ラウンジを出たあと、私たちはいったんそれぞれの部屋へ戻った。 せっかく温泉宿へ来たのだから、大浴場にも入っておきたい。 もちろん視察という意味でも。 そう自分に言い聞かせながら温泉へ向かったけれど、広い湯船に浸かって山の夜景を眺めているうちに、仕事のことはかなり頭から抜けていた。 部屋へ戻り、用意されていた浴衣に着替える。 少し休んだところでスマホが震えた。『ラウンジ前にいる』 帝人さんだった。 何の用だろうと思いながら廊下へ出る。 階段を下りたところで、浴衣姿の帝人さんを見つけた。 私は思わず足を止めた。 普段のスーツ姿とも、休日の服装とも違う。 濃紺の浴衣を着て立っているだけなのに、妙に目立つ。「何だ」「……浴衣、着るんですね」「ホテルが用意しているんだから着るだろう」「なんとなく帝人さんは着ないのかと思ってました」「どういう人間だと思っている」「旅館でもスーツを着てそうな人です」「風呂上がりまで仕事着を着るほど非効率じゃない」 そこでも効率が出てくるらしい。 帝人さんの視線が、今度は私へ向いた。 そのまま数秒止まる。「どうしました?」「……似合っている」「あ、ありがとうございます」 あまりに真っ直ぐ言われて、今度は私が目を逸らした。「それで、どうしたんですか?」「外を歩く」「今からですか?」「ホテルの裏に川沿いの遊歩道がある。夜十時までは宿泊客が出られる」 いつの間に調べたのだろう。「それも視察?」「半分は」「残り半分は?」「小春と歩きたい」 また普通に言う。 こういうところは本当に強い。「……少しだけですよ」「十分だ」 ホ
Last Updated : 2026-08-30 Read more