何も分からないというこの感覚が、遥をひどく不安にさせた。このところの会社の出来事で、彼女は少し疲れを感じていた。靖也が数人の厄介な社員を利用して、会社に混乱を起こしているようだった。影響は小さいとも大きいとも言い切れない程度だった。ただ、今の自分の記憶の中には、靖也という人物はまったく存在しなかった。あるいは、記憶があった頃も、この人物とは絶対に関わりたくないと思っていたのかもしれない。それほど重要な相手ではなかったのかもしれないが、遥はどこか、そう簡単な話では済まないという不吉な予感を抱いていた。社長である遥が少し会社を離れたところで、業務に大きな支障はないだろう。彼女は前もってノレッドに電話を入れていた。彼は、いつでも歓迎すると快く答えてくれた。だが遥が知らないことがあった。ちょうど今、昭がノレッドと激しく言い争っていたのだ。「それはないだろう、ノレッド!お前は医者だ、しかも医者としての崇高な倫理を持っているはずだ!それなのに、遥さんから電話があっただけで、億単位の報酬がかかった大富豪との予約をあっさり後回しにするなんて!」海外の大富豪が、以前からノレッドに診察を依頼していた。その人物の娘が病気で、治療できる可能性があるのはノレッドだけだと言われていたのだ。これまでノレッドはずっと断っていたが、少し前、何かの気まぐれで診療を引き受けることにしたらしい。それなのに、結局それも後回しにしてしまった。昭が覚えているノレッドの台詞はこうだった。「僕のVIP患者が僕を必要としなくなったら、行ってやる」その話を聞いた富豪は激怒し、一体その「VIP患者」とは何者なのかと、ひどく気になっているらしい。ノレッドはお茶を飲みながら、軽く笑って言った。「はっ、僕が君の友人を大切に診ているんだ。喜ぶべきじゃないか」その軽やかな一言に、昭は言葉を失った。彼自身、遥が特別扱いされること自体に不満があるわけではない。「そうじゃないんだ。お前は分かっていないかもしれないが、お前のこの行動は、遥さんを思わぬ危険にさらすかもしれないんだぞ。あの富豪は、お前のVIP患者が誰なのかを血眼になって調べるだろう。その怒りが遥さんに向かうかもしれないんだ」長く海外で暮らしてきたノレッドには、こちらの事情がよく分かっていないのかもしれない
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