All Chapters of 娘の命日に離婚宣告。クズ夫が土下座で大後悔: Chapter 241 - Chapter 250

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第241話

隆徳の怒声が部屋に響き渡り、芽衣の顔からはすっかり血の気が引いていた。芽衣にも、今回の件で隆徳が激怒していることはわかっていた。。たとえ自分がカスト家の一員として、どれほど特別な立場にあろうと、それが一族の名誉に関わるとなれば、当主である隆徳は必ず家の体面と利益を優先するのだ。「しかし叔父様、私はただ……っ」芽衣は震える声で弁解しようとしたが、隆徳は最後まで言わせなかった。「もういい!」隆徳は厳しい声で芽衣の言葉を遮った。「芽衣、お前には本当に失望した。今回は影武者に代わりに罰を受けさせ、その様子をノレッド先生に送る。だが、よく覚えておけ。二度とこんな騒ぎを起こすな」カスト家では、一族の人間にはそれぞれ、本人と瓜二つの「影武者」がつけられていた。万が一のとき、本人の代わりを務めさせるためだ。もちろん、その存在を知っているのはカスト家の人間だけだった。ほどなくして、芽衣の影武者が呼ばれてきた。顔立ちも背格好も、芽衣本人と見分けがつかないほどよく似ている。隆徳はそれ以上何も言わず、そばにあったゴルフの素振り用スティックを手に取ると、影武者の体を容赦なく打ち据えた。影武者の女性は激痛に悲鳴を上げたが、逆らうこともできず、歯を食いしばって耐えた。「これはお前が受けるべき罰だ!」隆徳は冷たく言い放ち、さらにスティックを振り下ろした。その様子は、芽衣本人が処分を受けているように見せかけるため、映像に収められていた。芽衣本人は、少し離れたところからその様子を見ているしかなかった。実際に罰を受けているのは自分ではない。それでも、自分そっくりの人間が自分の代わりに打ち据えられる姿を見せつけられるのは、十分すぎるほど屈辱だった。全部、あの遥とかいう女のせいだ。いつか必ず、あの女を排除してやる。隆徳は撮影した映像をノレッドに送り、短いメッセージを添えた。【ノレッド先生。これが今回の芽衣への処分です。ご満足いただければ幸いです】ノレッドは映像を見てすぐに気づいた。そこに映っているのは、芽衣本人ではない。顔も体格もよく似ているが、人にはどうしても隠しきれない癖がある。表情や立ち居振る舞いなど。医師として人の細かな変化を見抜くことに慣れているノレッドには、その違いがすぐにわかった。だが、わざ
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第242話

一通りの簡単な検査を終え、傷はいずれも大事には至っておらず、外用薬で処置できる状態であることがわかった。ただ、いざ薬を塗ろうという段になって、怜司は医療スタッフを制した。「俺がやる」医療チームは一瞬ためらう様子を見せたが、怜司の放つ威圧感と冷ややかな眼差しに呑まれ、それ以上押し問答をしても無駄だと悟った。怜司と揉めた場合の責任を、自分たちが負えるはずもない。ただ、この一件はノレッドに報告しておくつもりだった。怜司は医療チームから軟膏を受け取り、ベッドの縁に腰を下ろした。傷の残る遥の体を見つめるうち、彼の目には涙がにじんだ。できるだけそっと、衣服をめくる。少しでも痛みを与えぬように。「遥、すまない。守りきれなかった」まさか彼女が真夜中にカスト家へ単身乗り込むとは、思ってもいなかった。だが、本当は予想できたはずだったのだ。彼女の性格を思えば、こういう無茶をする人なのだと、わかっていたはずだった。怜司は湯に浸したタオルを固く絞り、遥の傷口の周りにこびりついた泥や血の汚れを丁寧に拭き取っていった。タオルがそっと触れると、意識の朦朧とした遥は苦痛に眉をひそめ、かすかに呻き声を漏らした。その瞬間、怜司の手が大きく震え、タオルを取り落としそうになった。「怖がるな、遥。もうすぐ終わる。もう痛くなくなるから」彼は低く、優しく囁きかけた。相手がカスト家の人間であろうと、芽衣をこのまま野放しにする気など毛頭ない。怜司には、怜司なりの報復の手段があった。彼は軟膏の蓋を開け、指先に少し取ると、慎重に傷へ薄く塗り広げていった。軟膏が傷口に触れた瞬間、遥の体がビクッと跳ねた。怜司は歯を食いしばりながら、慎重に薬を塗り続けた。やがて乱れた衣服を直そうとしたとき、ふと、ポケットから小さな黒い機器が覗いているのに気づいた。眉を寄せ、取り出してみる。ボイスレコーダーだった。それを見た瞬間、これまでの経緯に合点がいった。一瞬動きを止めたあと、彼は再生ボタンを押した。どうか最悪の内容でないようにと願いながら。録音からは、芽衣の狂気に満ちた金切り声が響き渡った。「……飛んで火に入る夏の虫ね。身の程知らずにもほどがあるわ!今日こそ、ノレッド先生を奪った代償を、しっかり払ってもらうわ!」続いてゴルフの素振り用スティ
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第243話

しばらくして、遥の睫毛がかすかに震え、目が開いた。視界はまだかすんでいたが、意識は徐々にはっきりしていった。全身にズキズキとした痛みが走る。特に背中と腕。焼けつくような痛みに、思わず顔をゆがめる。彼女は反射的にポケットへ手を伸ばし、ボイスレコーダーがまだそこにあるかを確かめようとした。けれど、指先が探り当てたのは、ただ空っぽのポケットだった。「ボイスレコーダーは?」ないことに気づいた瞬間、遥は魂が抜けたように呆然とした。身を起こそうともがくが、怜司にそっと肩を押し留められた。「動くな。まだ傷が治っていない」今の遥には、彼の手を振り払う力すら残っていない。それでも、傷のことなど構っていられない。重要なのは、あの録音だった。「怜司、私のボイスレコーダーは?見てない?」怜司は一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐに平静を装って答えた。「ボイスレコーダー?知らない。見ていない」「そんなはずないわ!」遥はその言葉を少しも信じなかった。気を失う直前、確かに手の届くところにあったはずだ。目を覚ました今になって、見当たらなくなるなんてありえない。「ポケットに入れておいたのに、どうしてなくなったの?あれは、やっと手に入れた証拠だったのに」録音がなくなれば、あれほどの苦痛に耐えたことが無駄になってしまう。怜司はその焦った様子を見て、胸が痛んだ。だが、あの証拠だけは、どうあっても彼女に返すわけにはいかなかった。「遥、今は休むことだけ考えてくれ。他のことは考えなくていい」彼はできるだけ彼女の気持ちを乱さぬよう、言葉を選んだ。しかし、この状況で平静を保てるはずもない。「だめ!」遥はベッドから起き上がろうともがいた。「なくなったなら、もう一度録るしかないわ!芽衣はこのまま私を放っておかないはず。証拠を残さないと」怜司の表情が険しくなり、すぐに彼女を押し留めた。「正気か。自分がどれだけ命を落としかけたかわかっているのか。それでもまた行くつもりか」一度は命を落としかねなかったというのに、まだ行くつもりだと言う彼女に、怜司は激しい怒りが込み上げてきた。思わず声を荒らげてしまい、言ったあとすぐに後悔した。「すまない、遥。少し、感情的になった」遥は顔を上げた。目元が赤く潤み、今にも涙がこぼ
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第244話

その言葉を聞いて、遥の目元が赤く潤んだ。彼女の勘は鋭かった。今の怜司の言い方だけで、ボイスレコーダーがすでに彼の手にあるのだと察した。「それでも、使用人を身代わりにして犠牲にするなんて、黙って見ていられないわ」ここまで話を聞いた以上、遥もおおよその事情は理解していた。怜司の瞳が冷たく沈んだ。「命まで取られるわけじゃない。ただ、公の場で罰を受けるだけだ。心配するな。終わったら、腕のいい医者にちゃんと診せる」公の場で処罰して、その後で腕のいい医者に診せるというのか。この世界は、どうしてこんなに不公平なんだろう。悪いことをしたのは芽衣なのに、どうして別の誰かが代わりに責任を負わなきゃいけないのか。「もし誰かが罰を受けなきゃいけないなら、私が受ければいい」自分が原因で起きたことなら、自分で責任を取る。関係のない人まで傷つけさせるつもりはなかった。「遥、それはだめだ。あの使用人は俺が何とかして守る。芽衣にもちゃんと責任は取らせる。でも、今じゃない」彼は遥にこれ以上傷ついてほしくなかった。だが、それで遥が納得できるはずもない。とうとう涙がこぼれ、遥は首を横に振りながら、震える声で言った。「でも、下手したら命に関わるかもしれないんだよ!怜司、誰かに代わりにこんな目に遭わせて、黙って見てるなんて私にはできないっ!」怜司は手を伸ばし、彼女の頬を伝う涙をそっと拭った。「遥……すまない」遥がまだ言葉を続けようとしたとき、部屋のドアが静かに開き、ノレッドが入ってきた。手にはタブレット端末を持っている。「目が覚めたんだね」ノレッドはベッドのそばまで来て、柔らかな眼差しで彼女を見た。「具合はどうだ?痛みは?」遥は無理に笑みを作り、かぶりを振った。「大丈夫。心配してくれてありがとう」ノレッドは頷くと、手にしていたタブレットを彼女に差し出した。「これは、さっきカスト家から送られてきた映像だ。見ておいたほうがいいと思う」遥は戸惑いながらタブレットを受け取った。画面には、すでに映像が流れ始めている。映っていたのは、椅子に縛られた芽衣の影武者と、ゴルフの素振り用スティックを手にした隆徳だった。彼は容赦なく影武者の体を打ち据えている。影武者の悲鳴が部屋に響き渡り、隆徳の表情は冷ややかなまま、わず
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第245話

ノレッドは、あえてその訴えには答えなかった。遥の目は赤く染まり、感情が抑えきれないほど昂ぶっていた。「ノレッド、本当に証拠があるの!あの録音を公開すれば、芽衣の罪が明らかになって、このまま逃げおおせることなんてできないわ。怜司、ボイスレコーダーを返して!」怜司の表情が沈み、彼は一歩前に出て、彼女をなだめようとした。「遥、落ち着いてくれ。今は録音を公開する時ではない。カスト家は黙って引き下がるような家じゃない。証拠を握りつぶすために、どんな手段でも使うだろう。そして、お前自身を潰すことも」ノレッドも頷き、遥の言葉にそのまま乗ることはしなかった。「そう、彼の言うことは正しい。今公開すれば、ただ相手に警戒させるだけだ。カスト家はすぐに動き出したら、今の僕たちには、まだ勝ち目がない。この録音は、僕たちにとって最後の切り札だ。本当に必要な時のために取っておかなければならない」遥の涙があふれ出した。「でも、あの影武者は……何の罪があるの?どうして芽衣の代わりにあんな目に遭わなきゃならないの。私は、こんな結末、絶対に受け入れられない!」ノレッドは、遥がひどく取り乱していることに気づいた。まずは、彼女を落ち着かせなければならない。彼は携帯している医療キットから鎮静剤を取り出し、静かに言った。「遥、今はあまりに感情が高ぶっている。これは、君の体の回復にもよくない。少し落ち着く手助けをさせてほしいんだ。いいかな?」遥は首を横に振り、逃れるようにもがいた。「いや!私は今、ちゃんと冷静よ!」怜司も今の遥の様子がよくないことをわかっていて、すぐに彼女の肩を押さえた。「お願いだから、聞いてくれ。今はただ、休むことが必要なんだ」遥の抵抗は次第に弱まっていった。もともと体が弱っていたところに、感情の高ぶりが、残り少ない体力を急速に奪っていたのだ。抵抗が弱まったところで、ノレッドは彼女の腕に鎮静剤を注射した。ほどなくして、遥の興奮は次第に収まり、まぶたが重くなり、やがて体はぐったりとベッドに沈んでいった。怜司はそっと彼女を支えて横たえ、布団をかけてやった。「ゆっくり休んでくれ、遥」怜司は、眠りに落ちていく遥の顔を見つめながら、安堵の息を漏らした。立ち上がり、ノレッドのほうを向くと、低く落ち着いた声で言った。
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第246話

怜司の顔から、瞬く間に表情が消えた。声には冷たさが滲んでいた。「遥は俺の元妻だ。彼女の安全は、当然俺が保証する。俺が本国へ連れて帰る。藤井グループの警備体制があれば、彼女を守るのに十分だ」元妻。その言葉は、ノレッドにとってひどい皮肉だった。ノレッドが、過去に遥がどれほどの苦しみを味わってきたかを知らなければ、今の怜司の言葉をそのまま信じてしまったかもしれない。「遥は自分の意思で僕と一緒に来たんだ。帰るときも僕と一緒だよ。君と帰る理由はないはずだ」ノレッドがはっきりと言い切ったことで、怜司の表情が険しくなった。その言葉は正しかった。遥は最初、怜司の誘いを断っている。彼女が応じたのは、ノレッドの申し出だったのだ。その事実は、いつも変わらず怜司の胸を深く刺した。「……わかった。彼女のことは、頼む」ノレッドは遥の心理カウンセラーでもあり、医療の専門家として当然の判断だ。それに、今の遥の心の状態はよくない。医師が付き添っているほうが、望ましいこともよくわかっている。それでも、胸の奥でくすぶる苦い感情だけは、どうにも抑えられなかった。「ああ、もちろん。君に言われるまでもない」ノレッドは怜司に対して、少しの好意も見せなかった。遥の記憶を見た限り、怜司がこれまでしてきたことは、血の通った人間のすることとは思えないほど冷酷な仕打ちだったからだ。「当時、あの人を選んだよね。今になって、遥の前に出てくるのはやめたらどうだ」しばらく沈黙してから、ノレッドはようやくその言葉を口にした。そのひと言に、怜司の瞳がかすかに揺れた。「俺は彼女に命の借りがあった。だが、それももう精算したはずだ」「あの人」というのは、もちろん白川花梨のことだ。「ほう?そうか」ノレッドはこの手の言い分が、何より嫌いだった。怜司は知らない。その身勝手な理屈のせいで、遥がどれほどの苦しみを味わってきたかを。少なくともノレッドの目には、怜司は愛する人よりも恩義を優先していたように映った。それに、恩はそんな形で返すものではない。「いつか、一生かけて後悔することになる」ノレッドはそれ以上を語らず、ただそう匂わせるだけにとどめた。「どういう意味だ」怜司はその言葉の裏に何かがあると、鋭く感じ取った。だが、ノレッドはそれを語るつもりは
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第247話

それを聞いて、靖也は面白がるように片眉を上げた。「ほう?君が俺と取引なんて珍しいね。聞こうか。俺に何をくれるって言うの?」やはり遥のことか。靖也は内心、笑いが止まらないほど愉快だった。もともとは、怜司と遥の仲を裂くための一手として使うつもりだった。それが、こうして怜司のほうから取引を持ちかけてくるとは思いもしなかった。「真実を話せ。そうすれば、お前への捜索を打ち切らせてやる」藤井家の追手は、靖也にとって大きな足かせだった。追われている限り、思うように自由に生きることもできない。今はまさに、追手から逃れて身を潜めているような状態だった。「いいよ。ただ、約束を破られたら困るから、先に追手を引かせてよ。それから話す」一度解いた包囲網は、そう簡単には張り直せない。怜司がそれをわからないはずはなかった。「録音しておけ、靖也。もし俺が約束を破ったら、家族の誰にでもその録音を聞かせればいい」これはいい兆しだ。靖也もそう感じ、もはや軽口を叩く気にはなれなかった。こんな機会は、そう何度も巡ってくるものではないから。「わかった、話すよ。俺は彼女に、ある薬を注射した。検査では異常が見つからないのに、何倍もの苦痛を感じさせる薬だ」隠すつもりはなかった。もともと靖也は知っていたのだ。この一件のせいで怜司が遥を疑い、ふたりがとうとう離婚に至ったことを。その結末は、靖也にとってむしろ小躍りしたくなるほどの出来事だった。しかも遥は、すでに怜司に会おうともしなくなっていた。だから今、怜司にこの事実を伝えることに何のためらいもなかった。むしろ願ってもないことだ。まさか怜司のほうから真相を聞き出そうとし、おまけに好条件まで提示してくるとは。断る理由などどこにもない。「何だと!」その言葉を聞いた瞬間、怜司は血が逆流するような感覚に襲われた。拳が小刻みに震え出した。あの頃、遥の弱りきった、今にも崩れ落ちそうな体を目にしながら、彼女が靖也と手を組んで自分を陥れたのではないかと疑っていたのだ。ずっと、彼女こそが真の被害者だったというのに。「靖也、貴様!」怜司の声は低く沈み、燃え上がる怒りを無理に押し殺していた。「なぜあんな真似ができた!彼女が何をしたと言うんだ。なぜそこまで苦しめる必要があった!」電話の向こうで、靖也は軽
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第248話

「安心しろ、約束は守る」怜司の声は氷のように冷たかった。「だが、よく覚えておけ。いつか必ず、貴様に生き地獄を味わわせてやる」靖也は小さく笑い、挑発するような調子で言った。「そんなにムキにならなくてもいいのにさ。これからどう動くか、俺は楽しみにしてるよ。それより、まずは遥にどう償うか考えたほうがいいんじゃないか?だって、君のせいで心身ともにボロボロになったんだろう」今、何よりも聞きたくない言葉だった。真実というものは、いつだって一番残酷に心をえぐるものだからだ。「黙れ!」彼は歯を食いしばり、全身から冷酷な殺気を放っていた。「貴様には、彼女の名前を口にする資格すらない」怒りに震える怜司とは対照的に、靖也のほうはあくまで軽やかだった。「とにかく、約束は忘れないでね」そう言い残すと、靖也は一方的に電話を切った。怜司は通話の切れたスマホを強く握りしめ、押し寄せる自責の念と苦痛に、危うく押し流されそうになっていた。「遥、すまない。俺が愚かだった……」低くそう呟いたが、この場にその懺悔を聞く者は誰もいなかった。彼は勢いよく立ち上がり、コートをひっつかんで部屋を飛び出した。今すぐにでも遥に会いに行き、謝らなければならない。説明しなければならない。たとえ彼女に許される見込みがなくても、それでも伝えなければならない。胸の内に満ちる自責の念は、もう彼自身を押し潰しそうなほどだった。ノレッドの屋敷に着いたとき、彼を待っていたのは、玄関前に立つ護衛たちだった。「藤井様、申し訳ございませんが、ノレッド先生のご指示です。遥様がお目覚めになるまで、お入りいただくことはできません」ふたりの護衛は表情も変えず、言葉こそ丁寧だが、態度は揺るがなかった。それを聞いた怜司は、冷たい声で言った。「俺を誰だと思っている。通せ。彼女に会わなければならない」護衛たちは動かなかった。「申し訳ありません。ノレッド先生のご指示ですから。遥様ご自身が望まれない限り、お通しすることはできません」ノレッドが遥を守ろうとしていることは、怜司にも理解できた。だが、今の自分には、こうして門前で拒まれていることがどうしても受け入れられなかった。これほどまでに激しく感情を露わにするのは、彼自身、久しくなかったことだ。頭の中が乱れき
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第249話

ノレッドは振り返り、遥のベッドのそばまで歩み寄ると、穏やかな声で言った。「見せしめとして、公の場でゴルフの素振り用スティックによる処罰を10回受けてもらうことになっている。でも、心配しなくていい。もう腕のいい医療チームを手配してある。きちんと治療も受けさせるし、そのあと家族にも十分な補償金を支払うつもりだ」遥は目を伏せ、無意識のうちに布団の端を強く握りしめた。胸の奥に、じわじわと痛みが広がっていく。今の自分の立場で感情的に動けば、さらに多くの人を巻き込むだけだ。あの使用人は、自分のせいで罰を受けている。もしこれ以上騒いでしまえば、処分はさらに重くなるかもしれない。「わかった……」彼女はかすれた声で言った。「いろいろと、ありがとう」ノレッドは彼女の様子を見て、感情が落ち着いていることに少しほっとした。「わかってくれてよかった。今はとにかく、ゆっくり静養することだけ考えてくれ。あとのことは、僕に任せておいてくれればいい」遥は小さく頷き、それ以上何も言わなかった。窓の外へ視線を向けたまま、どこか虚ろな目で、何を思うともなく考え込んでいた。最初の頃と比べれば、ずいぶん落ち着きを取り戻している。あの時は確かに自分でも、感情が高ぶりすぎていたのだとわかっていた。だからこそ、ノレッドに鎮静剤を打たれる結果になったのだ。ノレッドも彼女の視線を追い、外に立ち続ける怜司の姿を目にした。少し口ごもりながらも、口を開いた。「遥、怜司がずっと外で待ってる。君に会いたいそうだ」遥は視線を戻し、平静な表情のまま首を横に振った。「会いたくない。帰ってもらって」「わかった。そう伝えるよ」ノレッドは護衛に、遥の返答を怜司へ伝えるよう指示した。けれど、怜司はどうしても引き下がろうとしなかった。夜更けになり、屋敷の外に街灯の明かりが灯った。怜司は依然としてそこに立ち続け、微動だにしない。ノレッドは窓辺に立ち、その孤独な背中を見つめながら、わずかに眉をひそめた。「まだ帰らないの?」遥が、ベッドにもたれたまま小さく尋ねた。「ああ」ノレッドは淡々と応じた。「君が会ってくれるまで、待つそうだよ」遥はしばし黙り込み、やがて低く呟くように言った。「……好きにさせればいいわ」彼女は寝返りを打ち、窓とは反対
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第250話

遥は反射的に半歩下がり、冷ややかな目を向けた。「失礼ですが、どちら様でしょうか」怜司の全身がこわばった。まさか、遥がここまで自分を知らないふりをするとは思っていなかった。ノレッドがすかさず前に出て、ふたりの間に立ちはだかった。声は冷静だった。「遥は今、静養が必要だ。どうか、彼女を煩わせないでもらいたい」怜司は遥をじっと見据え、諦めきれない様子で言葉を続けた。「遥、あの録音のことは、どうか俺を信じてくれ。あとで必ずお前の無念を晴らすから!」それを聞いて、遥はただ薄く笑った。自分が彼を無視しているのは、録音のことだと思っているのだろうか。あの一件について、確かに当時は腹立たしく思ったこともあった。だが、実のところ、怜司の判断そのものは理にかなっていたのだ。遥が彼を相手にしないのは、それよりずっと前に彼がしてきたことのせいだった。「そう」もうこれ以上、彼と関わり合う気力もなかった。怜司は、彼女が自分にあまり反応を示さないのを見て、さらに言葉を続けた。「あの日、靖也がお前を連れ去った件について。あのとき、お前を選ばず、お前と靖也の関係を疑ってしまったのは、俺の過ちだった。本当に、すまない」その言葉は、ずっと胸の奥に押し込められていたもので、口にするのも苦しいほどだった。あの頃、自分がどんな仕打ちを遥にしていたのか。今になって思い返すと、まさに人でなしの所業だったと痛感する。それを聞いた遥の眉が寄った。彼女自身、その頃の記憶は一切ない。それでも、今の言葉を聞くだけで、胸の奥を締め付けられるような痛みがあった。「今、何て言ったの?」彼女は驚いた表情で、彼を見つめた。あの時の怜司は、別の女性を選んで、それだけでなく自分が拉致犯と結託しているのではないかと疑ったというのか。その痛みは、記憶にはないはずの過去の痛みと、どこか重なるようだった。遥は、ただ心が冷えていくのを感じた。やはり、この男の優しさは見せかけだけだったのだ。今まで具体的に何があったのかは知らなかったから、彼への憎しみはあくまで漠然としたものだった。だが今、ようやくその輪郭がはっきりと見えてきた。「遥、本当にすまない。許してくれ」――はぁ。謝って許されるなら、警察なんていらないわ。ノレッドは眉をひそめた。この話を聞いて、遥の記憶が戻
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