All Chapters of 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話 総帥の弱点

 理人さんが訪ねてきた翌日、私は定時を少し過ぎてから本社を出た。 帝人さんは海外支社との会議中だ。終了は早くても一時間後になる。「先に帰るのか」 会議室へ入る直前まで不満そうにしていたけれど、勤務時間が終わったのだから当然だと説明すると、しぶしぶ納得してくれた。 最近は一度で話が通じることも増えている。 少しずつ成長しているらしい。 エントランスを抜けると、外はすでに暗くなっていた。 ガラス張りのビルへ街の灯りが映り、行き交う社員たちの姿が重なる。昼間より冷えた風に肩をすくめ、駅へ向かおうとした時だった。「倉橋小春さんですね?」 名前を呼ばれて足を止める。 三十代後半ほどの男性が、少し離れた場所に立っていた。 濃い灰色のコートに細身の眼鏡。柔らかな笑顔を浮かべているけれど、見覚えはない。「どちら様でしょうか」「突然申し訳ありません。東都経済の有馬と申します」 差し出された名刺には、経済誌の編集部と記されていた。「記者の方ですか?」「ええ。皇グループについて取材しております」「取材でしたら広報部を通してください」 名刺を受け取らずに答えると、有馬さんは困ったように笑った。「公式な取材では聞けないこともありまして」「でしたら、なおさら私からはお話しできません」 専属秘書になって日が浅いとはいえ、社外秘の情報を扱っている。 知らない相手へ話せることなど何もない。「仕事のお話だけではありません」 有馬さんの声が少し低くなった。「皇帝人氏とのご関係について、少し伺いたいのです」「お答えできません」「婚約を解消された直後、皇氏から求婚され、その数日後には専属秘書として入社された。世間が知れば、ずいぶん興味を持つ話だと思いませんか?」 指先から温度が引いた。 求婚については、ホテルの廊下に居合わせた人間がいる。入社も社
last updateLast Updated : 2026-07-29
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第32話 守ることと囲うこと

 翌朝、総帥室へ入った私は、自分の机の前で足を止めた。 机の上に、一台のスマートフォンと黒いカードケースが置かれている。「これは何ですか?」「業務用端末と、車両の利用証です」 答えたのは榊原さんだった。「昨日の件を受け、当面は出退勤時に社用車を利用していただきます」「当面とは、いつまでですか?」「安全上の懸念が解消されるまでです」 ずいぶん曖昧な期間だった。「帝人さんの指示ですね?」「そうだ」 執務室の扉が開き、帝人さんが現れた。「今日から一人で退社するな。外出時も行き先を榊原へ伝えろ」「昨日、今後のことは話し合うと言いましたよね?」「話し合うために必要なものを用意した」「もう決まっていますけど」「必要性は変わらん」 帝人さんは迷いなく私の机まで歩いてくる。「昨日の男は、お前の退社時刻を把握していた。婚約解消についても知っていた。次も記者だとは限らない」「危険があることは分かります。でも、毎日の移動を全部管理されるのは困ります」「管理ではない。保護だ」「受ける側が困っていたら、保護とは言えません」 帝人さんの眉間にしわが寄った。「何が困る」「退勤後に買い物へ寄ったり、友人と食事をしたりするたび、報告するんですか?」「行き先を伝えればいい」「誰と会うかも?」「当然だ」「それは嫌です」「なぜだ。俺が迎えに行く場合にも必要だろう」「迎えに来る前提にしないでください」 会話が保護から帝人さんの希望へ変わり始めている。「失礼いたします」 落ち着いた女性の声が割って入った。 振り返ると、四十代半ばほどの女性が立っていた。細身の黒いスーツに、切れ長の目。手には数枚の資料を持っている。「法務・コンプライアンス担当の一色沙耶です
last updateLast Updated : 2026-07-29
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第33話 会長は私情を許さない・前編

 一色さんが退室してから一時間ほど経った頃、総帥室に新たな来客があった。「皇会長がお見えになります」 榊原さんの言葉に、秘書室の空気が引き締まった。「帝人さんのお父様ですか?」「はい。皇グループ代表取締役会長兼最高経営責任者、皇正臣様です」 今度は予定表にも、きちんと名前が入っている。 香澄様や理人さんとは違い、突然息子の顔を見に来たわけではないらしい。「目的は昨日の外部接触についてです」 榊原さんが私の机に置かれた緊急用端末を見る。「一色から提出された報告書を、会長も確認されています」 ほどなくエレベーターの扉が開いた。 現れたのは、帝人さんとよく似た長身の男性だった。 黒髪には灰色が混じり、整えられた口ひげが威厳を添えている。濃紺のスーツに包まれた姿は帝人さんほど鋭くはないけれど、長く巨大な組織を率いてきた人だけが持つ重さがあった。「会長。お待ちしておりました」 榊原さんが一礼する。「帝人は」「執務室です」「そうか」 正臣様の視線が私へ向いた。「倉橋小春さんだね」「はい。初めまして」「話は聞いている」 それが求婚の話なのか、採用の話なのか、昨日の記者の話なのか分からない。 おそらく全部だろう。「父上」 帝人さんが執務室から出てきた。「予定より三分早い」「早く着いた。それだけだ」「俺の予定はまだ終わっていない」「息子に会いに来たのではない。会長として来た」 正臣様は応接室へ向かう。「倉橋さんにも同席してもらいたい」「小春は昨日接触を受けた側だ。必要以上に聞くな」「本人の意思を確認している」 正臣様が私を見る。「同席してもらえるだろうか」「はい」「小春」「私にも関
last updateLast Updated : 2026-07-29
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第34話 会長は私情を許さない・後編

「問題になる可能性はあると思っています」 帝人さんが私を見る。「何が問題だ」「帝人さんが問題ないと思っても、周囲の方が公平だと思えるとは限りません」「採用を決めたのは榊原と人事だ。評価も俺一人では決めない」「それを知らない外部の方には、私が求婚を受け入れる代わりに仕事を得たように見えるかもしれません」「事実ではない」「事実でなくても、そう見える可能性はあります」 帝人さんの眉間にしわが寄る。 正臣様は何も言わず、私の続きを待っていた。「今の私は、帝人さんの恋人でも婚約者でもありません。ですから秘書として仕事をします」「今後、関係が変わった場合は?」「その時は、評価する方や職務範囲を改めて検討していただく必要があると思います」「秘書を辞めるのか」 帝人さんの声が低くなる。「まだ何も決まっていません」「結婚しても働けばいい」「働くかどうかは私が決めます」「働きたいなら働け。辞めたいなら辞めればいい。だが俺以外の男の秘書にはするな」「そこまで帝人さんが決めることではありません」「なら誰が決める」「私です」「……そうだったな」 正臣様が小さく息を吐いた。 呆れているようにも、驚いているようにも見える。「倉橋さん。昨日のような接触が今後も続く可能性がある。それでも帝人のそばで働くつもりか」 怖くないと言えば嘘になる。 知らない人に名前を呼ばれ、私しか知らないはずのことを語られた時、足元が揺らいだような気がした。「怖いです」 正直に答えた。「ですが、怖いからという理由だけで仕事を辞めたくはありません」「安全より仕事を選ぶと?」「どちらか一つを選ばなくて済む方法を考えたいです」 帝人さんが、わずかに顔を上げる。「結婚するために仕事を辞めた時
last updateLast Updated : 2026-07-29
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第35話 私を近道にしないでください・前編

 正臣様が帰られた翌朝、総帥室にはいつもと違う緊張が漂っていた。 帝人さんは朝一番から、海外事業部との会議に入っている。 議題は東南アジアにある港湾物流会社の買収だった。 成長が見込める地域に新たな拠点を持つことで、皇グループの物流網を大きく広げられる。計画だけを見れば魅力的だけれど、現地企業の労働環境と土地利用をめぐる調査が終わっていないらしい。 帝人さんは追加資料が揃うまで決裁しないと伝えていた。 会議は予定より十五分長引いた。 扉が開くと、役員たちが硬い表情で出てくる。帝人さんの結論は変わらなかったのだろう。「倉橋さん。少しよろしいですか」 最後に退室した男性から声をかけられた。 海外・新規事業部門を統括する堂島廉さん。 四十代前半。細身のスーツを隙なく着こなし、経済誌の取材にもよく登場する人だ。「はい。どのようなご用件でしょうか」「午後の買収案件について、総帥へ追加説明の時間をいただきたいのです」「予定を確認します」 帝人さんの午後は会議で埋まっている。 ただ十五時の会議は早く終わる可能性があり、その後の移動にも少し余裕があった。「十五時半から十分でしたら調整できます。追加資料を事前にお送りいただけますか?」「ありがとうございます。さすがですね。話が早い」「秘書ですから」 堂島さんは微笑んだまま、すぐには立ち去らなかった。「もう一つだけ、お願いしても?」「何でしょうか」「総帥は、現地の労働環境を懸念されています」「そのように伺っています」「ですが買収を見送れば、相手企業は別の投資会社へ売却される可能性が高い。そこは従業員の大幅削減を予定しているという情報もあります」「その情報は資料に入っていますか?」「もちろんです」 それなら帝人さんも知った上で、調査を求めているはずだ。「倉橋さんからも、買収した方が現地の雇用を
last updateLast Updated : 2026-07-29
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第36話 私を近道にしないでください・後編

 振り返ると、帝人さんが執務室の扉の前に立っていた。「会議は終わったんですか?」「ああ」 短く答えた後、帝人さんの視線が堂島さんへ移る。 私へ向ける時とは違う、温度のない目だった。「堂島。お前は俺の判断を、小春を使って変えようとしたのか」「そのような意図ではありません」「では、どういう意図だ」 堂島さんの表情から、作られていた笑みが消える。「買収には期限があります。調査の完了を待てば、競合へ先を越される可能性が高い。現地の雇用を守るという観点を、倉橋さんからも伝えていただければと考えました」「雇用を口実に、小春へ責任を負わせるな」「責任を負わせるつもりはありません」「なら聞く。俺が買収を承認し、後から問題が起きた場合、お前はどう説明する」 帝人さんの声は低く、冷たかった。「調査が不十分なまま進めるよう求めたのは自分だと、すべての責任を引き受けるのか。それとも、小春も雇用を守るべきだと言っていたと付け加えるのか」「そのようなことは申しません」「今はそう言える。だが問題が起き、責任を問われた時にも同じことを言えると証明できるのか」 堂島さんの口が閉じた。 帝人さんは、その沈黙を答えとして受け取ったようだった。「買収を通したいなら、必要な調査を行い、資料を揃え、自分の言葉で俺を納得させろ」 黒い瞳が堂島さんを真っすぐ射抜く。「小春は俺を動かすための道具ではない。自分が負うべき説明と責任の逃げ道に、小春を使うな」 室内の空気が張りつめた。 周囲の秘書たちは仕事を続けているけれど、誰も物音を立てていない。「帝人さん」「何だ」「面談は十五時半に十分間、調整しました」「必要ない」「堂島さんには追加資料があるそうです」「不足した調査を資料の量で誤魔化す気なら――」「見る前から決めては駄目です」
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第37話 十分で俺を納得させろ・前編

 十五時二十五分。 堂島さんから届いた追加資料をそろえ、私は帝人さんの執務室へ入った。「買収案件の資料です」「置け」 返事は短かったけれど、機嫌が悪いわけではない。帝人さんは午前中に届いた契約書を確認していた。「堂島さんとの面談は五分後です。私は議事記録のために同席します」「ああ」「案件の判断には口を出しませんよ」「出せとも言っていない」 今朝の一件があるだけに、同席させないと言われるかと思っていた。 けれど帝人さんは、堂島さんが私を利用しようとしたことと、私が秘書として仕事をすることを分けて考えてくれたらしい。 資料を渡すと、帝人さんは数十ページある報告書を恐ろしい速さで読み始めた。「追加調査ではないな」「もう分かったんですか?」「既存資料の並べ方を変えただけだ。雇用削減の可能性を前へ出し、土地利用の問題を後ろへ追いやっている」 堂島さんの主張を強く見せるための資料ではあっても、帝人さんの懸念を解消するものではないということだ。 約束の時間になると、堂島さんが榊原さんに案内されて入ってきた。「お時間をいただき、ありがとうございます」「十分だ」「承知しております」 堂島さんは余計な挨拶を重ねず、すぐ説明を始めた。「買収対象となる港湾物流会社は、現在およそ二千四百人を雇用しています。競合する投資会社が取得した場合、三割近い人員削減が行われる見込みです」「見込みの根拠は」「過去に同社が取得した物流会社の再建計画です」「国も事業規模も違う」「同じ投資方針を持つ企業です。一定の傾向は判断できます」「可能性を示す資料としては認める。今回も三割削減されると断定する根拠にはならない」 堂島さんも簡単には引かなかった。「確定するまで待っていれば、買収の機会そのものを失います。先に契約を締結し、取得後も調査を継続するべきです」
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第38話 十分で俺を納得させろ・後編

「売り手とは独占交渉権だけを結べ」 帝人さんは、堂島さんが持ち込んだ二つの選択肢をあっさりと捨てた。「正式契約まで六十日の調査期間を確保する。その間の運転資金は皇側から融資する。競合への売却を止めながら、雇用と土地利用の両方を調べろ」 買うか、諦めるか。 堂島さんが急ぐあまり狭めていた道の外に、帝人さんは新しい道を作ってしまった。「売り手が独占交渉に応じる保証はありません」 それでも堂島さんは食い下がる。 帝人さんを相手に事業を提案する役員なのだから、命令を聞くだけの人ではない。「応じさせろ」「当然、相手は条件を求めます」「必要な条件を出せ。ただし買収義務は負わない。調査妨害や虚偽があれば撤退できる条項も入れろ」「融資だけを受けて、相手が契約を破棄する可能性もあります」「担保を取れ。相手企業の主要設備と株式を対象にする。法務と財務を使えば、融資だけ持ち逃げされる契約にはならん」「現地政府の承認には時間がかかります」「交渉段階で政府機関を入れろ。雇用維持と港湾機能の継続は、向こうにも利益がある。皇グループ一社の都合として話すから時間がかかる」 反論が出るたび、次の手段が返される。 帝人さんは堂島さんの買収案を退けながら、事業そのものを否定しているわけではなかった。 危険だから動かないのではない。 利益を得るために、危険を弱い立場の誰かへ押しつけたまま進むことを許さないのだ。 あの日、泣いていた小さなみーくんに、私は何を言ったのだろう。 強くなったら、弱い子を助けるの。 忘れていたのは私だけで、帝人さんはずっと覚えていたのかもしれない。「六十日で調査を終えられるか」「現地へ人員を追加できれば、可能です」「明日までに必要な人数と費用を出せ。雇用削減の情報も裏を取れ。推測を事実のように使うな」「承知しました」 堂島さんの声から、先ほどまでの焦りが消えていた。
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第39話 ご褒美は一時間

 堂島さんとの面談を終えてから、帝人さんは妙に機嫌がよかった。 表情はいつもと変わらない。書類へ向ける目も厳しく、確認事項を伝える声にも隙はない。 それでも分かる。 先ほど私が言った「よくできました」を、まだ大事に抱えているのだ。「小春。今日の予定は何時までだ」「業務の予定でしたら、十八時までです」「その後は」 以前なら、この問いの次には「空けろ」と続いたはずだ。 けれど帝人さんは黙って私の返事を待っている。「買い物をして帰るつもりです」「何を買う」「夕食の材料です」「明日でも買えるな」「今日の夕食はどうするんですか?」「俺と食べればいい」 やはり結論はそこらしい。「お誘いですか?それとも決定事項ですか?」「……誘っている」 ほんのわずかな間があった。 頭の中で、一度口に出しかけた命令を引っ込めたのだと思う。「なぜ急に夕食へ?」「今日の俺は正しい判断をした」「そうですね」「お前も褒めた」「褒めましたね」「なら褒美があってもいい」「褒めた上に、ご褒美まで必要なんですか?」「成果を正当に評価するのは、お前が重視していることだろう」 まさか人事制度の考え方を、自分との夕食へ適用してくるとは思わなかった。「何をご希望ですか?」「一時間でいい。仕事ではない俺を知れ」 その言葉に、からかうつもりで開いた口が止まった。 初めて再会した日に、私は今の帝人さんを知らないから結婚できないと言った。 彼はそれを忘れていなかった。「一時間だけですか?」「お前は急に長時間拘束されるのを嫌う」「覚えていたんですね」「俺はお前の言葉を忘れない」 迷いなく返されると、胸の奥が落ち着かなくなる。
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第40話 一時間半のデート・前編

十八時ちょうど。 総帥室の扉が開き、帝人さんが現れた。「行くぞ」「定刻ですね」「当然だ」 その後ろでは、榊原さんが何とも言えない顔で書類を抱えている。 予定されていた会議は三十分で終了したらしい。相手の話を切り上げたのではなく、事前に論点を整理し、会議が始まる前に確認事項の半分を終わらせていたと聞いた。 私との一時間半を守るために、誰かの時間を奪うのではなく、自分が準備した。 それが少し嬉しかった。「帝人様。十九時半以降の予定は空けております」「必要ない。小春は十九時半までと言った」 即答だった。「延長を申し出られる可能性も考慮しましたが」「小春が帰ると言えば帰す」 帝人さんは私を見た。「帰らないと言うなら別だが」「先に逃げ道を作らないでください」「可能性を確認しただけだ」 それ以上は押してこなかった。 会社を出ると、夏の終わりを含んだ風が頬を撫でた。 迎えの車へ向かうのかと思ったけれど、帝人さんは大通りとは反対側へ歩き始める。「歩くんですか?」「ああ。店はここから七分だ」「帝人さんが?」「俺も歩ける」「そういう意味ではありません」 皇グループの総帥が、仕事帰りに秘書と並んで歩いている。 それだけで、通り過ぎる人の視線が集まりそうな気がした。 けれど帝人さんは気にする様子もない。私の歩幅へ合わせ、普段よりわずかに速度を落としている。「車ではないんですね」「移動時間を含めるなと言われる可能性を考えた」「そこまで計算したんですか?」「一時間半しかないからな」 残念そうに言う声が、妙に子どもっぽい。
last updateLast Updated : 2026-07-30
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