All Chapters of 娘の命日に離婚宣告。クズ夫が土下座で大後悔: Chapter 191 - Chapter 200

275 Chapters

第191話

それもあくまで推測に過ぎず、貴子にも確信があるわけではなかった。「遥ちゃん、もう今の土地に住み続けるわけにはいかないわ。怜司が狙われている以上、あなたはもう怜司とは離婚したけれど、彼を助けた以上、あの連中にまた狙われるかもしれないわ。あなたが怜司と関わりたくない気持ちは、よく分かっているわ。けれど、それとあなたと私の仲は別の話でしょう。私は昔から、あなたを自分の本当の孫のように思って可愛がってきたのよ。あんな恐ろしいことが起きた以上、あなたのことが心配でならないの。一緒に帰りましょう」貴子は涙ながらにそう訴えたが、実のところ、そこには彼女なりの計算もあった。少なくとも本家に戻れば、今より安全だろう。それに、怜司との間にも、まだやり直す可能性があるかもしれない。「少し考えさせてください」実際、遥はきっぱりとは断りきれなかった。あの町はもう安全ではない。それでも、怜司とこれ以上関わりたくはなかった。「俺は本家には住んでいない」怜司がそう付け加えた。明らかに、彼女を本家へ住まわせたいという意図が透けて見える。貴子も隣でそれを必死に後押しする。遥は、ついに小さくため息をついた。「……分かったわ。おばあさん、私は一緒に帰る」本当のところ、怜司の言葉がきっかけで決断したわけではなかった。それはただ、彼女にとっての最後の口実に過ぎない。結局のところ、今も彼女のお腹には子がいるのだ。あの町は、もはや安全な場所ではなかった。それに、自分がそこに住み続けること自体が、無関係な近所の人たちに危険をもたらしてしまう。怜司は遥が承諾したことに少し驚きながらも、何とか笑みを浮かべた。……靖也は豪華な社長室の中で、恐ろしいほど暗く沈んだ表情を浮かべていた。目の前にいる部下たちは深く頭を垂れ、息をするのもためらうほど怯えていた。部屋中の空気が、重く息苦しいほどに張り詰めていた。「使えない奴らだ。まったくの役立たずどもめ!」靖也は机を激しく叩き、勢いよく立ち上がった。「あんな簡単な仕事さえやり遂げられず、お前らを雇っている意味がどこにある!」部下のひとりが、怯えながらも顔を上げ、震える声で弁明した。「社長……もう少しで仕留められるところだったんです。ですが、あの女が突然現れて、妊婦を装って我々を騙して……気づいた
Read more

第192話

花梨は昔から遥をひどく嫌っている。今回彼女を引き入れれば、これ以上ない協力者になるはずだった。靖也はすぐさま花梨のもとへ足を運んだ。以前、ふたりの関係は決裂したも同然だったため、再び手を組むには、まず花梨との関係を立て直す必要があった。彼はスーツの襟元を整え、呼び鈴を鳴らした。ほどなくして、ドアが開いた。上質なルームウェアに身を包んだ花梨は、靖也の姿を認めるなり片眉を上げ、からかうような口調で言った。「あら、珍しいお客さんね。私に何の用かしら?」彼女が当てこすりを言っているのは、靖也も百も承知だった。「今日はお前と組む話をしに来た。遥をどうにかする件だ」花梨は一瞬目を丸くしたが、すぐに意味深な笑みを口元に浮かべた。「前は、私が遥に手を出すのを邪魔したじゃない」かつて花梨が遥に手を出そうとした際、ふたりはひどく揉めた。それ以来、手を組むことなどほとんどなくなっていたのだ。とはいえ、靖也は花梨の弱みを握っていたため、彼女も完全に関係を断ち切ることはできなかった。それは嫌味のつもりだったのだろうが、靖也は気にする素振りも見せず、ただ冷ややかに笑い返した。「余計なことは聞くな。目的が同じなら、手を組めばいいだろう」花梨はくすりと笑うと、身体をずらして靖也を室内へ招き入れた。ソファに腰を下ろし、優雅に脚を組んだ。「でも、どうして急に考えを変えたのか知りたいわ。万が一、あなたが遥の差し金だったりしたら困るもの」実際にはあり得ない話だが、花梨はただ、彼が心変わりした理由を聞き出したかっただけだ。靖也が遥を潰すというのなら、花梨にとってもこれほど願ってもない話はない。靖也は向かいのソファに腰を下ろすと、うんざりしたように口を開いた。「人は変わるものだ。遥は何度も俺の計画を邪魔してきた。これまで何度もチャンスをやったのに、それでも分からないというなら、もう容赦するつもりはない」花梨は片眉を上げた。欲しかった答えが得られたのだろう。手の中のワイングラスを軽く揺らしながら、言葉を続けた。「もしかして、遥が怜司を助けたから、腹を立てているのかしら」最近起きたあの騒ぎも、とうに花梨の耳には入っていた。誰かが怜司を襲い、重傷を負わせた。その黒幕は、おそらく目の前にいる靖也なのだろう。花梨の情報網は決して
Read more

第193話

怜司は病院のベッドに身を横たえながら、藤井グループの幹部と、本家の中核を担う人物の名が記されたリストを固く握りしめていた。今回の襲撃事件で、ごく身近に内通者が潜んでいること、そしてその人物の地位が相当高いであろうことを、彼はすでに確信していた。氷のように冷たい眼差しでリストを見渡した。誰もが裏切る動機を持ち合わせており、完全にシロだと言い切れる者などひとりもいなかった。藤井グループの長老たちは、表向きは怜司に忠誠を誓っている。だが、裏で何人もの者が藤井家の当主の座を虎視眈々と狙っていることを、怜司は嫌というほど分かっていた。駿もすでに病院へ戻ってきていた。実家の用件はおおよそ片付いていたが、残りの用事は後回しにして戻ってきたのだ。明らかに誰かが策を講じて駿を遠ざけ、手薄になった隙を突いて怜司の命を狙ったのだ。だからこそ、怜司が襲撃を受けたと知った瞬間、駿は迷うことなく彼のもとへ駆け戻ってきた。「駿」怜司は低く押し殺した声で呼びかけた。「調べてくれ。奴らの最近の動向を、すべて洗い出すんだ。とくにあの長老たちの一挙手一投足を、俺は知っておきたい」あの夜、遥がいなければ、怜司はすでに襲撃者たちの手に落ちて命を落としていたかもしれない。「内部の人間を疑ってるのか」怜司は冷ややかに口角を上げた。「疑っているんじゃない。確信しているんだ。あの襲撃はあまりにも周到すぎた。内部の誰かが俺の行動を逐一漏らしていなければ、奴らがそう簡単に俺の居場所を見つけられるはずがない」怜司が自分を疑っていないことは、駿にもよく分かっていた。だが、あの夜、怜司の部下だと駿が確認したため、遥はあの男たちを家に入れてしまったのだ。それだけに、自分にも取り返しのつかない重い責任があり、疑いの目を向けられてもおかしくない立場にある。「僕は君を裏切るつもりなんてない。これからもずっと、君についていく」駿はその場で片膝をつき、忠誠を示した。「駿、お前のことは信じている。遥を除けば、俺がここまで信じられるのはお前だけだ」その言葉に、駿は何と返せばいいのか分からなくなった。怜司は、本当のところ遥をまだ信じきってはいないのだ。「君は本当のところ、遥さんをまだ信じきれていないんだな」互いに腹を割って話すようになってから、駿も遠慮なく意見
Read more

第194話

怜司は上座に腰を下ろし、射抜くような眼差しを長老たちへ向けていた。まだ癒えきらぬ傷を押してまで、今日こそ身内の裏切りに決着をつけるつもりだった。「皆さん」怜司は淡々と、冷酷な響きを帯びた声で口を開いた。「今日皆さんに集まっていただいたのは、藤井家の存続に関わる重大な問題を処理するためです」長老たちは顔を見合わせた。「藤井家の存続に関わる」という言葉だけで、事の重大さは十分に伝わってきた。怜司は構わず言葉を続けた。「すでにご存じの通り、先日俺は襲撃を受けた。あまりにも周到な計画だったことから、内部に俺の行動を漏らした者がいるのは明らかだ。調査の結果、その裏切り者を突き止めた」その言葉が響いた瞬間、リビングの空気が凍りつくように張り詰めた。長老たちは一様に目を伏せ、誰ひとりとして怜司と視線を合わせようとはしない。裏切り者がすでに特定されている以上、今日この場はその罪を白日の下に晒し、処分を下すために設けられたのだと、誰の目にも明らかだった。怜司は射抜くような視線を、末席に座る元へと向けた。「谷口、何か弁解することはあるか?」元の顔から、瞬く間に血の気が引いていく。彼は椅子を鳴らして勢いよく立ち上がり、震える声で訴えた。「社長、それは一体どういう意味でしょうか。私は長年、藤井家に絶対の忠誠を誓ってきた身です。裏切るなど、断じてあり得ません!」怜司はふんと冷たく鼻を鳴らし、手にしていた報告書を机の上へ無造作に投げつけた。「谷口、これは貴様の最近の行動記録だ。靖也との度重なる密会や、俺の行動を漏らしていた証拠、そのすべてがここに記されている。それでもまだ、往生際悪くシラを切るつもりか」元は机上の報告書に目を落とし、完全に顔色を失って、腰を抜かして床にへたり込んだ。靖也とのやり取りは、誰にも悟られぬよう完璧に隠し通していたはずだ。なぜ、これほど容易く怜司に尻尾を掴まれてしまったのか。「谷口。藤井家の長老という重い立場にありながら、靖也と結託し、あろうことか当主の命を狙った。藤井家の規定に従えば、裏切り者がどのような処分を受けるか。お前が一番よく分かっているはずだな」元は無様な姿でその場に平伏した。「社長、私は……ほんの一時の気の迷いだったのです。どうか、どうか命だけはお助けください!」事前に靖也
Read more

第195話

靖也はすでに姿を消していた。襲撃の失敗を悟った瞬間、彼はすぐさま身を隠したのだ。怜司は元の裏切りを示す証拠は押さえていたものの、靖也の逃げ足は思いのほか速く、手がかりはひとつも残されていなかった。靖也も何の備えもなく事を起こすほど愚かではない。襲撃計画が失敗に終わった時点で、怜司が徹底的に追及してくることなど、とうに予期していたはずだ。だからこそ、前もって逃亡の準備を周到に整えていたのだ。実のところ、彼はすでに花梨と手を組んでいた。花梨の背後には、以前から彼女を支援し続ける謎の人物が潜んでいる。その事実は靖也も把握していた。今回、花梨と再び手を組むことになった際、彼女は靖也をその謎の人物に引き合わせていた。その人物の正体は深い謎に包まれており、花梨自身でさえ、相手の本当の素性を知らなかった。だが、これまで花梨が受けてきた支援を見る限り、その人物の助けは非常に大きかった。靖也はその人物と直接手を組んだ経験がなく、全幅の信頼を置いているわけではなかった。それでも相手は、靖也が協力するというのなら再起を援助し、いつの日か藤井家の実権を取り戻す手助けさえすると約束してくれていた。すでに崖っぷちまで追い詰められている。もはや、その謎の人物を信じるしか道は残されていなかった。一方で、怜司もまた、靖也を追う手を決して緩めてはいなかった。「駿」怜司は病院のベッドに腰かけたまま、低く呼びかけた。顔色はまだ蒼白だが、その眼差しは鋭い光を放っていた。「靖也の行方は、どうなった」駿は重々しく首を横に振った。「奴は巧妙に足取りを隠していて、こちらの人員を総動員しても、まだ潜伏先を割り出せていない。ただ、いくつか手がかりは掴んだ。すでにこの街を離れている可能性が高い」怜司は冷ややかに鼻を鳴らした。「卑怯者め、離れたか。この俺から逃げおおせるとでも思っているのか。調べを続けろ。地獄の底まで追い詰めて、必ず引きずり出してやる」駿は深く頷いた。「分かった。けれど、背後に誰かの手引きがあると睨んでいる。あの男の力だけで、これほど完璧に身を隠せるとは到底思えない」怜司は鋭く目を細めた。「誰かが裏で靖也を操っているというのか」「そうだと思う」駿は声を潜めて答えた。「それも、相当な権力を持つ人物だろう
Read more

第196話

すぐ傍にもうひとり誰かがいる。だが、辺りはひどく暗く、相手の顔までは判別できない。どうやら、自分ともうひとりが、一緒にここまで連れ去られてきたらしい。一体、どうしてこんなことになってしまったのか。ほどなくして、重いドアが開き、一筋の鋭い光が室内に差し込んだ。「ふたりとも目が覚めたようだな」しゃがれた声が響いた。顔を上げると、そこには不気味な仮面をつけた男の姿があった。どういうわけかひどく見覚えがあるような気がしたが、誰なのかすぐには思い出せない。「目的は何なの?」遥は冷ややかに問い詰めた。すでにある程度の見当はついていた。怜司の敵で、前回彼の命を狙った連中のひとりかもしれない。「俺の目的?ふん、何だと思う?」そのかすれた声と口ぶりに、遥はますます強い違和感を覚えた。男は間を置かず、ゆっくりと仮面を外した。遥は驚きに目を見開いた。そこにあったのは、靖也の顔だった。怜司が血眼になって行方を追っている最中だというのに、まさか自分が彼にさらわれることになるとは夢にも思わなかった。「遥さん、俺が君をどれほど愛しているか、分かっているだろう。だから、君が俺の仕事の邪魔をしても、今までは一度も責めなかった。だが、前回はあと一歩のところで成功するはずだったのに、君がすべてを台無しにしてくれた。そのせいで今の俺は、行き場を失った負け犬同然だ。俺の好意に甘えておいて、どうしてこんな仕打ちができるんだ!」靖也はその鬱屈した怒りのすべてを、遥へと激しくぶつけた。遥はずっと、彼の口にする好きという言葉は、ただの薄っぺらい戯言だと思っていた。まさか本気で自分を好きだったとは思わなかったが、だからといって、彼の歪んだ感情を受け入れることなど到底できない。「靖也、私は一度だってあなたの気持ちに応えたことはないわ」確かに、彼がどれほど勝手に想いを募らせていたとしても、遥は一度だって靖也を好きになったことはなかった。ずっと、彼の独りよがりな想いだったに過ぎないのだ。「ふん、君は結局、あの怜司が好きなんだろう。あいつがお腹の子を死なせたというのに、それでもあいつを助けるんだからな」その言葉に、遥は思わず息を呑んだ。自分のお腹にまだ子が宿っていることは、他の誰にも知られていないはずだった。靖也がお腹の子がまだ生きて
Read more

第197話

「貴様、一体何がしたいんだ」怜司の声は氷のように冷たく、どす黒い怒りを押し殺していた。今、彼の胸の内を占めているのは、激しい後悔だった。こんな最悪の事態に陥る前に、もっと遥の身を厳重に守るべきだったのだ。靖也の行方を追うことばかりに気を取られ、そればかりに力を注ぐべきではなかった。思えば、靖也があれほど見事に身を隠していたのは、今日のような絶望的な状況を作り上げるためだったのかもしれない。「俺が何をしたいかだと」靖也の笑い声は、ますます大きくなり、狂気を帯びていく。「ハハハ!怜司、君はいつも冷静で理性的だと自負していたんじゃないのか。今、究極の選択をさせてやる。遥さんと花梨、救えるのはどちらかひとりきりだ。さあ選べ、残された時間は多くないぞ」幼い頃から、従兄の怜司は何をしても自分より目立っていた。だが、靖也はどうしてもそれを認めたくなかった。どうしていつも怜司ばかりが認められるのか。藤井家で最も優れた存在になるのは、自分でなければならない。だから幼い頃から、彼は怜司を超えると心に決めていた。けれど、どれだけ努力しても、怜司を超えることは決してできなかった。その絶対的な敗北感を思うたび、靖也はギリッと拳を強く握り込んだ。電話の向こうから、遥の弱々しい声が聞こえてきた。「怜司、私のことは放っておいて。花梨を助けて」彼女は、彼とこれ以上何の関わりも持ちたくなかった。今回、命を助けられることも含めて、すべてを断ち切りたかった。彼のことを心の底から憎んでいる。ここで死んだとしても、彼に救われたくなどなかったのだ。だが、頭ではそう思っていながらも、本音とは裏腹に、遥はどうしてもその残酷な結果が気になって仕方がなかった。怜司は、花梨を選ぶのか、それとも自分を選んでくれるのか。そこへ、花梨の泣き声交じりの、ひどく怯えた声が響き渡った。「怜司、助けて。私、死にたくないの」花梨は、怜司が間違いなく自分を選ぶはずだと思っていた。怜司にとって、自分はかつて彼の命を救った恩人のはずなのだから。とはいえ、絶対の確信があるわけでもなかった。怜司は静かに目を閉じた。脳裏に鮮明に浮かび上がるのは、何年も前のあの凄惨な光景。重傷を負い、血の海に倒れていた自分を、己の危険も顧みずに必死で助け出してくれた花梨の姿だった。
Read more

第198話

遥は声を出さなかった。だが、怜司には、彼女の心が軋む音まで聞こえた気がした。胸が激しく痛み、まともに息をすることさえ難しい。「靖也、約束は守ったほうがいいぞ」怜司の声は、氷のように冷酷だった。「花梨に万が一のことがあれば、生きて償えると思うなよ」「安心しろよ、怜司。俺は約束は守る男だ」この光景こそ、靖也がずっと待ち望んでいたものだった。その顔に得意げな笑みが浮かんだ。「ただ、遥さんについては……安全は保証できないがな」通話が切れると同時に、怜司は勢いよく立ち上がった。顔からはすっかり血の気が引いていた。今、彼の頭にあるのはただひとつ――遥を救うことだ。どんな手段を使ってでも!「駿!」彼は鋭い声で呼んだ。駿がすぐさまドアを開けて入ってきた。「どうした、怜司?」「今すぐ動かせる人間をすべて呼べ。靖也の居場所を、総力を挙げて追うんだ」怜司の声は冷たく、そしてかつてなく切迫していた。「警察にも協力を要請しろ。街から出るすべてのルートを押さえるんだ。何としても、遥を見つけ出せ!」駿は力強く頷いた。「分かった!」怜司はその場に立ち尽くしたまま、両の拳を固く握りしめた。関節が白くなるほど力がこもっていた。ほかに選びようがなかった。花梨への恩義には、何としても報いなければならない。そして、遥は……彼女には何があっても、無事でいてもらわなければならないのだ。「遥、待っていてくれ……」花梨も救う。遥も救う。初めから、どちらか一方を見捨てるつもりなどなかった。……一方、薄暗い部屋の中で、靖也は冷酷な笑みを浮かべながら遥を見下ろしていた。「聞いたか。あいつは他の女を選んだんだ。君のことなんて、どうでもいいんだよ」遥は俯いたまま、何も言い返さなかった。心が無惨に引き裂かれるようで、痛みのあまり息もできないほどだった。それでも、怜司の選択は正しいと分かっている自分がいる。遥には、彼がずっと花梨を好きだったように思えていた。この極限状態で花梨を選んだことは、驚くようなことではなかった。ただ、それが紛れもない事実だと突きつけられれば、やはり胸はひどく痛んだ。「靖也、あなたの勝ちね」遥は顔を上げ、目にわずかな嘲りを浮かべた。「でも、あなたは欲しいものを、決して手に入
Read more

第199話

遥は靖也の部下たちによって、無理やり薄暗い奥の部屋へと引きずり込まれた。室内には鼻をつく消毒液の匂いが漂い、周囲には冷たい金属光沢を放つ医療機器がいくつも並べられている。それはまるで、簡易的な手術室のような異様な空間だった。心臓が早鐘のように脈打ち、手にはじっとりと冷や汗が滲む。頭の中には、最悪の想像ばかりが次々と浮かんだ。この男は、一体何をするつもりなのか。拷問して、殺す気なのだろうか。それとも、解剖でもする気なのか。どちらにせよ、考えただけで背筋が凍りつく。「靖也、あなた、一体何をするつもりなの!?」必死にもがいて縄を解こうとしたが、両手はきつく縛り上げられており、身動きひとつ取れなかった。靖也は冷たく口角を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。その目には、明らかに狂気の光が宿っていた。「俺が何をしたいかだと。遥さん……いや、遥、当ててみるか。お前と楽しいゲームを始めようと思ってな。きっと気に入るはずだぞ」楽しいゲーム。その言葉を聞いて、遥はただ嫌悪感を覚えた。彼は遥を冷たい鉄製の寝台へ乱暴に押し倒した。背中を強く打ちつけられ、痛みのあまり思わず呻き声を漏らした。周囲はすでに靖也の部下たちに取り囲まれており、逃げ場はどこにもなかった。「もっと早く俺と付き合うことを承諾していれば、こんなことにはならなかったんだ」靖也の声は冷たく、それでいて不気味な優しさを帯びていた。頬にねっとりと触れてくるその手つきがおぞましくて、遥は身の毛がよだった。「それなのに、お前は怜司を選んで、何度も何度も俺の計画の邪魔をしてきた。俺がどれほどお前を恨んでいるか、分かっているのか」遥はギリッと歯を食いしばり、無理にでも冷静さを保とうと努めた。「靖也、あなた、頭がおかしいわ。こんなことをしたら、取り返しのつかないことになるわよ!」「おかしいだと」靖也は仰け反って高笑いした。深い嘲りと狂気が入り混じった、禍々しい笑い声だった。「そうだ、俺はとうにおかしくなったんだ。だが、それはお前たちにここまで追い込まれたからだろう。怜司ばかりが何もかも手に入れられるのは、どうしてなんだ!なぜ皆があいつの側に立つ。お前まで、遥、お前まであいつを選んだんだ!」その悲痛な叫びを聞いて、遥は彼がここまで暴走する理由が分かったような気
Read more

第200話

遥は鈍く光る注射器を見つめたまま、恐怖に震える声で尋ねた。「これは……何の薬なの」靖也の笑みはいっそう邪悪なものになった。手の中の注射器を軽く揺らしながら、彼は得意げに口を開いた。「これは特別な薬だ。体には何の傷も残さないし、最新の医療機器でも検出できない。だが――」彼はわざとじらして言葉を引き延ばし、その目に残忍な光を浮かべた。「精神的に想像を絶する苦痛を味わうことになる。その苦痛は肉体にも及び、身を引き裂かれるような痛みを感じるんだ。それでも、体には傷ひとつ残らない」遥の顔は一瞬で蒼白になり、恐怖のあまり息もできなくなるほどだった。そんな悪魔のような恐ろしい薬が存在するのか。靖也はやはり、完全にいかれてる。こんなおぞましいものを用意しているとは。「あなた……この人でなし!どうしてこんなことをするの!?」「どうしてだと」靖也の声が急に甲高くなった。その目には、歪みきった憎悪が満ちていた。「怜司に、お前が悶え苦しむ姿をたっぷりと見せつけたいからだ。愛する女が壊れていくのを、ただ無力に見ているしかない。その惨めな絶望感を骨の髄まで味わわせてやるんだよ。あいつに、一番大切なものを失う絶望を知らせてやりたい。あいつを愛しているんだろう?だったら、あいつの代わりにこの苦しみを受けろ!」絶叫するように言い終えると、彼は勢いよく遥の腕を鷲掴みにし、冷たい針先を白い肌に押し当てた。遥は必死に身をよじってもがいたが、手足は固く縛りつけられており、逃げることなど到底できなかった。「靖也、あなたには必ず天罰が下るわ。怜司があなたを見逃すはずがない!」声はひどくかすれ、恐怖と苦痛で震えていた。靖也は酷薄に笑い、手にしていた注射器の得体の知れない液体を、最後の一滴まで残さず彼女の体内へと注ぎ終えた。「天罰だと?上等じゃないか、見せてみろよ!あいつが俺に何ができるか、とくと拝見しようじゃないか!」注射を終えると、ほどなくして遥の体に異変が現れた。全身が激しく痙攣し、意識が次第に混濁し、目の前の景色がぐにゃりと歪んでいく。耳元には、靖也の狂ったような高笑いが反響していた。「遥、たっぷりと地獄を味わうといい!」味わうなどと言われても、彼女を待ち受けているのは、筆舌に尽くしがたい苦しみと絶望だけだった。いっそ、
Read more
PREV
1
...
1819202122
...
28
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status