湿った風が肌を撫で、森の奥から土と腐葉の匂いが立ちのぼる。 春香が振り返るたび、枝葉の影が人の形に見えて、美奈の心臓は音を立てた。「……ねぇ、美奈ちゃん。本当に、この先で合ってるの?」「うん。紅葉が最後に見つかったのは、この辺りだったって……」 紅葉。 その名前を口にするたび、胸の奥が冷たく締めつけられる。 秋祭りの夜、笑いながら手を振った紅葉の姿。 あの夜が、最後だった。 けれど──その“最後”が、果たして本当に終わりだったのか。 ふいに、春香が立ち止まる。 前方の木立の間に、何かが立っていた。 夕闇のような黒い影。 いや、それは──人影だ。 細い肩、揺れる髪、白いワンピース。 風に乗って、かすかな声が届いた。「……みな……」 その声を聞いた瞬間、美奈の足がすくんだ。 あの声を、忘れるはずがない。 紅葉だ。 けれど、そこに立つその人は──どこか違う。「紅葉……なの……?」 影が、ゆっくりと首をかしげる。 その頬に貼りつく土の色。濡れた髪。 瞳だけが、異様なほど澄んでいた。「どうして、迎えに来なかったの……」 その言葉が森の静寂を裂く。 春香が息を呑み、美奈の肩をつかむ。 けれど、美奈の足は動かない。 その場に釘づけにされたように、ただ紅葉を見つめていた。「……あのとき、私、帰らなきゃって……」 美奈が震える唇で呟くと、紅葉の影が微笑ん
Last Updated : 2026-09-21 Read more