All Chapters of 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜: Chapter 61 - Chapter 70

125 Chapters

第61話 休日の電話は三分でお願いします

 池の周りを歩き終える頃、帝人さんのスマホが震えた。 画面を確認した彼の表情が、一瞬で変わる。 さっきまで写真の中の私を見ていた人とは思えないほど、視線が鋭くなった。「榊原だ」「出なくて大丈夫ですか?」「緊急でなければ、かけてこない」 帝人さんは私から少し離れた。「話せ」 電話に出た途端、声まで低くなる。 私は少し先の池を眺めながら待つことにした。「却下だ。数字が合わない」 短い。「先方の希望は聞いていない。こちらの損失を出せ」 怖い。「その条件なら切れ。代替案は三つある。二番を先に当てろ」 仕事中の帝人さんは本当に容赦がない。 相手が榊原さんだから会話が成立しているのだろうけれど、私なら最初の「却下だ」で心が折れる。「戻る必要はない。今日は行かない」 そこで帝人さんの視線が私へ向いた。「予定がある」 胸が少しだけ跳ねた。 予定。 ただ庭園を歩いているだけなのに、帝人さんは仕事よりこちらを優先すると、迷いなく言った。「処理しろ」 最後まで短いまま通話を終え、帝人さんが戻ってくる。「お待たせしました」「謝るほど待っていない」「二分四十秒です」「計りましたか?」「体感だ」「体感で秒まで分かるんですか」「おおよそだ」 たぶん正確なのだろう。 帝人さんは何事もなかったように歩き出したが、私は隣へ並びながら、さっきの声を思い出していた。「仕事中は本当に短いんですね」「何がだ」「話し方です。榊原さんに、ほとんど単語しか渡していませんでした」「あれで分かる」「榊原さんだからでしょう」「あいつは必要な情報を持っている。説明を増やす方が時間の無駄だ」
last updateLast Updated : 2026-08-09
Read more

第62話 ご夫婦ではありません

 池を離れて少し歩いたところで、小さな泣き声が聞こえた。 人の行き来が多い道の脇に、五歳くらいの男の子が立っている。両手で目元をこすりながら、周囲を何度も見回していた。 私は足を止めた。「迷子でしょうか」「その可能性が高い」 帝人さんはすぐ近くの案内表示を確認した。「百メートル先に管理事務所がある。係員を呼ぶ」「私はこの子のそばにいます」「ああ」 帝人さんは私を止めなかった。 私が男の子の前にしゃがむと、その子は警戒するように一歩下がった。「お母さんか、お父さんとはぐれたの?」 男の子は答えず、唇を噛んだ。泣くのを我慢しようとしているらしい。「名前を教えてくれる?」「……ゆうと」「ゆうと君。私は小春です」 まず自分から名乗ると、男の子は少しだけ顔を上げた。「今、一緒に来た人が係員さんを呼びに行っています。ここで待っていれば大丈夫ですよ」「おかあさん、いない」「探していると思います。ゆうと君が動くとすれ違ってしまうかもしれないから、一緒にここで待ちましょう」 それでも不安は消えないらしく、目に新しい涙がたまっていく。 どう声をかけようか考えていると、帝人さんが戻ってきた。係員を連れていると思ったけれど、一人だった。「係員には伝えた。園内放送を使う」「ありがとうございます」 帝人さんは私の隣に立ち、男の子を見下ろした。 ただでさえ背が高く、黙っているだけでも迫力がある。子どもを安心させるには、あまり向いていないかもしれない。 そう思った直後、帝人さんがその場にしゃがんだ。 目線の高さを合わせたことに、私は少し驚いた。「ゆうと」 いきなり呼び捨てだった。「お母さんは必ず来る。だから泣く必要はない」 男の子の眉がさらに下がった。「帝人さん。もう少し優しくお願いします
last updateLast Updated : 2026-08-09
Read more

第63話 帰り道までが予定です

 庭園を出る頃には、空が少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。 入口付近に集まっていた人も減り、朝より静かになっている。 私は振り返って、もう一度だけ庭園の中を見た。 早咲きの花。 池のそばの茶屋。 帝人さんと撮った写真。 迷子になったゆうと君。 ほんの数時間だったはずなのに、朝の待ち合わせがずいぶん前のことのように感じられた。「疲れたか」 隣から声をかけられる。「少し歩きましたけど、大丈夫です」「足は痛くないか」「痛くありません」「靴擦れは」「していません」「本当に?」「確認しなくて大丈夫です」 帝人さんの視線が私の靴へ落ちたので、私は一歩だけ距離を取った。「ここで靴を脱がせるつもりではありませんよね」「必要なら見る」「必要ありません」「歩き方が朝より少し遅い」 気づいていたらしい。 けれど足が痛いわけではない。ただ庭園を出てしまうのが少し惜しくて、無意識に歩く速度が落ちていただけだった。「もう帰るんだと思ったら、少し名残惜しくなっただけです」 正直に答えると、帝人さんが足を止めた。「名残惜しいのか」「少しです」「少しでも構わない」 どこかで同じような言葉を聞いた気がする。 帝人さんはポケットからスマホを取り出した。「車を呼ぶ」「駅まで歩きます」「疲れているだろう」「疲れていません。名残惜しいと言ったんです」 帝人さんの指が止まる。「駅まで歩けば、もう少し一緒にいられます」 言ってから、私は自分の言葉に気づいた。 急に顔が熱くなる。 訂正しようかと思ったけれど、帝人さんはすでにスマホをしまっていた。「では歩く」「……
last updateLast Updated : 2026-08-10
Read more

第64話 失敗写真は消せません

 月曜日の朝。 私は通勤電車の中で、昨日届いた写真を見ていた。 池を背に並ぶ私と帝人さん。 私は少し緊張した顔でカメラを見ている。 帝人さんは、私を見ている。 記念写真としては失敗だ。 少なくとも本人以外は、そう判断するはずだった。 それなのに昨夜から、もう何度も開いている。 帝人さんの表情が、普段と違うからだ。 誰かを圧倒するような冷たさも、自信に満ちた強さもない。 ただ隣にいる私を見て、少しだけ笑っている。 こんな顔をする人だったのだと、不思議な気持ちになる。 その時、電車が揺れた。 慌ててスマホを閉じる。 誰に見られたわけでもないのに、私は窓へ顔を向けた。 外を流れていく景色には、昨日のような穏やかさはない。 また仕事の一週間が始まる。 そう思ったところで、スマホが震えた。 帝人さんからだった。『次の日曜は空いているか』 朝からそれだった。『まだ確認していません』『昨日もそう言っていた』『一晩で予定が生まれることもあります』『生まれたのか』『生まれていません』 送ってから、しまったと思った。 これでは空いていると教えたようなものだ。 すぐに既読がつく。『では空けておけ』『命令しないでください』『空けてほしい』 昨日より修正が早い。 私は返事を迷いながら、もう一度写真を開いた。 次も会えば、またこんな顔をするのだろうか。 それを見たいと思っている自分に気づき、指が止まる。『今夜までに確認します』『分かった』 それだけで終わるかと思ったけれど、続けてメッセージが届いた。『写真を見ていたのか』 私は反射的にスマホを伏せた。
last updateLast Updated : 2026-08-10
Read more

第65話 社長の機嫌は業績に関係ありません

 月曜日の午前九時。 皇グループ本社の役員会議室には、重い空気が漂っていた。 長い机の上には、湾岸地区にある複合商業施設の再生計画書が並んでいる。 開業から二十年以上が経過した施設を全面改装し、高級ホテルと会員制ラウンジを併設する大型計画だった。 計画を担当する事業統括本部長の高瀬は、資料を映しながら自信に満ちた口調で説明を続けていた。「改装後の初年度稼働率は九十二パーセントを想定しております。近隣施設の実績を考えれば、十分に達成可能な数字です。三年目には投資額の回収が始まり、五年目以降は安定した収益が――」「止めろ」 帝人の声で説明が途切れた。 高瀬は戸惑いながら振り返る。「どの部分でしょうか」「すべてだ」 会議室が静まり返った。 帝人は手元の資料を閉じず、数ページ先へ視線を落とした。「お前が比較対象にした近隣施設の稼働率は、昨年の国際展示会開催期間を含む年間平均だ。通常年より宿泊需要が二割以上高い年の数字を、そのまま開業初年度へ当てはめている。しかも、この施設が開業する予定の年に同規模の展示会はない。何を根拠に九十二パーセントを維持できると判断した?」
last updateLast Updated : 2026-08-11
Read more

第67話 俺の決定を覆したければ結果を出せ

 相沢が再検証チームへ加わったという報告は、その日のうちに社内へ広がった。 同時に、高瀬と企画部長が計画の責任者から外されたことも伝わった。 夕方、帝人の執務室へ古参取締役の葛城が訪れた。 皇グループに三十年以上勤め、先代の頃から複数の事業を担当してきた人物だった。「今回の処分は、あまりにも性急ではありませんか」 葛城はソファへ座るなり、重々しい声で切り出した。「高瀬君はこれまで多くの案件を成功させています。一度の不備で担当を外せば、長年会社へ貢献してきた人間の士気に関わります」「一度ではない」 帝人は机の上の資料を葛城の前へ置いた。「資材費の見積もりが古いことは、二か月前に財務から指摘されている。稼働率の根拠が特殊な年の数字であることも、相沢が三度報告した。それを無視したまま役員会へ上げた。失敗ではなく選択だ」「それでも、若手社員の報告を理由に本部長を外すのは、組織の秩序を乱します」「さっきから、お前の言う秩序とは誰を守るためのものだ」 葛城が眉を寄せた。 帝人は言葉を続ける。「役職とは、部下の意見を無視できる権利ではない。部下が集めた情
last updateLast Updated : 2026-08-12
Read more

第69話 この条件は交渉になっていません

 火曜日の午前十時。 帝人の執務室には、都市開発事業本部長と法務統括責任者が呼ばれていた。 机の上に置かれているのは、皇グループが共同で進めている大規模複合施設の開発計画に関する契約変更案だった。 共同事業者である東栄都市開発から、前日の夕方に届いたものだ。「先方は、建築資材と人件費の予想を上回る高騰を理由に、追加費用の六割を当社に負担してほしいと要求しております」 事業本部長が資料をめくりながら説明する。「加えて、工期を最大八か月延長し、遅延に伴う損害賠償を免除すること。その一方で、完成後の利益配分については現行契約を維持したいとのことです」「随分都合がいいな」 帝人は変更案から顔を上げなかった。「法的には、どう判断する」 問われた法務統括責任者が姿勢を正す。「資材価格の急激な変動については、契約締結時に予測できなかった事情として協議の対象になる余地があります。ただし、先方の要求をそのまま受け入れる義務はございません」「当然だ。協議できることと、相手の損失をこちらが引き受けることは同じではない」「はい。まずは追加負担の割合を引き下げ、工期延長も三か月程度に抑える方向で交渉を進めたいと考えております」 帝人の手が止まった。「なぜ、相手が出した条件の中で話をしようとしている」「と申しますと」「追加負担を六割から四割に減らせば、こちらが有利になったことになるのか。工期の遅延を八か月から三か月に短縮すれば、正当な合意になるのか。金額と期間を削ったところで、先方が負うべき責任をこちらへ移す構造は何も変わっていない」 事業本部長が慎重に言葉を選ぶ。「しかし、事業を予定どおり継続するためには、一定の譲歩も必要です。今から別の共同事業者を探せば、さらに大きな遅れが発生します」「それは、東栄都市開発が撤退すれば計画全体が止まることを前提にした話だ」 帝人は変更案を机へ置いた。「先方は資材価格の高騰を理由にしているが、それだけなら追
last updateLast Updated : 2026-08-13
Read more

第70話 ここでは弁護士として話せ

 木曜日の午後二時。 皇グループ本社の会議室には、東栄都市開発との初回協議に必要な資料が並べられていた。 帝人の右には榊原。 その先には都市開発事業本部長と法務統括責任者が座っている。 本来なら、この段階の協議に帝人が出席することはない。 担当役員と法務部門が条件を詰め、まとまらない部分だけを最終決定者へ持ち帰る。 それが通常の流れだった。 だが今回は、相手が提示した条件の中から妥協点を探すつもりがない。 契約変更を求めるに至った事情を明らかにし、事業の主導権と責任の所在から組み直す。 ならば伝言を重ねるより、自分が直接聞いた方が早い。 帝人が出席を決めた理由は、それだけだった。「東栄都市開発の皆様がお見えになりました」 榊原の言葉から間もなく、会議室の扉が開いた。 先に入ってきたのは、東栄都市開発の専務と事業責任者。 その後ろから、一人の男が姿を現した。 御影直哉。 整ったスーツ姿に、隙のない身のこなし。 小春の元婚約者であることを知らなければ、仕事のできる弁護士という印象だけを持っただろう。 直哉は帝人の姿を認め、ほんのわずかに足を止めた。 しかし、すぐに表情を整える。「御影法律事務所の御影直哉です。本日は東栄都市開発の代理人として参りました」「皇帝人だ」 帝人が立ち上がると、東栄側の専務が緊張したように頭を下げた。「皇社長ご本人にご出席いただけるとは、思っておりませんでした」「俺が出ると決めたのは、先方代理人の名前を知る前だ。相手が誰であろうと、この案件は担当者同士で金額を調整して終わる話ではない」 専務の表情が硬くなる。 帝人は直哉へ視線を向けた。「ここでは弁護士として話せ。俺も、お前が小春の元婚約者だからという理由で契約条件を変えるつもりはない」 会議室の空気が止まった。 東栄側の二人は、直哉と
last updateLast Updated : 2026-08-13
Read more
PREV
1
...
56789
...
13
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status