池の周りを歩き終える頃、帝人さんのスマホが震えた。 画面を確認した彼の表情が、一瞬で変わる。 さっきまで写真の中の私を見ていた人とは思えないほど、視線が鋭くなった。「榊原だ」「出なくて大丈夫ですか?」「緊急でなければ、かけてこない」 帝人さんは私から少し離れた。「話せ」 電話に出た途端、声まで低くなる。 私は少し先の池を眺めながら待つことにした。「却下だ。数字が合わない」 短い。「先方の希望は聞いていない。こちらの損失を出せ」 怖い。「その条件なら切れ。代替案は三つある。二番を先に当てろ」 仕事中の帝人さんは本当に容赦がない。 相手が榊原さんだから会話が成立しているのだろうけれど、私なら最初の「却下だ」で心が折れる。「戻る必要はない。今日は行かない」 そこで帝人さんの視線が私へ向いた。「予定がある」 胸が少しだけ跳ねた。 予定。 ただ庭園を歩いているだけなのに、帝人さんは仕事よりこちらを優先すると、迷いなく言った。「処理しろ」 最後まで短いまま通話を終え、帝人さんが戻ってくる。「お待たせしました」「謝るほど待っていない」「二分四十秒です」「計りましたか?」「体感だ」「体感で秒まで分かるんですか」「おおよそだ」 たぶん正確なのだろう。 帝人さんは何事もなかったように歩き出したが、私は隣へ並びながら、さっきの声を思い出していた。「仕事中は本当に短いんですね」「何がだ」「話し方です。榊原さんに、ほとんど単語しか渡していませんでした」「あれで分かる」「榊原さんだからでしょう」「あいつは必要な情報を持っている。説明を増やす方が時間の無駄だ」
Last Updated : 2026-08-09 Read more