All Chapters of 夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった: Chapter 181 - Chapter 190

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第181話

「ただし、どう言い繕うかは自分で考えて。できないなら、あなたがしてきたことは全部、法に裁いてもらうわ」「紗和、待ちなさい!紗和!」取り乱した莉乃の叫び声も、扉が閉まるとすぐに遠ざかっていった。莉乃は本気で焦っていた。自分が用意したアロマに、どれほど強く反応するかをよく知っていたからだ。以前、怜央と一緒にいたときに使ったものと同じだった。そのときも、自分で耐えられなくなるほど強く作用した。すでに薬は莉乃の体に回り始めていた。全身を無数の虫が這い回るようで、力が抜け、耐え難い痒みと熱に襲われる。苦しくてたまらない。ここから逃げ出したくても動けず、助けを呼ぶ力さえ残っていなかった。自分で用意した薬に、自分が蝕まれていた。そのとき、グランシエル・クラブの廊下から、騒がしい足音が聞こえてきた。絵里香が、酒を飲んだ遊び人の御曹司を6、7人も連れてきたのだ。いずれも界隈では悪名高く、女遊びを繰り返す節操のない男たちだった。期待を膨らませた男たちは、絵里香にしきりに尋ねた。「さっき入っていったすげえ美人が、俺たちと遊びたいって話だったよな。どこにいる?」絵里香は口元を隠し、くすくす笑った。莉乃から指定されていた部屋を指さし、カードキーで扉を開けると、男たちを中へ押し入れた。「ベッドで待っているわ。みんな、思う存分楽しんでね!」そう言って勢いよく扉を閉めた。廊下に残った絵里香は、得意げな笑みを抑えきれなかった。紗和を踏みにじり、泥の中へ突き落とせるなら、これほど愉快なことはない。以前、怜央から「お前なんか紗和の足元にも及ばない」と吐き捨てるように言われたことを、絵里香は今も忘れていなかった。その屈辱と恨みは、何年もの間、胸の奥で燻り続けていた。なぜ紗和だけが名家に嫁ぎ、自分はあれほど策を巡らせても、まともな家の後継者と付き合うことすらできないのか。莉乃の計画を聞いた瞬間、絵里香は自ら進んで手を貸した。男たちも、莉乃に頼まれて集めた者だった。浮かれた男たちが部屋へ入ると、ベッドに横たわる女が目に入った。婚約パーティー用のホルターネックドレスを、まだ身につけている。横たわっているのが今夜の主役だと気づき、全員の表情が変わった。「どういうことだ?」男たちは莉乃を取り囲み、縛られた両手
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第182話

外の風に当たり、一刻も早く頭を冷やしたかった。エレベーターの扉が開くなり飛び出した紗和は、硬い胸板にぶつかった。「うっ……ごめんなさい」「紗和?」聞き覚えのある声だった。長い間捜していた相手をようやく見つけたような喜びが、わずかににじんでいる。顔を上げると、そこにいたのは端正な顔立ちの伊織だった。紗和の意識が少しだけはっきりした。「白河社長……」伊織は眉を寄せた。「前は、伊織さんと呼んでいただろう?」「伊織さん」言い直すと、伊織は穏やかに笑った。「今日は御堂くんの婚約パーティーだろう。紗和が何か思い詰めていないか心配で、様子を見に来たんだ。さっき人に聞いたら、君がエレベーターに乗ったというから追ってきたんだ」だがすぐに、紗和の顔色がおかしいことに気づいた。「紗和、どうした?顔がひどく赤い……」そう言われると、自分でも体がおかしいのがはっきりと分かった。まずい。まさか、結局薬が効いてしまったのだろうか。体が熱く、苦しい。今すぐ水が飲みたかった。「大丈夫。伊織さん、心配してくれてありがとう。もう帰るわ。またね」急いで立ち去ろうとした紗和の腕を、伊織がとっさにつかんだ。「紗和、どう見ても様子がおかしい。その状態で帰るのは危ない」紗和は慌てて手を振りほどいた。「本当に大丈夫。白河社長、外で人が待っているの」「すまない。焦ってしまった」伊織はすぐに手を離した。いつもどおり物腰の柔らかな紳士であり、大学で教鞭を執る優秀な教授でもある。「私が取ってある部屋で少し休まないか?足元もふらついている。このままでは、階段を踏み外してまた怪我をするかもしれない」また転んで怪我をするかもしれない。その言葉に不安を覚えたが、もう少しでここから抜け出せるのだ。伊織に迷惑をかけたくもなかった。「大丈夫。伊織さん、もう遅いし、二人きりで同じ部屋に入るのはよくないわ」紗和は越えてはならない一線をわきまえていた。だが、その一言で伊織の目にわずかな冷たさが生まれた。「もう離婚するんだろう。そんなことを気にする必要はない」紗和は戸惑った。「どうして……知っているの?」伊織は説明せず、黒い瞳で静かに見つめるだけだった。紗和も深く疑いはしなかった。怜央が自分を捨て、莉乃との結婚
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第183話

次の瞬間、ドンッという轟音が響いた。伊織は驚いて振り返った。扉が強引に破られ、数人のボディーガードが入ってきた。その視線は、ベッドの紗和へまっすぐ向けられていた。伊織が立ち上がろうとした瞬間、一人に殴り倒された。別の者たちは紗和をシーツで丁寧に包み、そのまま素早く連れ出した。紗和はグランシエル・クラブの外へ運ばれた。正面には高級車が停まり、特注の白いスーツをまとった気品ある男が後部座席にいた。扉が開かれると、熱に浮かされた紗和がその胸に身を寄せてきた。視界も意識もぼやけ、体の熱さに耐えられない。今の紗和には、少しでも冷たい場所へ身を寄せたいという思いしかなかった。征臣は、雪のように白いスーツをまとっていた。本人も冷気をまとっているかのように冷ややかなため、紗和はひたすらその胸にすがりついた。征臣は力の入らない紗和の腰を支え、腕の中の顔を見下ろした。車はすでにクラブを離れていた。紗和の頬は赤く上気し、体にはまるで力がない。髪が頬に張りつき、額から汗が次々とこぼれている。明らかに普通の状態ではなかった。赤い唇が開き、半ば閉じた瞳は焦点を失っている。熱い息とともに、何かを繰り返し呟いていた。征臣の冷淡な目が、わずかに揺れた。顔を寄せて唇に耳を近づけると、かすかな声が聞こえた。「水……お水……」征臣はそばにあったボトルを開け、差し出した。紗和はすぐに顔を上げ、むさぼるように飲み始めたが、勢いがよすぎてむせてしまった。激しく咳き込み、全身を震わせる姿はひどく苦しそうだった。唇が紫がかっても、なお水を求め続ける。たとえまたむせても飲みたいとでもいうように。征臣の目が沈んだ。水なら、いくらでも与える。片手で紗和の顎を支えると、半開きの唇から苦しげな息が漏れた。もう一方の腕で背中を起こし、自分の胸にもたれかからせた。再びボトルを口元へ運んだが、走る車内では水を飲ませにくい。少し揺れただけでも、またむせさせてしまいそうだった。先ほど苦しんだ姿を思い出し、征臣は黙ってボトルを引いた。もう咳き込ませたくはない。だが、水を得られず苦しむ姿を見るのも耐えられなかった。普段は何事にも動じない征臣の表情が、かすかに変わった。すぐに運転手に車を停めるよう命じ、改めてボトルを手に取った。紗和のうな
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第184話

腕の中で紗和が落ち着きなく動き、征臣は夢中になっていた口づけから現実へ引き戻された。名残惜しそうに眉を寄せ、わずかに目を開いた。薄暗い車内で紗和は身をよじり、突然、自分の服に手をかけた。薬が回り、耐えられないほど体が熱かったのだ。額に汗がにじんでも、熱は少しも引かない。征臣の腕の中はさらに暑く、意識が曖昧なまま、服をはだけていた。征臣は一瞬、動きを止めて見つめた。だが、いつまでもこのまま口づけを続けるわけにはいかない。少なくとも、屋敷に戻るまでは。車内は完全に仕切られておらず、暗闇でもない。紗和の肌を、誰の目にもさらしたくなかった。征臣は紗和の手をつかみ、それ以上服を脱ごうとするのを止めた。同時にもう一方の手を伸ばし、乱れた服を元どおりに整えた。唇が離れると、紗和は再び水が欲しい、喉が渇いたと訴え始めた。長い髪はすっかりほどけ、雪のように白い肌には不自然な赤みが差している。ふっくらした唇が開き、白い歯がのぞくたびに熱い息が漏れた。征臣が首を支え、抱き留めるのをやめると、体は頼りなく揺れた。紗和は本能的に起き上がろうとしたが、その拍子に征臣の膝から滑り落ち、両脚の間へ入り込んでしまった。征臣は膝を開いて座っていたため、ひどく厄介な体勢になった。彼は眉を寄せた。すぐに引き上げ、隣のシートへ移すべきだった。だが紗和は無防備なまま、その腕の中で小さく身を丸めた。目尻から涙をこぼし、甘く掠れた声で訴えた。「痛い……」幼い頃と変わらない、柔らかな声だった。その声を聞いた途端、征臣の心はたちまち和らいだ。かつて自分のあとをついて回った、世界で一番愛らしい天使を思い出した。怪我をすれば、幼い紗和もこうして甘えるように痛いと訴えた。あの頃の紗和は、周囲から惜しみなく愛情を注がれて育った。小指を少しぶつけただけでも大騒ぎして、痛いところに息を吹きかけてほしいと征臣にせがんだものだった。すると征臣も、本当に顔を近づけて、痛むところにそっと息を吹きかけてやった。征臣は身を屈め、黙ったまま紗和の目尻にたまった涙を見つめた。長い指を伸ばし、こぼれかけた雫をそっと拭う。いつもは冷たく、人を寄せつけないその眼差しも、今だけはわずかに和らいでいた。紗和の頬を涙が次々と伝っていく。まるで
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第185話

屋敷の駐車場に着くなり、征臣は紗和を抱き上げた。泣かなくていいと宥めながら、そのまま屋敷の中へ入っていった。紗和の体は細く、しなやかだった。征臣の大きな腕に抱かれると、重さなどほとんど感じない。どれほど身じろぎしても力は弱く、意識も定かではない。病気の子どものように、小さく腕の中へ収まっていた。征臣は紗和をベッドへ寝かせた。その頃には、紗和の意識も少しだけ戻っていた。直前まで何があったのか分からない。目の前にいる男を見て、はっと息を呑んだ。伊織ではないかと怖くなったのだ。あんなときに伊織と出会うとは思っていなかったし、拒んだにもかかわらず、部屋へ抱いていかれるとも考えていなかった。そのあと記憶が途切れている。紗和はすぐ、男の顔を確かめた。目に入ったのは征臣だった。長く上向きに反った睫毛と、鋭く冷ややかでありながら整った目元。下まつげまで細く密に生え揃っていた。瞳だけが深い闇をたたえ、紗和を底へ引き込もうとしていた。紗和はもう、何も知らない少女ではない。一人の大人の女性だ。長く押し込めてきた感情が、一気に堰を切ってあふれ出す。自分でも予想していなかったほど、激しい衝動だった。目の前にいるのが征臣だと分かると、何も考えず彼に近づきたくなった。征臣は立ち去ろうとしていた。その腰に、紗和が突然強く腕を回した。火照った体から、抱きつかれた腰に熱が伝わってくる。征臣は一瞬身を震わせ、冷たい目で見下ろした。「どうした」紗和は腰にしがみついたまま顔を上げた。涙が抑えきれず、次々と頬を伝った。征臣は足を止め、立ち去るのをやめた。潤んだ目で甘えるように見上げ、胸元に頬を押しつける。掠れた声は、力なく甘かった。「あなた……行かないで」あなた?征臣は紗和を見下ろした。目は自分に向けられている。それなのに、その瞳が見ているのは自分ではないように思えた。紗和が自分を夫のように呼んだことがあったか。「九条さん」「九条会長」と呼ばれたことしかない。こんなふうに夫へ甘える呼び方をする相手は、いつも怜央だけだった。だから、どれほど甘く、媚びるような眼差しを向けられても、胸に湧くのは苦しみだけだった。紗和が18歳の年、征臣は人知れず彼女を見に行ったことがある。すでに、誰もが認めるほど美しく
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第186話

夜になるたび、その面影がまとわりついた。征臣は目を閉じさえすれば、紗和のことしか考えられなくなる。愛している。だが愛が深まるほど憎しみも増し、憎めば憎むほど、いっそう愛さずにはいられなかった。やがて征臣自身にも、どちらが強い感情なのか分からなくなった。もしかすると、愛と憎しみはもともと同じものなのかもしれない。紗和は、決して逃れられない悪夢だった。夢と現の狭間で、征臣は遠い昔を思い出す。大きくなったら、征臣お兄ちゃんのお嫁さんになると、確かに言っていたはずなのに。それなのに今、夫として呼びかける相手は別の男だった。征臣は深く息を吸い、腕の中の紗和を見下ろした。「離せ」腰に回された腕をほどく。だが次の瞬間、紗和は顔を上げ、征臣の薄い唇にいきなり口づけた。征臣の全身がこわばる。紗和の息は熱かった。その熱が唇から移ったかのように、征臣の体温まで一瞬で上がった。喉仏が動いた。征臣は紗和の肩をつかみ、乱暴に引き離した。「紗和、よく見ろ。俺は御堂怜央じゃない!」熱に浮かされ、意識の曖昧な紗和の耳には、怜央の名だけがかすかに届いた。無意識に、その名を繰り返した。「怜央……怜央……」征臣の胸が、息も詰まりそうなほど強く締めつけられた。何も考えられなくなるほど胸が痛み、続いて激しい怒りが込み上げた。あれほどひどい仕打ちを受けても、こんなときにまだ怜央を求めるのか。薬を盛られ、誰かにこの熱を鎮めてもらいたいと願う体まで、いまだに怜央を待っているのか。征臣は紗和の顎を強くつかんだ。「紗和、そこまであいつを愛しているのか」痛みに刺激され、紗和の意識がほんの少し戻った。視線が定まり、再び征臣の美しい顔が目に入る。濃く黒い睫毛と、冷たく澄んだ瞳。夢を見ているようだった。誰かに抱きしめられ、愛されたいという願いが、抑えきれないほど膨れ上がっていた。幼い頃に両親を失った寂しさから、紗和はずっと愛を求め、温かな家庭を築こうとしてきた。だが、その願いは何度も裏切られ、傷つくばかりだった。今、自分が本当に征臣の腕の中にいるのだと確信した。彼の温もりが欲しい。大切にされたい。もう自分の心から逃げないと決め、紗和は懇願した。「あなた……私を、抱いて……」征臣は、紗和が自分を怜央と取
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第187話

呼び寄せたのは女性医師だった。紗和を診察した医師は、緊張した面持ちで報告した。「九条会長、奥様は普通の発熱ではないようです。原因が分からないまま薬を使うことはできません。病院で採血し、詳しく調べるのが最善かと存じます」征臣は眉を寄せた。「病院へ運ぶだけなら、何のためにお前を呼んだ」医師は慌てて頭を下げた。「申し訳ございません。すぐ院長へ状態を報告し、専門医による協議を行います。必ず適切な処置を検討いたします」征臣は小さく頷いた。女性医師は足早に部屋を出ていき、しばらくすると戻ってきた。「九条会長、専門医と協議したところ、奥様は、幻覚作用のあるバルビツール酸系の薬物を誤って吸い込まれた可能性が高いとのことです。解毒薬はすでに手配いたしました。それまでは室内の換気を行い、呼吸を確保してください。酸素濃縮器を使用し、適度に体を冷やすことも有効です。薬を投与したあと、しばらく安静にすれば回復される見込みです」女性医師の顔は青ざめていた。征臣の怒りを鎮められなければ、この病院で働き続けることさえできなくなると思っていたのだ。征臣は医師をしばらく見つめたあと、ここに残って紗和を看るよう命じ、部屋を出ていった。重圧から解放された医師はすぐに動き、紗和の体を冷やし、酸素を吸入させ、心拍数と体温を測り続けた。――グランシエル・クラブの一室では、全員が汗だくになっていた。薬に欲望を煽られたまま、時間だけが過ぎていった。突然、警報音が鳴り響いた。力なく横たわっていた莉乃は驚いて目を覚まし、そばに置かれた通報装置を慌てて止めた。本来は拘束を解いてもらうためのものだったが、莉乃には、自分たちの邪魔をするために鳴ったようにしか思えない。口汚く罵り続けた。すでにアロマキャンドルは燃え尽きていた。誰もが喉の渇きを訴え、部屋に置かれた水に我先にと手を伸ばした。莉乃も飲もうとしたが、気に留める者はいない。水も冷蔵庫の飲み物も、男たちがすべて飲み尽くしてしまった。空のボトルを次々と逆さにしても、一滴も出てこなかった。腹を立てた莉乃が、最後に残った一本を奪おうとすると、男は容赦なく殴り飛ばした。水を飲み終えた男が振り返り、下卑た笑みを浮かべる。その意図は明らかだった。「御堂怜央も、大した女を選んでないな
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第188話

扉をこじ開けようとする激しい音に、莉乃は気が狂いそうだった。本来、この部屋で男たちの相手をさせられるはずだったのは紗和だ。自分ではない。警察や警備員に扉を破られ、連れ出されるのも、紗和であるべきだった。ところが莉乃は男たちに踏みにじられ、見るも無残な姿になったうえ、今度は大勢の前にさらされようとしている。警察に連れていかれるかもしれない。あまりにも惨めだった。自分はやがて御堂家に嫁ぐ身で、誰もが羨む名家の令嬢なのだ。こんな無様な姿だけは、絶対に人に見られたくなかった。きれいに結い上げていた髪はすっかり崩れ、ネイルチップも今にも外れそうになっている。顔も服もひどく乱れ、普段の上品な面影など、どこにも残っていなかった。これまでの人生で、もっとも惨めで苦しい一日だった。男たちも、事が公になるのは避けたかった。彼らが手を出したのは、決して触れてはならない相手だ。発覚すれば怜央だけでなく、御堂家全体を敵に回すことになる。遊びは好きでも、人生を失うような騒ぎまでは望んでいない。数人は扉を押さえながら、外へ向かって開けるなと怒鳴った。だが相手は聞く耳を持たず、こじ開ける音は続いた。そこへ、絵里香の得意げな声まで重なった。「紗和、早く開けなさいよ。扉を押さえたって無駄なんだから、諦めて私たちを入れなさい!隠れても無駄よ。中で何をしているか、みんな知っているんだから。離婚して捨てられたくらいで、そんなに男に飢えるもの?酔った勢いで、8人も9人も相手にするなんてね。でも安心して。素直に出てくるなら、知り合いの警察官に頼んで、少しは手加減してもらうから」絵里香の声はますます弾んだ。警察官は、あらかじめ絵里香が抱き込んで呼び寄せた者だった。機が熟したところで紗和をどん底へ突き落とすためだ。紗和には後ろ盾も人脈もなく、両親さえいない。金を渡し、紗和が男たちに薬を盛って性的暴行を加えた事件として処理させるつもりだった。二度と刑務所から出られないほどの罪を着せてやる。扉があと少しで強引に開けられそうになったとき、精巧なネイルをつけた指が隙間から突き出された。扉の隙間から現れた莉乃の惨憺たる顔が、絵里香を憎々しげに睨みつけた。「絵里香、この大馬鹿!中にいるのが紗和かどうかも確かめずに、なんで男たちを入れたのよ!
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第189話

莉乃は薬で意識が定かでないまま、大勢の男から性的暴行を受けたのだ。絵里香の心臓は、今にも胸から飛び出しそうだった。なぜこんなことになったのか。想像していた結末とはまるで違う。こんな目に遭うはずだったのは、紗和のほうなのに。絵里香は慌てふためき、警備員と、裏でつながっていた警察官に口止め料を渡した。ここで見たことは忘れろという意味だった。ようやく廊下の騒ぎが静まった。扉が開くと、男たちは次々と出てきた。満足した様子はなく、口から出るのは不平ばかりだった。面倒な仕事をさせられたとでも言いたげだ。それでも警察が戻ってくるのを恐れ、瞬く間に姿を消した。部屋には、泣き崩れる莉乃だけが残された。薬に煽られた欲求はようやく鎮まり、全身は汗に濡れていたが、熱は出ていなかった。絵里香は慌てて部屋へ入り、莉乃の様子を確かめようと駆け寄った。目の前まで来た瞬間、莉乃の平手が頬を強く打った。絵里香は悲鳴を上げ、ベッド脇の床に倒れ込んだ。頬にはたちまち指の跡が浮かび、赤く腫れ上がった。それでもすぐに起き上がり、へつらうように莉乃に近づいた。莉乃を足がかりに、上流社会での地位を手に入れたい。決して嫌われるわけにはいかない。莉乃は将来、怜央さえ従わせる御堂家の奥様になる。それだけでなく、九条家の令嬢としてグループ各社の株式と、千億ドル規模の信託財産を継ぐはずだった。これほど強力な後ろ盾を、絵里香は手放せない。どれほど平手で打たれ、痛みに悲鳴を上げることになっても、そばにすがりつくしかなかった。「莉乃……わざとじゃないの。中にいるのは紗和だと思ったのよ。どうして、あなたがいるって先に教えてくれなかったの?まさか、こんなことになるなんて……」莉乃は怒りに顔を歪め、紗和を罵った。「あの女、どこまで卑劣なの!薬が効いたふりをして、油断した隙に私の首を絞め、気絶させてここへ縛りつけたのよ。携帯も使えなかった。殺してやりたい。あんな女、腐り果てて野垂れ死ねばいいのよ!」罵りは次第に下劣になり、絵里香さえ驚いた。名家の令嬢の口から出たとは思えないほど、汚い言葉ばかりだった。それでも絵里香は機嫌を取るため、宥めるように言った。「ここにいるのは私たちの関係者ばかりよ。中で何があったかまでは見られていないし、口止め料を多めに渡せば、
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第190話

「だいぶ楽になりました」紗和が体を起こそうとすると、女性医師がすぐに手を貸した。それから血圧、心拍数、体温を測り、すべて正常であることを確認した。「あの、どうして先生がここにいるんですか?昨夜のことを、何も覚えていなくて……」「昨夜、薬物を誤って吸い込まれたようです。九条会長のご依頼で専門医が協議し、解毒薬を服用していただきました。その後はこの寝室で安静にお休みになり、ほかに問題は起きておりません」医師は続けた。「もう心配はございません。九条会長にご報告してまいります」紗和は驚いた。征臣は本当に戻ってきて、まだここにいてくれたのだ。女性医師が寝室を出ると、紗和は昨夜の記憶をたどった。莉乃が焚いたアロマキャンドルの近くに、ほんのわずかな時間いただけで、薬が効いてしまうとは思わなかった。莉乃には違法薬物を手に入れる独自の経路があるのだろう。嗅がせるもの、飲ませるもの、肌に塗るものまで、何でも手に入るらしい。あまりにも悪質だ。体の異変に気づいたあと、急いで外へ出て水を飲み、シャワーを浴びて熱を下げようとした。だが、そこで伊織と出会った。今思えば、伊織があの場所にいたことも、その後の行動も少し不自然だった。それから意識がぼやけ、夢を見た気がする。夢には征臣が出てきた。だが今になって思えば、あれは夢ではなかったのかもしれない。征臣はまだ海外にいると思い込んでいた。ところが昨夜すでに帰国し、紗和を助け出してくれたのだ。それどころか、自分は彼と何か親密なことをしたような気もする。あまりに現実離れした光景だったため、どこまでが本当で、どこからが夢なのか判別できなかった。夢にしては、妙に生々しかった。普段の征臣は隙なく服を着こなし、シャツのボタンも一番上まで留めている。冷たく、誰も寄せつけない男だ。ところが夢の中では服を脱ぎ、白い首筋やくっきりとした鎖骨、引き締まった胸や腹部までさらしていた。だが、医師の話を聞けば、やはり夢だったとしか思えない。征臣はすぐに医師を呼び、治療を受けさせたのだ。それなのに、自分とあんなことをするはずがない。そのとき、家政婦の声が紗和を現実へ引き戻した。「奥様、朝食の用意ができております。昨夜は汗をかかれましたから、湯船につかれば楽になりますよ。お湯を張りま
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