All Chapters of 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す: Chapter 71 - Chapter 80

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知るために

 翌朝。 綾香は朝食の席で、向かいに座る父を見た。「お父様」「うん?」「昨日の話なんだけど」 父がコーヒーカップを置く。「会社の中を見たいという話か?」「ええ」 綾香は頷いた。「できれば、いろいろな部署を見てみたいの」「構わないよ」 父はあっさりと答えた。「それなら、誰かに案内させよう」「ありがとう」 そこまで話したところで、橘が静かに近づいてきた。「会長。本日の予定でございます」「ああ」 差し出された予定表を父が受け取る。 綾香は何気なくその様子を眺めていた。「午前十時から営業部との打ち合わせ、その後――」 橘が予定を読み上げていく。 そして、一つの名前が耳に入った。「十一時より、理央との打ち合わせがございます」 綾香の指先が止まった。 理央。 以前なら、何とも思わなかった。 けれど今は、その名前を聞くだけで身体が強張る。「理央と?」「ああ」 父は特に気にした様子もない。「昨日話していた新しい取引先の件だよ」「……え?」 思わず声が出た。 父が不思議そうに綾香を見る。「どうした?」「その会社のこと、理央が担当しているの?」「ああ。先方から話を持ってきたのも理央だ」「……」 綾香は言葉を失った。 偶然ではない。 少なくとも、あの会社と理央は今の時点ですでに繋がっている。 前世では知らなかった事実だった。「綾香?」「……なんでもないわ」 どうにか笑顔を作る。「昨日、名前を見
last updateLast Updated : 2026-08-13
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困っていたから

 会社へ着いた綾香は、父と別れて社内を案内してもらっていた。 営業部、総務部、経理部。 どの部署でも、社員たちは綾香を温かく迎えてくれた。「お嬢様が会社にいらっしゃるなんて珍しいですね」「会長も嬉しそうでしたよ」 そんな言葉をかけられるたび、綾香の胸は少しだけ痛んだ。 前世の自分は、この人たちのことをほとんど知らなかった。 父の会社だから、きっと大丈夫。 そんなふうに思っていただけだった。(今度は、ちゃんと知りたい) ここで誰が働いているのか。 どんな仕事をしているのか。 そして、何が起きようとしているのか。 案内を終えて廊下を歩いていると、前方から見覚えのある姿が近づいてきた。「綾香?」 理央だった。「今日は会社に来てたんだね」「ええ」「最近、よく来てるみたいだけど」 理央は穏やかに笑っている。 けれど、その視線に綾香はわずかな居心地の悪さを覚えた。「前は会社のことなんて、ほとんど気にしてなかっただろ?」「……そうね」「どうしたの、急に」 綾香は言葉に詰まった。 父の会社を守りたいから。 あなたに奪われたくないから。 そんなことを言えるはずがない。「私は……」 何か答えなければ。 そう思うほど、言葉が出てこない。 理央がじっと綾香を見ている。「何かあった?」「それは……」「綾香」 不意に、別の声がした。 振り返る。 少し離れたところに遥臣が立っていた。 父の診察を終えたところなのだろう。片手に鞄を持っている。「九条先生」 理央が軽く頭を下げた。
last updateLast Updated : 2026-08-14
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聞かない人

 会社を出ると、遥臣はそのまま駐車場へ向かった。 綾香も隣を歩く。「九条先生、今日はお父様の様子を見に来てたの?」「ああ」「会社にも来るのね」「必要があればな」 遥臣はそれだけ答え、車のロックを解除した。 助手席へ乗り込んだ綾香は、シートベルトを締める。 車が駐車場を出たところで、綾香は改めて口を開いた。「さっきはありがとう」「別に」「でも、助かったわ」「そうか」 それきり、遥臣は何も聞いてこない。 綾香はしばらく窓の外を眺めていたが、やがて気になって遥臣を見る。「……聞かないの?」「何を」「私がどうして困ってたのか」「聞いてほしいのか?」「そういうわけじゃないけど……」「なら聞かない」 あまりにもあっさりしていて、綾香は目を瞬いた。「気にならないの?」「気にはなる」「じゃあ、どうして?」 赤信号で車が止まる。 遥臣は前を向いたまま答えた。「話したくなったら話すだろ」「……」 それだけだった。 何があったのか。 どうして理央と話していて困っていたのか。 遥臣は何一つ尋ねようとしない。 綾香は膝の上で、そっと指を組んだ。「九条先生って、昔からそうだった?」「何が」「人のこと、あんまり聞かないところ」「さあな」「覚えてないの?」「綾香の方が覚えてるだろ」「どうして?」「俺より暇そうだった」「なによ、それ」 思わず言い返すと、遥臣がわずかに口元を緩めた。 その表情を見て、綾香もつられて笑ってし
last updateLast Updated : 2026-08-14
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理央の仕事

 翌日。 綾香は自室の机に向かい、昨日会社でもらった資料を広げていた。 部署の名前。 それぞれの仕事内容。 主要な取引先。 一度読んだだけでは分からなかった言葉を、一つずつ調べながらノートへ書き込んでいく。 以前なら、こんなことをしようとすら思わなかった。 会社は父のもの。 自分には関係のない世界。 ずっと、そう思っていたから。「……理央は、どこまで関わってるのかしら」 昨日、父から聞いた言葉を思い出す。 あの取引先を持ってきたのは理央。 それなら、理央は今、会社でどんな仕事をしているのだろう。 前世では知ろうともしなかった。 今度会社へ行ったら、それも確かめなければ。 そう思っていると、扉がノックされた。「お嬢様」「どうぞ」 入ってきたのは橘だった。「お茶をお持ちいたしました」「ありがとう」 橘がテーブルへカップを置く。 そのまま出ていこうとする背中を見て、綾香は迷った。 理央の父親。 今のところ、橘が何かをしている証拠はない。 だからこそ、下手なことは聞けない。「橘」「はい」「……理央、最近忙しいの?」 橘が振り返る。「理央でございますか?」「ええ。昨日、会社で会ったから」「最近は新しい取引先の件もございますので、以前より忙しくしているようです」「そう」 やはり、あの会社のことだ。「お嬢様から理央のことをお尋ねになるとは、珍しいですね」 綾香の胸が跳ねた。「……そう?」「はい」 橘はいつもと変わらない穏やかな表情をしている。 それ
last updateLast Updated : 2026-08-14
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小さな違和感

 画面に表示された会社概要を、綾香はじっと見つめていた。 設立から、まだ三年。 それ自体はおかしなことではない。 新しい会社が大きな企業と取引を始めることだってあるだろう。 けれど、前世を知る綾香には引っかかった。(この会社、前世ではもっと大きかった) 理央が御影の会社で力を持つようになった頃には、すでに複数の案件で名前を目にしていた。 それが、今はまだ設立されたばかりの会社だったなんて。 綾香はさらに検索結果を辿っていく。 代表者名。 所在地。 資本金。 事業内容。 どれを見ても、特別おかしなところはない。「……分からない」 小さく息を吐く。 怪しいと思っているから、何もかも怪しく見えているだけかもしれない。 前世で起きたことを知っている。 けれど、その原因まで知っているわけではない。(決めつけるのはやめよう) 綾香はノートに『設立三年』とだけ書き加えた。 今は事実だけを覚えておけばいい。◇◆◇ 数日後。 綾香は再び会社を訪れていた。 今日は父について回るのではなく、前回案内してもらった部署をもう一度見せてもらうことになっている。「お嬢様、こちらが現在進行中の案件になります」 営業部の社員が、いくつかの資料を見せてくれる。「もちろん詳しい契約内容まではお見せできませんが、こういった形で各担当が進捗を管理しています」「こんなにたくさんあるのね」「はい。大小合わせるとかなりの数になります」 綾香は並んだファイルを眺めた。 その中に、見覚えのある会社名を見つける。「あ……」「どうされました?」「ううん。この会社、前にも名前を見たと思って」「ああ
last updateLast Updated : 2026-08-14
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今はまだ

 その日の帰り道。 綾香は先ほどの理央の言葉を何度も思い返していた。『その会社、気になる?』 何気ない問いかけだった。 けれど、理央は確かに自分を見ていた。 何を知っているのか。 何を調べようとしているのか。 探るように。(焦りすぎたわ) 会社を守らなければ。 前世と同じ未来にしてはいけない。 その思いばかりが先走っていた。 綾香は小さく息を吐く。 前世では、理央を疑ったことなど一度もなかった。 そんな自分が突然会社へ出入りし始め、理央の担当する取引先について尋ねている。 怪しまれて当然だ。(でも、どうしたらいいのかしら) 会社について知りたい。 けれど、理央には警戒されたくない。 今の自分には、会社の知識も経験もない。 慎重に動くといっても、何をどうすればいいのかすら分からなかった。◇◆◇ 帰宅すると、綾香は自室へ向かおうとして足を止めた。 廊下の向こうから、理央の声が聞こえたのだ。「父さん」 綾香は反射的に立ち止まった。 橘と話しているらしい。「綾香、最近よく会社に来てるみたいだけど、何か聞いてる?」「いや、特には聞いていないよ」「急だよな。今まで興味なんてなかったのに」「そうだな。だが、自分の家の会社だ。何か思うところがあったのかもしれない」 橘の声は穏やかだった。「それだけならいいけど」「何か気になることがあるのか?」 少しの沈黙。「……最近の綾香、変わっただろ」「そうか?」「婚約のこともそうだし、会社に来るようにもなった。前なら、俺が仕事の話をしてもほとんど聞いてなかったのに」「人の考えは変わるものだよ」 橘は
last updateLast Updated : 2026-08-15
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母の残したもの

 綾香は引き出しから封筒を取り出した。 母の字で書かれた『私物』の二文字。 中身は、すでになくなっている。 倉の棚と壁の隙間に落ちていたものを偶然見つけた時から、ずっと気になっていた。(お母様は、何を入れていたのかしら) 写真。 手紙。 何かの書類。 考えてみても、答えは出ない。 ただ一つ分かっているのは、封筒だけが残され、中身がなくなっているということ。 誰かが持ち去ったのか。 それとも母自身が取り出したのか。 それすら分からない。「……そうだ」 綾香は顔を上げた。 中身そのものがなくても、母が普段何を大切にしていたのかを知れば、手がかりになるかもしれない。 母が亡くなったのは三年前。 それ以前からこの家で働いている人なら、何か覚えている可能性がある。◇◆◇ 翌日の午後。 綾香は廊下で、長く御影家に勤めている家政婦を見つけた。「少しいい?」「はい、お嬢様」「お母様のことで聞きたいことがあるの」 家政婦が少し驚いた顔をする。「奥様のことでございますか?」「ええ」 綾香は少し考えてから尋ねた。「お母様って、写真とか手紙とか、そういうものを取っておく人だった?」「そうですね……」 家政婦は記憶を辿るように目を細めた。「お写真はよく整理されていましたよ」「写真?」「はい。ご家族のお写真はもちろん、お嬢様がお小さい頃のお写真もたくさん」 綾香の頭に、倉で見つけた理央との写真が浮かんだ。 あれも母が残したものだったのだろうか。「手紙は?」「そこまでは……。私どもが奥様の私物に触れることは、ほとんどございませ
last updateLast Updated : 2026-08-15
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古い鍵

 綾香は、引き出しの底から出てきた鍵を手に取った。 小さく、黒ずんだ金属製の鍵。 長い間ここにしまわれていたのだろう。「何の鍵かしら……」 裏返してみても、文字や番号はない。 家の中で使われている鍵とは形が違っていた。(あの箱……?) 家政婦が話していた、母が時々取り出していたという古い木箱。 もし、その鍵だとしたら。「でも、箱はどこにあるの?」 母の部屋には見当たらなかった。 綾香は鍵を握ったまま、もう一度部屋を見回す。 机。 本棚。 鏡台。 クローゼット。 どこにも、それらしい箱はない。 母が別の場所へ移したのだろうか。 それとも――。(誰かが持っていった?) 倉で見つけた空の封筒が頭をよぎる。 中身のない封筒。 なくなっている木箱。 そして、隠されていた鍵。 偶然とは思えなかった。 けれど、まだ何も分からない。 綾香は鍵をポケットへしまった。◇◆◇ 部屋を出ると、廊下の向こうから足音が聞こえた。 綾香は思わず足を止める。 現れたのは橘だった。「お嬢様」 橘は母の部屋の前に立つ綾香を見て、わずかに目を細めた。「奥様のお部屋に?」「ええ。少し見たくなって」「そうでしたか」 それだけ言って、橘は静かに頭を下げる。 綾香はその顔を見つめた。 橘は昔からこの家にいる。 当然、母のこともよく知っていた。「橘」「はい」「お母様が持っていた、小さな木の箱を知らない?」 ほんの一瞬。 橘の表情が止まったように見えた。
last updateLast Updated : 2026-08-15
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夜の屋根裏部屋

 その夜。 綾香は自室で、母の机から見つけた古い鍵を眺めていた。 家政婦が話していた、小さな木の箱。 もしこの鍵がその箱のものなら、まずは箱そのものを見つけなければならない。(屋根裏部屋を、もう一度探してみようかしら) 母の遺品は、まだたくさん残されている。 以前は空の封筒を見つけただけで、すべてを細かく確認したわけではない。 そんなことを考えていた時だった。 廊下から、かすかな物音が聞こえた。「……?」 こんな時間に誰だろう。 時計を見ると、もう十時を過ぎている。 綾香はそっと扉を開けた。 廊下の先に、人影が見える。(理央……?) 間違いない。 理央だった。 けれど、自分の部屋へ向かっているわけではない。 階段を上がっていく。 その先にあるのは――。(屋根裏部屋……?) 綾香の胸がざわついた。 どうして理央が、こんな時間に母の遺品が置かれている場所へ行くのだろう。 しばらく待ってから、綾香も階段へ向かった。 足音を立てないよう、ゆっくりと上がっていく。 屋根裏部屋の扉から、わずかに明かりが漏れていた。 中から何かを動かす音がする。 綾香は階段の途中で立ち止まった。 これ以上近づけば、見つかるかもしれない。(何をしてるの……?) しばらくすると、音が止んだ。 扉が開く。 綾香は慌てて階段を下り、廊下の角へ身を隠した。 理央の足音が近づいてくる。 やがて綾香の前を通り過ぎ、そのまま階下へ消えていった。 姿が完全に見えなくなってから、綾香はようやく息を吐く。 そして、もう一度階段を上った。
last updateLast Updated : 2026-08-15
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夜の屋根裏部屋

(屋根裏部屋……?) 綾香の胸がざわついた。 どうして理央が、こんな時間に母の遺品が置かれている場所へ行くのだろう。 しばらく待ってから、綾香も階段へ向かった。 足音を立てないよう、ゆっくりと上がっていく。 屋根裏部屋の扉から、わずかに明かりが漏れていた。 中から何かを動かす音がする。 綾香は階段の途中で立ち止まった。 これ以上近づけば、見つかるかもしれない。(何をしてるの……?) しばらくすると、音が止んだ。 扉が開く。 綾香は慌てて階段を下り、廊下の角へ身を隠した。 理央の足音が近づいてくる。 やがて綾香の前を通り過ぎ、そのまま階下へ消えていった。 姿が完全に見えなくなってから、綾香はようやく息を吐く。 そして、もう一度階段を上った。 屋根裏部屋の扉を開ける。 中は暗かった。 綾香は明かりをつけ、部屋を見回した。 一見しただけでは、以前と変わらない。 古い家具や箱。 母が残した服。 アルバム。 さまざまなものが、今もそのまま残されている。 けれど――。「あれ……?」 綾香は足を止めた。 以前、空の封筒を見つけた棚。 その前に置かれていた箱が、少しずれている。 近づいてみると、積もっていた埃に新しい跡が残っていた。(誰かが動かした……) さっきまでここにいたのは理央だ。 綾香は箱を開けた。 中には、母が使っていた小物や古い手帳が入っている。 けれど、何かがなくなっているのかまでは分からない。 綾香は隣の箱も確認した。 こちらには写真が入っていた。 幼い頃の自分。 父と母。 そして、理央。 以前見つけたものとは別の写
last updateLast Updated : 2026-08-15
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