黒曜城の門を叩く音は、雪の止んだ朝に三度響いた。 一度目は重く、二度目は性急に、三度目には命令の響きがあった。 東塔の薬草庫で帳簿を開いていたリュシエナは、遠い鐘楼から落ちてきた警鐘に顔を上げた。乾燥させた黒針樹の皮が、長卓の上で苦い匂いを放っている。書き留めかけた数字の上に、羽根筆から墨が一滴落ちた。 開いた扉の向こうを、武装した兵が駆けていく。革靴の音が石廊下へ幾重にも反響し、閉じられた窓硝子まで震わせた。「銀嶺の旗だそうです」 薬草庫の若い係が、青ざめた顔で囁いた。 リュシエナの指が強張った。 銀嶺。 その名を聞いただけで、首にないはずの月環が締まる。皮膚の下へ冷たい輪が戻り、呼吸を細く絞るようだった。 昨夜、ネルーヴァから告げられた言葉が、まだ胸の底に沈んでいる。 目覚めるたびに、眠らされていた。 継母の白い手。毎朝置かれた薬杯。飲み干すまで開かなかった扉。記憶は一つ思い出すたび形を変え、優しさに見えていたものの裏側から、黒い染みが広がっていた。「リュシエナ殿」 セイグが戸口に立っていた。いつも乱れのない黒褐色の髪には、外から運ばれた雪が一片だけ残っている。「銀嶺狼群の使節が三名、月神殿の書記を伴って到着した。お前の引き渡しを求めている」「……私に、会うようにと?」「陛下は会う必要はないと仰せだ。部屋へ戻り、扉に鍵を掛けてもいい」 それは命令ではなかった。彼女に選択を渡す言い方だった。 リュシエナは帳簿の上へ羽根筆を置いた。昨夜から、何度も同じ考えが胸を過ぎている。銀嶺の門を越えたはずなのに、追手は森まで来た。城の食卓にまで毒杯が置かれた。部屋へ隠れても、相手の言葉は壁の外で自分の罪を作り続ける。「参ります」「無理に聞く必要はない」「聞かなければ、また誰かが私のために答えることになります」 立ち上がると、椅子の脚が石床を擦った。首と背の傷はまだ疼いたが、足は震えなかった。 セイグは短く頷き、彼女の歩調に合わせて廊下を進んだ。 謁見の間へ続く扉の前には、カルネアがいた。胸当ての上から黒い外套を纏い、剣帯には二本の剣がある。彼女はリュシエナの姿を見るなり眉を寄せた。「来たのか」「はい」「今からでも戻れる」「戻りません」 口にした言葉に、リュシエナ自身が一瞬立ち止まった。 カルネアは何も言わず、扉を開
Dernière mise à jour : 2026-07-27 Read More