休憩室の壁掛け時計は、午後三時四十三分を指していた。 秒針が白い文字盤を擦るたび、乾いた音が狭い部屋へ落ちる。テーブルの上には、誰かが飲み残した紙コップと、裏返しに置かれた弁当の蓋。電子レンジの中には、朝、紬が詰めてきた小さな保存容器が残っていた。温める時間さえ惜しくて、そのまま持ち上げると、底は冷蔵庫の冷気をまだ抱えていた。「御厨さん」 背後から呼ばれ、紬の指が止まった。 織部奈津子は休憩室の入口に立ち、胸の前で腕を組んでいた。制服の襟元は乱れておらず、口紅も朝と変わらず赤い。売場では忙しさを理由に眉を寄せていたのに、紬を見る時だけ、その顔には妙な余裕が戻る。「四番レジ、夕方から一人欠けるから。今日、二時間残って」 命令は、天気の話でもするような平坦さだった。 紬は保存容器を持ったまま、時計へ目をやった。もともと三十分あるはずだった休憩は、午前の品出し応援と苦情対応で削られ、残っているのは二十分だけだった。「今日は、少し……」 言いかけると、奈津子の眉がわずかに上がった。「何?」 声は低くない。それなのに、紬の喉は閉じた。 昨夜、湊人が熱を出した。今朝には下がっていたが、学校から連絡が来るかもしれない。岩蔵の紙おむつも残り少ない。夕食の下ごしらえもしていない。けれど、それらを並べたところで、奈津子は事情と呼ばないだろう。言い訳と呼び替え、周囲へ聞こえる声で繰り返す。「……分かりました」「助かる。御厨さんなら断らないと思ってた」 奈津子は笑った。感謝ではなく、予想が当たった者の笑みだった。 革靴の音が遠ざかる。休憩室の扉が閉まると、冷蔵庫の作動音だけが残った。 紬は容器の蓋を開けた。昨夜の残りの煮物は、脂が白く固まっていた。箸で一つだけ口へ運ぶ。冷えた大根は味が濃く、噛むたび舌の傷へ塩気が触れた。 唇の端にも、薄く裂けた痕がある。 舌先がそこへ触れると、昨夜の暗い寝室が戻ってきた。 嫌だと言った。 疲れているからと頼んだ。 卓臣は笑って、妻が夫を拒むのかと言った。そのあとのことを思い出そうとすると、天井の染みだけがひどく鮮明になった。押し殺した呼吸。布団の擦れる音。隣の部屋で誰かが寝返りを打った気配。唇が切れたのは、顔を背けた時だった。 紬は箸を置いた。 これ以上食べると、吐きそうだった。 休憩室を出て、従業員用の
آخر تحديث : 2026-08-05 اقرأ المزيد