翌日、藤崎から拓也の申し出を聞いた美月は、しばらく何も言わなかった。「ご主人は、二人だけで直接話す機会を設けるのであれば、離婚について考える、と」「二人だけで?」「はい」 美月は眉を寄せた。 家庭裁判所で、すでに直接伝えたはずだ。離婚したいことも、もう一緒には暮らさないことも、会いたくないことも。九条や藤崎に言わされているわけではなく、すべて自分の意思なのだとも伝えた。 それでも、拓也にはまだ足りないらしい。「会いません」「分かりました」「それで拓也が離婚しないと言うなら、裁判を進めてください」「はい」 藤崎は淡々と答えた。「ご主人の同意を得るために、直接会うことを条件として受け入れる必要はありません」 美月は頷いた。「前だったら……裁判なんて大変だから、一回くらい我慢した方がいいのかなって思ったかもしれません」 十分だけ、一度だけ。それで済むなら我慢すればいい。 そうやって美月は何度も、自分が嫌だと思うことを後回しにしてきた。「でも、もう嫌です」「そのご意向でお伝えします」「お願いします」 ◇ その日の夕方、拓也のもとへ藤崎から連絡が入った。『奥様は、直接の面会には応じないとのことです』「……じゃあ、裁判するんですか?」『今後の手続きについて準備を進めています』「俺、離婚を考えるって言いましたよね?」『伺っています』「だったら普通、会うでしょう」『奥様はそうお考えではありません』「なんでですか?」『朝倉さん』 藤崎の声は変わらない。『奥様は、離婚に応じてもらうために直接会うことを希望していません』「でも、裁判しなくて済むんですよ?」『ご主人が離婚に同意されるのであれば、直接会うことを条件にせず、その旨をお伝えいただければと思います』 拓也は黙り込んだ。「……それじゃ意味ないでしょう」『意味がない、とは?』「俺は美月と話したいんです」『奥様は希望していません』「だから!」 思わず声が大きくなり、拓也は周囲を見回した。まだ会社の近くだ。通行人の視線に気づき、慌てて声を落とす。「俺が離婚を考えるって言ってるんだから、美月だって少しくらい譲るべきじゃないですか?」『そのような条件での面会には応じない、というのが奥様の回答です』「……」『ほかにご用件がなければ、失礼します』
Last Updated : 2026-09-07 Read more