理玖のスポーツEVが地下駐車場を出たとき、陽はまだ傾き始めたばかりだった。 マンションの曲がり角を曲がったところで目の前の信号が赤に変わる。 ブレーキを力任せに踏み込んだ。車が甲高い音を上げて止まる。 理玖はカーナビを操作しようとして、伸ばしかけた腕を引っ込める。 行く宛などなかった。――会社に顔を出したところで、仕事なんかできるか。 信号待ちがやけに長く感じられる。ハンドルを指先で叩く。 理玖は舌を打った。視線は道路を見ているはずなのに、網膜に張り付いた凜の表情が離れない。 自分を見る潤んだ瞳と、震える肩。「なんで、お前が泣くんだよ……」 理玖はハンドルを拳で強く殴り付け、唇を噛み締めた。胸の奥が、痛いほどに軋む。 信号が青に変わった瞬間、アクセルを踏み込んだ。モーターが低い唸りを響かせ、車が滑るように加速する。 気付けば、車は首都高に乗っていた。 行き先を決めたわけではない。ただ、マンションから遠ざかりたかった。 東京タワーを横目に、レインボーブリッジを渡る。 夕方の湾岸線は鈍く光り、薄く開けた窓から潮風が流れ込んできた。 お台場海浜公園の駐車場で車を停める。 理玖はすぐに車を降りず、車内で音楽をかけた。高校時代から好きなバンドグループ。 懐かしい曲が車内を満たす。 シートを倒して目を閉じる。車内に入り込んだ潮風が、鼻先を擽った。 次に瞼を開いたとき、フロントガラスの向こうの空はオレンジ色に染まっていた。 カーナビに表示された時計へ目を落とすと、間もなく午後五時半を回ろうとしている。 ほんのわずかに仮眠を取るつもりだったが、思っていたよりも寝ていたらしい。 喉の渇きを覚え、車を降りて自動販売機で缶コーヒーを買った。 太陽はまさに沈む直前だった。東京湾が夕陽を反射し、煌めいている。――今度は、二人で来るのもいいな。
Last Updated : 2026-07-29 Read more