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カンブリアン・アクアリウム のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

34 チャプター

第二十一話 あくあ

 木曜。企画課の朝礼にて。 課長とスタッフが挨拶を済ませると、課長が重い表情で告げる。「五月の残業を、隔日の週三日にしようと思う」 ざわつくスタッフたち。「ありがたいお話ですが、どうしてでしょうか? それほど、好ペースで進んでいるようには見えませんが」 スタッフの一人が問う。「このままだと、春木が潰れる」 皆の視線が、あくあに集まる。「あの、アタシやれます! 大丈夫ですから!」「ダメだ。お前、最近鏡見てるか? 死にそうな顔してるぞ」 しゅんとなる、あくあ。たしかに、連続残業を始めてから、疲労が深く溜まっているのを感じる。「まだ、入社一ヶ月ちょいのひよっこなんだ。甘えられるうちに、うんと甘えておけ」 課長、つっけんどんな印象があるが、部下想いな人物である。「でも、絶滅展が……」 入社三日目で手にした、ビッグプロジェクト。絶対に成功させたい。「同じ事を繰り返させるな。ダメだ。命あっての物種だぞ。様子を見て、週三でもだめそうなら、週二とか週一にもしていくつもりだ。以上、解散。作業開始」 机に散る一同。あくあも、重い足取りで机に向かうのであった。 ◆ ◆ ◆「アタシ、そんなダメそうですか?」 昼休み。社員食堂で、里愛と食事しながら、ため息をつく。「うん。ほんとに、疲労困憊って顔してる。私からも、課長に進言しようと思ってたんだけど、課長が自ら気づいてくれて良かったよ」 カレイの煮付け定食を食みながら、告げる里愛。「間に合わなかったら、どうしよう……」「五月のデスマーチは、保険だって考えて。あとね、入社してからの三年は、ボーナスタイムだと思って。たくさん失敗しても、叱られて、教えられながら、許される時期。私も、そうだったから」 三年間、芽が出なかった里愛。お荷物扱いコースに乗りそうなところを、企画二つを通して、逆転ヒットを放った彼女。 もちろん、実際の企画が受けるか外れるかは、まだわからない。「絶滅展を成功させたい気持ちは、すっごくよくわかる。でも、しくじったらそれでおしまいだなんて、考えちゃダメ」 苦労人の思いやりが、言葉に込められていた。 あくあはただ、無言で耳を傾けながら、ざるそばをすするのであった。 ◆ ◆ ◆「おかえり……」「あれ!? 今日は早いね?」 相部屋のベッドで横になっているあくあに、バッグを壁
last update最終更新日 : 2026-07-15
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第二十二話 あくあ、それから

「おはようございます! ご迷惑をおかけしました!!」 翌朝。企画課の社員一人ひとりに、深く頭を下げ、謝罪するあくあ。「無理すんなよ」とか、「俺たちをもっと頼れ」など、温かい言葉をもらう。 里愛にも、「健康第一!」と、サムズアップされる。 課長が入ってきたので、同様に謝罪すると、「すまん」と逆に謝罪されてしまった。 始業チャイムが鳴り、朝礼が始まる。様々な情報が、皆の口から報告される。一日と少し休んでいたあくあは、それらをしっかりと聞き、また質問する。 そして、朝礼も終わろうというとき。「春木、今日はやれそうか?」 課長から、質問が飛ぶ。「早退と休暇をいただいたので、そのぶんも頑張ります!」「心構えでなく、自己診断を訊いている」「はい! 休養で、すっかり疲れも取れました! いけます!」 ぐっと腕に力を込めるあくあ。 そんな彼女を見た課長は、(空元気だな)と見抜く。疲労が抜けきったようには、とても見えなかった。 かといって、あまり仕事を休ませるのも、彼女のメンタルに良くないと、あくあの性格を把握した彼は悩む。(これだけは、やりたくなかったんだがな)「絶滅展のプロジェクトリーダーは、俺が代わりに務める。春木は、サポートに回れ」「そんな!」 絶望的な表情を、浮かべるあくあ。「そんな顔するな。部下の手柄を、横取りしたりなどせんよ。お前には、入社間もないのに無理をさせすぎた。本当に、すまん」 頭を下げる課長に、なにも言い返せなくなるあくあ。 課長としても、あくあを育てる絶好の機会なのだが、倒れられては元も子もない。 若い頃の無理は、絶対に将来祟る。 こうしてあくあは、絶滅展プロジェクトの中心から、外れることとなった。 ◆ ◆ ◆「はあ~~~~~~~~~~~~……」 昼休み。社員食堂で、納豆をかき混ぜながら、深いため息をつくあくあ。「元気だしなよ。課長なりの、思いやりだよ?」 それを里愛が、慰める。「理屈では、わかるんですよ。ブッ倒れた挙げ句、一日安静でしたから。でも、アタシが考えたプロジェクトなんですよ? 最後まで、中心としてやり通したいじゃないですか」「あ、春木さん、波部先輩」 そこに通りかかった、企画課トリオ。「元気ないね?」 あくあの凹みぶりが、気になるまりん。「実は……」 三人に、プロジェクトの中心か
last update最終更新日 : 2026-07-15
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第二十三話 課長とあくあ

 企画課課長は悩んでいた。 もはや、ワーカーホリックの域に突入してしまった、春木あくあの扱いについてである。 上司としては、これだけ優秀で仕事熱心な新人の伸びしろを、潰したくない。 しかし、その仕事ぶりは、見ていて非常に危ういのだ。 実際、一回倒れさせてしまうという、管理職として痛恨のミスを犯している。 これだけ有望な人材、使い潰してはいけない。じっくりと育てていきたい。 また、彼女が他の新人の仕事を、横取りする形になってしまっているのも良くない。 実際、やる気のある新人たちからは、不満の声が密かに届いている。 「ほどほどにしろよ」とは言ったが、諸々の意味を込めた真意が伝わっているかというと、非常に怪しい。(残業から、完全に外そう) 今の作業ペースで残業もさせたら、またぶっ倒れること請け合いだ。 そして他の新人は、残業時間に育てることにする。 残業ペースだが、第二の昏倒者を出すわけにはいかないので、引き続き週三でいく。 折り合いをつけるなら、こんなところだろう。絶滅展が終われば、春木ももう少し、落ち着くはずだ。 あちらも立てる、こちらも立てる。 両方やらなくてはいけないのが、管理職の辛いところだ。 ◆ ◆ ◆「残業から、外されちゃいました。アタシ、期待されてないんですかねえ……」 お昼休み。里愛と差し向かいで、トンカツ定食を食む。「それは違うと思うよ。……あのね、これ言おうか悩んでたんだけど、あなたちょっと、他の新人の間で評判悪いの」 ショックで、箸が止まるあくあ。「三日目で、企画取ったからですか?」「それもないとは言えないけど、今、片っ端からサポートの仕事取っていってるでしょう。仕事がなくなって、困ってる新人がいるのよ」 俯くあくあ。 今の仕事ぶりは、いいところを見せて、絶滅展の中心に返り咲きたいという、一心でやっている事だ。 周りのことなんて、まるで考えていなかった。 自分は、なんて身勝手だったのだろう。「落ち込まないで……っていうのは、無理か。とにかく、もう少し周りの事も見よう?」「はい……」 こないだ、ざるそばぐらいしか喉を通らなかったあくあが、トンカツを食べられるぐらいにまで回復している。 少しずつ、調子を取り戻している証拠だ。ここに来てまた、無理をさせたくないというのが、課長の考え
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第二十四話 復活

「あくあちゃん、元気ないね。大丈夫?」 晩御飯の焼売定食を、ぼそぼそ元気なく食べるあくあが気になり、まりんが声を掛ける。「あんまり大丈夫じゃない」 返ってきた言葉は、それだけだった。「私になんか、できることある?」「ごめん、ない」 肩をすくめ、案内課先輩コンビと、顔を見合わせる。 里愛は、複雑な心境で、その光景を見守るのであった。 ◆ ◆ ◆ 夕食後、案内課トリオのデバイスに、里愛からメッセージが届く。「話があるので、ロビーに集まってほしい」と。 言われたとおりに集まると、里愛は重い口を開き、自分が知る限りの、あくあの苦境について話した。 特に、同僚からの悪評の話はショッキングで、まりんは、特に落ち込んでしまう。「ほんとに、なにもしてあげられないのが、もどかしいな……」 夕食の場での、あくあの対応を思い出す彼女。「仕事ができすぎるというのも、難しいものだな」 らいあも、難しい顔をする。「あんなに明るかった、春木さんが……」 首を横に振る、奏。「飲みに誘っても、解決するような話じゃないと思うし。私も先輩として、どうしてあげたらいいのか……」 里愛も、苦渋の表情を浮かべる。「休館日に、レジャーに連れ出して、気分転換! てのも、上手くいきそうな気がしませんね」「やりがいを見失ってしまったのがなあ……」 入社当初、閑職に失望したらいあが、勉強することでエディアカラ生物を好きになり、やりがいを見出したことを思い出す。 とにかく、案内課トリオにどうこうできる話ではないと、痛感する。「里愛、なんとかしてあげられない?」「私なりには、やってるんだけど……」 悪評について話してしまった、自分の判断を悔やむ。黙っていても、いずれ本人の知るところとなったろうが、社内いじめに発展するかも知れないと思うと、忠告せずにはいられなかった。「あの。あくあちゃんは、仕事にやりがいがほしいわけですよね。絶滅展の中心は無理でも、少しでもそれに近い仕事を、割り振ってあげられないんでしょうか」「んー……。課長に進言してみるね」 さっそく、デバイスでメッセージを送る里愛。「今出せる知恵は、こんなもんかなー。みんな、ありがとうね」 案内課トリオに、頭を下げる。「あくあちゃんを、よろしくお願いします」 深々と、里愛に頭を下げるまりん。 入浴時間
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第二十五話 帰郷

 時は過ぎ、六月二週目に突入した。カンブリアン・アクアリウム独特の、大型連休突入である。 ちょうど、案内課トリオと企画課コンビが、前半にお休みをいただくこととなった。「また二週間後」 傘を差し、バス停でバスを待つ、らいあを除いた四人娘。「うん、また二週間後」 らいあは四人に声をかけ、バイクで去っていく。ちなみに、不在時のミニサボテンのお世話は、後半組の同僚に頼んである。 水族館といえば、普通は沿岸部にあるものだが、カンブリアン・アクアリウムは、東京都の調布市という内陸部にある。 なんで、沿岸部にしなかったのかは謎だが、池袋にも水族館があるので、それほどおかしい話でもないのかも知れない。 調布駅で、「では、また二週間後会いましょう」と言い、まりんだけ下りホームに向かう。 特急 (※京王線の特急は、JRなどでいう急行にあたる)に乗り、あっという間に府中へ。 下車すると、駅近くのマンション地帯に向かい、マンションの一室に入る。「ただいまー」 誰もいない。両親共働きで、妹も高校生。そして、今日は火曜日だ。(なんだか、すごく久しぶりな気がする) 寮生活を始めてから、二ヶ月とちょっとしか経ってないが、あれからずいぶん長い時間、留守にしていたように感じる。 「今、家に帰ったよ」と、家族のデバイスにメッセージを飛ばし、自室のベッドに、身を沈める。 (寮のベッドとは、やっぱり微妙に違うな)などと、雑感を抱く。(暇だな) 寮の賑やかな空気に慣れると、どうにも一人ぼっち状態が寂しい。 あくあちゃんは、今どうしてるだろうかと、デバイスで、「今どこ?」とメッセージを飛ばす。 ややあって、「明大前」と、返事がきた。彼女の自宅は、吉祥寺だ。明大前で、京王井の頭線に乗り換えることになる。今は、電車待ちだろうか。 そういえば、先輩方のご自宅を知らないなと、今更気づく。今度、訊いてみよう。 こうしてても暇は改善されないので、冷蔵庫を開ける。使いかけのキャベツに牛乳、卵、「えあ」とサインペンで大書きされたオレンジジュースのパックが目に入った。 えあは、まりんの妹だ。 冷凍庫を開けると、様々な冷凍食品とラップでくるまれたご飯、アイスが目に入る。 アイスの箱にも、「えあ」と大書きされてあった。手を付けないほうがいいだろう。 こんな事をやっているうちに、も
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第二十六話 家族

 ホットドッグを食べ終わり、家でくつろいでいるらしいあくあと、デバイスで通話するまりん。 とりとめのないおしゃべりに没頭し、気づけばかれこれ一時間。 さすがに話の種も尽きてきて、通話もお開きに。 なんとあくあ、イタリアを一週間旅行する予定らしい。名所巡りの他、本場のサッカーを、堪能してくるつもりだとか。 二週間、料理をひたすら作るつもりの自分は、どうにも華がないなと思ってしまう。 また手持ち無沙汰になってしまったので、織田先輩の影響で興味を持った、レトロゲームをいろいろ遊ぶ。 特にお気に入りになったのが、シムズ5。今でも、ナンバリングタイトルが出ている、老舗シリーズである。 人生シミュレーションゲームで、自由度の高さが売り。世界のいろんな料理を作れるという点が、いたく気に入った。 ゲームに没頭していると、デバイスのアラームが鳴った。もう五時だ。 お米を水に浸し、タイマーをセット。天丼の準備をする。 さらにゲームに打ち込んでいると、「ただいまー」と、えあの声。彼女は塾通いで、大体七時頃帰って来る。 そして、両親も、もう間もなく帰って来る頃。「おかえりー」 玄関まで、出迎える。「おー! ねーちゃん、久しぶりー! 元気してたー?」 ポニーテールの少女が、靴を脱ぎながら、返事する。「元気、元気! えあたちは?」「こっちも、元気だよー。ちょっと、シャワーだけ浴びちゃうね」 そう言うと、着替えを取り、バスルームに向かう。 えあはきれい好きで、暑い時期は、帰宅後すぐシャワーを浴びる上に、寝る前にも湯船に浸かる。さらに、朝もシャワーを浴びるという徹底ぶり。 シャワーを浴びているえあと入れ替わりに、母親が帰って来た。「ただいま。おかえり、まりん!」 まりんやえあが、歳を取ったらこんな感じになるんだろうな、というルックスだ。「おかえりなさい、お母さん」「なんだか、一年ぶりぐらいに再会した気分だわ」「それは大げさだよ」 苦笑する。 とか言ってると、今度は父親が帰って来た。「おおう。母さん、どいてくれ」「はーい」 靴を脱ぎ、夫に玄関を譲る。「ただいま。まりん、久しぶりだねえ。おかえり」「おかえりなさい、お父さん。さーて、みんな揃ったところで、ご飯作りますかー!」 エプロンを締め、三角巾を被る。「今日は何作るの?」「でき
last update最終更新日 : 2026-07-15
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第二十七話 土産話

「それじゃあ、行ってきます!」 家族のデバイスに、挨拶を送信するまりん。 晩御飯も、レンチンして食べられるようにしておいた。 寮のみんなへの、お土産の手作りクッキーも持った。 あとは、寮に帰るだけだ。 あっという間の二週間だったなあと、感慨にふける。 しっかり戸締まりを確認すると、府中駅に向かうのであった。 ◆ ◆ ◆「ただいま戻りましたー」「おー、おかえり」 寮長さんに、ご挨拶される。「実家は、くつろげたかい?」「はい! 家族と触れ合って、料理とお菓子も作りまくりで、完全リフレッシュですよ!」 靴を脱いで、下足入れにしまう。 そして、食堂へ。「みなさーん、クッキー焼いてきましたー。お一つずつどうぞー」 後半組と、すでに帰ってきている前半組に、クッキーを配る。「残りのクッキー、どこ置きましょう?」 寮長に相談する。「んー? 冷蔵庫入れとき。料理長には、あたしから言っとく」 共用伝言板に、「冷蔵庫にクッキーあります。一人一つどうぞ」と書き残し、ロビーに戻る彼女。 部屋でシムズの続きをやっていると、あくあが帰ってきたようだ。「おかえりー!」「ただいまー! イタリア、楽しかったー!」 うーんと、伸びをするあくあ。「あ、冷蔵庫に私が焼いたクッキーあるよ。お一つどうぞ」「お。いただきまーす」 冷蔵庫に向かう彼女。 しばらく二人で談笑していると、奏も帰ってきた。 彼女にもクッキーを勧め、三人で談笑する。 さらに、里愛、らいあと帰ってきて、それぞれにクッキーを勧め、談笑の輪が広がる。 らいあはらいあで、サボテンの面倒を見てくれた同僚に、感謝のお土産を渡す。「じゃー、五人そろったところで……。アタシ、イタリア行ってきましたー!」 先輩トリオから、「おおー」と声が上がる。「ピサの斜塔って、もう危険で登れないんですね。ギリギリの傾きっぷりを、見て楽しむ場所になってました」 写真をデバイスで見せると、確かに倒れる寸前としか思えない塔が映っている。「で、これがコロッセオでしょ。真実の口、トレビの泉、パンテオン……」 次々に、写真をスライドさせていく、あくあ。「で、ですねえ! サッカースタジアム行脚したんですけど、どの試合も、ほんと良くて!」 うっとりする彼女。あくあは、Jリーグ、ヨーロッパ、南米すべて好む、雑食
last update最終更新日 : 2026-07-15
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第二十八話 あのじろう

「いいんですか!?」 課長から、アノマロカリス水槽の単独担当を命じられて、興奮気味に再確認するまりん。「ええ。この閑散期なら、修練を積むのにちょうど良いでしょうから」 一部同期の視線が痛いが、それよりも嬉しさが勝った。「ありがとうございます! 誠心誠意、務めさせていただきます!」 こうして、二週間限定で、念願のアノマロカリス担当になった、まりんであった。 ◆ ◆ ◆「こちら、アノマロカリスになります。カンブリア時代、最大級の生物として有名で、かつてカナダのバージェス頁岩で発見された、エビの胴部ような化石に端を発し――」 淀みなく、お客様に解説するまりん。研修日のような、ミスもない。 お客様の細々した質問にも、しっかり答えていく。 満足して、次の水槽に移るお客様たち。(やれる! アノマロカリス水槽、ちゃんとやれる!) 内心ガッツポーズして、あのじろうを見上げる。(……?) なにか、おかしい。はっきりわからないけど、あのじろうの、なにかがおかしい。 注意深く、観察する。 泳ぎだ。泳ぎ方が、なんか変だ。 さらにじっくり見ると、薄紫のタグの付いた、ヒレの動きが妙にぎこちない。(なんだろう。嫌な予感がする) 冷や汗が、頬を伝う。「あの、なにやってんですか?」「はい!」 水槽にへばりついて、じっと眺めている変な案内員に、突っ込む客。「大変失礼しました! こちら、アノマロカリスになります。カンブリア時代、最大級の生物として有名で、かつてカナダのバージェス頁岩で発見された、エビの胴部ような化石に端を発し――」 気を取り直して、解説モードに入る。 取り越し苦労で済ますには、やはり、どうしても気になる。 しかし、自分も案内のプロ。今は、頭の片隅に追いやり、接客に専念するのであった。 ◆ ◆ ◆ 終礼が終わると、奏から「一緒に帰ろう」と誘われるが、「すみません、今日はやることがあるので!」と、飼育課に向かう。「おう、案内課のお嬢さんが、珍しいな」 珍客の登場に、面食らう飼育員。「あの! あのじろうのヒレの動きが、変なんです! 詳しく見てもらえませんか!?」 鬼気迫るまりんの様子に気圧され、複数人の飼育員が、あのじろうを観察する。「上からだと、わかりにくいですね」「ちょっと、潜るか」 飼育員の一人がダイバ
last update最終更新日 : 2026-07-15
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第二十九話 ニュース

「ただいま……」 ふらふらと、自室に戻ってきたまりん。「遅かったな。……って、顔、真っ青じゃないか!」 死人のような形相の彼女に、仰天するあくあ。「うん、ちょっと、色々あって……」「なんだよ、アタシに話して、楽になることなら話せ!」 どうしようかと、悩むまりん。多分、自分が黙っていても、明日の朝礼で、アクアリウム全職員の知ることとなるだろう。「あのじろうがね、様子がおかしいの。で、ドクターに診てもらったら、研究所でMRI撮ろうって話になって……」 ゴクリと、固唾をのむあくあ。「大丈夫! きっと元気になって、帰ってくるって!」 こういう気休めが、逆効果なのかどうか。でも、自分にはこれしか言えなかった。「それより、飯食え、飯! 夕飯は片付けられちまったけど、まだ外出時間間に合うから、コンビニでなんか買ってこい! な!」「そうだね。行ってくる……」 元気という言葉のかけらもない様子で、寮長室に向かうまりん。そして、外出する。 ややあって、寮に戻ってきた。 食欲が全然湧かないが、適当に選んだサンドイッチを、無理やり口に詰め込む。「シャワー、浴びてくる」 入浴セットと着替えを、ゾンビのようにひっつかみ、とぼとぼと浴場へ向かう。 あくあにはもう、かけてあげられる言葉が、思いつかなかった。 ◆ ◆ ◆ 朝食タイム。相変わらず死人のようなまりんに、心配の視線を向ける、いつもの四人。「あのあと、なにかあったの?」 昨日の、様子のおかしさを見た奏が、やんわりと問う。「あのじろうが……」 口を開きかけた時、「えーっ!?」と、寮生の一部から、悲鳴が上がる。彼女らの視線の先には、大型デバイスがあった。皆の注意が、そちらに向く。まりんも例外ではなかった。「水族館の人気者、緊急手術」 というテロップと、アクアリウムで泳いでいる、あのじろうの資料映像が映し出されている。 ニュース番組だ。「……MRIで検査した結果、腫瘍が見つかり、より正確に診断するため患部を覆う殻を開き、マーカーで調べたところ、悪性腫瘍であることが判明しました。幸い、発見が早かったのでステージは1から進んでいませんが、なにぶん世界初の、アノマロカリスの手術となり、また高齢であるため……」 研究所の責任者が、淡々と衝撃の内容を発表する。 まりんは、倒れた。 ◆ ◆ ◆
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第三十話 味方

「雁州さん、無断欠勤したわ……」 昼休み。社員食堂で、奏が非常に重い表情で、いつもの三人に言う。「えーっ! めちゃめちゃまずいですよ、それ!」 今、まりんの立場は非常に悪い。そこに、無断欠勤をやらかした。「折を見て、メッセージを送ったり、コールしてみたりしてるんだけど、全然返事なくて」「このままじゃ、ほんとに首が飛ぶぞ」 らいあも、強い危機感を覚える。「これじゃ、わたしがいくら課長を説得しても……」 頭を抱える奏。「ちょいとごめんよ。波部里愛って人、知らないか?」 飼育課のネームプレートを下げた中年男性が、四人に問う。「あ! 私です! なにかご用でしょうか?」「ああ、やっと見つかった。この署名の、雁州まりんってのは、一昨日飼育課に、あのじろうの異変を知らせに来た子かな?」「飼育課はわかりませんけど、ドクターに診てもらったって言ってましたよ!」 あくあが、一昨日の会話を思い出す。 それを聞いて、うんうん頷く彼。「やっぱり、あの子だな。署名、期待しといてくんな」 そう言うと、彼は去って行く。 狐につままれたような感覚で、食事を再開する四人であった。 ◆ ◆ ◆「これ見て!」 終業後、寮に帰ってきた里愛が、奏たちに署名ページを見せる。 するとそこには、二百以上の賛同がついていた。「え? マジすか、これ……」 呆然とするあくあ。しかし、一気に我に返り、自室に突撃する。「起きろ、まりん! お前には、二百人以上の味方がいるぞ! 二百人以上の社員が、お前の復帰に賛同してるんだ!」 無視。「い・つ・ま・で・も……ふてくされてんじゃねぇーっ!!」 布団を引っ剥がし、叩き起こす。それでも、視線を合わせようとしないまりんの両頬をひっつかみ、視線を合わさせる。「アタシだって、やべー時期あったよ! でも、立ち直るきっかけのアイデアくれたの、お前だって、波部先輩から教わったよ! 今度は、アタシに力にならせろ! 親友だろ!? なあ! 無力なの、辛いんだよ!!」 あくあは、泣いていた。「アタシと先輩方だけじゃない、お前には二百人以上の味方がいるんだ! みんなの気持ちを、無駄にすんなよ!」 まりんが、やっと自発的に視線を合わせる。「私、やり直せるかな……?」「それは、お前次第だよ。環境は、できる限り整えてやる」「ありがとう。ごめ
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