で、途切れることなく話し続けている。 左側で上がる笑い声が、耳の中でくぐもったノイズになって反響し、凜は身体をぴくりと震わせた。 だが、彩はときおり、睨むような眼差しを送ってくる。 凜は慌てて話題を振る。「黒瀬様はお仕事、何やってらっしゃるんですか?」「IT」「……凄いですね!」 引き攣った表情を無理矢理に崩して、大げさに手を叩いてみたが、返事はない。「そ、そう言えば、この前ニュースでハッキング被害について話してました。やっぱり、ああいうのって大変なんでしょうね」 理玖は一瞬眉を顰めたが、何も答えない。――どうしよう……。玲奈も店長も、私に任せてくれたのに……。 必死に話題を探そうとする凜を見ることもなく、ただ一人でグラスを傾けている。 やがて凜の話題の引き出しが尽き、二人の間に沈黙が漂った。 凜は理玖の服装を盗み見る。漆黒を思わせるスーツは、室内のわずかな光を吸い込むような、しっとりと深い艶を纏っている。 身体の動きに寸分違わず追従するそのシルエットは、一目で特注品だと分かる。 丁寧にアイロンが当てられたシャツの襟元、隙のないネクタイの結び目。 隣に座る自分の借り物のドレスの生地が、まるで汚れ物のように思えて指先を丸めた。 その様子を見かねた彩が、凜に合図を送った。場所を変われということだ。「私、お手洗い失礼します」 そう言って凜は席を立つ。 VIPルームの引き戸を閉め、廊下の壁にもたれかかるようにして大きく息を吐く。 息が詰まりそうだった。 理玖が言い放った『赤の他人
最終更新日 : 2026-07-04 続きを読む