All Chapters of 妊娠中に夫が浮気。お腹の子を守るため離婚を決意したら御曹司に溺愛されました: Chapter 201 - Chapter 210

271 Chapters

もうすぐ

 九月に入り、美月の腹は目立つようになっていた。 カフェでの仕事は、今も短時間だけ続けている。「美月ちゃん、今日はここまで~」「まだ二時間ですよ?」「二時間働いたから終わりなの!」 店長にエプロンを取り上げられ、美月は笑った。「分かりました」「次の健診いつ?」「来週です」「じゃあ先生にちゃんと聞いてきなさいよ。そろそろ仕事もいつまでにするか決めなきゃ」「はい」 着替えを済ませ、店を出る。 今日も蒼真の車が待っていた。「お疲れさまでした」「ありがとうございます」 助手席へ乗ると、美月はシートベルトを締める。「店長に、そろそろいつまで働くか決めろって言われました」「そうですか」「できれば、もう少し続けたいんですけど」「先生と相談してください」「はい」 それだけの会話だった。 けれど、美月にはそれが心地よかった。 こうしろとも。 やめろとも。 蒼真は勝手に決めない。     ◇ 次の健診で、美月は仕事について医師に相談した。「今のところ経過に問題はありません。ただ、出産が近づけば体調も変わりやすくなります」「はい」「無理をせず、いつでも休めるようにしておいてください」「分かりました」 診察のあと、入院についても改めて確認する。 拓也から問い合わせがあった場合。 突然来院した場合。 退院する時。 病院側にも、これまでの経緯は共有されていた。「ご主人には、こちらから入院の有無などをお伝えすることはありません」「ありがとうございます」「何か状況が変わった場合は、またお知らせください」「はい」 美月は頭を下げた。 
last updateLast Updated : 2026-09-03
Read more

名前を決めるのは

 拓也は検索結果を何度も読み返していた。『出生届 父親 同意』『子供の名前 父親 反対』『別居中 出生届』 だが、期待していたような答えはなかなか出てこない。「……なんだよ」 父親の許可がなければ名前を決められない。 そんな説明を探していた。 けれど、見つからない。 拓也は役所へ電話を掛けた。『はい、戸籍担当です』「あの、出生届について聞きたいんですけど」『はい』「妻と別居してるんですけど、もうすぐ子供が生まれるんです」『はい』「子供の名前って、夫婦二人の同意が必要ですよね?」 電話の向こうで少し間があった。『出生届には、お子さんのお名前を記載して届け出ていただきます』「それは分かってます。父親が同意してない名前でも受理されるんですか?」『届出人や記載内容など、必要な要件を満たしているかを確認して受理することになります』「じゃあ、俺が知らない名前でも?」『ご夫婦間でどのようにお名前を決められたかを、窓口で確認する手続きではございません』 拓也は黙った。「……妻が一人で出すこともできるんですか?」『出生届の届出人については法律上定められておりますが、ご夫婦が必ず一緒に窓口へ来ていただく必要はございません』「そうですか」 電話を切る。 しばらく、スマートフォンを見つめた。「勝手に決められるじゃん」 納得できなかった。 自分の子供なのに。 名前すら知らないまま、生まれるかもしれない。 けれど。 役所へ怒っても仕方がない。 藤崎に言っても、美月が相談したくないと言えば終わる。「だったら……」 拓也はメモを開いた。
last updateLast Updated : 2026-09-04
Read more

拒否すれば終わらない

 五回目の調停の日。 美月はいつものように藤崎と家庭裁判所を訪れていた。 これまでと違っていたのは、調停室で告げられた言葉だった。「これまで双方からお話を伺ってきましたが、現時点では離婚について合意できる見込みが立っていません」 美月は静かに頷いた。 拓也は離婚しない。 美月は離婚する。 何度確認しても、そこだけは変わらなかった。「今後も合意の見込みがない場合には、調停を不成立として終了することも考えられます」「……はい」 覚悟していた言葉だった。 それでも、胸が少しだけ緊張する。「朝倉さんとしては、現在も離婚を希望されているということでよろしいですか?」「はい」 美月は迷わず答えた。「離婚したいです」「分かりました」 調停委員が記録する。「仮に今回の調停で合意に至らなかった場合についても、弁護士の先生とご相談されていますか?」「はい」 美月は藤崎を見る。 藤崎が頷いた。「その場合は、離婚訴訟も含めて今後の手続きを検討する予定です」 口に出されると、急に現実味が増した。 裁判。 そこまでしてでも離婚する。 以前の自分なら、怖くなっていたかもしれない。 けれど。「お願いします」 美月はそう答えた。     ◇ 入れ替わりで、拓也が調停室へ入った。「よろしくお願いします」 いつものように頭を下げる。 仕事にも慣れてきた。 美月の家にも行っていない。 病院にも行っていない。 九条の会社にも、あの日以来行っていない。 自分はちゃんとやっている。「ご主人のお気持ちについて、改めて確認させてください」「はい」「現在も離婚には応じ
last updateLast Updated : 2026-09-04
Read more

一度だけ

 翌朝。 藤崎法律事務所に、拓也からメールが届いた。『美月と一度だけ直接話をさせてください』 それだけではなかった。『離婚についてきちんと話したいです』『裁判になる前に、夫婦二人で話すべきだと思います』『第三者がいる場所でも構いません』『十分でもいいです』 藤崎は内容を確認し、美月へ連絡した。『ご主人から、直接話したいという申し出が来ています』「……嫌です」 美月は即答した。『第三者が同席する形でも構わないとのことですが』「会いたくありません」『分かりました』 藤崎の声は変わらない。『では、そのように回答します』「お願いします」 電話を切ったあと、美月はしばらくスマートフォンを見つめていた。 五回目の調停で、訴訟の話が出た。 拓也もそれを聞いたはずだ。 だから急に焦り始めたのだろう。 けれど。「話すことなんて、もうない……」 離婚したい。 戻らない。 直接会いたくない。 何度も伝えている。 会えば違う答えになると思っているのは、拓也だけだった。     ◇ 昼休み。 拓也のもとへ藤崎から返答が届いた。『奥様は、直接お会いしてお話しすることを希望されていません』「……」 拓也は画面を見つめた。 また同じ答えだった。 だが、今回は引けなかった。『十分だけでも駄目ですか』 送信する。 しばらくして返ってきた。『時間の長短にかかわらず、現時点で奥様は直接の面会を希望されていません』 拓也はすぐに返信した。『藤崎先生も同席してく
last updateLast Updated : 2026-09-04
Read more

まだいるかもしれない

 拓也は路線図を見上げたまま、しばらく動かなかった。 仕事へ行かなければならない。 せっかく決まった仕事だ。 遅刻するわけにはいかない。「……今日は無理か」 結局、いつもの電車に乗った。 会社へ着けば、普通に仕事をした。 頼まれた作業をこなし、昼休みには同僚とコンビニへ行く。 以前より生活は整っている。 だからこそ拓也には分からなかった。 自分はちゃんとしている。 なのに、なぜ美月は離婚したがるのか。 仕事を終え、駅へ向かう。 改札の前で足が止まった。 帰宅する路線。 その隣に、カフェへ向かう路線が表示されている。「……確認するだけ」 美月が本当に辞めたのか。 それさえ分かればいい。 拓也は行き先を変えた。     ◇ カフェが見える場所まで来ると、拓也は足を止めた。 以前ここへ来た時、店長から美月はもういないと言われた。 店の前まで行けば、また騒ぎになるかもしれない。「入らなきゃいいんだろ」 道路の反対側を歩く。 窓越しに店内を見る。 客が何人かいる。 店員が動いている。 美月はいない。「やっぱり辞めたのか……?」 そのまま帰ればよかった。 けれど拓也は、近くの店へ入った。 窓際の席から、カフェの入口が見える。「少しだけ」 以前、九条の会社で何時間も待ったことを思い出す。 警察には、待ち伏せのようなことはするなと言われた。 でも今回は九条ではない。 美月の家でもない。 病院でもない。 カフェにいるとも分からない。「ただ休んでるだけだ
last updateLast Updated : 2026-09-05
Read more

待っていられない

 その夜。 拓也はほとんど眠れなかった。 目を閉じるたびに、昨日の光景が浮かぶ。 カフェから出てきた美月。 その前に停まった車。 蒼真を見て笑った美月。「……俺には会わないのに」 自分とは十分話すことさえ拒む。 それなのに九条とは、当たり前のように一緒にいる。 仕事を始めたことも。 家を整えたことも。 赤ちゃんのために準備していることも。 美月は何も見ようとしない。「一回話せば分かるのに」 拓也は起き上がった。 スマートフォンを手に取る。 藤崎へメールを打った。『もう一度お願いします。美月と直接話す機会を作ってください』 送信。 続けてもう一通。『裁判になる前に一度だけでいいです』 さらに。『俺は美月に危害を加えるつもりはありません』『第三者がいる場所で構いません』『警察署でも構いません』 送ってから、拓也は息を吐いた。「これならいいだろ」 安全な場所。 第三者もいる。 それでも拒否する理由なんてない。     ◇ 翌朝。 藤崎から美月へ連絡が入った。『ご主人から、また直接面会の希望が来ています』「……」『今回は、第三者がいる場所や警察署でも構わないとのことです』「嫌です」 美月は答えた。 自分でも驚くほど、迷わなかった。「場所の問題じゃないんです」『はい』「私は拓也と会いたくありません」『分かりました』「裁判になる前に話したいって言ってるんですよね?」『そうです』「でも、私はもう何度も答えてます」
last updateLast Updated : 2026-09-05
Read more

本人から聞く

 次の調停の日。 美月は藤崎とともに家庭裁判所へ入った。「今日はご主人から直接話したいという希望が繰り返し出ていることも、こちらから改めて伝えておきます」「はい」「もちろん、朝倉さんが応じる必要はありません」「会いません」 美月は答えた。 もう迷っていなかった。     ◇ 調停室でも、美月の意思は変わらなかった。「ご主人からは、離婚について一度直接話したいというご希望が出ています」「希望しません」「分かりました」 調停委員はそれ以上勧めなかった。「離婚についてのお気持ちにも変わりはありませんか?」「はい。離婚したいです」 これまで何度も繰り返した答えだった。 そして今回は、調停委員から今後についてもう一段踏み込んだ説明があった。「これまで複数回お話を伺いましたが、双方のご意向に隔たりがあり、現状では合意の見込みが難しい状況です」「はい」「次回までの状況にもよりますが、調停を不成立として終了することも考えられます」 美月は藤崎を見る。 藤崎が小さく頷いた。「分かりました」「その場合の今後については、代理人の先生とご相談ください」「はい」 怖くないわけではない。 裁判になれば、もっと時間が掛かるかもしれない。 それでも。 戻るという選択肢はなかった。     ◇ 拓也の番になった。「奥様は、現在も離婚を希望されています」 また同じ言葉。「直接話すことについても、希望されていません」 拓也は調停委員を見た。「それ、本当に美月が言ったんですか?」「奥様ご本人から伺っています」「藤崎先生じゃなくて?」「はい」 拓也の表情が固まった。
last updateLast Updated : 2026-09-05
Read more

それでも嫌だ

「なんで離婚なんだよ!」 拓也の声が、家庭裁判所の前に響いた。 藤崎が美月との間に立つ。「朝倉さん、これ以上近付かないでください」「近付いてないだろ!」 拓也は足を止めたまま、美月を見る。「俺、何もしてないじゃん!」 仕事を始めた。 直接連絡もしなかった。 家にも病院にも行かなかった。 九条の会社にも、あれから行っていない。「悪いところ直しただろ?」 美月は答えなかった。「美月が嫌だったこと、もうしてないじゃん」「……違う」「何が?」「今やってないからって、今までのことがなくなるわけじゃない」 拓也の顔が歪む。「じゃあ、いつまで怒ってるんだよ」「怒ってるから離婚するんじゃない」「じゃあ何なんだよ!」「もうあなたと夫婦でいたくないの」 拓也が黙った。 美月は自分でも驚くほど静かだった。「仕事を始めたのは、いいことだと思う」「だったら――」「でも、それはあなたの生活のために必要なことでしょ?」「美月と赤ちゃんのためだよ」「私は頼んでない」 拓也の表情が固まる。「ベビーベッドも、歯ブラシも、名前の候補も」「だって必要だろ」「私には必要ないの」「赤ちゃんには必要だよ!」「私が用意する」「俺も父親だろ!」 再び声が大きくなった。 建物の警備員がこちらへ向かってくる。 藤崎が美月へ小さく声を掛けた。「車へ行きましょう」「はい」 美月が背を向ける。「待って!」 拓也が動いた。 警備員が間に入る。「すみません。こちらで大声を出すのはおやめくだ
last updateLast Updated : 2026-09-05
Read more

不成立

 家庭裁判所で拓也と鉢合わせてから、美月はしばらくカフェを休んでいた。 体調が悪いわけではない。 ただ、今は無理をしない方がいい。 店長も、「こっちのことは気にしないの~。戻りたくなったら連絡して」 と言ってくれた。 美月はその言葉に甘えることにした。 そして数日後。 藤崎から連絡が入った。『先日の件もありましたので、今後の手続きについて一度お話ししたいのですが』「はい」 美月は藤崎の事務所を訪れた。「前回、ご主人と接触した件については記録に残してあります」「お願いします」「それから、調停についてですが」 藤崎が書類へ目を落とす。「これまでの経過を見る限り、次回もご主人が離婚に応じない場合、これ以上調停を続けても合意の見込みは乏しいでしょう」「……はい」「不成立となれば、次は訴訟を提起するかどうかを決めることになります」 美月は膝の上で手を握った。 裁判。 何度聞いても、重い言葉だった。「時間、かかりますよね」「調停より長くなる可能性はあります」「それでも」 美月は顔を上げた。「進めたいです」「分かりました」「拓也が嫌だと言い続けたら、私はずっと離婚できないんですか?」「訴訟になれば、ご主人が同意しないというだけで結論が決まるわけではありません。ただ、実際に離婚が認められるかは、これまでの経緯や証拠などを踏まえて裁判所が判断します」「はい」「こちらでも、これまでの資料を整理していきます」 美月は頷いた。 拓也からの大量の連絡。 第三者を使った手紙。 病院への問い合わせ。 車を追って住居を突き止めたこと。 住居付近での接触。 蒼真の会社への電話と来訪。 カフェ付近で待っていたこと。 そして、家庭裁判所で待ち、直接話そうとしたこと。 一つ一つが記録されている。「私も、必要なことがあれば話します」「お願いします」     ◇ 次の調停期日。 美月は、いつもと同じ答えをした。「離婚を希望します」「お気持ちに変わりはありませんか?」「ありません」「ご主人と夫婦関係を修復するお考えは?」「ありません」 調停委員が頷く。 美月の答えは、それだけだった。     ◇ 一方。 拓也は調停室へ入るなり言った。「離婚しません」「ご主人のお気持ちは、これまでと変わらないとい
last updateLast Updated : 2026-09-06
Read more

裁判だけは

 調停が不成立になった翌日。 拓也は仕事中も落ち着かなかった。 書類を確認していても、同じ行を何度も読み返してしまう。「朝倉さん、大丈夫ですか?」「あ……はい。すみません」 慌てて作業へ戻る。 仕事は失いたくない。 せっかく美月のために始めたのだ。 ここで辞めたら、それこそ戻ってきてもらえなくなる。 そう思うのに。 頭から離れない。 ――調停は終了します。 もう次の期日はない。 次に届くのが裁判所からの訴状だったら。「……」 拓也は机の下でスマートフォンを握った。     ◇ 昼休みになると、すぐに藤崎法律事務所へ電話を掛けた。『藤崎です』「美月と話しましたか?」『何についてでしょうか』「裁判です」『今後の手続きについては、朝倉さんと相談しています』「もう決めたんですか?」『個別の相談内容についてはお答えできません』「待ってください」 拓也は早口になった。「裁判する前に、条件を出してもいいですか?」『条件、ですか』「俺、離婚したくないです。でも、美月がどうしてもって言うなら……」 言葉が詰まる。 離婚してもいい。 それだけは言えなかった。「半年待ってほしいです」『半年?』「赤ちゃんが生まれるでしょう?」 拓也は続けた。「生まれて、落ち着いて、それからもう一回考えてほしいんです」『そのご希望を奥様へ伝えることはできます』「お願いします」「ただし、奥様が応じる義務があるわけではありません」「分かってます」 拓也は答えた。
last updateLast Updated : 2026-09-06
Read more
PREV
1
...
1920212223
...
28
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status