บททั้งหมดของ 御曹司の愛は、離婚後に始まった: บทที่ 51 - บทที่ 60

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第51話

夜、桐ヶ丘レジデンスに戻ると、瑛司がリビングのソファに座っていた。天音は、それだけで自分が帰ってくるのを待っていたのだと分かった。家はかなり広いが、瑛司が普段いるのは書斎か寝室、それにトレーニングルームくらいだ。天音は何も見なかったようにそのまま中へ入り、着替えるため寝室へ向かった。すると瑛司に呼び止められた。「君、SNSで何やってるんだ」「別に何もしてないよ」天音は自然に笑った。「こんなにかっこいい夫がいるんだから、みんなにも見せてあげたほうがいいかなって。きっとみんな私に感謝するよ」瑛司は眉をひそめ、瞳を暗くした。「消せ」「嫌」天音はスマホをひらひらと振った。「私のスマホなんだから、何を投稿しようと私の勝手でしょ」「他に誰に送った?」「聞いてきた人にはみんな送ったよ」天音はにっこり笑うと、そのまま振り返って行ってしまった。瑛司はその笑顔を見つめ、しばらく呆然としたあと、黙り込んだ。スマホには友人からメッセージが届いていた。【瑛司、天音がどんどんやりたい放題になってるじゃん。いったいいつ離婚するんだよ。晴加がずっと待ってるんだぞ】瑛司はきっちり閉じられた寝室のドアを見つめ、低い声で答えた。「もうすぐだ」科学技術展示会の日がやってきた。天音は朝早く起き、アイボリーのカジュアルなスーツを選んだ。ゆったりとしたシルエットはすっきりしていながらも程よくラフで、インナーにはシンプルな白Tシャツ。ボトムスはハイウエストのストレートパンツにして、髪は無造作にまとめた。頬には何本か後れ毛がかかり、初春の陽だまりのように、彼女の姿はぱっと明るく映えた。天音は、SNSの投稿を見た真恵子に削除するよう言われるのではないかと心配していた。ところが、真恵子は投稿を見たあと、一瞬表情を曇らせただけで、何も言わなかった。おそらく、晴加を少しくらい懲らしめてやってほしいと思っているのだろう。展示会には、天音の知り合いも大勢来ていた。彼女の姿を見ると、周囲の人たちは皆、驚いたような顔をした。カジュアルなスーツがすらりとしたスタイルを際立たせ、肩の力が抜けた自然体の雰囲気を醸し出している。周囲の視線は自然と彼女に引き寄せられた。まるで、以前の天音が戻ってきたようだ。自ら光を放ち、自由で華やかで、ひときわ明るく輝いている。それでも
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第52話

和也は苛立ったように言った。「だから、晴加ちゃんに恋愛感情なんてないって言ってるだろ」瑛司はそんな彼を気にすることなく、天音のもとへ歩いていくと、その手首をつかみ、彼女を別の場所へ連れていった。周りにいた人たちは、驚いたように二人を見ていた。天音はどれだけ振りほどこうとしても、彼の手から逃れられなかった。瑛司はほとんど体を寄せるようにして、彼女に問いかけた。「前もそうだった。つまり、今は違うってことか?」天音の瞳に映ったのは、目の前にいる男の整った顔だった。彼女は冷たく笑った。「当然でしょ。私たちはもう離婚協議書にサインしたんだから。まさか、まだ私が拗ねてるだけだと思ってるの?」「私たち?」瑛司は伏せたまつげの隙間から、彼女をじっと見つめた。「俺は離婚協議書にサインしてない」天音は言葉を失い、顔を上げた。「……サインしてない?」彼は感情を抑えた声で言った。「天音、俺だって自分から面倒を増やすようなことはしない。もし俺がサインしたら、後悔するのは君だ」「離婚することが、あなたにとって面倒なの?」天音は冷笑した。「愛してる人をずっと『不倫相手』のままにしておいて、平気なの?」瑛司は黙ったままだった。次の瞬間、天音は彼の手を振りほどいた。「どう?散々楽しんでおいて、今さら認めないってこと?彼女は、あなたにとって大切な人なんでしょ」「天音」平静を装った瑛司の声に、わずかな苛立ちが混じった。「いつになったら、普通に話せるんだ。いちいち人を傷つけるような言い方をしないと気が済まないのか?」彼女は頷いた。「そう。あなたが私に話しかけるなら、こうなるってこと。私の態度が気に入らないなら、話しかけなければいい」そのとき、突然、周囲がざわめき、誰かが小さく声を上げた。「エド教授が来た」天音が顔を上げると、エド教授が助手を連れて入口から入ってくるところだった。彼が来ることは知っていた。昨日、エド教授本人から今日見に行くと連絡が来ていたのだ。たちまち大勢の人が彼のもとへ集まっていった。エド教授の視線が、ある作品の前で止まった。晴加の目が輝いた。ちょうど自分の作品だった。彼女はすぐに歩み寄り、控えめな声で作品について説明した。エド教授は本当に驚いたようで、頷きながら言った。「素晴らしいね。まさか国内に、私がまだ知
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第53話

展示会の奥にある一つの作品の前に、人が次々と集まり始めた。ロボットの高さは二十数センチほど。全体的に滑らかで柔らかなラインでまとめられていて、工業用機械のような無機質さや重々しさはまったくない。正面には複雑な機械構造はなく、細長い高精細ホログラムディスプレイが一枚あるだけだった。通常、淡い青紫色の光が細長く浮かび、目のような役割を果たしている。健康状態をチェックするときは緑色のデータ表示に切り替わり、格闘モードになると一瞬で鋭い赤い光へと変わる。展示名は「多機能小型健康モニタリング・格闘ロボット」、開発者は零奈。高さ約22センチ、重さ0.8キロの小型ロボットだ。まさに天音の作品だ。天音は自分の正体を明かしたくなかった。そうすれば、瑛司との離婚がますます難しくなるからだ。そこで、明人に代わりに説明してもらうことにした。かつてあれほど嫌っていた相手のために、まさか明人が手を貸すなんて、誰も想像しなかっただろう。「つまり、このロボットは人体の健康状態をチェックできるだけじゃなく、ロボット同士の格闘もできるんですか?その二つを一台にまとめたということ?」明人は頷いた。「赤外線センサーと小型分光センサーを搭載していて、心拍数や体温、微量元素まで測定できます。十秒で結果が出ます。それに、高度な対戦型格闘機能も備えています」誰もが信じられないという顔をした。会場に並ぶほかのロボットより何倍も小さい、こんな機体に、これほどの性能が詰め込まれているとは思わなかったのだ。明人はあらかじめ用意していた、もう一台の格闘ロボットを取り出した。こちらは完全に重装型で、正面から力で押し切ることを前提にした機体だった。明人が二台のロボットを競技台に乗せる。重装型ロボットが拳を振り下ろしたものの、空振りして一瞬バランスを崩した。その隙を逃さず、小型ロボットがしなやかな関節を使って跳び上がる。すると、機体から小さなエネルギーブレードが飛び出し、重装型の装甲の隙間へ正確に滑り込んだ。そこは放熱口と関節につながる、装甲が薄くなっている部分だった。次の瞬間、微弱なパルスが一気に放たれる。「ジジッ」と小さな音が響いたかと思うと、重装型ロボットの赤い目が激しく明滅し、油圧システムが一瞬で停止した。そして、重い音を立てて、その場へ倒れ込み、完
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第54話

それは、晴加に強い無力感を抱かせた。そして今、零奈の存在もまた、同じような無力感を彼女に突きつけていた。ついさっきまで、エド教授から褒められ、周りには大勢の人が集まっていたというのに。そこへさらに自分よりはるかに優れた人物が現れ、すべての注目を奪っていった。晴加は明人のところへ歩み寄った。「明人、こんなにすごい友達がいるなんて、どうして今まで聞いたことなかったの?一緒に遊びに出てくるところも見たことないし。今度連れてきてよ。私もいろいろ教えてもらいたいな」明人は彼女を見下ろし、何か含みのある視線を向けた。以前は、本当に晴加のことを気さくで感じのいい子だと思っていた。だが、展示会に出した作品が、実は他人の力を借りて作られたものだと知ってからは、すっかり見方が変わっていた。あのとき天音はそれ以上何も言わなかったが、明人にもなんとなく察しがついていた。天音が口にしないのは、きっとその友人に何か事情があるからなのだろう。明人は笑った。「あの友達、あまり外に出たがらないんだ。普段もずっと研究室にこもってて、いくら誘っても出てこない。だから、まあいいだろ」「そうなんだ」晴加は笑顔で頷いた。「そういえば、いつからエド教授のチームに入ったの?そんな話、聞いてなかったけど」明人がエド教授のチームに入ったことは、誰にも話していなかった。突然そう聞かれて、明人は少し気まずそうに答えた。「入ったばかりだよ。お前はつい最近A市に戻ってきたばかりだし、知らないことがあってもおかしくないだろ」晴加がさらに何か聞こうとするより先に、周りの人たちが次々と明人に作品について尋ね始めた。晴加は人の波に押され、後ろへ追いやられた。彼女は唇を噛み、誰にも相手にされないことがどうにも耐えられなかった。ふと振り返ると、瑛司まであのロボットを食い入るように見つめている。その目に浮かぶ強い関心を見て、晴加はすぐに察した。きっと、あの開発者を藤川グループに引き抜こうとしているのだ。今の瑛司はもう、自らプロジェクトに関わることはほとんどない。それでも、人を見る目は鋭い。このロボットが持つ商業的な価値が計り知れないことくらい、一目で分かるはずだ。晴加は瑛司のそばまで行った。「ごめんね。たぶん一位は取れないかも」たぶん、ではない。きっと無理だ。
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第55話

二人は何事もなかったかのように、静かにホールへ戻った。瑛司は晴加を見て、「これを天音に渡して」と言った。晴加は唇を噛み、悔しさをこらえた。それでも、彼女は「分かった」と頷いた。もともと自分のものではない。それでも晴加にとっては、天音に自分のものを奪われたような気がしてならなかった。なぜ瑛司が、天音のこんなわがままな要求を受け入れたのか、彼女には分からなかった。数千万円もするものを天音に渡したら、そんな大金を無駄にするようなものだ。彼女は本当なら、自分で分解して、少し調べてみようと思っていたのに。一位を取ったのは、予想どおり天音だった。そして、「零奈」という名前も一気に知られるようになった。天音がロボットを抱えて帰ると、美奈はエプロン姿で、ちょうどじっくり煮込んだスープをテーブルに運んでいるところだった。天音を祝うために、腕によりをかけて料理を作っていたのだ。「おかえり」美奈は顔を上げて天音を見ると、その腕の中にあるものに目を留めた。ロボットは少し姿が変わっていたが、美奈にはそれが自分の作ったものだとすぐに分かった。頭が一瞬、真っ白になった。「どういうこと?なんでそれがあなたのところにあるの?」天音は事情を美奈に説明した。「だから、あの願いと交換したの」天音は小さく笑った。「バカじゃないの」美奈は唇を強く噛んだ。こらえきれず、涙が一気に頬を伝う。しゃくり上げて、しばらく何も言えなかった。「これは全部、あなたが心血を注いで作ったものでしょ。ほかの作品が誰かに買われて、その後どうなったのかは知らない。でも、これだけは私が見てしまった以上、絶対に晴加に解体させるわけにはいかない。あなたが昼も夜も頑張って作ったものをバラして、最後は自分の作品に組み込んで、自分の名前をつけるなんて」美奈は大きく息を吸った。そして天音のところへ行き、ぎゅっと抱きしめた。「ほら、食べよう!」天音は笑った。「えへへ、怒ってないよね?」「ふん」美奈は天音の器にスープをよそった。「今日、これを三杯飲んだら許してあげる」天音はたちまち顔をしかめた。「勘弁してよ、美奈お姉ちゃん」美奈はふと動きを止めた。まつ毛がかすかに震える。頭の奥に残る曖昧な記憶は、あまりにも遠い昔のものだった。誰かが彼女の手を引き、その手をそっと赤ん坊の
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第56話

翌日の昼食時、天音は何気なくSNSを開き、晴加の投稿が目に入った。【16時間、本当に疲れた。でも来た甲斐はあった。気分転換に連れてきてくれた社長、ありがとう】写真も三枚載せていた。位置情報はN国になっていた。一枚目は、N国の港町にある有名な山の山頂展望台から撮った写真だった。標高420メートルの山頂から街を見下ろし、フィヨルドや街の明かり、その向こうに連なる雪山まで一望できる。ちょうどブルーアワーの時間帯で、夕暮れの空にオーロラが溶け込んでいた。二枚目は、その街にある世界最北のファストフード店で撮ったものだった。写っているのは靖紀と瑛司の後ろ姿で、天音には一目で分かった。三枚目はその街の郊外で撮った写真だった。犬ぞりに乗る小さな男の子と、その隣にいる二人の影が、雪の上に並んで伸びていた。その下に並んでいるコメントも、晴加を慰めるものばかりだった。【晴加、元気出して。途中から出てきたあの人が強すぎただけだよ】【ゆっくり気分転換してきて。みんな帰ってくるのを待ってるよ】【元気出して!思いっきり楽しんできて!】昨日、一番になれなかった晴加のために、瑛司は16時間も飛行機に乗って彼女を連れ出し、オーロラを見に行ったらしい。本当に、よく甘やかすものだ。天音はスマホを強く握りしめた。よりによって、N国。わざとなのか、それとも、二人にとってこの場所がどんな意味を持つのか、もう忘れてしまったのか。もう、苦しいとは思わなかった。ただ、あの頃の思い出まで汚されてしまったようで、ひどく嫌な気分になった。天音はそのまま、SNSに一枚投稿した。瑛司の写真だった。前回と同じく、かなり際どいプライベートな写真だ。今度は、晴加のほうから天音にチャットを送ってきた。【天音、私があの投稿をしたのは、別に他の意味なんてないから。ちょうど景色が綺麗だったから載せただけ。なのに、私が投稿するたびに瑛司のプライベートな写真を晒す必要はないでしょ。彼にもプライバシーってものがあるんだから】二人の以前のチャットでのやり取りは、天音が靖紀の入学手続きを済ませたあと、晴加から「ありがとう」と送られてきたところで途切れていた。今になって見返すと、笑ってしまうほど馬鹿げていた。【それくらいで、そんなにムキになる?器が小さすぎない?
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第57話

展示会のあと、天音の多機能小型健康モニタリング・格闘ロボットは、多くの投資家から注目を集めた。チームのメンバーもみんな喜び、エド教授は天音のためにお祝いの食事会まで開いてくれた。前回、酔った勢いで桐ヶ丘レジデンスまで行ってしまったことを反省して、天音は今回は一滴も酒を口にしなかった。食事会の席で、エド教授からロボットを今後どうするつもりなのかと聞かれた。天音はこのことについて、すでに考えを固めていた。まず優先したいのは、技術を実際の製品として形にできる力があり、産業基盤もしっかりしていること。そして、核心特許を譲渡せず、主導権も手放さないことを約束してくれる相手だ。名乗りを上げる企業は少なくなかったが、買収ではなく、あくまで共同開発という形で条件を受け入れてくれる企業はほとんどなかった。明人が候補を三社まで絞り込んでくれた。藤川グループ、青谷グループ、承華グループ。天音は藤川グループとは何の関わりも持ちたくなかったため、まず藤川グループを候補から外した。食事会が終わると、天音は病院へ向かい、祖父母の見舞いに行った。和江に真実を話してから、天音は修一と和江を同じ病室に移していた。病室のドアを開けて入ると、叔母の西野真紀(にしの まき)がいた。顔色は青白く、目の下には濃いクマがあり、疲れがにじんでいた。真紀は藤川グループで働いていて、年収は二億円。仕事はかなり忙しく、残業も多かった。「来たのね」真紀の天音に対する態度は少し冷たいが、叔父ほど露骨な嫌悪感を向けてくるわけではない。少なくとも、天音にひどい言葉をぶつけたことは一度もない。「おばさん」天音は自分から声をかけ、近づいていった。だが、真紀は動こうともせず、天音を見て言った。「治療費とか、全部でいくらかかったの?私が返すから」天音は一瞬言葉を失い、胸が少し痛んだ。真紀は昔からそうだった。叔父のように天音を嫌い、金をもっと出して自分たちを助けろと迫るのとは違う。真紀は天音と関わることを恐れているかのように、いつも距離を置こうとしていた。「おばさん、おばあちゃんとおじいちゃんだって私の家族だから、私が出すべきだよ。おばさんだって仕事が大変なのに……」最後まで言い終わらないうちに、真紀が突然取り乱した。「本当に私のことを大変だと思ってるなら、私
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第58話

明らかに、晴加はもう寝るところだった。パジャマ姿で、義足も外してあり、杖をつきながらドアを開けに来た。けれど、天音が最初に目にしたのは、彼女の首に残った薄く赤い痕だった。続いて、部屋の中へ視線を向ける。そこにいたのは瑛司、婚姻届受理証明書に夫として名前が載っている男だ。晴加とお揃いのパジャマを着てソファに座り、手には絵本を持っている。その膝には小さな男の子が座り、指で彼の耳たぶをつまんでいた。それは、かつて天音が何度も思い描いた光景だった。あの頃、彼との間に子どもができたらと夢見ていた。彼が仕事から帰ってきたら、二人で子どもと遊び、一緒に絵本を読んであげる。その光景は本当に目の前に現れた。ただ、そこにいる女は自分ではなく、子どもも自分の子ではなかった。天音の中で、最後に残っていた何かが完全に崩れ落ちた。どうして、自分には何もないのだろう。愛する人には愛されず、家族からも愛されない。最後に残った祖父母でさえ、自分の子どものためなら、いつでも自分を見放すかもしれない。「天音、誤解しないで」晴加がそう言い終えるより先に、天音は彼女を突き飛ばした。晴加はその場に倒れ込む。「誤解?いったい何を見られたら、認めるの?二人がベッドにいるところまで見られないと、認めないの?」瑛司は子どもをソファに下ろすと、眉をひそめながら歩み寄り、まず晴加を起こした。そのまま晴加を部屋の外へ連れ出し、ドアを閉める。今の天音が何をするか分からないと思ったのだろう。彼が晴加をかばうような行動を取ったのを見て、天音は唇を歪めて笑った。「何?私が手を出すのが怖いの?安心して。私だって警察のお世話になるつもりはないから」瑛司の声は淡々としていた。「天音、君のわがままもいい加減にしろ」「わがまま?じゃあ、自分の祖父母の家で、夫と不倫相手が一緒に暮らしてるのを見ても、私は花火でも上げてお祝いしてあげればいいの?」「天音」瑛司は彼女の手首をつかんだ。「俺と彼女の間には、本当に何もない」天音は怒りのあまり、笑ってしまった。「何もない?」彼女は彼のパジャマを指さした。「瑛司、いつからそんなに無責任になったの?二人がベッドにいるところを私に見られるまで、認める気はないってこと?」そして彼の手を振りほどいた。「不倫の証拠を探す気なんてない。私
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第59話

夜、天音が桐ヶ丘レジデンスに戻ると、瑛司は真恵子と一緒に奥の部屋で書をしていた。真恵子も瑛司も、毛筆で字を書くのがとても上手だ。天音は二人をまるでそこにいないかのように無視して通り過ぎ、そのまま寝室へ向かった。「そんなに長く練習してたのに、どうして戻ろうと思わなかった?」瑛司は手にしていた筆を置き、声をかけた。天音はわずかに足を止め、彼を見た。「晴加の脇で踊ってほしいからでしょ。今、一人足りないんだから、私が出なかったら、全員ステージに立てないんじゃない?」隣で聞いていた真恵子が眉をひそめた。「瑛司、晴加はまだあのダンスカンパニーにいるの?新しい仕事で忙しいんじゃなかったの?それなのに、まだダンスカンパニーに出る時間があるの?」瑛司は淡々と答えた。「このステージは晴加が仲間たちと一緒に振り付けたものだから。晴加はただ、夢を叶えたいだけだよ」天音は口元を少し上げた。「そう。みんなが彼女の夢のために道を譲らなきゃいけないよね。でも、私は嫌」瑛司は落ち着いた目で彼女を見た。「じゃあ、どうすれば戻ってくれる?」天音は何気なく言った。「私を主役にして。主役のポジションを返して」天音は、瑛司が応じるなんて思ってもいなかった。ところが彼は迷うことなく答えた。「分かった」天音は呆気に取られた。「あなたが決めても意味ないでしょ。晴加は納得するの?」瑛司は筆を取り上げ、伏せた目で手首を動かしながら、「音」という一文字を書いた。「彼女はそんなこと気にしないよ。ステージに立てればそれでいいって、本人が言ってた」いろいろあった末に、結局、天音はまた主役に戻ることになった。これは、彼女がずっと練習してきたステージだった。天音自身も、最後くらいはきちんと踊り切りたいと思っていた。今回、芸術センターに戻ると、ほかのメンバーたちの態度も変わっていた。みんな天音の機嫌を損ねないように接してくる。何しろ今回は、自分たちのほうから天音に頼み込んで、戻ってきてもらったのだ。天音が戻らなければ、このステージそのものが中止になる可能性もある。テレビ局のようなところでは、番組を一つ減らしてでも、何か問題が起きる可能性は徹底的に避けるものだ。晴加も、天音が主役として戻ってきたことを知っていた。だが、嫌な顔をすることもなく、堂々とした様子
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第60話

代役の二人は理香を見た。あの日、二人を食事に誘ったのは理香だった。けれど、もちろん理香が仕組んだわけではない。何しろ理香自身もケガをしていたのだから。理香の胸がきゅっと締めつけられた。あの日はもともと彼氏と食事をする予定で、彼氏がわざわざレストランまで予約してくれていた。ちょうど代役の二人と一緒に芸術センターを出たところで、彼氏に電話がかかってきた。急に残業になったらしく、予約した店はキャンセルできないから、二人と一緒に食べてきてほしいと言われたのだ。理香の彼氏は、裕福な家庭の出身だ。以前にも同じようなことはあったが、彼が勿体無いと思って、理香に誰かと一緒に食事をするよう言ってくることなど一度もなかった。理香が行きたくないと言えば、そのまま食事代を無駄にしたって構わないという人だった。それなのに、あの日は彼のほうからそう言ってきた。理香は深く考えず、二人と一緒に食事へ行った。そこは高級レストランで、一階の中央にはかなり高い位置まで続く大きな螺旋階段があった。三人が食事を終えて階段を下りていたとき、後ろからうっかり店員にぶつかられ、その店員もろとも三人とも階段から転げ落ちた。だから理香は、あの店員がわざとやったとは一度も疑わなかった。ただ、店側に治療費などの賠償をしてもらっただけだった。けれど、天音にそう言われてみると、いくつもの出来事が重なっていたことが、あまりにも出来すぎた偶然のように思えてきた。それでも信じることができず、理香は歯を食いしばって天音をにらんだ。「あなたよ。話をそらそうとしてるだけでしょ」天音はもともと無駄話が嫌いだ。さっき一度説明したばかりなのだから、聞く気のない相手にもう一度話すなんて時間の無駄だ。天音はそのまま背を向け、立ち去ろうとした。理香は引き止めようとしたが、天音に鋭い目で睨まれた瞬間、なぜか怖くなって動けなくなった。その目は、まるで自分の心の中まで見透かしているようだった。まるで、自分がすでにこの件を疑っていることまで知られているような気がした。理香はもう引き止めなかった。そのまま彼氏に電話をかける。けれど、何度かけても相手は出なかった。ますます不安になり、何度も繰り返し電話をかける。そばで代役の二人がその様子を見て、口を開いた。「理香、あの店員、もしかしてわざと私たちを
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