カスト家は、A国のみならず、世界的にも大きな影響力を持つ名家であり、金融、科学技術、エネルギーなど幅広い分野に事業を展開している。藤井グループとの提携も、まさに巨大企業同士の結びつきといえるものだった。怜司が今回わざわざ足を運んだのも、カスト家との提携を進めるためだった。だが、それにしても偶然が過ぎる。遥は内心の動揺を隠し、淡々と答えた。「たまたま雨音さんが危ない目に遭っているのを見かけて、少し手を貸しただけよ。まさかここで会うとは思わなかったけれど」怜司は小さく頷き、視線を遥に据えたまま、低い声で言った。「お前はいつもそうだな。誰かが困っていると、自分の身の安全も考えずに助けに飛び込んでいく」遥は唇を引き結び、答えを返さなかった。以前、怜司とどんなふうに接していたのか、今の遥にはまったく記憶がなかった。ただ、怜司が自分を深く傷つけた人間だということだけは知っている。だから、こんな親密げな物言いに応じるつもりはなかった。そのとき、カストが朗らかに笑いながら話に入ってきた。「なんと、遥さんと藤井社長は昔からのお知り合いでしたか。これも何かのご縁でしょう。せっかくですから、少しおふたりで昔話でもなさってください。私と雨音は、お茶菓子の用意をしてまいりますので」遥は即座に手を振った。「いえ、カストさん、私は雨音さんを送り届けただけですから。もうご自宅までお見送りできましたし、私はこれで失礼いたします」ところが怜司は突然口を開き、彼女に断る余地を与えなかった。「せっかく来たんだ、そう急いで帰ることもないだろう。カストさんの厚意を無下にするものではない」遥は、こんな場でこの男とふたりきりになるのは気が進まなかった。だが、カストのほうは、ふたりの間柄を察したような顔をしている。怜司はカストにとって大切な取引相手であり、遥はその怜司が好意を寄せている女性なのだ。気を利かせないわけにはいかないのだろう。カストは笑顔で軽く手を叩いた。「それでは、決まりですね。雨音、お茶菓子を用意しに行こうか」そう言うと、遥の返事を待たずに、雨音を連れてリビングを出ていった。リビングには、しばし重苦しい沈黙が流れた。遥は手の中のティーカップに目を落とし、カップの縁をそっと指でなぞった。怜司とは話したくもなかった
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