All Chapters of 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す: Chapter 181 - Chapter 190

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週末の予定

 週の半ば、綾香は屋敷の庭に出ていた。 季節の花を眺めながら歩いていると、先日の美術館で思い出した母のことが、また頭に浮かぶ。 幼い自分の髪を結ってくれた母。 花を一緒に眺めた母。 こうして庭を歩いているだけでも、以前なら思い出さなかったようなことが少しずつ蘇るようになっていた。「綾香」 ふいに名前を呼ばれ、綾香は振り返った。 少し離れたところに、理央が立っていた。「理央。来ていたの?」「うん。御影さんに少し用事があって」「そうなのね」「もう話は終わったから、帰るところ」 理央はそう言いながら、庭へ視線を向けた。「花を見てたの?」「ええ。最近、こうしてゆっくり見るのもいいなと思って」「綾香、昔から花は好きだったよね」「そうだったかしら」「覚えてない?」「好きだったとは思うけど……最近になって思い出したことも多いから」「そうなんだ」 理央はそれ以上尋ねなかった。 しばらく花の話をしているうちに、理央が何気ない調子で言った。「そういえば、今週末も出かけるの?」 綾香は理央を見る。「ええ。そのつもりよ」「どこへ?」「まだ決めてないの」 それは本当だった。 遥臣とは土曜日に会う約束をしているだけで、行き先は当日決めることになっている。「そうなんだ」 理央は穏やかに笑った。「天気、いいといいね」「そうね」「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」「ええ」「またね、綾香」 理央はそれ以上何も聞かず、屋敷の方へ歩いていった。 綾香も特に気に留めることなく、再び庭の花へ目を向けた。◇◆◇ そして土曜日。 待ち合わせ場所へ着くと、遥臣は駅前で待っていた。「おはよう」「ああ」「今日は本当に何も決めてないの?」「お前がそうしたいって言ったんだろ」「そうだけど、遥臣なら何か考えてくるかと思ったの」「決めないって約束しただろ」「真面目ね」 綾香は笑い、遥臣と近くのカフェへ入った。 飲み物を注文してから、二人でスマートフォンを見ながら行き先を探す。「ここはどう?」 綾香が見せたのは、電車で少し移動したところにある日本庭園だった。「また庭か」「嫌なの?」「嫌とは言ってない」「じゃあ、ここにしましょう」「ああ」 その場で行き先を決め、二人は電車に乗った。 庭園へ着いたのは昼を少し過ぎた頃だった
last updateLast Updated : 2026-09-17
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偶然というには

 理央は何事もなかったように、池の向こうへ視線を向けた。「ここ、綺麗だね」「ええ」「僕は初めて来たけど、思ったより広いんだね」 あまりにも普通の会話だった。 だからこそ、綾香はどう返せばいいのか迷う。「理央は一人なの?」「うん。近くで用事があったから」「そうなのね」 理央が何の用事で来たのか聞こうとして、やめた。 聞いたところで、それが本当なのか確かめる術はない。「二人はデート?」 突然そう尋ねられ、綾香は言葉に詰まった。「え……」「違ったならごめんね。二人で出かけてるみたいだったから」 理央は穏やかに笑っている。 綾香が答えるより先に、遥臣が口を開いた。「そうだ」「遥臣?」 思わず隣を見る。「違うのか?」「違わないけど……」 確かに父にも同じことを言われた。 毎週のように二人で出かけ、手まで繋いでいるのだから、今さら否定する方がおかしい。「そうなんだ」 理央はそれだけ言った。 表情も口調も変わらない。「邪魔してごめんね。僕はもう行くよ」「ええ」「じゃあ、また」 理央は軽く手を上げ、そのまま歩いていった。 綾香は遠ざかっていく背中を見つめる。「……遥臣」「何だ」「今の、どう思った?」「何が」「理央よ」 遥臣はすぐには答えなかった。「偶然だと思うか?」 逆に聞かれ、綾香は口を閉じた。「分からないわ」 それが正直な答えだった。 偶然ではないと決めつけるだけの根拠はない。 けれど――。「水曜日
last updateLast Updated : 2026-09-17
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知らないはずのこと

 庭園を出る頃には、綾香も少し落ち着きを取り戻していた。 理央と遭遇したことは気になる。 けれど、今の段階では何も分からない。 せっかく遥臣と出かけているのだから、ずっと理央のことばかり考えていたくなかった。「このあと、どうする?」「腹減ってないか」「少し」「じゃあ何か食うか」 駅へ向かいながら店を探し、二人で遅い昼食を取った。 遥臣は理央の話を蒸し返さなかった。 綾香もそれがありがたかった。 食事を終えて店を出たところで、スマートフォンが震えた。 画面に表示された名前を見て、綾香の足が止まる。 美月だった。『今日、出かけてる?』 短いメッセージだった。「どうした」「美月から」 綾香は画面を見つめた。 それだけなら、おかしな内容ではない。 けれど、今日に限ってその質問をされると気になった。『どうして?』 それだけ返す。 ほどなくして既読がついた。『なんとなく。最近よく出かけてるみたいだから』 綾香は眉を寄せた。 似たようなことを、つい数日前にも聞かれた。 理央に。「……何なのかしら」 思わず呟く。「美月も今日のこと聞いてきたのか」「ええ。でも、出かけてるかって聞いてきただけ」 綾香は少し迷ってから、スマートフォンをバッグへしまった。「答えないのか」「答える必要がないもの」「そうか」 遥臣はそれ以上何も言わなかった。◇◆◇ 帰宅してしばらくすると、美月からもう一度メッセージが届いた。『ごめんね、変なこと聞いて』 綾香はベッドに腰掛けたまま、その文章を眺める。 しばらくして、もう一通。
last updateLast Updated : 2026-09-18
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美月の探り

 数日後。 綾香が外出先のカフェで一人お茶を飲んでいると、聞き覚えのある声がした。「綾香?」 顔を上げる。「美月」「やっぱり。似てる人がいるなって思ったの」 美月は笑いながら近づいてきた。「一人?」「ええ」「少しだけ一緒にいい?」 一瞬、断ろうかと思った。 けれど、先日のメッセージのことが頭をよぎる。「どうぞ」「ありがとう」 美月は向かいの席に座り、飲み物を注文した。 最初は最近買った服や店の話だった。 以前なら何の疑いもなく楽しんでいたような、他愛のない会話。 それを続けているうちに、美月がふと尋ねた。「そういえば、この前はごめんね」「何が?」「理央のこと。急に聞いちゃって」「ああ」「変だったよね」「少しね」 綾香はカップを置いた。「どうして私に聞いたの?」「それは……」 美月は一瞬だけ視線を落とした。「最近、理央が綾香のことを気にしてるみたいだったから」「私を?」「うん。この前も週末の予定を聞いてきたし」 綾香の指が止まった。「私の週末の予定を?」「どこか行くのかなって。私は知らないって言ったけど」 綾香は何も答えなかった。 水曜日、理央は自分にも同じことを聞いている。 週末は出かけるのか。 どこへ行くのか。「それで土曜日、理央に連絡しても返事がなくて……もしかして綾香と一緒なのかなって思ったの」「そう」「違ったんだよね?」 美月が綾香を見る。 綾香はその視線を静かに受け止めた。「どうして?」「え?」「どうして、そんなに気になるの?」 美月が少し黙った。「別に、深い意味はないよ。ただ気になっただけ」「そうなのね」 それ以上、綾香は尋ねなかった。 美月も何も言わない。 少し気まずい沈黙が落ちたあと、美月は話題を変えた。 けれど綾香の頭には、先ほどの言葉が残っていた。 理央は、自分に尋ねるより前から週末の予定を気にしていた。 それでも、行き先までは知らなかったはずだ。 なのに、庭園には現れた。 やがて美月と別れ、綾香は一人で駅へ向かった。 美月の話がすべて本当なのかは分からない。 前の人生で、美月は友人の顔をして自分を裏切った。 理央を奪い、それだけでは飽き足らず、自分と同じ顔にまで変えた。 だから、美月の言葉をそのまま信じることはできない。 
last updateLast Updated : 2026-09-18
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見られているかもしれない

 帰宅してからも、綾香は美月の言葉が気になっていた。 理央は、自分に尋ねる前から週末の予定を知りたがっていた。 そして当日、行き先を知らせていないにもかかわらず庭園に現れた。 偶然なら、それでいい。 けれど、そうでなかったとしたら。 綾香は机の上にスマートフォンを置き、考え込んだ。 以前にも、理央が自分と遥臣のことを妙に知っていると感じたことがあった。 遥臣に車で送ってもらっていることまで知っていた。 あの時も、どこから聞いたのか分からなかった。「……偶然じゃなかったら?」 小さく呟く。 自分の予定を、理央が何らかの方法で知っている。 そう考えると、背中が冷たくなった。 けれど、今の段階で方法を決めつけることはできない。 尾行されたのかもしれない。 誰かに見られていたのかもしれない。 あるいは、本当にただの偶然だったのかもしれない。 綾香はスマートフォンを手に取った。 遥臣に連絡しようとして――指を止める。 何でも彼に頼るつもりはなかった。 それに、まだ何も起きていない。 綾香は代わりに、今後の予定を必要以上に人へ話さないことにした。 少なくとも、しばらくは。◇◆◇ 翌日。 綾香は母の写真を整理するため、屋敷の庭に面した部屋にいた。 宮原から借りた写真を一枚ずつ見ながら、父から聞いた話をノートに書き留めていく。 母が好きだった花。 よく行っていた店。 若い頃に旅行した場所。 調べ物というより、今では母の思い出を集める作業になっていた。 ふと窓の外を見る。 門の向こうを、一台の車がゆっくり通り過ぎた。 綾香は何となく目で追った。 黒い車だった。 それだけだ。 住宅街なの
last updateLast Updated : 2026-09-18
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試してみる

 理央から届いたメッセージに、綾香は返事をしなかった。 しばらく画面を見つめてから、スマートフォンを伏せる。 今すぐ返さなければならない内容でもない。 それよりも気になるのは、窓の外を通った黒い車だった。 同じ車だったのか。 それとも、似た車を二度見ただけなのか。 確認する方法はない。 ただ、このまま何も分からないまま警戒し続けるのも嫌だった。「……試してみようかしら」 綾香は小さく呟いた。 もし自分の行動が誰かに知られているのなら、どこまで知られているのか。 少しだけ確かめてみたい。◇◆◇ 翌日の午後。 綾香は誰にも行き先を告げず、一人で屋敷を出た。 目的地は決めていない。 駅まで歩き、最初に来た電車へ乗る。 二駅先で降りると、そのまま駅前の商業施設へ入った。 服を見るつもりも、買い物をするつもりもない。 ただ店内を歩き、時折ショーウィンドウを覗く。 自分でも馬鹿なことをしていると思った。 何もなければ、それでいい。 そう思いながら歩いていると、背後から足音が聞こえた。 綾香は振り返らない。 そのまま角を曲がり、雑貨店へ入った。 商品を見るふりをしながら、店内の鏡へ視線を向ける。 何人もの客が通り過ぎていく。 けれど、見覚えのある顔はいなかった。「……考えすぎね」 小さく息を吐く。 店を出て、今度は一階のカフェへ向かった。 席に着き、紅茶を注文する。 窓の外には駅前の通りが見えた。 黒い車はいない。 理央もいない。 当然だ。 今日ここへ来ることは、自分自身でさえ一時間前まで知らなかったのだから。 綾香は少しだけ肩の力を抜いた。 庭園でのことも、本当に偶然だったのかもしれない。 そう思った時だった。 スマートフォンが震えた。 綾香は何気なく画面を見る。 理央からだった。『今日は出かけてる?』 指が止まる。 たった一文。 どこにいるとも、何をしているとも書かれていない。 偶然送られてきたとしても、何もおかしくない内容だった。 それでも。 綾香はゆっくり顔を上げ、カフェの外を見る。 行き交う人々。 駅へ向かう人。 買い物袋を持った女性。 スマートフォンを見ながら歩く男性。 理央の姿はない。 綾香はもう一度メッセージを見る。『今日は出かけてる?』 答えずにい
last updateLast Updated : 2026-09-19
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いつから

 カフェを出たあとも、綾香は何度か周囲を確認した。 けれど、理央の姿はなかった。 黒い車も見当たらない。 結局その日は何事もなく、綾香は屋敷へ戻った。 理央からのメッセージにも返事をしていない。 部屋に戻り、バッグを置いたところで、綾香はふと思った。 ――いつからだったのだろう。 理央が自分の行動を知っているように感じたのは、今回が初めてではない。 以前、遥臣に車で送ってもらっていることを理央は知っていた。 あの時は気味が悪いと思いながらも、どこかで見かけたのかもしれないと考えた。 けれど庭園でのことまで重なると、以前の出来事まで違って見えてくる。 綾香はスマートフォンを取り出し、理央とのメッセージを遡った。 特別な内容はない。 元気? 最近忙しい? 今日は家にいる? 以前なら何とも思わなかった言葉ばかりだった。 けれど今見ると、妙に自分の予定を尋ねるものが多い。「……こんなに聞かれてた?」 その時、またスマートフォンが震えた。 表示された名前を見て、綾香の心臓が跳ねる。 理央。『今日は買い物だった?』 綾香は息を止めた。 今日、自分が出かけたことすら答えていない。 まして、商業施設へ行ったことなど誰にも話していない。 すぐに続けてメッセージが届く。『この前、出かけるって言ってたから、また買い物かなと思って』 綾香は画面を見つめた。 説明としては通る。 今日の行き先を知っているとは書かれていない。 ただの推測。 それなのに、胸の奥に生まれた違和感は、もう消えなかった。 綾香は少し考えてから返信する。『どうしてそう思ったの?』 既読はすぐについた。『なんとなく。違った?
last updateLast Updated : 2026-09-19
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偶然では済まない場所

 翌朝、綾香は自室で考えていた。 理央が自分の予定をどこかから聞いているだけなのか。 それとも、自分の行動そのものを見ているのか。 それを確かめるなら、行き先を誰にも話さず、なおかつ普段の自分ならまず行かない場所へ行けばいい。 綾香はしばらく考えた末、電車の路線図を開いた。 適当に目についた駅を選ぶ。 降りたこともない駅だった。 そこからさらに歩いて、目的地を決める。 今日は遥臣にも連絡しなかった。 父には「少し出かけてくる」とだけ伝えた。 それ以上は、自分以外の誰も知らない。◇◆◇ 電車を乗り継いで降りた駅は、想像していたよりも小さかった。 駅前には昔ながらの商店街が続いている。「こんなところがあったのね」 綾香はスマートフォンの地図を閉じ、そのまま歩き始めた。 目的はない。 途中で見つけた和菓子屋に入り、父への土産を買った。 さらに歩いていると、小さな神社が見えてきた。 せっかくだから寄ってみよう。 そう決めたのは、その場だった。 石段を上り、境内へ入る。 平日の昼間だからか、人はほとんどいない。 綾香は参拝を済ませると、境内の端にある古い木の下へ向かった。 ここまで来れば、さすがに――。「……何やってるのかしら、私」 自分でも少しおかしくなって、小さく笑った。 わざわざ知らない街まで来て、誰かにつけられていないか確かめている。 何も起きなければ、それが一番いい。 そう思いながら石段を下りた。 商店街へ戻り、駅へ向かう。 その途中だった。 道路の反対側に、一台の黒い車が停まっている。 綾香の足が止まった。 先日、屋敷の前を通った車と同じ車種に見えた。 けれど、それだけでは分からな
last updateLast Updated : 2026-09-19
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怖くなったから

 綾香はしばらく、その場から動けなかった。 さっきまで停まっていた黒い車は、もう見えない。 屋敷の前で見た車と、本当に同じだったのかも分からない。 ナンバーを確認したわけではない。ただ、同じ車種だったというだけだ。 それでも、今日は誰にも行き先を話していなかった。 自分でさえ、家を出た時にはどこへ行くのか決めていなかったのだ。 それなのに、出先でまたあの車を見た。 そして、その直後に届いた理央からのメッセージ。『今日は遠くまで出かけてるの?』 理央なのだろうか。 一瞬そう思った。 けれど、それは前の人生を知っているからこそ浮かぶ疑いだ。 今の自分が持っている情報だけなら、理央と黒い車を結びつけるものは何もない。 もしかしたら、まったく別の誰かかもしれない。 そう考えた途端、急に怖くなった。 綾香はスマートフォンを握り直す。 迷った末に、遥臣へ電話をかけた。「もしもし」「どうした」 いつもの声が聞こえた瞬間、少しだけ安心した。「遥臣、今、大丈夫?」「ああ」「私……尾行されてるかもしれないの」 一瞬、電話の向こうが静かになった。「今どこだ」 すぐに返ってきた声は、低かった。 綾香は駅名を伝える。「一人か?」「ええ」「近くに店は?」「商店街があるわ」「人のいる店に入って待ってろ」「でも――」「迎えに行く」「遥臣、仕事は?」「もう終わる。いいから待ってろ」 有無を言わせない声だった。「……分かったわ」◇◆◇ 綾香は駅前のカフェに入り、窓から離れた席で待った。 三十分ほどして、遥臣から到
last updateLast Updated : 2026-09-19
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帰りたくない理由

 遥臣の車が御影家へ向かって走り始めてから、綾香はようやく落ち着きを取り戻していた。 窓の外を流れていく景色を眺める。 黒い車がついてきていないか、何度か無意識に確認してしまったけれど、それらしい車は見当たらなかった。「大丈夫そうね」「何が」「さっきの車。今はいないみたい」「ああ」 遥臣は短く答えた。 それからしばらく走ったところで、不意に車が大通りを外れた。「遥臣?」「飯は」「え?」「食ってないだろ」 言われて時計を見る。 知らない街を歩き回っていたせいで、昼食を取るのをすっかり忘れていた。「……そういえば」「何か食ってから帰るぞ」「でも、お父様にお土産も買ったし、もう帰っても――」「土産は飯じゃないだろ」「私の分もあるわよ」「和菓子も飯じゃない」 綾香は思わず笑った。「分かったわ」◇◆◇ 遥臣が車を停めたのは、以前にも二人で入ったことのある店だった。 見慣れた場所に来ただけで、さらに緊張が解けていく。 食事をしながら、綾香は今日立ち寄った商店街の話をした。「昔ながらの和菓子屋さんがあったの。お店のおばあ様がおすすめしてくれたものを買ったのよ」「それで知らない街まで行ったのか」「和菓子を買いに行ったわけじゃないわ」「じゃあ何しに行った」 綾香は一瞬黙った。「……ちょっと、遠くへ行ってみたくなったの」 嘘ではない。 誰にも行き先を知らせず出かけてみようと思った理由までは、話さなかっただけだ。 遥臣も、それ以上は聞かなかった。 食事を終えて店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。 再び車へ乗り込み、今度こそ御影家へ向かう。「今日はごめんなさい」「またそれか」「だって、急に呼び出したでしょう?」「だから何だ」「迷惑じゃなかった?」「迷惑なら行かない」 あっさり言われて、綾香は黙る。「……そういうところよ」「何が」「何でもない」 少しして、見慣れた街並みが見えてきた。 もうすぐ家に着く。 安心するはずなのに、なぜか少しだけ残念だった。「遥臣」「何だ」「もう着いちゃうわね」「ああ」「……もう少し遠いところに行けばよかったかしら」「何でだ」「そうしたら、もう少し一緒にいられたでしょう?」 言ってから、自分でもずいぶん素直なことを言ったと思った。 遥臣がち
last updateLast Updated : 2026-09-20
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