All Chapters of 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す: Chapter 61 - Chapter 70

168 Chapters

思い出のアルバム

 綾香は静かにアルバムを開いた。 最初の数ページには、古い写真が並んでいた。 会社で見た創業当時の店。 父が社長へ就任した日の記念写真。 社員旅行で撮影された集合写真。 その一枚一枚に、母が小さな字で日付や出来事を書き添えている。『お父様が社長になった日』『社員旅行。雨だったけれど、みんな楽しそう』『創業百五十周年記念』 どの写真にも、母の温かな眼差しが感じられた。 ページをめくる。 すると、雰囲気が少し変わる。「……あ」 思わず声が漏れた。 そこに写っていたのは、小さな女の子と男の子だった。 泥だらけになって笑い合っている。「私……」 幼い自分だった。 そして、その隣で得意げに虫かごを持っているのは理央だ。 写真の下には、母の字で短く書かれていた。『綾香、五歳。理央、七歳。』『二人で庭中を走り回って、お互い泥だらけ』 綾香の頬が緩む。「こんなこともあったわね……」 幼い頃の理央は、いつも自分の後ろを歩いていた。 転べば手を差し伸べてくれた。 高い木に登れず困っていれば、代わりに枝を取ってくれた。 兄のような存在だった。 さらにページをめくる。『綾香、小学校入学。』 真新しいランドセルを背負った自分が写っている。 その少し後ろには、照れくさそうに立つ理央。『理央が「ランドセル似合ってる」と褒めてくれました。』 母の書き込みに、綾香は思わず笑ってしまう。「そんなこと、言ってたのね」 本人はもう覚えていないかもしれない。 でも母は、それが嬉しくて残しておいたのだろう。 また一枚。 また
last updateLast Updated : 2026-08-11
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変わってしまったもの

 アルバムを閉じても、綾香はしばらくその場から動けなかった。 幼い頃の理央。 どの写真にも、穏やかな笑顔が写っていた。 庭で泥だらけになって遊んだ日。 誕生日に一緒にケーキを囲んだ日。 運動会で転んだ自分へ手を差し伸べてくれた日。 一枚一枚が、大切な思い出だった。(あの頃は……) 本当に幸せだった。 理央はいつも自分のそばにいてくれた。 父も母も、それを当たり前のように見守っていた。 だから母も、このアルバムへ何枚も二人の写真を残したのだろう。 その時、ふと一枚の写真が目に留まった。 まだ十歳くらいだろうか。 父と母、綾香、そして理央。 四人で庭園のバラの前に並んでいる。 写真の隅には、母の字で一言だけ書かれていた。『ずっと仲良しでいてね』 綾香は思わず目を伏せる。「……ごめんなさい、お母様」 小さく呟いた。 その願いは、もう叶えられそうになかった。 理央を信じたい気持ちは、今でもどこかに残っている。 けれど前世で見たものは、決して夢ではない。 父を裏切り。 御影家を奪い。 そして、自分を死へ追いやった。 その記憶だけは消えない。「どうしてなの……」 アルバムへ問い掛けても、答えは返ってこない。 子どもの頃の理央は、本当に優しかった。 あの笑顔まで偽物だったとは思えない。 だからこそ分からない。 いつから変わってしまったのか。 何が理央を変えたのか。 それとも、自分が知らなかっただけなのか。 綾香はアルバムをそっと閉じ、本棚へ戻そうとして手を止めた。「これは……」
last updateLast Updated : 2026-08-11
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変わり始めた日常

 翌朝。 綾香は朝食を終えると、父の様子を見に書斎を訪れた。 扉は少しだけ開いている。「お父様?」「おはよう、綾香」 父は机に向かったまま顔を上げた。 机の上には書類が数枚置かれている。 けれど、以前のように山積みではない。「もう仕事?」「いや」 父は苦笑した。「今日は午後から会社へ行く予定だから、その前に少し目を通しているだけだ」 遥臣との約束どおり、午前中は自宅で休み、午後だけ出社する生活を続けている。 それでも父は、仕事から完全に離れることはできないようだった。「無理してない?」「していないよ」「お前に叱られるからな」 そう言って笑う父を見て、綾香も思わず笑みをこぼす。 以前より顔色も良くなっている。 薬もきちんと飲み、食事にも気を付けている成果だろう。「それなら安心」 綾香がそう言うと、父は机の上の書類を閉じた。「そういえば」「会社で写真を見ただろう」「ええ」「昔の御影家のお話?」「ああ」 父は懐かしそうに目を細めた。「興味があるなら、時間のある時にでも書庫を見てみるといい」「書庫?」「古い資料や写真が保管してある部屋だ」「お前は入ったことがなかったな」 綾香は少し驚く。 屋敷にそんな部屋があることすら知らなかった。「昔の帳簿や写真なんかも残っている」「好きな人が見れば、一日いても飽きないくらいあるぞ」 父は冗談めかして笑う。 綾香の胸が少しだけ高鳴った。 母のアルバムを見てから、御影家の歴史に興味が湧いていたところだった。「見てもいいの?」「もちろんだ」「ただし、埃っぽいから橘に鍵を開けてもらいなさい」
last updateLast Updated : 2026-08-11
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書庫

 橘に案内され、綾香は屋敷の奥へと足を進めていた。 普段はほとんど人が立ち入らない廊下。 窓も少なく、昼間だというのに少し薄暗い。「こんな場所があったのね」「はい」 橘は静かに頷く。「書庫は、古い資料を保管するための部屋でございます」「会長でも、年に数回しか入られません」 廊下の突き当たりで橘が立ち止まる。 重厚な木の扉。 普段使われていないのか、真鍮の取っ手は少しだけ色褪せていた。 橘は鍵を取り出し、静かに錠を開ける。 扉がゆっくりと開いた。「どうぞ」 綾香は一歩、中へ入る。「……すごい」 思わず息をのんだ。 壁一面に並ぶ本棚。 革張りの帳簿や分厚い資料が年代ごとに整然と並んでいる。 窓際には古い木箱が積まれ、その隣には額に入った古い地図まで置かれていた。「全部、御影家のものなの?」「はい」 橘は穏やかに答える。「代々受け継がれてきた資料でございます」「整理はしておりますが、古いものも多いため、お手を切られませんようお気を付けください」「分かったわ」 綾香は本棚へ歩み寄る。 年代順に並べられたアルバム。 創業当時の写真。 古い新聞記事。 会社案内。 どれも御影家の歴史そのものだった。「お嬢様」 橘が一冊の分厚い本を取り出す。「こちらは歴代当主の記録でございます」 綾香は受け取る。 開いてみると、歴代当主の名前や簡単な経歴がまとめられていた。「こんなものまで残っているのね」「会長は、歴史は財産だとよくおっしゃいます」 その言葉に、綾香は父を思い出す。 会社で見た古い写真。 "受け継ぐ"とい
last updateLast Updated : 2026-08-12
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空の封筒

 綾香は、小さく息を整えながら封筒を手に取った。 裏には、母の筆跡でたった二文字。『私物』 それだけが記されている。「……」 慎重に封を開く。 中を覗き込み、そのまま動きを止めた。「ない……?」 封筒の中は空だった。 綾香はもう一度逆さにしてみる。 それでも何も落ちてこない。 胸の奥がざわついた。「どういうこと……?」 母がわざわざ『私物』と書いて、この書庫へしまっていた封筒だ。 空のまま保管していたとは思えない。 綾香は封筒を明るい方へかざす。 その時、封の部分に違和感を覚えた。「……開けられてる」 破られた跡ではない。 一度丁寧に糊を剥がし、開封してから閉じ直したような跡が残っていた。 誰かが中身を取り出した。 そして、空になった封筒だけを元の場所へ戻したのだ。 綾香は息をのむ。(誰が……?) 父だろうか。 橘だろうか。 それとも、まったく別の誰かなのか。 考えても答えは出ない。 分かるのは、母が残したかった何かは、もうここにはないということだけだった。 その時だった。 コンコン、と扉がノックされる。「お嬢様」 橘の声だった。「お時間はいかがでしょうか」「……!」 綾香は思わず肩を震わせた。 反射的に封筒をワンピースのポケットへしまい込み、深呼吸を一つする。「ええ、大丈夫よ」 そう答えると、扉が静かに開いた。 橘がいつもの穏やかな表情で一礼する。「会長がお戻りにな
last updateLast Updated : 2026-08-12
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誰にも言えない

 玄関ホールへ向かうと、ちょうど父が帰宅したところだった。「ただいま」「お帰りなさい、お父様」 父は少し疲れた様子だったが、会社へ行った日のような青白い顔色ではない。 綾香は胸をなで下ろした。「今日はどうだった?」「問題なく終わったよ」 父は上着を橘へ預けながら笑う。「社員のみんなに、まだ早く帰れと言われてしまった」「当然よ」 綾香も思わず笑みをこぼした。「先生にも無理をしないようにって言われているでしょう?」「ああ。耳が痛いな」 父は困ったように笑う。 そんな何気ないやり取りが、今は何より嬉しかった。 前世では、もう戻らなかった日常だから。◇◆◇ 夕食を終え、自室へ戻る。 扉を閉めると、綾香はそっとワンピースのポケットへ手を入れた。 取り出したのは、書庫で見つけた封筒だった。『私物』 母の筆跡を、指先でなぞる。「……」 中身はない。 けれど、この封筒は確かに誰かが開けている。 綾香はベッドへ腰掛けた。(お父様に聞いてみる……?) そう考えて、すぐに首を振る。 もし父が中身を知っているなら、今日まで黙っていた理由があるはずだ。 知らないのなら、余計な心配をかけてしまう。 どちらにしても、今はまだ早い気がした。(橘は……) その名前が浮かび、綾香は息を止める。 橘は父に長年仕えてきた執事だ。 今日も変わらず穏やかだった。 疑う理由は何一つない。 だからといって、封筒を見せる気にもなれなかった。「私、一人で考えすぎてるのかしら……」 ぽつりと呟く。
last updateLast Updated : 2026-08-12
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少しずつでいい

 応接間へ入ると、父はソファへ腰掛け、お茶を飲んでいた。「お呼びでしょうか、お父様」「ああ、座りなさい」 綾香は父の向かいへ腰を下ろす。「何かあったの?」「いや」 父は穏やかに首を振った。「会社へ行った日のことを思い出していてな」「綾香」「はい」「先日は来てくれてありがとう」 綾香は少し驚いた。「お礼を言われるようなことじゃないわ」「いや」 父は微笑む。「お前が会社に興味を持ってくれたことが嬉しかったんだ」 綾香は照れくさそうに目を伏せる。「まだ分からないことばかりだけど」「それでいい」 父はゆっくりと言った。「最初から全部分かる必要はない」「興味を持つことが大切なんだ」 その言葉に、綾香は会社で見た社員たちの顔を思い出す。 父を慕う人たち。 笑顔で働く人たち。 あの場所には、父が何十年もかけて築き上げたものがあった。「もし、お前がその気になったら」 父は少し考えてから続けた。「時間のある時だけでも会社へ来てみるといい」「仕事を覚えろという話じゃない」「社員と話をしたり、社内を見て回ったり、それだけでも構わない」 綾香は父を見つめる。「そんなのでいいの?」「ああ」「知ることも、大事な勉強だからな」 父は笑った。「それに」「社員もきっと喜ぶ」 綾香は少しだけ迷う。 本当の目的は違う。 会社を知りたいのは、理央に奪われる未来を変えたいから。 けれど、それを父へ話すことはできない。「……じゃあ」 綾香は静かに頷いた。「またお邪魔してもいい?」
last updateLast Updated : 2026-08-12
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最初の一歩

 翌日の午後。 綾香は父の書斎へ呼ばれていた。「入るわね、お父様」「ああ」 父は机の引き出しから一冊の冊子を取り出した。「これを読んでみないか」「これは?」 表紙には会社の名前が記されている。「会社案内だ」 綾香は目を丸くした。「会社案内?」「取引先や新しく入社する社員にも渡しているものだ」「難しいことは書いていない」「うちの会社が何をしているのか、どんな考えで仕事をしているのかが分かる」 父は笑った。「まずは、そこからで十分だ」 綾香は冊子を受け取る。「私でも読めるかしら」「もちろんだ」「分からないことがあれば聞けばいい」 綾香はゆっくりとページを開いた。 最初に目へ飛び込んできたのは、会社の理念だった。『人との信頼を第一に。』 その短い一文に、綾香は思わず目を留める。 会社で見た社員たちの笑顔。 父が一人ひとりの名前を覚えていたこと。 すべてが、この言葉へ繋がっている気がした。「お父様」「うん?」「この言葉は、お父様が考えたの?」 父は首を横に振る。「もっと昔からあるものだ」「先代も、その前の代も、大切にしてきた考え方だよ」「私は、それを受け継いだだけだ」 綾香はもう一度、その言葉を見つめた。『人との信頼を第一に。』 前世では、その信頼が利用されてしまった。 だからこそ、この言葉の重みが胸に刺さる。「全部読んでみるわ」 父は満足そうに頷いた。「焦らなくていい」「一日で覚えようとしなくてもいいんだ」「少しずつ知っていけば、それで十分だよ」「うん」 綾香は冊子を胸に抱い
last updateLast Updated : 2026-08-13
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会社を守るために

 遥臣が帰ったあと、綾香は父から渡された会社案内を開いていた。 創業から現在までの歩み。 扱っている事業。 主要な取引先。 これまでなら、きっと何となく読み流していただろう。 けれど今は、一つ一つの言葉の意味が気になった。(この会社を、理央に奪わせないためには……) 前世では、何も知らないうちにすべてが終わっていた。 父を失い、婚約者だった理央を信じ、その言葉に従っているうちに、会社も自分の手から離れていった。 けれど、今世では違う。 父は生きている。 そして自分には、まだ時間がある。「綾香」 呼ばれて顔を上げる。 父が書類から目を離し、こちらを見ていた。「そんなに熱心に読んで、疲れないか?」「大丈夫よ」「分からないところだらけだけど」「最初はそんなものだよ」 父は笑う。「私だって、初めから何でも知っていたわけじゃない」「お父様も?」「もちろんだ」 少し意外だった。 綾香にとって父は、昔から何でもできる人だった。 会社のことなら何でも知っていて、誰からも頼られている。 そんな父にも、何も知らなかった時があったのだ。「じゃあ、どうやって覚えたの?」「人に聞いたり、失敗したりしながらだよ」「失敗もしたの?」「数えきれないくらいにな」 父が笑った。「だから、分からないことを恥ずかしがる必要はない」 綾香は会社案内へ視線を落とした。 知らないことばかり。 それでも、知らないなら知ればいい。 少しずつでも。「……お父様」「なんだい?」「今度、会社の中をもっと見てもいい?」 父が少し目を見
last updateLast Updated : 2026-08-13
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すでに始まっていた

「お父様、この会社……」 綾香は取引先の一覧を指さした。「ここって、最近取引を始めたの?」 父が書類を覗き込む。「ああ、そこか」 何でもないことのように頷いた。「まだ本格的な取引ではないよ。先方から話があってね」「先方から?」「ああ。条件も悪くなかったから、まずは小さな案件から始めてみようということになった」 綾香の胸がざわつく。 前世でも、この会社の名前は何度も見た。 けれど、それは父が亡くなったあとのことだった。 理央が御影の会社で力を持つようになり、いつの間にか取引先の一つとして当たり前のように入り込んでいた。(でも、今から繋がっていたの……?) 綾香は記憶を辿る。 前世の自分は、会社のことなど何も知らなかった。 理央から仕事の話を聞いても、難しいことは分からないからと聞き流していた。 だから、いつから何が始まっていたのかなんて知らない。「どうした?」「……ううん」 綾香は慌てて首を振った。「ちょっと気になっただけ」「そうか」 父は特に疑う様子もなく、再び書類へ目を落とした。 綾香はもう一度、会社名を見る。 今の時点では、何もおかしくない。 先方から取引の話が来た。 条件がよかった。 だから小さな仕事を任せてみる。 それだけだ。 父に「その会社とは取引しないで」と言ったところで、理由を説明できない。(どうしたらいいの……?) ただ未来を知っているだけでは、会社は守れない。 相手が何をしようとしているのか。 どうやって御影へ入り込んだのか。 それを知らなければ、止めようがない。 綾
last updateLast Updated : 2026-08-13
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