All Chapters of 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜: Chapter 101 - Chapter 110

125 Chapters

第100話 今度は仕事ではありません

 その日の夕方、仕事を終えて会社を出たところでスマホが震えた。 帝人さんからだった。『翠嶺ホテルを再建する』 あまりにも簡潔で、私は駅へ向かいかけた足を止めた。『決まったんですか?』『決めた』 今度は少し考えてから、電話をかける。 帝人さんはすぐに出た。「お疲れさまです。ちゃんと聞きたいです」『何をだ』「再建するって、それだけ送られてきても分かりません。売却や業態転換も最後まで候補に残してたんですよね?」 そう言うと、帝人さんは今日の会議について説明してくれた。 客室数を減らすこと。 和室や料理、接客など翠嶺ホテルらしさにつながるものは残すこと。 予約や顧客管理の仕組みは大幅に変えること。 投資も一度に全部行うのではなく、段階的に成果を確認しながら進めるらしい。『下振れした場合の撤退条件も設定した。再建すると決めた以上、成功する前提だけで金を出すつもりはない』「そこはやっぱり帝人さんですね」『当然だ。残したいという感情だけで赤字を許せば、いずれホテルごと失う』 厳しい言葉なのに、以前とは受け取る印象が違った。 あのホテルにあるものを、帝人さん自身が見たからだと思う。「でも、よかったです」『何がだ』「翠嶺ホテルがなくならなくて」 ホテルで会った年配の夫婦を思い出す。 来年も来ると笑っていた二人。 山椒を抜いた料理を覚えていた従業員。 私の館内履きが少し大きいことまで見ていた人。 あの場所が、そのままの形ではなくても続いていく。 私はそれが嬉しかった。「帝人さんが行ってくれてよかったですね」『行けと言ったのは小春だろう』「そうですけど、決めたのは帝人さんですよ」『その通りだ』 あっさり認められて、思わず笑った。「そ
last updateLast Updated : 2026-09-04
Read more

第101話 変わるものと、残るもの

 それから数週間。 翠嶺ホテルの大規模改修はまだ始まっていなかった。 工事会社の選定、設計、費用の精査。 客室を減らすといっても、営業を続けながらどの棟から手を入れるかまで決めなければならないらしい。 帝人さんから時々聞く話は、驚くほど地味だった。『改修期間中の客室稼働計画を作り直させた』『予約システムの候補を二社まで絞った』『料理部門の原価計算が雑だったから戻した』 華やかな再建物語とは、ずいぶん違う。 ただ、小さな変化はもう始まっていた。 ある日の昼休み。 帝人さんから一枚の写真が送られてきた。 翠嶺ホテルの朝食会場だった。 入口にあった朝食券の確認台がなくなっている。『試験運用を始めた』『朝食券ですか?』『ああ。まず一部の宿泊プランで廃止した。部屋番号と宿泊情報で確認する。問題がなければ広げる』 あの時、廊下で佐野さんが話していたことだ。『佐野さん、喜んでます?』『本人に聞け』『帝人さんは見てないんですか』『再建チームの会議では普通だった』 絶対、見ていない。 私は笑いながら写真を拡大した。 大きな変化ではない。 でも、客が朝食券を忘れて部屋へ取りに戻ることは減る。 従業員が再発行のために走ることも減る。 そうやってできた少しの時間を、今度は人を見ることに使えるのかもしれない。 さらに数日後には、館内案内の試作品ができたと聞いた。 増築を繰り返した建物でも分かりやすいように、色と番号で区画を分けるらしい。『今度は不審がられるほど見なくても大丈夫そうですね』 そう送ると、しばらく返事が来なかった。『あれは確認していただけだ』 まだ気にしているらしい。 私は思わず笑った。 ◇ その週の金曜日。
last updateLast Updated : 2026-09-05
Read more

第102話 資料が揃ったなら続きをします

 月曜日の午前九時。 帝人の執務室で、榊原が一冊のファイルを机へ置いた。「東栄都市開発から、追加資料が一式届いております」 帝人は手元の書類から顔を上げた。「ようやくか」「資金繰りに関する資料、追加費用の内訳、今後十二か月の支払い予定。それから、第三者評価会社についても双方の候補整理が終わりました」 東栄都市開発との共同事業。 追加費用の六割を皇グループへ負担させながら、利益配分は従来のまま。工期遅延に対する責任まで事実上免除してほしいという要求から始まった交渉だった。 前回の協議では、双方が第三者評価会社の候補を出し、それぞれ一社ずつ拒否した上で残った候補から選ぶところまで決めている。 その準備に時間が必要だったため、交渉はいったん止めていた。「評価会社は」「白峰アドバイザリーで双方合意です。御影弁護士から、評価方法についての事前案も届いております」「見せろ」 帝人は資料を受け取った。 数ページめくり、途中で手を止める。「……前より増えたな」「評価項目でしょうか」「御影が要求している範囲だ」 事業用地の現在価値。 東栄側がすでに投じた資金。 取得済みの権利。 地域調整に要した費用。 今後必要になる追加投資。 工期遅延による機会損失。 さらに、東栄が事業へ残留した場合と撤退した場合、それぞれの将来利益まで比較対象に含める案になっていた。「悪くない」 榊原が少しだけ目を上げる。「御影弁護士の案を、ですか?」「使える案なら誰が出したかは関係ない。ただし、このままでは皇側の追加負担が確定した前提に見える箇所がある。そこは直す」 帝人はペンを取り、一つの項目へ印をつけた。「追加投資は『必要額』と『負担者』を分けろ。事業全体として十億必要だからといって、その十億を皇が出すとは限らない。評価会社に負担
last updateLast Updated : 2026-09-05
Read more

第103話 残りたいなら、何を手放すか決めろ

 東栄都市開発から出された新しい条件案を、帝人は黙って読み進めた。 以前とは、明らかに内容が違っていた。 追加費用については、東栄側が保有資産の売却と借り換えによって一定額を自己負担する。 不足分については皇グループへ追加出資を求めるものの、その代わりとして事業上の一部権限を皇側へ移す。 さらに追加出資が回収されるまで、皇側の利益分配を優先する。 当初求めていた遅延損害の全面免除も消えていた。「ようやく交渉案になったな」 帝人が資料を机へ置く。 東栄側の常務が小さく息を吐いた。「前回までのご指摘を踏まえて、当社としても条件を見直しました」「見直したというより、何を守るか決め始めたと言った方が正しい」 帝人は資料の一箇所を指した。「東栄は事業への参加を残したい。その代わり、追加負担が発生した場合の利益と権限は一部譲る。そういう理解でいいか」 常務が直哉へ視線を向ける。 直哉はそれを受けて口を開いた。「大筋ではその通りです。東栄としては、ここで完全撤退するより、条件を変更してでも事業に残る方が長期的な利益につながると判断しています。ただし、すべての権限を皇側へ渡すつもりはありません」「当然だ。全部渡すなら残留ではなく、名前だけ残すことになる」 帝人は再び資料を見る。「だが、まだ曖昧なところがある」「どこでしょう」「追加出資回収まで皇側へ利益を優先配分する、とある。回収後は従来の利益配分へ戻す。そこまでは分かる」 ページをめくる。「一方で、事業上の決定権については『財務状況の正常化後に協議の上で従来水準へ戻す』となっている。この書き方は認めない」 直哉の目がわずかに細くなる。「理由を伺っても?」「追加出資を回収した瞬間に、事業リスクまで元へ戻るわけじゃないからだ」 帝人は椅子に深く座り直した。「今回問題になったのは、東栄が一時的に金を用意でき
last updateLast Updated : 2026-09-06
Read more

第104話 戻す条件まで先に決めます

 協議は、そのまま権限移行の具体的な条件へ進んだ。 皇側が追加出資を行う場合、予算、工程、主要事業者の選定について皇側の決定権を強める。 東栄側は事業参加を継続するものの、一定期間は単独で重要事項を止められない。 そこまでは双方に大きな異論がなかった。 問題は、その権限をいつ戻すかだった。「工期が当初の修正計画から三か月以上遅れず、十二か月連続で資金繰り基準を満たし、追加費用が設定額以内に収まった場合、段階的に東栄側の同意権を戻す」 帝人が提示した条件を、直哉は黙って読んでいた。「かなり厳しいですね」「一度崩れた事業を立て直す条件としては普通だ」「十二か月という期間そのものを問題にしているわけではありません」 直哉が一箇所を指す。「ここです。『追加費用が設定額以内に収まること』。この書き方では、東栄に責任のない追加費用まで権限回復を妨げます」 帝人が資料を見る。「具体的に言え」「たとえば法令改正、行政側の追加要求、皇側が主導した設計変更。東栄が管理できない原因で追加費用が発生しても、この条項だけ見れば条件未達になります」 会議室が静かになった。 帝人は数秒、資料を見た。「……その点は直す」 東栄側の常務が、少し驚いたように帝人を見る。 直哉は続けた。「追加費用ではなく、東栄側の責任または管理可能な事由によって発生した追加費用に限定すべきです。さらに原因帰属に争いが出た場合の判定方法も必要でしょう」「ああ。そこはお前が正しい」 帝人はペンを取り、条項に線を引いた。「俺が欲しいのは東栄を永久に縛る条項じゃない。再び同じ経営上の失敗をした場合に、皇が無防備にならない仕組みだ。東栄が制御できない事象まで条件未達にすれば、権限を戻さないための口実に見える。それでは契約として弱い」 直哉が少しだけ口元を上げる。「珍しく素直ですね」「前にも言っただろう。間違いが証明
last updateLast Updated : 2026-09-06
Read more

第105話 利益だけ元に戻すつもりはありません

 次の協議では、最初から利益配分の話に入った。 追加出資を皇グループが行った場合、その回収が終わるまでは皇側の配分を増やす。 そこまでは双方とも合意している。 問題は、その後だった。「東栄としては、追加出資分の回収が完了した時点で、利益配分を当初契約の水準へ戻すことを求めます」 直哉が資料を開いた。「皇側の追加負担が解消された後まで利益配分を変更したままにするなら、東栄側としては恒久的な権利譲渡と受け取らざるを得ません」 帝人はすぐには答えず、東栄側の試算を見る。「その理屈なら、皇が追加で負担するのは金だけということになる」「金額以外の貢献を否定しているわけではありません」「なら、それも計算に入れろ」 帝人は資料を机へ置いた。「今回、皇は追加資金を出すだけじゃない。工期の再設計、調達先の組み直し、代替事業者との交渉、管理人員の投入まで行う。その結果として事業が破綻せず、東栄も参加を維持できる。出した金だけ返せば全部元通りというのは、負担の一部しか見ていない」 東栄の常務が口を開いた。「ですが、皇側の管理強化によって事業全体の価値が上がれば、その利益は皇側にも還元されます」「だから全部を皇へ寄せるとは言っていない」 帝人は皇側の案を示した。「回収後、即座に元へ戻すのではなく、三段階で戻す」 第一段階。 追加出資回収後も、一定期間は皇側の配分を高く維持する。 第二段階。 東栄の資金状態と事業運営が安定し、再び追加負担を引き受けるなら配分差を縮小する。 第三段階。 両社が以後の追加投資とリスクを同水準で負う段階になれば、当初比率へ近づける。「つまり、利益だけではなくリスク負担に連動させるということですね」 直哉が確認する。「そうだ。利益配分は功労賞じゃない。誰が今後の損失をどこまで引き受けるかで決める」「ただし、この案では第二段階への移行条件
last updateLast Updated : 2026-09-07
Read more

第106話 必要なものを取っただけです

 基本条件の整理が終わったのは、それから一週間後だった。 第三者評価の結果。 追加出資額。 権限移行。 権限を戻す条件。 利益配分。 東栄側の自己負担。 それぞれの数字と条項を最終案へ反映し、双方の法務が確認を終える。 会議室の中央には、これまでで最も薄い資料が置かれていた。「本日の合意内容を基に、最終契約書を作成します」 皇側の法務責任者が説明する。「大きな条件変更がなければ、次回は署名前の最終確認となります」 帝人は資料を最後まで読み、東栄側へ視線を向けた。「異論は」 常務が答える。「ありません。社内承認も得ています」「なら進めろ」 短い一言だった。 けれど、最初の協議を思えば大きな変化だった。 皇が追加費用の六割を負担する。 遅延責任を事実上免除する。 利益配分は変えない。 そんな条件から始まった交渉は、まったく別の形になっている。 東栄は事業への参加を残した。 その代わりに、追加負担に応じて利益と権限の一部を譲った。 皇は追加資金を出す。 ただし、その金額と責任に見合う権利を得る。 どちらか一方だけがすべてを取った形ではない。「長かったですね」 東栄の担当者が小さく漏らした。 帝人が視線を向ける。「最初から現実的な条件を持ってくれば、もっと早かった」 担当者が黙る。 直哉が代わりに答えた。「最初から今の条件を受け入れられる状況なら、交渉自体が必要なかったでしょう」「だから時間が必要だったことまで否定していない」「珍しくフォローしますね」「事実を言っただけだ」 もう周囲も、この二人のやり取りには慣れている。 最終確認を終え、東栄側の人間たちが
last updateLast Updated : 2026-09-07
Read more

第107話 あの時の「まだ」

 皇グループ本社を出た頃には、空が少し暗くなり始めていた。 直哉はエントランスを抜け、歩道へ出る。 東栄都市開発との交渉は、ほぼ終わった。 残っているのは契約書の最終確認と署名だけだ。 長かった。 そう思う一方で、思っていたほど疲労感はなかった。 むしろ最後まで気を抜けない相手だったことが、妙な充足感として残っている。「……面倒な男だな」 誰に聞かせるでもなく呟いた。 皇帝人。 最初に会った時から、気に入らない男だった。 自信に満ちていて、遠慮がなく、必要だと思えば相手の事情ごと切り分ける。 それでいて、ただ強引なだけではない。 数字を出せば見る。 理屈が通れば認める。 自分の案に穴があれば修正する。 少なくとも、権力だけで相手を黙らせるような男ではなかった。 それが余計に面倒だった。 直哉は信号の前で足を止める。 ふと、小春の顔が浮かんだ。 以前、彼女に尋ねたことがある。 君は皇帝人を選ぶのか、と。 小春は答えた。 今は誰も選ばない、と。 そして自分は――。『なら、僕にもまだ――』 そこまで言った。 最後まで言わせてもらえなかった。『直哉を選ばないことだけは決めてる』 あの時、自分が何を言おうとしたのか。 直哉自身にも、今となってはよく分からない。 やり直したいと考えていたわけではない。 婚約を終わらせたのは自分だ。 その判断を撤回するつもりもなかった。 小春との関係には、互いに合わない部分があった。 それを理解した上で、自分から終わらせた。 そこに嘘はない。 ただ。 小春がまだ皇帝人を選んでいないと聞いた瞬間。 完全に閉じたと思っていた扉が、ほ
last updateLast Updated : 2026-09-08
Read more
PREV
1
...
8910111213
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status