雨の夜から二日後、紬の携帯電話へ一枚の写真が届いた。 午前五時十二分。台所では味噌汁の鍋がかすかに煮立ち、だしと大根の匂いが白い湯気に混じっていた。紬は卵焼きを巻きながら、作業台の端で震えた電話へ目を向けた。 卓臣からかもしれないと思った。 横浜へ二泊の出張に出ている。昨夜、紬が送った〈到着しましたか〉という連絡には返事がなかった。朝食は必要ないと分かっていても、何時に戻るのかくらいは知っておきたかった。 火を弱め、濡れた指を前掛けで拭いてから画面を開く。 送り主は華怜だった。 海の見える客室の写真が、大きく表示された。 磨かれた窓の向こうに、朝の海が広がっている。水平線の上には淡い光が差し、波へ細長い銀色の道を作っていた。窓際の卓には、金の縁取りがある小鉢や、厚く切られた刺身、伊勢海老の殻を添えた皿が並んでいる。徳利の隣には、細い脚の酒器が二つあった。〈友達と温泉。姉ちゃんには一生無理だろうけど〉 短い文章の末尾に、笑顔の記号が添えられていた。 紬は何も返さず、火へ目を戻そうとした。 その時、写真の右端に写り込んだものが目に留まった。 料理を挟んだ向こう側に、男の腕があった。 濃い色の長袖を肘近くまで捲り、酒器へ手を伸ばしている。顔も身体も画面の外へ切れているが、骨張った手首には銀色の腕時計が巻かれていた。 紬の呼吸が止まった。 盤面は深い紺色。細い銀の針。日付を示す小窓。右下の縁には、斜めに走る小さな傷がある。 写真を拡大した。 指で触れるたび画像が荒くなり、料理の輪郭は崩れた。それでも傷だけは消えなかった。四時と五時の目盛りの間、硬いものへ擦りつけたような白い線。 卓臣の時計と同じだった。 似ているだけではない。 結婚十周年の春、紬が贈ったものだった。 当時はまだ、卓臣が紬の給与通帳を取り上げる前だった。毎月の給料からわずかな額を残し、子どもが熱を出せばそこから診察代を払い、八重に急な買い物を頼まれれば補った。その残りを何年もかけて貯めていた。 十周年が近づいた頃、卓臣が雑誌を開きながら、その時計を指した。「取引先の奴が着けてた。こういうの一つくらいないと、舐められるんだよな」 欲しいとは言わなかった。 けれど紬は、それが欲しいという意味だと思った。 貯金の大半を下ろし、駅前の時計店へ一人で行った。店員は
آخر تحديث : 2026-07-27 اقرأ المزيد