All Chapters of 冷酷CEOは没落した初恋相手を逃がさない~8年越しの誤解から始まる、愛憎の契約結婚~: Chapter 31 - Chapter 38

38 Chapters

第三十二話 理玖side 金の行方

 六本木にあるビルの最上階、『Kurose Web Security』本社。 数日振りに出社した、代表取締役CEOである理玖は、広大な社長室の革張りの椅子に深く腰掛け、PCモニターを睨み付けていた。 キーボードを力任せに叩く音だけが反響する。『もう一度、club Estrellaで働かせてください』 一時間前、自宅のリビングで凜の放った言葉が、頭の中にこびり付いて離れない。 理玖は舌打ち混じりに、エンターキーを強く押し込んだ。乾いた音が、やけに耳障りに残る。「……ふざけるな」 低く、地を這うような呟きが漏れる。――金なら俺が出すと言っているのに。凜の父親の莫大な治療費も、溜まりに溜まった借金も、生活費すらも、全て俺が肩代わりしてやるというのに。――これ以上、一体何が不満なんや。「……よりによって、クラブに戻るやと?」 机の下で、右足が小刻みに床を打ち始める。 理玖はネクタイを乱暴に緩め、深く息を吐き出し、目を閉じた。 凜が他の男に笑いかけ、酒を注ぐ。 あの夜の光景が蘇るだけで、胃の腑が焼けるようだった。「そんなこと、俺が許すわけないやろが……!」 机を拳で強く打ち付けた。「何かトラブルでもありましたか?」 その声に、理玖ははっと我に帰る。 いつの間にか入室し、デスクの前に立っていたのは、秘書の高遠希美だった。「ノックしろと、言ってあっただろう」 理玖の声がかすかに上擦る。「何度もノックしましたが、社長が唸っていらっしゃったので」 希美は理玖の様子を気にも介さず、淡々と告げた。 理玖は小さく舌を打った。「それで、一体何の用だ」「お休みになられていた間の、書類の確認をお願いします」 希美はそう言いながら、分厚いファイルを机の上に置い
last updateLast Updated : 2026-08-11
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第三十三話 消されたメッセージ

 理玖のマンションに取り残された凜は、落ち着きなくリビングを歩き回っていた。 銀行の預金管理アプリを開き、今月の収入を何度も計算し直す。 けれど何度計算し直しても、大雅が要求してきた五十万円には到底足りそうもない。――どうしよう……。 左手の親指の爪を無意識に噛んでいた。がりっと硬質な音がして、爪が欠けた。――自分で稼ぐ手段がないなら、誰かに頼るとか……。 真っ先に思い浮かんだのは、玲奈だった。『club Estrella』の中で、唯一親しい先輩だった。――彼女なら、きっと幾分かの貯金があるはずだ。理由を話して頼み込めば、いくらか貸してくれるかもしれない。――それでも足りない分は、菜央に……。 そこまで考えた瞬間、自分の浅ましさに吐き気がした。両手で自分の頬を強く叩く。 左耳の奥で、きぃん、と耳鳴りが響いた。――返す当てなんか、ないやんか……! そんなん、あいつらと一緒や……。 赤く染まった頬が、じんと熱も持つ。「やっぱり、出ていこう……」 ぽつりと零した言葉は、大理石の床に染みて、消えた。――もとの部屋の荷物も纏めて、それから……。行く当てなんてない。それでも、ここにいたら理玖まで巻き込んでまう。――これ以上、誰かに迷惑をかけるくらいなら。もう、これしか……。 凜は薬指から指輪を外し、ローテーブルの上に置いた。金属とガラスの触れる乾いた音が、なぜか指先に纏わり付く。 凜は、スマートフォンの大雅とのやり取りの履歴を全て削除し、大雅をブロックした。 万が一、理玖にロックを外されても、内容を知られないように。 そして、指輪の横に電源をつけたまま置く。――これで、
last updateLast Updated : 2026-08-12
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第三十四話 消えない履歴

「履歴を消した程度で、この俺から隠し通せると思ったら大間違いだ」 理玖は自信に満ちた表情でそう言うと、書斎からノートパソコンを持ってきた。「どのアプリだ?」 凜がぽつりとアプリ名を答えると、理玖はスマートフォンとノートパソコンをケーブルで繋いだ。「端末内の通知履歴とバックアップ領域を確認する。完全に消えていなければ、相手の文面だけでも拾える」「……どういうことですか?」「履歴を消しても、痕跡まで消えるとは限らない」 理玖は素早くキーボードを叩き始めた。 フォルダが次々と開かれ、黒いウインドウに見慣れない英数字が流れていく。 画面が目まぐるしく切り替わっても、凜には何をしているのか全く理解できなかった。「やはりな。削除フラグを立てただけで、実体は残ったままだ」 理玖が乾いた息を吐き、エンターキーを強く押し込んだ。 その瞬間、黒い画面に白い文字列が、滝のように高速で流れ出した。 数秒をかけて、ようやく画面が静止する。 理玖はその画面をわずかにスクロールバックして、食い入るように見つめる。 凜ははっと息を呑んだ。 消したはずの大雅とのメッセージのやり取りが、そこに並んでいたのだ。「なんで……」「俺の会社は、ネットワークのデータ解析と情報セキュリティが専門なんだぞ。このぐらい造作もない」 思わず零した凜の言葉に、理玖は振り返りもせずに乾いた言葉を返す。「すごい……!」 それは、心の奥底から漏れた、凜の本心そのものだった。 だが、口にしてようやく我に返る。――全部見られてまう。「ねえ、ちょっと止めて……!」 凜は、理玖の腕を摑んでノートパソコンから引き剥がそうとしたが、びくともしない。「止めない。今見なければ、またお前は一人で抱え込むだろ」 凜は口籠る。「『
last updateLast Updated : 2026-08-15
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第三十五話 理玖side 祝福の仮面

 理玖が『Kurose Web Security』本社へ戻ると、秘書室の空気はいつもよりわずかに張り詰めていた。「社長、応接室にお通ししています」 高遠希美の声はいつも通り淡々としていたが、その目だけがわずかに険しい。「名前は」「堂島電気株式会社、堂島尊様です」 ――堂島。 どこかで聞いた名だと、理玖は思った。 だが、その記憶は雨音の向こうに沈んだように、すぐには形を結ばなかった。――それよりも、だ。 堂島電気の次期社長候補が、このタイミングでわざわざ足を運んできた。――ただの祝辞で済むはずがない。「……敵情視察、か」 理玖の言葉に、普段から冷静さを崩さない希美がぴくりと眉を動かした。「その側面もあるでしょう」 希美が声を抑えて言った。「構わない。向こうがその気なら、相手をするだけだ」 理玖はネクタイを正し、応接室へ向かう。「大変お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」 理玖は平静を崩さず、小さく会釈する。「いやいや。こちらこそ、突然押しかけてしまって申し訳ない。若い社長はお忙しいだろうからね」 応接室の中央で立ち上がった男は、理玖より一回り以上年上に見えた。 整えられたオールバックの髪は、照明を受けて不自然なほど艶めいている。 高級なスリーピーススーツ。金の時計。金のカフス。一目で金をかけていると分かる装いが、理玖にはどこか下品に映った。「こちらは白川ホールディングスのご令嬢、白川紗夜さんです」 尊の紹介に、アイボリーのスーツを纏った女が静かに頭を下げる。 尊とは対照的に、余計な装飾をほとんど身につけていない。 だが、その視線だけは、応接室に入ってきた理玖を値踏みするように冷静だった。「まずは黒瀬社長の結婚にお祝いを言わせてくれ」 そう言って、尊は小包を取り出す。 理玖が受け取ると、小包
last updateLast Updated : 2026-08-16
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第三十六話 温かすぎる手

 その夜、凜と理玖はリビングのソファに並んで座っていた。「五十万、お前の口座に入れておいた。必要ならすぐ動かせる」 理玖はスマートフォンの画面を開き、ローテーブルの上に置いた。 画面には、凜の口座へ五十万円を送金した履歴が残っていた。 だが、凜は手を伸ばすことができなかった。「ありがとうございます。でもやっぱり、私、返す当てなんかないから……」 凜は膝の上で両手をぎゅっと握り締めた。 理玖が小さく息を吐き出す。「あのな、昼間も言っただろ。俺達は夫婦だろうが。これは、必要経費だ」 理玖に視線を送ってみても、相変わらず目は合わない。「これで義弟の分は足りるだろ」「けど、一回渡したら……」「ああ、また催促してくるだろうな」「だったら……!」「払うのは一度だけだ。これで引かないなら、別の手を使う」 その声は、凜へ向けたものではないと分かるほど、ひどく冷たかった。「別の手って?」「一つ確認なんだが、なんでお前が仕送りやら、義弟の小遣いの面倒まで見なきゃならん?」「そ、それは……」「父親を守りたかったんだろ?」 凜は俯いて、小さく頷く。「なら、父親の居場所をあいつらから切り離せばいい。別の病院に移す方法もある。必要なら、日本の外だって選択肢に入る」「でも、それだと……」「金か? それともお見舞いの心配か? どっちも心配するな。俺も、別に日本に居続ける必要はない。KWSは海外顧客の方が多いんだ。どこにいても回せる」 理玖の言葉に、迷いは一切なかった。 凜は返す言葉を失った。――そんなこと……。 できるわけない。 顔を上げ、否定しようとした。 けれど、理玖の眼差しに言葉を失った。 切れ長の目が
last updateLast Updated : 2026-08-17
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第三十七話 湯気の向こうの名前

 凜は薄明かりの中で目を覚ました。 いつの間にかベッドに寝かされ、薄い掛け布団までかけられていた。 まだ腫れぼったい瞼を擦ると、指先に触れた髪がごわついている。――いつの間に寝てしもたんやろ。 昨夜の記憶がゆっくりと蘇ってくる。――せや、理玖が五十万円用意してくれて、それで……。 再び目頭が熱くなった。――ちゃんとお礼言わないと。――いつまでも、泣いてばかりいられへん。 小さく首を振って、隣で寝息を立てている理玖を見た。 昨夜、何も言わずに背中をさすってくれた手の温度が、まだ残っている。 今更になって、ようやく彼が傍にいることの実感が湧いてくる。 昨日の朝から着たままのパジャマから、自分の汗の臭いが漂っている気がした。――お風呂、入ろう。 音を立てぬよう、そっとベッドから抜け出す。 リビングの窓からは、ビルの稜線を越えた朝日が東京の街を照らし始めている。――ちょっとだけ。 凜の背丈よりも大きな二重窓に手を掛け、バルコニーへ出た。 まだ暖まりきらない風が、髪を静かに揺らした。 八年の間に、夜の街で染みついたアルコールと下水の臭いも、この高さまでは届かない。 凜は背筋を伸ばし、胸一杯に空気を吸い込んだ。――東京にも、こんな風が吹くんや。 しばらく眼下に広がる東京の街を眺めていた。 まだ眠りから醒めきらない街が、薄い灰色を纏って広がっている。 朝日に縁だけを灼かれた高層ビルの硝子が、淡い金色に滲んでいた。 遥か遠くで響いたクラクションの音に、はっとした。 後ろ髪を引かれる思いでリビングに戻る。 着替えを手に脱衣所へ向かい、着ていたパジャマを小さく畳んで洗濯籠に入れた。 壁際のパネルで回収依頼のボタンを押すと、専用スタッフが洗濯物を回収し、夕方には仕上げて戻してくれる。
last updateLast Updated : 2026-08-18
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第三十八話 肉じゃがの匂い

「堂島電気のパーティーに夫婦で招待されている」 理玖のその言葉に、凜の指先から熱が引いた。「……堂島」 名前を小さく口にした途端、左耳の奥できん、と細い音が鳴った。 あの男の名前が脳裏に蘇った。――堂島尊。 咄嗟に俯いて、耳を押さえる。「相手は仕事の一環だと言ってきた。顔を出すだけでいい。長居するつもりはない」 理玖はそこで言葉を切った。 凜の異変に気付いたらしい。「凜。無理なら断る」 理玖が肩を支えるようにして顔を覗き込む。――仕事って言ってた。断らせたら、迷惑かけてまう……。――大丈夫。あの人だって、あの日のことを表に出したいわけない。――あんなこと、忘れたことにしたいはずや。あの人だって。きっと。 だから、何も起きない。 理玖に迷惑をかけることも、きっとない。 そう自分に言い聞かせても、左耳の奥で鳴る音だけは消えない。「う、ううん。大丈夫。理玖の仕事関係の人に会うんやと思ったら、ちょっと緊張しただけ……」 凜は精一杯の笑顔を貼り付けて答えた。「何か隠してないか?」「そんなことないよ。本当に緊張してるだけ……」 理玖はなおも訝しげな顔をしていたが、小さく息を吐いて表情を緩める。「そこまで言うなら、これ以上聞かない。だが、今後も似たような場はある。無理なら、先に言え」 凜は小さく頷き、朝食の食パンに手を伸ばす。 さっきまで細く立っていた湯気は、もう消えていた。 食器を片付け、定食屋へ向かう。 それでも頭の中は堂島尊のことでいっぱいだった。 見ているだけで硬さを感じさせるほど糊の効いたシャツ。 見せびらかすような金の時計とカフス。 オールバックに固められた髪からは、ポマードの匂いがきつく漂っていた。
last updateLast Updated : 2026-08-19
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第三十九話 俺の傍にいろ

 翌朝目を覚ますと、隣に理玖の姿はなかった。 凜がリビングに出ると、理玖はすでにソファに座り、タブレットを操作していた。 ローテーブルの上には、湯気の立つコーヒーが二つ並んでいる。「良さそうなものをピックアップしておいた。好きなのを選べ」「え……?」 理玖がタブレットを差し出してくる。 画面には、いくつものダイニングテーブルの写真が並んでいた。「昨日、飯を食べるにはローテーブルは低すぎるって、お前も思っただろ」「……うん」 理玖のことだから、きっと値札を見るだけで息が止まるようなものばかりに違いない。 そう思うと、頷くのにも少し勇気がいった。「ちょうどいい機会だ。テーブルを買うのも、悪くないと思ってな」 凜は改めてタブレットに視線を落とす。 ナチュラルな木製のもの。 白を基調として、流線型の金属フレームが組み合わされたもの。 天板を支える脚が複雑に組み合わされたもの。 だが、どれも金額が書かれていなかった。「あの、値段が……」「値段を見たら、お前は一番安いものを選ぼうとするだろ」「……選んだら、それを買うん?」「買う」「そんな簡単に……」「簡単だろ。必要なものを買うだけだ」 どうせ値段の目星なんてつかない。 凜はリビングを見渡した。 白い壁に黒革のソファ。全ての家具がモノトーンに揃えられ、統一感はあるが、あまりに無機質だ。 凜はタブレットの画面をリビングに重ねるように掲げ、そこに置かれた姿を想像した。「……これ」 明るい木目で、脚は黒。装飾も少なく、デザインも凝っていないように見えるダイニングテーブルを指差した。「この写真だけでそれを選ぶか。やはり、ものを見る目はあるな」「えっ&he
last updateLast Updated : 2026-08-21
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