All Chapters of 娘の命日に離婚宣告。クズ夫が土下座で大後悔: Chapter 171 - Chapter 180

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第171話

今回の花梨は、いつもと様子が違っていた。いつもの哀れっぽくてか弱い女のふりはどこへやら。もう芝居を続ける気もなくなったのだろうか。遥は弱った体を無理に起こし、冷ややかに笑った。「花梨、警告しておくわ。ここで好き勝手に暴れないで。ここは病院よ、あなたの家じゃない」花梨は嘲笑を浮かべ、遥の腹へと目をやった。「遥、子供を身ごもったくらいで、形勢を逆転できるとでも思ってるの?言っておくけど、藤井家はこの子を認めないわ。あなたなんて、ただ捨てられた女よ。夢を見るのはやめなさい」遥は思わず腹を手で庇い、冷ややかに言い返した。「くだらないことを言わないで。この子を誰かに認めてもらう必要なんてないわ。私が自分で守るわ!」その必死な姿に、花梨は口元に冷たい笑みを浮かべた。不意に手を伸ばし、遥の腹をめがけて勢いよく突き出した。「そんなに大事なら、私が楽にしてあげる!」「やめて!」それを見た莉奈が、咄嗟に飛び込んで遥を庇った。花梨に勢いよく押され、莉奈は大きくよろめくと、額を傍らの棚に激しく打ちつけた。ゴンッ!鈍い音が響き、莉奈は力なくその場に崩れ落ちた。額からはたちまち血が流れ出し、青白い頬を赤く染めていく。「莉奈ちゃん!」遥は悲鳴を上げ、慌てて手を伸ばして支えようとしたが、体が弱っているせいでベッドから転げ落ちそうになった。花梨もこの思いがけない事態に顔を青ざめさせ、その場に固まっていた。「莉奈ちゃん!お願い、目を覚まして!」遥は震える手で莉奈の頬に触れた。指の間を血が伝い落ち、目を覆いたくなるほどの惨状だった。莉奈は目を固く閉じたまま、顔は紙のように白く、呼吸も弱々しい。遥は胸が締めつけられる思いだった。顔を上げ、花梨を睨みつけた。その声は怒りに震え、かすれていた。「花梨!あなた頭がおかしいんじゃないの!?莉奈ちゃんはあなたの娘なのよ!どうしてこんなことができるの!」花梨は我に返ったものの、青ざめながらも強気な口調で言い返した。「あ……あの子が自分から飛び込んできたのよ、私に関係ないわ!遥、いい人ぶるのはやめて。あなたがいなければ、莉奈がこんな目に遭うはずなかったのよ!」遥は怒りに全身を震わせながら無理に体を起こし、ナースコールを力強く押した。「花梨、出ていって!もう二度とあなたの顔なん
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第172話

遥は深く安堵の息をつき、看護師に付き添って莉奈の病室へ戻った。ベッドの傍に腰を下ろし、そっと彼女の手を握る。「莉奈ちゃん、ごめんね。私がちゃんと守ってあげられなくて……」遥は声を詰まらせた。莉奈はゆっくりと目を開け、涙に濡れた遥の顔を見て弱々しく微笑んでみせた。「遥お姉ちゃん、泣かないで……私、平気だから……」その優しい声に、遥の涙はますます溢れて止まらなくなった。「どうしてあんな無茶を……急に飛び込んできたりして……あなたに何かあったら、私、どうしたらいいの!」莉奈は小さく首を横に振った。「だって、遥お姉ちゃんが傷つくのを見ていられなかったの。お腹に赤ちゃんもいるでしょう。遥お姉ちゃんに何かあったら、赤ちゃんも傷ついちゃう。そんなことになるのは絶対に嫌だったの」その言葉を聞いて、遥の胸は締めつけられるように痛み、視界がさらに涙で滲んだ。遥は莉奈をそっと抱きしめ、震える声で告げた。「莉奈ちゃん、どうしてそんな無茶を……あなたが一番大事なのよ、分かってる?これからはもう、あんな無茶はしないで。私が傷つく方がずっといい。あなたに何かあるなんて、絶対に嫌なの」莉奈は遥の胸に身を預け、小さな声で応える。「遥お姉ちゃんも、私にとって大事な人だよ。遥お姉ちゃんと赤ちゃんが傷つくのを見たくないの」その純粋な思いに、遥の心は言葉にならないほど温かいもので満たされた。莉奈を強く抱きしめ、流れる涙がその小さな肩を濡らす。「ありがとう。私を守ってくれて……」莉奈は本当に優しい子だ。ただ残念なのは、あんな悪意に満ちた母親がいることだった。ちょうどその時、病室の扉がそっと開き、怜司が戸口に立っていた。ひどく険しい顔をしていた。そもそも、花梨の泣き言を聞いて病院へ駆けつけ、どうして莉奈を突き飛ばしたのかと遥を問い詰めるつもりだった。だが戸口に立ち、ふたりの会話を耳にして初めて真実を知る。花梨は事実を捻じ曲げ、すべての責任を遥に押しつけていたのだ。彼は大きく息を吸い、病室の中へ足を踏み入れた。物音に気づいた莉奈が顔を向け、怜司を見て弱々しく呼んだ。「パパ」怜司は足早にベッドの傍まで来ると、身をかがめ、そっと莉奈の頭を撫でた。優しい声で尋ねる。「莉奈、どうだ?まだ痛むか?」莉奈は小さく首を横に振った
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第173話

やはりそうだったか。花梨がここまでひどいことをするとは、思いもしなかった。彼はゆっくりと息を吐き出し、莉奈をベッドへ寝かせると優しく言った。「莉奈、少し休んでいなさい。パパは少し電話をしてくるから」莉奈はおとなしく頷き、目を閉じた。怜司は立ち上がって病室の外へ出ると、花梨へ電話をかけた。通話が繋がった途端、花梨の泣きじゃくる声が聞こえてきた。「怜司、莉奈はどう?頭がひどく痛くて、どうしても行けなかったの」頭が痛いだと?どうせ顔を出すのが気まずいだけだろう。自分があの子を突き飛ばしたのだから。怜司は鼻で笑い、氷のような声で言った。「花梨、よくそんなことが聞けるな。自分が何をしたか分かっていないのか」今回の件がいずれ露見すると分かっていた花梨は、すでに言い訳を用意していた。いっそう哀れっぽい声を出した。「怜司、聞いて。私にも事情があったのよ」母親が実の娘を突き飛ばすような事情が、いったいどこにあるというのか。怒りはもう抑えきれなかった怜司は冷ややかに言い放った。「もう芝居はやめろ。莉奈から全部聞いた。お前が遥を突き飛ばして流産させようとしたところを、莉奈が遥を庇って怪我をしたんだ!自分の娘によくそんな真似ができたな」――くそ、莉奈は完全に遥の味方なのね。やっぱり血のつながった親子だから、手を組んで私に逆らうんだわ。「怜司、なんで莉奈の言うことばかり信じるの?あの子はまだ子供なのよ!何も分かってないの!私があの子を傷つけるわけないでしょ!全部あなたのためを思ってやったことなのに!」妊娠している遥を突き飛ばすことが、俺のためだと?そんな言い訳が通るとでも思っているのか。怜司の声はさらに冷え込んだ。「俺のためだと?花梨、お前と押し問答をしている暇はない」花梨はさらに激しく泣き喚き、震える声で訴えた。「本当にあなたのためだったのよ!遥のお腹の子は、あなたの子じゃない。靖也の子なのよ!あんな風にあなたを騙しているのが、どうしても見ていられなかったの。あなたの子じゃないのに!莉奈が突然飛び込んでくるなんて思わなかったの。本当に、わざとじゃないわ!」人の心を揺さぶるのは花梨の得意技だ。怜司が何より気に病んでいるのは、遥の子が自分の子ではないという一点だ。だからこそ、そう揺さぶりをかければ、彼の怒り
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第174話

先ほど外で花梨と電話していた怜司の声は、扉越しではっきり聞き取れなかったものの、花梨に対する態度が明らかに変わったことだけは分かった。怜司は袋をテーブルに置いた。「差し入れを買ってきた。お前も莉奈も栄養をとらないと」「結構よ。私たちで何とかできるから」その言葉に怜司の胸は痛んだが、それでも諦めずに言葉を継いだ。「遥、俺が前に間違っていたのは分かってる。お前を疑うべきじゃなかった。花梨の言葉を信じるべきじゃなかった」そんな言葉は、もう耳にたこができるほど聞いてきた。いつも証拠が出てきたあと、あるいは誰かから話を聞いたあとになって、ようやく信じると言うのだ。今さらそんな薄っぺらな信頼など、自分には必要ない。遥は俯き、お腹をそっと撫で、低い声で言った。「怜司、私たちの関係はもう終わったの。もうこれ以上、あなたと関わりたくないの。この子をしっかり守りたい、それ以外はもうどうでもいいの」医師に妊婦を過度に刺激しないようにと言われていたこともあり、怜司はそれ以上言い争うことはしなかった。それから数日間、怜司は毎日病院に通い、遥と莉奈の傍にいた。たくさんの食べ物を買ってきて、こまめにふたりの世話をした。遥の態度は依然として冷たかったが、彼は諦めようとはしなかった。莉奈は怜司の変わりようを見て、遥の手を握り、小さな声で言った。「遥お姉ちゃん、パパが最近すごく変わったね。本当に自分が悪かったって分かったのかな?」遥は莉奈の頭をそっと撫で、優しい声で言った。「大人の世界は複雑なのよ。あまり深く考えないで。今は怪我を治すことだけ考えてね」莉奈は頷き、おとなしく目を閉じた。彼女の目には、パパも遥お姉ちゃんも善い人だった。ママは、もともと善い人だったはずなのに、今は少しずつ変わってしまっていた。このところ遥は莉奈を細やかに気遣い、ふたりの仲はさらに深まっていた。怜司もよく顔を見せに来ていたが、遥は依然として冷たい態度を崩さない。それでも、3人で過ごす時間は、まるで温かな3人家族のようだった。その一切が、花梨の嫉妬心を激しくかき立てていた。遥という女は、自分のすべてを奪い去ったも同然だった。自分の子供を、自分のものになるはずだった男を。本来なら自分のものだったはずの人生を、全部遥に持っていかれてしまった。
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第175話

怜司は扉を開け、部屋の中に遥が立っているのを見て思わず眉をひそめた。「どうしてここにいるんだ」遥も一瞬呆然とした。怜司が突然現れるとは思ってもいなかったのだ。眉を寄せ、落ち着いた声で答えた。「莉奈がかくれんぼをしたいって言ったから、ここに隠れてたの。あなたはどうしてここに?」怜司はすぐには答えず、部屋の中をぐるりと見回した。確かに部屋の中には遥しかいない。彼もまた、莉奈が呼んでいるという連絡を受けていたのだった。何かの行き違いだと思い、怜司はスマホを取り出して、誰かに扉を開けてもらおうと電話をかけた。だが、電波が入らないことに気づいた。「鍵がかかってる」怜司は冷たく言った。それを聞いて遥は信じられず、自分でドアノブを引いてみたがやはり微動だにしない。遥は眉をひそめた。「どういうこと?誰が私たちをここに閉じ込めたの?」怜司は答えなかった。体の奥から異様な熱が込み上げてくる。呼吸もしだいに荒くなっていった。何か薬を盛られたのかもしれない。そう気づいた瞬間、彼の顔は一気に険しくなった。誰が閉じ込めたのかと遥が問いかけるのは、明らかにわざとらしい。彼は顔を向け、冷たい目で遥を見据えると詰問するような口調で言った。「お前は一体何をしようとしているんだ!身重の体で、こんな手段でまで俺を誘惑するつもりか?」その唐突な詰問に、遥は一瞬呆然としたあとようやく意味を理解し、顔を険しくした。「頭がおかしいんじゃないの?どうして私があなたに薬を盛るっていうのよ。あなたがここに来るなんて知らなかったわ!」本当に自意識過剰な男だ。まさか自分が誘い込んだと思っているとは。この自惚れの強さには呆れるしかなかった。怜司は冷ややかに笑い、明らかに彼女の言い分を信じていなかった。「知らない?それならどうしてちょうどここに現れたんだ?ドアも鍵がかかって、電波も入らない。あまりに都合が良すぎないか?」確かに都合が良すぎる。だが自分が仕組んだことではない。むしろ、これは彼の仕組んだことかもしれないと疑っていたくらいだ。いずれにせよ、怜司が仕組んだのでなければ、花梨か西園寺家の人間だろう。遥は怒りで顔を白くし、声を一段と高くした。「頭を冷やして!自惚れもいい加減にして。私は今、この子をちゃんと守ることしか考えてな
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第176話

しかし、怜司はもう完全に理性を失っていた。彼は遥の手首を掴み、強く懐へ引き寄せるとかすれた低い声で言った。「お前はずっと、俺に抱かれたがっていたんじゃないのか。今、その望みを叶えてやる」遥は必死にもがいたが、彼女の力では怜司に到底かなわない。普段であれば、怜司も自分を抑えられたかもしれない。だが今回、彼の心にはずっとひとつの言葉がこびりついていた。ーー遥が、他の男の子を身に宿している。よくもそんなことができたものだ。その考えで、怜司の理性はすでにすっかり呑み込まれていた。怜司の呼吸は熱を帯び、指は彼女の腰を強く掴んでいた。遥の抵抗は次第に力を失い、意識も薄れていく。……どれほど時が経ったのか、怜司はようやく正気を取り戻した。彼は慌てて遥から体を離した。見ると、彼女の顔は紙のように白く、額には冷や汗が浮かび、体を小さく丸めて両手で腹を強く押さえている。彼は膝をつき、震える声で言った。「遥、どうした!?」遥は答えない。体がかすかに震え、顔色はますます悪くなっていった。怜司はそこでようやく、彼女のスカートの裾が血で赤く染まっていることに気づいた。「遥ーッ!」その赤を見た瞬間、彼は完全に青ざめ、すぐさま遥を抱き上げると扉へ駆け寄った。何とか扉を開けると、遥を抱えたまま部屋を飛び出し、病院へ急いだ。……処置室の前で、怜司は落ち着かない様子で待ち続けていた。ようやく医師が出てくる。怜司はすぐに歩み寄り、切羽詰まった声で尋ねた。「先生、彼女はどうですか!?」医師はため息をつき、重い声で言った。「お腹の赤ちゃんは助かりませんでした。ご本人はひとまず危険を脱していますが、しっかりと療養が必要です」怜司の心は一気に沈み、力なく壁にもたれかかった。頭の中が真っ白になっていく。遥が目を覚ますと、病院のベッドに横たわっていることに気づいた。体はまだ弱々しかったが、意識はもうはっきりしている。無意識に自分のお腹へ手を当てる。怜司はベッドの傍に座っていた。彼女が目を覚ましたのを見て小さく言う。「……気がついたか」遥は彼を見ようともせず、冷たく言った。「赤ちゃん、だめだったのね」彼は頭を垂れ、かすれた声で言った。「すまない、遥……全部俺のせいだ」遥は目を閉じ、涙が目の端から零
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第177話

怜司は病室の戸口に立ち、買ってきたばかりの温かい食事を手にしていた。扉を開けて中へ入ると、遥がベッドの端に座り、冷ややかな目で窓の外を見つめているのが見えた。顔色はまだ白く、瞳は虚ろで、まるで抜け殻のようだった。彼は彼女の傍に歩み寄り、小さく言った。「ご飯を買ってきた。少し食べてくれ」遥は振り向かず、冷たい声で言った。「怜司、離婚しましょう」怜司の手が大きく震え、危うく手にした食事を床に落としそうになった。怒りを押し殺し、低く答えた。「まだ体も回復していないのにそんな話はよせ。まずは体を治そう。あとのことはそれから考えればいい」あとで?体が回復してから?すべての元凶である彼が、よくそんなことを言えるものだ。本当に恥を知らないのだろうか。遥はようやく顔を向け、刃物のように鋭い視線を彼に向けた。「あとで?怜司、私たちに『あとで』があると思ってるの?あなたは、私の子を死なせたのよ!」怜司の瞳は深く沈んだ。遥の言う通りだとは分かっている。だが、その子は絶対に残しておけなかった。もし自分たちの子だったなら、何よりも大切にしていただろう。だが、遥が他の男の子を身に宿していたとすれば、それだけは絶対に許せなかった。彼は食器を置き、彼女の前にしゃがみ込むと、かすれた声で言った。「俺が悪かったのは分かってる。許してくれとは言わない。ただ……一度だけチャンスをくれないか。償わせてほしい」償う?失った子供の命を、彼に償えるというのか。遥は冷笑を浮かべ、嘲りを込めて言った。「償う?何で償うつもりなの?私の子はもういない。それは決して変わらない事実よ」「遥、今度こそ、俺たち二人の子供を授かろう」それを聞いた瞬間、遥は迷わず怜司の頬を叩いた。よくそんなことが言える!「怜司、どうしても離婚してくれないなら、私はもう死ぬしかないわ」怜司の心臓が大きく跳ねた。顔を上げて遥の目を見ると、そこには一切の揺らぎもなかった。本気だ。そう分かった。「遥、そんなことを言うな」怜司は動揺し、懇願するような声で言った。「ちゃんと話し合おう。馬鹿な真似はしないでくれ」馬鹿な真似?自分をこんな状況に追い込んだのは、他の誰でもない彼のはずなのに、よくそんな言葉が使えるものだ。遥は苦笑した。「
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第178話

遥は冷たくその手を振り払い、振り返ることもなく言った。「これからは私たちはただの他人よ。もう二度と私の前に現れないで」彼女は役所を出て、空を見上げた。お腹に手を当て、小さく呟く。「ママはやっと自由になったよ。これからはちゃんとあなたを守るから。もう誰にも、私たちを傷つけさせない」怜司は家に戻り、扉を開けた。目に入ったのは、がらんとした部屋だけだった。戸口に立ち尽くす。離婚届が受理されたという事実が鉛のように重くのしかかり、息が詰まりそうだった。ソファの傍まで歩み寄り、力なく座り込む。視線はぼんやりと宙を彷徨ったまま。胸が引き裂かれるように痛んでいた。勢いよく立ち上がり、酒棚へ向かい、度数の高い酒の瓶を取り出すと、そのままラッパ飲みした。喉を焼くようなアルコールの刺激が、一時的に苦しみを忘れさせてくれる。だが、そのあとに訪れるのはさらに深い虚無と後悔だった。それからの日々、怜司は毎日酒に溺れ、仕事も投げ出していた。貴子はそのことを知り、怜司の住まいへ駆けつけた。扉を開けた瞬間、濃い酒の匂いが鼻をつく。孫のやつれた姿を見て、貴子の胸は怒りと痛みでいっぱいになった。彼の前まで歩み寄り、厳しく言った。「あなた、自分の今の姿をちゃんと見なさい!そんなふうに自分を駄目にして、どうするつもりなの!」怜司は顔を上げた。目はどこか虚ろで、かすれた声で言う。「おばあさん……俺が悪かった……本当に悪かった。遥に、あんな仕打ちをすべきじゃなかった」それを聞いた貴子の胸が痛んだ。遥のお腹の子が実は怜司自身の子だったことを彼女は知っている。だが、それを口にすることはなかった。もし本当のことを知れば、怜司はもっと苦しむことになるだろう。貴子はため息をつき、口調を少し和らげた。「はぁ……遥ちゃんは本当にいい子なのよ。今回のことで、あの子の心を深く傷つけたのは間違いないわ。子供を失ったと思って、どれほど辛かったでしょうに。どうしてあんなひどいことをしたの」怜司は何も言えず、ただ拳を握りしめる。手には青筋が浮いていた。ここまで事が進んだ以上、貴子は遥を追い詰めるつもりはなかった。もともと遥のことは好きだったのだから。だからこそ、孫の怜司に立ち直ってもらうしかなかった。「怜司、こんな荒れた生活を続けていたら、遥ちゃん
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第179話

それを聞いて、貴子はようやく息をついた。どうやら怜司が花梨を妻にする気はないらしいと分かったからだ。「それでいいの。あなた、しっかりしなさい。遥ちゃんみたいに良い妻がいたのに、本当に罰当たりなことをしたものね」怜司は何も答えず、ただ俯いて黙り込んでいた。事がここまで進むとは、彼自身思ってもいなかった。遥が命を懸けてまで離婚を迫るとは。これまでも、いろいろなことが起きるたびに遥は「離婚する」と口にしてきたが、実際に離婚することは一度もなかった。今回も同じだと思っていた自分の判断が間違っていたのだ。怜司はスマホを取り、秘書へ電話をかけた。「遥がどこへ行ったか、調べてくれ」もともと菅原の屋敷にいるだろうと思っていたが、そこでは見つからなかった。少なくとも、怜司には今の居場所が分からなかった。だが、怜司という男は、誰かをそう簡単に逃がすような男ではない。彼は書斎に座り、無意識に指で机を叩きながら、頭の中では役所で遥と離婚したあの場面が繰り返されていた。あの眼差し。遥が完全に自分を見切ったような、その目。かつてはあれほど自分だけを見ていた女が、今はもう何の光も宿さず、怜司の姿さえ映していなかった。残るのは憎しみだけ。怜司は深く息を吸った。胸が突き刺すように痛み、呼吸ができなくなるほどだった。無数の蟻が胸の内を這い回るような焦燥感に駆られ、窓の外へ目を向ける。何もかもが、以前とは違ってしまった気がした。ちょうどその時、書斎の扉がそっと開き、花梨が入ってきた。白いワンピースに身を包み、顔には柔らかな笑みを浮かべていた。温かいお茶が入ったカップを手に、小さく言った。「怜司、最近すごく疲れてるみたいだから、お茶を淹れてきたの。少し飲んで」怜司は顔を上げ、花梨を見ると眉をひそめた。茶を受け取ることもなく、淡々と言った。「ありがとう。テーブルに置いてくれ」花梨は茶をテーブルに置いたが、立ち去る気配はなかった。怜司の傍に歩み寄り、探るような口調で言った。「あの……聞いたんだけど……遥と離婚したの?」怜司の目が一瞬で冷たくなった。顔を上げ、花梨を見据えると冷たい声で言った。「お前には関係ない」花梨はその冷たさに怯むことなく、むしろ柔らかく笑ってみせた。「どうして関係ないの?怜司、離婚したん
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第180話

自分は生まれつき愛人になる運命だとでもいうのか。花梨の顔が一瞬で青ざめた。目には涙が浮かび、声は涙で震えていた。「怜司、どうしてそんなこと言えるの?私と結婚するって、ちゃんと言ってくれたじゃない!遥と離婚したのに、どうして今さら私を突き放すの?……やっぱり、私のことなんて本気で好きじゃなかったんでしょ?ずっと心の中には、遥しかいなかったんだよね?」彼は、自分を愛したことなど一度もなかった。触れようとさえしなかった。自分に注いでくれた愛情も、全部恩を返すためだけのものだったのか。だが、その「恩」すら本当は自分のものではなかった。全部、遥のものだった。そうだ。花梨の持っているすべてのものは、結局遥がいたからこそ存在していたのだ。怜司は答えず、花梨に背中を見せたまま冷たく言い放った。「花梨、少し分かってくれ。今は忙しい。この話をしている時間はない。帰ってくれ」花梨の目から涙が一気に溢れ出した。離婚すれば、怜司は自分と一緒になってくれると思っていたのに。実際は違った。遥が離婚しても、彼はやはり自分とは一緒にならない。自分の前に立ちはだかっていたのは、遥ではなかった。ずっと怜司自身だったのだ。怜司が、自分を愛していないのだ。「本当に私を愛したことは、一度もなかったの?」怜司はやはり振り返らず、ただ冷ややかに言った。「気持ちというものは無理に作れるものじゃない。お前に対する恩は別の形で返す。だが結婚はありえない」花梨はその場に立ち尽くし、涙を止めることができなかった。奥歯を噛み締め、冷たい声で言った。「……後悔するわよ。絶対に後悔するから!」言い終わると、踵を返して書斎を飛び出した。花梨は藤井家を飛び出し、車に乗り込んだ。涙はまだ止まらない。スマホを取り出し、ある番号へ電話をかけた。冷たい声で言った。「遥の行方を調べて。今どこにいるのか知りたいの」電話を切ったあと、低く呟いた。「あなたは私のものを全部奪っていった。必ずその代償を払わせてやる!」もし遥が死んでしまえば、怜司はいつか必ず自分を愛するようになる。絶対に!……怜司は書斎に座り、届いたばかりの調査報告を手にしていた。報告書には遥の近況が詳細に記されていた。彼女は人里離れた小さな町に住み、争いのない静かな暮らしを送っ
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