Home / ホラー / 紅葉-くれは- / Chapter 71 - Chapter 80

All Chapters of 紅葉-くれは-: Chapter 71 - Chapter 80

97 Chapters

第71話  森に帰る声

湿った風が肌を撫で、森の奥から土と腐葉の匂いが立ちのぼる。 春香が振り返るたび、枝葉の影が人の形に見えて、美奈の心臓は音を立てた。「……ねぇ、美奈ちゃん。本当に、この先で合ってるの?」「うん。紅葉が最後に見つかったのは、この辺りだったって……」 紅葉。 その名前を口にするたび、胸の奥が冷たく締めつけられる。 秋祭りの夜、笑いながら手を振った紅葉の姿。 あの夜が、最後だった。 けれど──その“最後”が、果たして本当に終わりだったのか。 ふいに、春香が立ち止まる。 前方の木立の間に、何かが立っていた。 夕闇のような黒い影。 いや、それは──人影だ。 細い肩、揺れる髪、白いワンピース。 風に乗って、かすかな声が届いた。「……みな……」 その声を聞いた瞬間、美奈の足がすくんだ。 あの声を、忘れるはずがない。 紅葉だ。 けれど、そこに立つその人は──どこか違う。「紅葉……なの……?」 影が、ゆっくりと首をかしげる。 その頬に貼りつく土の色。濡れた髪。 瞳だけが、異様なほど澄んでいた。「どうして、迎えに来なかったの……」 その言葉が森の静寂を裂く。 春香が息を呑み、美奈の肩をつかむ。 けれど、美奈の足は動かない。 その場に釘づけにされたように、ただ紅葉を見つめていた。「……あのとき、私、帰らなきゃって……」 美奈が震える唇で呟くと、紅葉の影が微笑ん
last updateLast Updated : 2026-09-21
Read more

第72話 埋められた声

森の空気が、一瞬にして重たくなった。 紅葉の幻が消えたあと、風さえ止まったように感じられた。 木々が息を潜め、地面の下から何かが“聴いている”ような、奇妙な圧があった。 春香が、美奈の手を握る。 その手は冷たく、指先が震えていた。「……美奈、戻ろう。もう、これ以上は──」 だが、美奈は小さく首を振った。 彼女の目は、紅葉が立っていたあたりの地面に釘づけになっていた。「……ここ。足跡がある」 湿った土の上に、小さな靴の跡が残っていた。 だが、それは途中でぷつりと途切れ、 代わりに、円を描くように地面がわずかに盛り上がっている。 しゃがみこんで指でなぞると、土がまだ柔らかい。 最近、誰かが掘り返したようだった。「まさか、動物の巣とかじゃ──」 春香の言葉を遮るように、遠くでカラスが鳴いた。 それが合図のように、美奈は手にしていた枝を突き立てる。 ぐっと力を込めて土を掻くと、腐葉が剥がれ、湿った泥の下から何かが覗いた。 ──白い。 最初は、石かと思った。 だが、よく見るとそれは細長く、丸みを帯びている。 土を払うと、それは──骨だった。 春香が口元を押さえ、後ずさる。 美奈は息を呑み、枝を投げ出した。 掘り返された穴の中から、折れた小枝と共に、小さな布切れが見えた。 それは紅葉が祭りの夜に着ていた浴衣の柄──白地に紅い桜。「……そんな、どうして……」 春香の声が震える。 美奈は、泥にまみれた布を拾い上げた。 そ
last updateLast Updated : 2026-09-22
Read more

第73話  沈黙の村

 橘春香と氷川美奈が森で“それ”を見つけた翌朝、村は不気味な静けさに包まれていた。 カラスの鳴き声も、子どもの声もない。まるで、村全体が息を潜めているようだった。 駐在所の前で、一ノ瀬祐真は深くため息をついた。 夜明け前から通報を受け、現場を確認したが、あの穴も、骨も、浴衣の布も――跡形もなく消えていたのだ。 代わりに残っていたのは、土の上に散らばった紅い枯葉と、泥に残る春香と美奈の足跡だけ。「……そんなはずない。確かに、ここで掘った跡があったのに」 祐真は写真を撮ったスマートフォンの画面を開く。だがそこにも、異常があった。 現場写真はすべて“黒い靄”に覆われ、何も映っていない。まるでレンズそのものが、何かを拒んだかのようだった。 そのとき、背後から声がした。「一ノ瀬さん……あんまり、深入りしんほうがええで」 声の主は、地元の古老・田嶋だった。 村のことを誰よりも知る男であり、かつて祐真が子どものころよく世話になった人物だ。 だが今の田嶋の目は、どこか怯えていた。「田嶋さん……どういう意味ですか?」 「“あれ”は昔からあるもんや。掘り返したら、また誰かが呼ばれる」 「呼ばれる……?」 「紅葉ちゃんだけやない。昔も何人も、森に呼ばれて消えた。あんた、忘れとるやろ。一ノ瀬祐真、お前も──あのとき、そこにおったやないか」 その言葉に、祐真の心臓が凍りついた。 頭の奥で、記憶の断片がざわつく。 20年前、秋祭りの日。森の奥で笑う子どもたち。紅い着物。呼びかける声。 そして──消えた、小さな背中。「……美桜……?」 呟いた瞬間、田嶋はハッとし
last updateLast Updated : 2026-09-23
Read more

第74話  呼ばれた者の名

朝霧が立ちこめる村の外れ。 杉木立の影に隠れるようにして、古びた祠がひっそりと佇んでいた。 苔むした石段は崩れかけ、屋根には蔦が絡まり、長いあいだ誰にも触れられていないことがわかる。 春香は足を止め、息を呑んだ。「……こんなところ、昔はなかったはずなのに」 隣の美奈が、小さく首を傾げた。「私も知らなかった。だけど……紅葉が、ここに行こうって言ってたの。祭りの前の日、“声がする”って」 春香の手が震える。 あの夜の紅葉の笑顔が、脳裏に蘇る。 浴衣姿で手を振っていた娘。その姿が最後だった。 二人は恐る恐る、祠の扉を押し開けた。 中は思ったより広く、冷たい湿気と土の匂いが満ちている。 灯りをつけると、奥の壁に“何か”が浮かび上がった。 それは、古びた石板だった。 厚い土に埋もれ、半分は苔で覆われている。 だが、指でなぞると──文字が刻まれているのがわかった。「……名前、ですか?」 美奈が息をのむ。 春香はライトを近づけた。 そこには、震えるような筆跡でこう刻まれていた。> 呼ばれし者たちの名 その下に、いくつもの名前が並んでいる。 どれも見覚えのある村の名字ばかりだった。「……氷川……橘……一ノ瀬……?」 美奈が囁く。 春香の指が震えながら、最後の行へと滑っていく。> 橘 紅葉 その名の下に、浅く新しい傷跡が刻まれていた。 ──まだ、乾いてい
last updateLast Updated : 2026-09-24
Read more

第75話  風の中の声

美奈はスコップを握る手に力を込めた。掘れば掘るほど、土の色が少しずつ変わっていく。湿った黒い層の下に、何かが埋まっている──その予感が、確かに胸を締めつけた。 カツン、と固い音がした。 美奈は息を呑む。手袋を外し、土を払いのけると、そこには古びた木箱があった。雨に晒された跡があり、金具は錆びついている。 「……紅葉、これ……あなたの、なの?」 呟いた瞬間、風が吹いた。木々の間を縫って通り抜ける秋風は、まるで誰かの声を運んでくるかのようだった。 ──見つけてくれたのね。 耳の奥で、紅葉の声が微かに響く。 美奈は震える手で箱を開けた。 中には、小さなノートと、乾いた花弁が挟まった手紙、そして赤い組紐が入っていた。どれも、二人が中学時代に大切にしていたものだ。 けれど──最後のページに書かれた一文が、美奈の心を凍りつかせた。 > 「この丘の下に、私の“もう一人”が眠ってる。だから、もし誰かが見つけたら……」 その先の文字は滲んで読めなかった。 「もう一人」──それはどういう意味? 紅葉が言っていた、“見えない友達”のこと? それとも……。 美奈はノートを胸に抱きしめ、立ち上がった。 「紅葉……あなた、何を残したの……?」 風がざわめく。木々が軋み、秋の空がゆっくりと朱に染まっていく。 そのとき、丘のふもとに並ぶ古い祠のひとつから、カラン……と何かが転がる音がした。 視線を向けると、そこに落ちていたのは、小さな鈴のついた赤いストラップだった。 紅葉が中学の文化祭のとき、美奈とお揃いで買ったもの──いつもは使わず、机の引き出しにしまっていたはずの記憶の品。 ──風の中に、かすかな声が響いた。 「……ま
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

第76話  ひもろぎの灯

丘の斜面に並ぶ小さな祠は、どれも苔むしていた。 その中のひとつ──鈴の音が転がった祠の前で、美奈は立ち止まる。 「……誰か、いるの?」 呼びかけた声は、木々に吸い込まれるように消えた。 返事はない。ただ、祠の奥から微かに湿った匂いが漂ってきた。焚き火のような、焦げたような、けれどどこか懐かしい匂い。 かがみ込み、懐中電灯を向ける。 ──その光が、何かに反射した。 祠の中には、古びたお札や供物に混じって、新しい靴跡が残っていた。 泥の跡はまだ乾ききっていない。ここに“最近”誰かが来たのだ。 さらに奥、祠の隙間には、黒いカバンのようなものが押し込まれている。 美奈はためらいながらも手を伸ばした。 取り出してみると、それは学校指定のバッグだった。 角の刺繍には、見慣れた文字があった。 ──「TACHIBANA」。 「……紅葉……?」 喉の奥がきゅっと締めつけられる。 中を覗くと、ノート、ペン、そして濡れた写真が数枚。 その写真のひとつには、美奈と紅葉、そして──見覚えのない“もう一人の少女”が並んで笑っている姿が写っていた。 ただ、その顔は濡れた部分で滲み、まるで意図的に消されたようだった。 背後の木々がざわりと揺れる。 風ではない。何かが動いた音。 振り返る。 だがそこには、誰もいなかった。……はずだった。 次の瞬間、祠の影がふっと長く伸び、美奈の足元に絡みつく。 まるで誰かが、そこから手を伸ばしているかのように。 「……紅葉、なの?」
last updateLast Updated : 2026-09-26
Read more

第77話  祠の影、息づくもの

森の奥にある古い祠は、昼でも薄暗い。 木々が重なり合い、風が通るたびに葉擦れの音がざわめくように響く。 「……ここね」 春香が静かに呟いた。 美奈はうなずき、震える指で懐中電灯のスイッチを入れる。 祐真は背後で懐中電灯を構え、辺りを警戒するように見回していた。 「この祠、昔は村の守り神を祀ってたって言われてる。でも──」 祐真が口を濁す。 春香が問うように視線を向けた。 「でも?」 「二十年前、美桜ちゃんが消えたときも、この祠の近くで靴が見つかったんです。……ただ、それ以上は、何も」 風が一瞬止む。 森全体が息を潜めたように静まり返る。 「紅葉も……秋祭りの夜、ここへ来たのかもしれない」 春香の声は震えていた。 母としての直感が、何かを確信している。 美奈は懐中電灯を祠の内部へ向けた。 その光の先に、湿った土の上──新しい靴跡があった。 「……誰か、最近来てる」 祐真が膝をつき、跡を確かめる。 「……この靴跡、紅葉ちゃんのじゃない。もっと大きい。大人の男の靴だ」 春香の喉がごくりと鳴る。 「誰が……なんのために……」 そのとき、祠の奥から何かが転がり出た。 カラン── それは、赤い紐のついた鈴だった。 美奈が息を呑む。 「紅葉の……髪飾り」 春香は震える手で鈴を拾い上げた。冷たく、湿っている。 けれど、それ以上に不気味なのは、祠の奥の足跡が“外へ”ではなく“中へ”続いていることだった。
last updateLast Updated : 2026-09-27
Read more

第78話  鈴の音の夜

裂け目の奥は、懐中電灯を照らしても終わりが見えなかった。 土壁が湿って光を吸い込み、底の見えない闇へと続いている。 冷たい空気が頬を撫で、祐真は思わず身を引いた。 「……行くのは危険だ。崩れやすい。下手をすれば、生き埋めになる」 そう言って、彼は祠の前に立ち、春香と美奈を見やった。 春香の手の中では、さっき拾った鈴がかすかに震えていた。 風のせいではない。 まるで“誰かの手”が内側から触れているように。 「……紅葉」 春香の唇から、娘の名が漏れた。 その瞬間、森の奥から──小さな声が聞こえた。 『……お母さん……』 空気が止まった。 祐真も美奈も、息を呑む。 「今の、聞こえましたか?」 美奈が震える声で問う。 祐真は目を細め、耳を澄ませる。だが、もう何も聞こえなかった。 「……帰ろう」 祐真が低く言う。 「今夜はここまでにしましょう。無理に進むと、取り返しがつかなくなる」 春香はなおも裂け目を見つめていた。 娘が、そこにいる気がしてならなかった。 けれど、鈴が突然──鳴った。 澄んだ音が、夜の森を切り裂くように響き、 それと同時に春香の手から鈴がするりと落ちた。 カラン、と転がる鈴。 祠の奥へ、闇の中へ吸い込まれるように消えた。 春香が駆け出そうとした瞬間、祐真が腕を掴んだ。 「ダメだ、春香さん!」 「離して!紅葉が──!」 「違う!あれは紅葉じゃない!」
last updateLast Updated : 2026-09-28
Read more

第79話  封じられた森

森の奥は、昼間だというのに光を拒んでいた。 湿った土の匂いと、かすかに漂う鉄のような匂い。 風が通るたび、葉擦れの音に混じって、誰かの囁きが聞こえる気がした。 美奈は足元の枯葉を踏みしめながら、祐真の背中を追う。 そのすぐ後ろには、春香が立ち止まりながら、何度も空を仰いでいた。 彼女の表情は青ざめ、目の奥には焦点がない。 「……この辺り、よね。紅葉が最後に見られたのは」 美奈が声を潜めて言うと、祐真は無言でうなずいた。 手には懐中電灯。光が一点を照らす。 そこには、明らかに人の手で掘り返されたような跡があった。 土はまだ新しく、斜面に崩れかけた土塊が残っている。 何かを埋めた――いや、何かを掘り出したようにも見えた。 「……最近のものだな」 祐真がしゃがみ込み、手袋越しに土をすくう。 「乾いてない。少なくとも、ここ一週間以内だ」 「誰か……ここに来てたの?」 美奈が息を呑む。 春香はその場に立ち尽くしたまま、唇を震わせた。 「祐真さん……この森、やっぱり……何かあるんです」 震える声で春香が言った。 「紅葉が消える前の夜、あの子が言ってたの。“森が呼んでる”って……」 祐真は顔を上げた。その表情には、かすかな緊張が走る。 「……春香さん。その言葉、20年前にも聞いたんだ」 美奈が目を見開く
last updateLast Updated : 2026-09-29
Read more

第80話  森が哭(な)く 夜

春香の胸の奥で、何かが軋んだ。 掘り返された土の匂い、木札に刻まれた「タチバナ」の文字。 それらは、眠っていた記憶を容赦なく引きずり出す。 ──あの夜も、風が鳴っていた。 秋祭りの提灯の灯りが森の入り口を照らし、ざわめきの中で子どもたちの笑い声が響いていた。 「紅葉、あんまり奥に行っちゃダメよ」と声をかけた自分の言葉が、空気に溶けていく。 その背中は振り向かず、赤い着物の裾だけがちらりと光の中を跳ねた。 ──それが、最後に見た娘の姿だった。 「春香さん?」 現実の声に呼び戻され、春香ははっと顔を上げた。 祐真が心配そうに覗き込み、美奈はそっと手を握ってくれている。 だが春香の視線は、掘り返された地面から離れなかった。 そこから、確かに“声”が聞こえる気がしたのだ。 ──おかあさん、どうして。 空耳ではなかった。確かに紅葉の声だった。 「紅葉……あなたなの?」 呟くように問いかけた春香の目に、涙が滲む。 祐真と美奈が見守る中、春香はゆっくりと地面に手を伸ばした。 その指先が土に触れた瞬間、冷たい震えが腕を這い上がってくる。 まるで、底なしの闇が彼女の体を引きずり込もうとしているようだった。 「やめてください!」 美奈が春香の手を掴んだ。 「そこ……危ないです。紅葉ちゃんが呼んでるんじゃない……“何か”が、呼んでるんです」 その言葉に、祐真の表情が
last updateLast Updated : 2026-09-30
Read more
PREV
1
...
5678910
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status