天音は、しばらく黙っていた。由奈も、実は可哀想な子だ。父親の西野裕介(にしの ゆうすけ)は、社交界では有名な遊び人だ。女遊びも派手で、幼い頃から決まっていた千佳子との婚約も、危うく彼のほうから破談にされるところだった。ところが、どういう心境の変化があったのか、ある時を境に人が変わったように急に真面目になり、それどころか西野家との縁談を解消しようと、以前にも増して強く主張するようになった。二度も婚約を破棄しようとしたのに、その後、なぜか結婚を受け入れた。ただ、千佳子が妊娠して間もなく、彼は海外へ行ってしまった。由奈は、一年のうちに父親と顔を合わせるのは、数えるほどしかなかった。それも、天音が彼女と親しくなった理由の一つだ。自分と同じように、父親に愛されていない子だったからだ。母親を亡くしてからは、天音の学校の保護者会にも家政婦が代わりに出ていた。あの寂しさは、天音にとって言葉では言い表せないほどつらいものだった。けれど、由奈の親子行事に行けば、きっと晴加と靖紀に会うことになる。天音は行きたくなかった。「ごめんね、由奈ちゃん。今回は行けないの。今度、一緒に遊園地に行こう、それでいい?」天音はやんわりと断った。由奈は寂しそうに「うん」と答えた。「分かった。大丈夫だよ。じゃあ、絶対に遊園地に連れていってね!」天音も「うん」と返した。そこで千佳子が電話を代わった。「ごめんね。どうしてもこの子が言うことを聞かなくて、それで天音さんに電話しちゃったの」「気にしないで。由奈ちゃんは可愛いし、私も一緒に遊ぶのは楽しいから。ただ、今回は力になれなくてごめんね」「いいの。じゃあ、執事に付き添わせるから……」千佳子はそこで言葉を濁した。まだ何か言いたそうだった。「どうしたの?由奈ちゃんにほかに何かあるの?」天音が先に尋ねた。「ううん、由奈のことじゃなくて……天音さんのことなの」しばらく迷った末、千佳子は口を開いた。「天音さん、裕介がどうして海外に行ったのか、知ってる?」突然、裕介の話を持ち出され、天音は少し驚いた。自分と彼に何の関係があるのか分からず、「何のこと?」と聞き返した。千佳子はため息をついた。「晴加が理由なの」天音は戸惑った。「……二人に何か関係があるの?」「裕介は晴加のことが好きだったの。瑛司と
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