ヴァルゼインの右手を包んでいた白い布が外された翌日の夕刻、リュシエナは再び東棟の居室で彼と向かい合っていた。扉は開けたままだった。共鳴期の接触制限は続いており、ヴァルゼインが部屋へ入る前には今日も許可を求めた。彼は入口に近い椅子へ座り、リュシエナは窓辺から少し離れた場所を選んでいる。昨夜まで降っていた雪は止んでいたが、硝子の外には白く覆われた庭が広がり、木々の枝から時折雪の塊が落ちる音が聞こえていた。前に話した時、ヴァルゼインは母エレシアが王宮という檻の中で生きていたところまで語った。父ガルディオンは妻を愛していた。だから失うことを恐れた。だから守ろうとした。その結果、エレシアは自分で行き先を決めることさえできなくなった。リュシエナは、その続きがあることを感じていた。ただし、自分から尋ねるつもりはなかった。ヴァルゼインが今日ここへ来たのは、続きを話すと自ら決めたからだ。「母は一度だけ」彼が口を開いた。声は静かだった。「王宮から逃げようとした」リュシエナの指が膝の上で止まった。「一度だけ、ですか」「ああ」ヴァルゼインは窓の外へ目を向けた。「十八年前。グレイヴァルが反乱を起こす直前だ」幼いヴァルゼインが十歳の頃。レグナードの運命が消えたとされ、王家が大きく揺れた年でもある。「母は何かに気づいていた」「反乱に?」「そこまでは分からない」ヴァルゼインは首を横へ振った。「だが、俺が狙われていることだけは確信していたらしい」リュシエナは黙って聞いた。「当時、俺の食事へ小さな異物が混じったことがあった。毒ではない。銀を削った粉だった」胸の奥の銀狼が低く身を動かす。狼人の子どもへ銀。量が少なくても危険だ。「料理人は処罰された。だが母は納得しなかった。料理人へ銀を渡した者が別にいると訴えた」「調べなかったのですか」「調べた」ヴァルゼインの瞳が僅かに暗くなる。「だが証拠は見つからなかった。父も警備を増やした」「それで、終わった?」「表向きは」リュシエナは息を吐いた。「母は終わったと思わなかった」ヴァルゼインの声が少し低くなる。「夜中に俺の部屋へ来ることが増えた。護衛へ任せず、自分で寝台の下や窓の鍵まで確認していた」幼い王子の寝顔を確かめる母。その姿が容易に想像できた。「ある日、俺の侍従が変わった」
Last Updated : 2026-08-28 Read more