Home / 歴史幻想 / 神父と白い野獣 / Chapter 11 - Chapter 20

All Chapters of 神父と白い野獣: Chapter 11 - Chapter 20

58 Chapters

#9.5.二話の補足:森に現れる白い鹿の精霊について

 ブリテン島の古い伝承では、白い鹿はただの珍しい動物ではなく、森の奥に潜む異界や、日常の外側にあるものと結びつけて語られることがあります。 特にケルト系の伝承では、白い動物は異界と関わる存在とされ、白い牡鹿は「異界からの使者」「人を別世界へ導くもの」「重大な変化の前触れ」として語られることがあります。  物語上では、白い鹿を見た者がそれを追い、森の奥へ入り、日常の秩序から外れた冒険や試練に巻き込まれる、という形がよく合います。アーサー王伝説でも、白い鹿の追跡は騎士たちを新たな探索へ向かわせる合図として扱われます。追いかけた者が不思議な出来事に出会ったり、試練に巻き込まれたりする物語に登場します。白い動物そのものが、現実の獣でありながら、どこかこの世ならざるものの気配をまとった存在として受け取られていたためです。 白い鹿は、幸運の象徴としてだけではなく、境界の象徴でもあります。 人里と森、現世と異界、日常と非日常。そのあわいに現れ、人を普段なら踏み込まない場所へ誘うものとして扱われました。 アーサー王伝説はもちろん、中世の物語では、白い鹿や白い牡鹿を追うことは、騎士たちが新たな冒険へ向かうきっかけとして描かれることが多かったと聞きます。つまり白い鹿は、物語の中で「何かが始まる合図」として機能する存在でもありました。 イングランドでは、白い牡鹿を意味する “White Hart” という言葉もよく知られています。これは後世には紋章や宿屋の名などにも使われ、幻想的な伝承だけでなく、王権や高貴さの象徴としても扱われるようになりました。 そのため、森で白い鹿を見ることは、単なる動物との遭遇ではなく、運命の変化や、異界との接触を予感させる出来事として読むことができます。
last updateLast Updated : 2026-07-14
Read more

#10. 14世紀イギリスが十倍楽しめる!アッシュワース村ガイド②

5.アッシュワース村代官:トーマス・バートンペンストレイト領ホークストン出身。自由都市ブリストルの税務事務所に勤めていた。 数字に強く、実務能力は高いが、人望には恵まれなかった。 栄転と左遷が入り混じった形でアッシュワースに赴任し、 赤字の内陸と複雑な飛び地を抱えるこの地の管理を任されている。 アーサーの教育係の一人でもある。■グリーブ地:教会 代官邸から道なりに約2km。 形式上は教会領だが、15年前の交換条件により、クロムウェル家の実質的権利が及ぶ「飛び地」となっている。 アーサーの生活拠点でもあり、村の信仰と日常が静かに集まる場所だ。 教会の裏手から住宅地にかけては、村人たちが利用する管理可能な森が広がっている。 住宅地と管理可能な森 教会の周囲に住宅地が形成され、その背後から外縁部にかけて、手入れされた森が続いている。ここではハーブや木の実、薪が採れ、村の暮らしを支えている。 この森は換金のための土地ではなく、村が村として存続するための場所であり、同時に村の境界線としても機能している。 ________________________________________ 6. 生産エリアとマナーハウス 管理可能な森を抜けると、風景は大きく変わる。 そこから先は、村の「生活圏」ではなく、領の「生産圏」である。 • 羊毛用の放牧地 • 穀物地帯 これらの産物は、村とは切り離された場所で管理される。 マナーハウス マナーハウスは、村の居住区から徒歩で約1時間離れた場所に建っている。 執事が常駐し、内陸農業・畜産を一手に管理する実務拠点である。 更に奥の内陸の村々から運ばれてくる産物も、村を通らず直接ここへ集められる。距離があるため、執事は通勤ではなく寝泊まりで管理にあたり、マナーハウスは純粋な物流・管理センターとして独立した性格を持っている。 ________________________________________ 6. 管理動線とインフラ
last updateLast Updated : 2026-07-15
Read more

#11.「神父と白い野獣」登場人物

近況ノートに投稿した登場人物まとめです。 【第一章の主な登場人物】 ●アーサー・ドミニク・クロムウェル Arthur Dominic Cromwell  サマセット伯爵フレデリック・オズワルド・クロムウェルの私生児で現在はランカスター男爵領アッシュワース村で人質生活しつつカトリック司祭(神父)をしている。この時代には珍しい思想強めの博愛主義者の狂気ピュアでウルフには『不良神父』と呼ばれている。  好物は蜜たっぷりのハチの巣で自分が責任者をしてる養蜂施設からよくちょろまかしていて、読書しながら食べるのが趣味で、養蜂が人生と言い切る。  父親から唯一貰ったペットのハヤブサのノヴァ(メス)をとても大事にしており、心の拠り所に一つ。  知識不足でハヤブサと鷹の区別や食性をよく知らないので、鷹狩でウサギやイタチを狩りたいのにハヤブサのノヴァが小型の鳥しか狩ってこないのが小さな悩み。  趣味の養蜂と読書の他、鳥の羽を加工して羽ペンなどの小物を制作するのも好き。  夜に自室を抜け出して貴族や聖職者の間では好まれない肉体の鍛錬に励んでいる。  アーサー自身は知らないが、アーサーの存在が色んな人の人生を狂わせている。 <<常に何も知らない男、アーサー。>>●ウルフ/流浪人(初期は本名が伏せられてる)  アッシュワース村の端の森に流れてきた、肌も髪も白く瞳が赤いアルビノの流浪人で、実はケルトの末裔のウェールズ人。怪しい風体のわりに学があり出自が侮れない。自分の事を他人にあまり語らないので、詳細な過去の経歴は不明。  誰にも話していないが過去にウェールズで辺境伯をやっているフィッツアラン子爵と因縁があり、非常に恨んでいる。  若い頃から戦争への参加経験がある。白い髪をごまかす白い毛皮のフードを被り、赤い目を隠す遮光器を首から下げ、腰には主力武器である小型のウェルシュフックとハンティングナイフを下げている独特かついかつい装備をしている。  彼が纏った知らない文化の匂いと人生経験豊富そうな雰囲気が、狂気ピュア『不良神父』アーサーにの琴線触れたらしく、粘着された結果静かな暮らしがしたかったの
last updateLast Updated : 2026-07-15
Read more

#12.第三話「アーサー・ドミニク・クロムウェル、正気じゃないな」①

 低くくぐもった男の呻き声が、空気の澱んだ蠟燭の明かりが灯る薄暗い室内に漏れている。  男は一見すると老婆のような長く白い髪をしているが、髪の隙間から覗く体は若く逞しく鍛えられていた。  彼の透き通るような白い肌には荒縄が食い込み、縄の縁を彩るように肌が赤く擦れ、鬱血していた。  長い白髪の合間から、憎しみに赤く光る眼差しが覗いている。  それに対し、優雅な男の声が恍惚とした語り口で嘲った。 ──「ウルフ……呼び名の通りまるで北方の狼みたいに美しい体だな。全く、大人しく御されるなら雑兵などではなくちゃんと可愛がってやったものを」  その愉悦に満ちた不愉快な笑い声が、ウルフと呼ばれた男の中にいつまでも響いていた。 「ハッ……!」  ウルフはゆっくりと目を覚ますと、荒い息を吐きながら、夢の中と同じように苦く憎しみに満ちた声で「フィッツアラン……」と呟いた。  男はかつてウルフと呼ばれ、戦場で恐れられたケルトの末裔であり、彼は未だに過去の傷に心を苛まれていた。 〝フィッツアラン〟は、そんなウルフの悪夢の源泉であり、彼とその一族の運命を弄び、残酷な主としてウルフの上に君臨していた男の名であった。  それは、村で異形の流浪人として疎まれている男の、知られざる苦悩の一端であった。  「え、あの噂の流浪人に会ったの? 教会の中になんて入れて、よくバレなかったわね」  礼拝の広間で掃除をしていたアリスは、手を動かしながら交わしていた何気ない会話に挟まれた、彼からの衝撃の告白に驚いた声を出す。 「うん。嵐でみんな村の手伝いに行っていて、誰も居ないから、つい……」  アリスの勢いに押されてしどろもどろになりつつ、アーサーは言い訳交じりに流浪人を教会に匿った弁明をする。  申し訳なさそうな割に、その瞳の奥では反省してなさそうな若い司祭の様子に、アリスは頭を抱えた。 「もう……一人で何て
last updateLast Updated : 2026-07-17
Read more

#13.第三話「アーサー・ドミニク・クロムウェル、正気じゃないな」②

 陽が天高く昇るよりも少し早い頃、ウルフは食料を得るべく川にいた。 六月だというのに風には冬の名残のような冷たさが混じっていたが、水の中は命の躍動に満ちている。 ウルフは柳の枝を編んで自作した、目の粗いザルを手に腰の深さまで水に浸かった。 そして泥の濁った場所を見つけては足で底を乱し、一気にザルで浚い上げる。 ザルの中では、六十から八十センチはある丸々と太ったウナギが二匹、鈍い光を放ってのたうち回った。 先日の嵐による増水が川底をかき乱したせいか、今は、この滋味溢れる獲物が面白いように手に入る。 これほど肉厚な大物となれば、屈強なウルフといえど一匹を平らげるだけで一日の活力としては余りあるだろう。 彼は同じ作業を繰り返し、五匹ほどの動く肉の塊を岸に打ち上げた。 それは、今ここで腹を満たすだけでなく、これらを保存食に仕立てるつもりだった。(こんなもんで良いか……) 漁を始めてからほんの数十分で川での用事を終えたウルフは、岸へ上がるとウナギが逃げないように砂で揉んでぬめりを取ると、水で洗って砂を落とした。 それから頭蓋骨と背骨の境目にナイフを入れて骨ごと断ち切り、事前に川岸に立てておいた木の竿へフックに引っ掛けて吊るした。 こうやって重力に任せてウナギの血抜きをしている内に、ウルフは森と川の境に生えている草むらの中から、調理に必要なハーブを採取していく。 フェンネル、野良ニンニク、そして葉の広いフキやゴボウなど。 ウナギ五匹分の下処理に使う量を集めれば、気が付けばあっという間にウルフの体の幅ほどある柳のザルに山盛りの量になっていた。 これだけの量があっても調理には足りないので、ウルフは一旦集めた野草を持って川に戻った。 なるべく水が清らかな場所を石で囲って流れをせき止めると、集めた野草をすべてそこに放り込んだ。これで他の作業をしている間に、川が野草の汚れを落としてくれるという寸法だ。 ウルフはもう一往復して必要な量の野草を集め終えると、今度は森の中に入って木から直接、葉の付いた枝を集めて回った。 枝なら何でもいい訳で
last updateLast Updated : 2026-07-18
Read more

#14.第三話「アーサー・ドミニク・クロムウェル、正気じゃないな」③

 キャンプ地を襲撃してきたイングランド人たちが帰った後。  ウルフは周囲が静かになったのを確認してテントから出てくると、焚火の周りで焼いていたウナギの肝の串が一本足りなくなっていることに気が付いた。 「はぁ……なんて連中だ……。急に押しかけてきた上に、人の食糧を盗んで帰るなんて……あの男、とんだ生臭坊主だな。よく出来た司祭と聞いていたが、噂と全然違うじゃないか」  何より、白い髪に赤い目をした醜悪な異形の見た目をしているウルフの姿を前にして、臆することなく「友達になりたい」だなんて、正気とは思えなかった。 「いや、ある意味血は争えないか。変わり者という、意味ではな……」  貴族は変態が多い──それはウルフからしたら風説ではなく身をもって思い知らされた事実であった。  風変わりな白い髪と赤い目を珍しがって、ウルフを飼おうとした貴族は一人や二人じゃなかった。  それは──あの頭のおかしい司祭、アーサーの実父である貴族の男もその一人だった。 「胸糞悪い……」  一人呟いた言葉が、日の落ちゆく森の夕闇に溶けて消えた。  次にあの男が来たときは、燻製にしたウナギをすべて背嚢に詰め、この地を去るべきかもしれない。 (アーサー・ドミニク・クロムウェル。あの男は危険だ)  色んな意味で動揺する、ウルフの背中に走る得体の知れない寒気は、まだ止まってはくれなかった。 ***  司祭館のホールの中心。ハーフティンバーの太い梁が渡る吹き抜けを、赤々と爆ぜる暖炉の火が琥珀色に染め上げている。  熱源である火の傍らに据えられたのは、大きな酒樽を半分に断ったような、丸い木桶だ。  その足元には、零れた湯を吸わせるための厚手のリネンが幾重にも重ねて敷き詰められ、その周囲を囲むように、物置から抱えてきたばかりの乾燥したイグサの束(ラッシュ)が新たに解き放たれている。  沐浴のために剥き出しにされた石床は、そのままだと氷のように足
last updateLast Updated : 2026-07-19
Read more

#14.5.三話の補足:中世の床に敷く草、ラッシュの話

  中世イングランドの屋内に入ると、床一面に草が敷かれていることがありました。  といっても、日本の畳のように美しく編み込まれた敷物ではありません。もっとざっくりしています。石床や土間の上に、乾かしたイグサや葦に近い植物――ラッシュを、ばさりと撒いたり、束ねて敷いたりするのです。  現代感覚で言えば、ラッシュは「床材」であり、「吸水シート」であり、「簡易じゅうたん」であり、「芳香剤」でもありました。  石の床は、見た目こそ立派でも足には冷たいものです。冬や雨の日ならなおさらで、裸足で立てば容赦なく体温を奪われます。そこに乾いた草を敷けば、直接石に触れずに済み、踏み心地も少し柔らかくなります。ぱりぱり、かさり、と草を踏む音がするだけでも、むき出しの床よりずっと人の住む場所らしくなるでしょう。  さらにラッシュは、汚れ受けとしても働きます。  中世の広間では、食事も作業も接客も同じ空間で行われます。パンくず、肉汁、酒、泥、灰、犬の足跡。現代のように毎回モップがけとはいきません。そこで床の上の草が、こぼれたものや湿気を受け止めます。汚れたら掃き出して、新しい草に替える。そう考えると、ラッシュはかなり実用的な生活道具です。  香りの役割もありました。新しい草には、それだけで青く乾いた匂いがあります。そこにミント、ローズマリー、フェンネル、ラベンダーなどの香草を混ぜることもあります。人の汗、暖炉の煙、食べ物、湿気、家畜の匂いが入り交じる屋内で、草や香草の匂いは空気をやわらげる大事な工夫でした。種類によっては虫除けも期待されます。  ただし、ここで中世を美化しすぎてはいけません。 取り替えたばかりのラッシュは爽やかです。草の香りがして、足元も柔ら
last updateLast Updated : 2026-07-19
Read more

#15. 14世紀イギリスが十倍楽しめる!アッシュワース村ガイド③

■荘園の基礎知識 14世紀のイングランドにおける荘園(マナー / Manor)は、単なる農村ではなく、「経済」「司法」「社会」が一体となった自給自足的な統治単位です。 ________________________________________ ◎荘園の土地構成 荘園の土地は大きく3つに分類され、これが村の格差を生んでいました。区分   |    名称    |    内容 ____________________________________________________________ 領主直営地 |デメイン (Demesne) |領主(ペンストレイト男爵)が直接所有する土地。農民はここでの労働義務(賦役)がありました。 ____________________________________________________________ 農民保有地 |テネメント (Tenement) |農民が自分たちの生活のために耕作する土地。収穫の一部を領主へ納めます。 ____________________________________________________________ 共用施設・地 |コモンズ (Commons) |森、牧草地、ウィンドル川など。薪拾いや家畜の放牧に使われますが、利用権は厳格です。◎ 登場人物の「階級」と「役割」 14世紀の荘園における、各キャラクターの立ち位置は以下のようになります。 1. 領主と代官(支配層) ・ペンストレイト男爵(領主): 荘園の所有者。通常は別の大きな城に住んでおり、村の管理をトーマスに任せています。 ・トーマス・バートン(代官 / Bailiff): 領主の代理人。徴税、農業計画、裁判の運営を担う実務のトップです。村人からは「領主の牙」として恐れられます。2. 上役と農民(被支配層) ・ミルナー(上役農民 / Reeve): 荘園の管理実務を助ける村の代表。水車小屋の管理など経済的に重要な役割を担い、一般の農民より裕福です。 ・一般農民(ヴィラン / Vill
last updateLast Updated : 2026-07-20
Read more

#16.第四話「境界を超えるもの」①

──「坊ちゃん。〝お父様〟からのプレゼントですよ」 ──「父上からの、プレゼント……?」  行商人の男から差し出された美しい銀色の鳥籠の中に、自分の身長の半分を超える大きな隼が居て、その大きな金色の瞳に、幼い少年の自分の顔が映りこんでいた。  それが、アーサーと愛鳥の隼『ノヴァ』との出会いだった。   父であるクロムウェル伯爵の命令で、アーサーが母エレインとペンストレイト領アッシュワース村にある聖ヒュー教会に来て二年ほど経った頃。  年季の入ったハーフティンバー方式で建てられた司祭館の門をくぐり、アーサーはエレインの隣を歩き出した。  数百人が暮らすこの荘園において、広場へ向かう道すがら、野良仕事へ向かう村人とすれ違うのは日常の光景だ。村人たちは、司祭館の「使用人」であるエレインと、その傍らを歩くアーサーに会釈をしたり、あるいは遠巻きに眺めたりしながら通り過ぎていく。  ピーターが二人の斜め後ろを、護衛というよりは付き添いの下働きとして、落ち着いた足取りで続いている。  広場の中央、大きなオークの木の下には、すでに行商人が荷を解いていた。  三、四人の農家の子供たちが荷を覗き込んでは騒がしく声を上げ、泥だらけの服で走り回る彼らの声が、広場にありふれた賑わいをもたらしていた。  その賑やかさから数メートル離れた場所に、代官トーマスが立っている。  彼は村人や子供たちの動きを検分するように眺めているが、こちらへ歩いてくるエレインとアーサーに気づいても、特に歩み寄るようなことはしない。  表向き、エレインはアーサーの養い親ということにされている。  貴族の私生児という存在は、それ自体が父である伯爵家への侮辱であり、未婚の母となることはふしだらな罪とされるからだ。  だが、二人が実の親子であることは村の公然の秘密だった。  トーマスもそれを知った上で、親子のように寄り添う二人の姿を、あえて咎めるまでもない日常の一幕として見逃しているに過ぎない。  ただし、もし二人が開き直って実の親子であるこ
last updateLast Updated : 2026-07-21
Read more

#17.第四話「境界を超えるもの」②

 思い返せば、アーサーの幼少時代は孤独だった。  平民の女を母に持つ私生児のアーサーは、クロムウェル家の人間としての権利は無いに等しく、周囲からは「お前は貴族ではない」と突き放される一方で、「クロムウェルの血に恥じない振舞をしろ」と厳しく育てられてきた。  厳しいマナー教育はもちろん、遊ぶ相手も制限されており、自由に駆け回ることさえ許されなかった。  それだけに、父から送られた唯一の贈り物である隼は、アーサーにとってペットというよりは兄弟のような存在になるのに時間はかからなかった。  ちなみに、隼はメスで、名前は『ノヴァ』と名付けた。  しかし、自分の体格の半分はある大きさの鳥を常に連れ歩くのは難しく、結局は心の奥が満たされない毎日を送っていた。  ただ、教会のミサや行事に行くと、その時だけは村の子供たちと会話をしても見逃されたのにどれだけ心が救われただろうか。  淋しさを埋めるように積極的に参加する中で、アーサーは「神の前では誰もが平等に関われるのだ」と学び、自然と聖職者の道を志すようになっていった。  それは奇しくも、私生児であるアーサーに許された唯一の生き方でもあった。  いや、それだけではない。  決定打となったのは、当時の数少ない友人だった、ペンストレイト卿の息子であるエドウィンの影響だ。  一つ年上の彼は「男爵って忙しそうだから継ぎたくない、神父にでもなる!」と、会うたびに愚痴っていた。  その言葉通り、エドウィンはオックスフォード大学の神学科に進み、アーサーも彼を追うように進学した。  そして今、大学を卒業した二人はそれぞれの場所に立っている。  エドウィンは中央教会であるウェルズ大聖堂で名誉参事会員としての籍を得た。  一方、アーサーは村に戻り、現在はジャイルズ司祭長の元で、まだ二十一の若さゆえ、現在は司祭の手前の『助祭』という身分ではあるが、神の使徒として修行に励んでいる。  今、アーサーは改めてこの道を選んで良かったと心から思っている。  私生児の立場はどこまでも脆く、それでいて父の威光は強大だ。  個人の私財を持た
last updateLast Updated : 2026-07-22
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status