週の半ば、綾香は屋敷の庭に出ていた。 季節の花を眺めながら歩いていると、先日の美術館で思い出した母のことが、また頭に浮かぶ。 幼い自分の髪を結ってくれた母。 花を一緒に眺めた母。 こうして庭を歩いているだけでも、以前なら思い出さなかったようなことが少しずつ蘇るようになっていた。「綾香」 ふいに名前を呼ばれ、綾香は振り返った。 少し離れたところに、理央が立っていた。「理央。来ていたの?」「うん。御影さんに少し用事があって」「そうなのね」「もう話は終わったから、帰るところ」 理央はそう言いながら、庭へ視線を向けた。「花を見てたの?」「ええ。最近、こうしてゆっくり見るのもいいなと思って」「綾香、昔から花は好きだったよね」「そうだったかしら」「覚えてない?」「好きだったとは思うけど……最近になって思い出したことも多いから」「そうなんだ」 理央はそれ以上尋ねなかった。 しばらく花の話をしているうちに、理央が何気ない調子で言った。「そういえば、今週末も出かけるの?」 綾香は理央を見る。「ええ。そのつもりよ」「どこへ?」「まだ決めてないの」 それは本当だった。 遥臣とは土曜日に会う約束をしているだけで、行き先は当日決めることになっている。「そうなんだ」 理央は穏やかに笑った。「天気、いいといいね」「そうね」「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」「ええ」「またね、綾香」 理央はそれ以上何も聞かず、屋敷の方へ歩いていった。 綾香も特に気に留めることなく、再び庭の花へ目を向けた。◇◆◇ そして土曜日。 待ち合わせ場所へ着くと、遥臣は駅前で待っていた。「おはよう」「ああ」「今日は本当に何も決めてないの?」「お前がそうしたいって言ったんだろ」「そうだけど、遥臣なら何か考えてくるかと思ったの」「決めないって約束しただろ」「真面目ね」 綾香は笑い、遥臣と近くのカフェへ入った。 飲み物を注文してから、二人でスマートフォンを見ながら行き先を探す。「ここはどう?」 綾香が見せたのは、電車で少し移動したところにある日本庭園だった。「また庭か」「嫌なの?」「嫌とは言ってない」「じゃあ、ここにしましょう」「ああ」 その場で行き先を決め、二人は電車に乗った。 庭園へ着いたのは昼を少し過ぎた頃だった
Last Updated : 2026-09-17 Read more