その日の夕方、仕事を終えて会社を出たところでスマホが震えた。 帝人さんからだった。『翠嶺ホテルを再建する』 あまりにも簡潔で、私は駅へ向かいかけた足を止めた。『決まったんですか?』『決めた』 今度は少し考えてから、電話をかける。 帝人さんはすぐに出た。「お疲れさまです。ちゃんと聞きたいです」『何をだ』「再建するって、それだけ送られてきても分かりません。売却や業態転換も最後まで候補に残してたんですよね?」 そう言うと、帝人さんは今日の会議について説明してくれた。 客室数を減らすこと。 和室や料理、接客など翠嶺ホテルらしさにつながるものは残すこと。 予約や顧客管理の仕組みは大幅に変えること。 投資も一度に全部行うのではなく、段階的に成果を確認しながら進めるらしい。『下振れした場合の撤退条件も設定した。再建すると決めた以上、成功する前提だけで金を出すつもりはない』「そこはやっぱり帝人さんですね」『当然だ。残したいという感情だけで赤字を許せば、いずれホテルごと失う』 厳しい言葉なのに、以前とは受け取る印象が違った。 あのホテルにあるものを、帝人さん自身が見たからだと思う。「でも、よかったです」『何がだ』「翠嶺ホテルがなくならなくて」 ホテルで会った年配の夫婦を思い出す。 来年も来ると笑っていた二人。 山椒を抜いた料理を覚えていた従業員。 私の館内履きが少し大きいことまで見ていた人。 あの場所が、そのままの形ではなくても続いていく。 私はそれが嬉しかった。「帝人さんが行ってくれてよかったですね」『行けと言ったのは小春だろう』「そうですけど、決めたのは帝人さんですよ」『その通りだ』 あっさり認められて、思わず笑った。「そ
Last Updated : 2026-09-04 Read more