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52 Chapters

#46.第十二話「反撃の一手」②

 アーサーがトーマスと向かい合っている頃、代官邸を少し離れた物陰から、その様子を見つめている二つの視線があった。ウルフとアリスだ。 二人の目的はひとつ。 アーサー、ウルフ、アリス、ルーシー。四人の命運をかけて、トーマスとの交渉に使う不正の証拠となる帳簿を、屋敷の中から盗み出すことだった。 はじめに二人は、屋敷の表側から警備の状況を確認した。 正面入口のあたりには、アーサーの馬車を迎えるためか、召使いや下男が複数立っている。門の前では人が出入りし、普段よりも落ち着かない空気が漂っていた。 それを見て、アリスは眉間にしわを寄せた。「案の定、人がいっぱいいるわね」 きっとトーマスは、ミルナー家の署名やアーサーとの対話に横槍が入らないよう、警戒しているのだろう。「こりゃ、お前の親父さんもたまらないな……署名しないならしないで、すぐにでもお前んちを改めて、粉挽きが不埒なことを考えていたとか言う気でいたんだろうよ」「そんなことになったら、私たちはこの村で生きていけないわ。粉挽きをよく思ってない人は少なくないもの……こっち来て」 アリスは小声でそう言うと、ウルフを促し、正面入口から外れた塀沿いへ回った。 そこは屋敷の通用口へ続く道だった。普段なら、下働きや出入りの者が使う場所である。正面から入るよりは、まだ人目を避けられるはずだった。 だが、ウルフはすぐに足を止める。 そして塀の先、通用口のあたり、屋敷の窓へと順に視線を走らせ、低く言った。「駄目だ。ここも人の目が切れない」「でも、正面よりはましでしょ」 一見ひと気の少ないその場所を前に首を横に振るウルフに、アリスはむっとした。「そんなの、人払いしてるからに決まってる。その代わり、見えないところに監視が隠れているんだ。そんな場所を安易にうろつくのは命取りだろ。仮に中に入れても、こんな高い塀じゃ戻る時に逃げ道が悪い。俺一人ならまだしも、お前連れじゃな」「じゃあ、どうするの?」「こっちだ」 言うが早いか、ウルフは屋敷から離れてずれた方面へ歩き出した。「え、どこへ行くの、ウルフ……待って!」 慌てて追いかけるアリスを連れ、ウルフはウィンドル川沿いの茂みへ向かう。 その光景を見て、アリスはすぐに察した。 川の方から屋敷の裏手に忍び込む気なのだと。 途端に、アリスの顔が露骨に曇る。 彼女
last updateLast Updated : 2026-08-23
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#47.第十二話「反撃の一手」③

 錠前が引っかかっているだけの戸を静かに開き、二人は息を殺して、そろそろと資料室の中へ入った。 扉を閉めきる前に、アリスの耳が小さな声を拾う。 壁の向こうから、人の話し声が聞こえていた。 片方は低く、威圧的で押さえつけるような声音。もう片方は、それに負けまいとするように、慎重に言葉を選んでいるような、それでいて意志の強い声。──トーマスとアーサーが話しているんだ。「何喋ってるんだろう……」 アリスが思わず呟くと、ウルフは廊下側の人の気配を確かめながら短く答えた。「さあな。しかしあいつ、司祭をやってるだけあって、代官相手に話を持たせるくらいはできてるみたいだな」 まるでからかうような言い方をするウルフだが、彼なりにアーサーを心配していたのだと思うと、アリスは少し嬉しい気持ちになった。(私も、できることをしなくちゃ……!) 帳簿探しは慎重に。少しでも物音を立てれば、壁の向こうへ届きかねない。 ウルフはすぐに部屋の中へ視線を走らせた。 壁際にはいくつもの棚が並び、紐で束ねられたロールや、書きつけの束、木箱が置かれている。中央の作業台には、まだ片づけられていない書類が広げられたままだった。 その上に置かれている羊皮紙を見て、アリスの息が止まりかける。 そこには、父の名が署名された誓約書があった。【ウィンドル川及び水車用水路の保全に関する誓約】我、サイモン・ミルナーは、ペンストレイト領内において粉挽き業を営む者として、領主及び代官の命に従い、左の事項を誓約する。一、ウィンドル川、水車用水路、堰及びこれに付随する施設を汚損せず、その清浄を保つこと。一、灰、獣脂、腐敗物、薬品その他、水質を損なうおそれある物を故意に川及び用水へ流さぬこと。一、水車、倉庫、作業場及び排水路を常に適切な状態に保ち、不浄又は異変を認めた際は速やかに代官へ報告すること。一、代官又はその任を受けた役人が、水質及び施設の保全状況を確認するため検査を行う場合、これを拒まず協力すること。一、村内において水質汚濁その他公衆の安全に関わる疑いが生じた際は、必要な調査及び改善命令に従うこと。一、本誓約に違反したと認められた場合は、領主裁判所の裁定に服し、罰金、営業停止その他相当の処分を受けることに異議を唱えない。右、領民の安全及び村の秩序維持のため、偽りなく誓約し、ここに
last updateLast Updated : 2026-08-23
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