遥は鈴原恵(すずはら めぐみ)の家の庭先に座り、両手で温かいお茶の入った湯飲みを包み込んでいた。恵は遥の隣人で、面倒見のいい人だった。遥がここに越してきてからずっと彼女の世話をし、話し相手になり、暮らしの細々としたことを手伝ってくれていた。遥は彼女に感謝していた。ここでの暮らしは質素だが、これまでにないほど心穏やかに過ごせていた。駆け引きも陰謀もない。気持ちもずっと軽くなり、お腹の子を育てるにも申し分なかった。何より、花梨と怜司に心をかき乱される心配がない。それだけで、ずいぶん落ち着いた日々を送れていた。本当に怜司から離れてみると、思っていたほどの痛みはなかった。あるのはただ、解き放たれたような感覚だけだ。かつてあれほど愛していた人が、今ではこんな有様になってしまったのだ。この家で暮らすようになってから、昭はよく訪ねてくるようになっていた。遥はかつて、自分は彼を好きではないとはっきり伝えたこともある。昭もまた、自分は彼女を好きではない、ただ才能を買っているだけだと言った。初めは信じられなかったが、時間が経つにつれ、遥もそれが本当のことだと分かってきた。昭が自分に向けているのは、確かに才能への評価だけなのだと。このところ昭は遥の世話をしながらも、きちんと距離を保っていた。ふたりがよく話すのは楽譜のことだった。遥もその話をするのは好きだった。何より、曲作りは彼女が心から愛していることなのだから。子供のことについては昭にも話していた。子供は確かに今も生きていること。ただ、それは誰にも伏せておいてほしいと頼んだ。遥はただ争いのない場所で、安全にこの子を産みたいだけだったからだ。昭はそれをよく理解してくれ、穏やかな日々が続いていた。いつものように、昭は流し台の前で青菜を洗っていた。時折顔を上げて遥の方を見る。彼女がどれほど多くの痛みを経験してきたか分かっているからこそ、わざわざ都会からここまで足を運んでいるのだった。「見て、この野菜、すごく新鮮だよ。あとで炒め物を作るから、君も気に入ると思うよ」昭は笑いながら、軽い口調で言った。遥は頷き、小さく言った。「ありがとう」昭は笑みを浮かべ、柔らかな声で言った。「友達だろう。友達なら、助け合うのは当たり前のことだ」ちょうどその時、庭の外から
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