All Chapters of お気楽公爵家の次男に転生したので、適当なことを言っていたら英雄扱いされてしまった。: Chapter 41 - Chapter 50

101 Chapters

将来への布石

 《sideブライド・スレイヤー・ハーケンス》 雨音が響く静かな部屋。外の薄暗い天気とは対照的に、我の心には静かな満足感が広がっていた。 窓際に立ちながら、フライ・エルトールが繰り広げた一連の出来事を思い返す。「……フライ」 あの男は、予想以上の存在感を示した。 あれだけ無欲を装いながらも、周囲の状況を的確に見極め、己の持つ力を存分に活用する。その柔軟な発想と手腕には、感心させられるばかりだ。 仲間に引き込めれば、どれだけ頼りになるのかわかっている。だが、奴は自由で、我の手に収まってはくれないだろう。 我の行く手を阻む可能性もある。 奴の裏に隠された異質な才能。 もしも敵になるならば……何があろうと、我が手で倒すしかないだろう。 だが、今はそれよりも目の前の問題に集中するべきだ。「どうして……エドガー・ヴァンデルガストを拾うのですか?」 部屋の隅に控えるアイクが口を開いた。その目には困惑が見え隠れしている。アイクとエドガーは仲が良くない。 それは互いにプライドが高く、エドガーは貴族としての誇りから平民のアイクを嫌い、アイクはエドガーの態度を嫌っていたからだ。「お前は不満か?」「ブライド様のお考えに不満はありません。ただ、今の奴に価値はないと思いますので、納得できません。エドガーは自らの愚かさで全てを失いました。フライ・エルトールに完敗し、ヴァンデルガスト侯爵家から廃嫡されたのです。リスクはあっても、メリットはないと思います」 貴族といっても所詮は人の子であり、自らの血を受け継ぐ者を大切にする。 王族のようにハーレムを形成できれば、数名の子供を作ることもできる。 だが、ヴァンデルガスト家にはエドガー以外の子供が存在しない。「アイク……それがあるのだよ」 我はアイクに視線を向けた。奴の眉がわずかに寄る。「確かにエドガーは敗北した。そのことによって他の者たちから非難を受け、ヴァンデルガスト家から廃嫡された。だが、ヴァンデルガスト家は今回の一件で他の貴族から孤立したことで、仲間がおらぬ。そして、我も次男という立場であり、皇太子ではない。我にも味方はおらんのだ。つまり、ヴァンデルガスト家及びそれに連なる者たちを、我が配下にできるということだ」 今回の決闘を観戦したのには理由がある。ヴァンデルガスト家が研究していたゴーレムの技術が
last updateLast Updated : 2026-08-10
Read more

奴隷の一番は?

 《sideレンナ》 私の主《アルジ》は最強だ。 この赤龍王の娘であり、竜人族の中でも戦闘力が高い私を、まるで大人が子供をあやすように手玉に取ってみせた。 そんな人種、見たことも聞いたこともない。 竜人族は、種族として最強の体を持って生まれてくる。 見た目は確かに人間ではあるが、竜の鱗と、竜化と呼ばれるドラゴンに変身できる能力まで持っている。 さらに、普通の人間では使うことができないドラゴンオーラは、魔力を竜の生命エネルギーと同化させることで、圧倒的な火力を生み出せる。 それは巨大な山を吹き飛ばすほどだ。 実際に、私は竜化して、ドラゴンオーラをぶっ放して山を吹き飛ばした。 まぁ、その罰として奴隷に落とされて、あのクソジジイに買われたわけだ。 最初は地下闘技場の見せ物にするつもりだったようだが、面白い男に譲ると言われて、気でも狂ったかと思った。 ジジイは、地下闘技場で私が負ければ、負けた相手の愛人にすると宣言して、大勢の男どもを集めた。 私も強い男は好ましい。だが、百人と戦って、誰一人として私には勝てなかった。 客寄せドラゴンとして使っていたくせに、どういう風の吹き回しかと思えば、連れて行かれた先にいた男は、なんともとぼけた顔をした人種だった。 リザードマンや魔人族でも、私には勝てなかったというのに、こんな弱そうな男が私よりも強い? ありえない! そう、私もそう思っていた。「聞く耳を持ってくれないか。いいだろう。君が望むなら、力を見せるよ。でも、一つ約束してほしい。もし僕が君を倒したら、これからはみんなと協力して、この新しい生活に馴染む努力をしてくれるかい?」 こんな弱そうな男が、大口を叩くじゃないか。 それだけでも大したものだと褒めてやりたいが、いかんせん竜人の戦士や地下闘技場の戦士よりも覇気が感じられない。「望むところだ。私が勝ったら、貴様にはこの場で跪いて、私に仕えると誓ってもらう!」 こいつを従えて、もっと強い奴と戦わせてもらえばいい。こんな弱そうな男は、足がかりにすればいい。 私を譲り渡したジジイも見学に来てやがる。お前が気に入った男が大したことないと証明してやるよ。「いくぞ!」 開始の合図と共に、不可解な現象に見舞われる。 私の攻撃が当たらない? しかも、あいつの攻撃は思ったよりも速くて重い。 くっ!?
last updateLast Updated : 2026-08-10
Read more

男友達と飲むのは楽しい

  またまた学園に行くのが面倒になってしまったな。 学園に行くと、どうしてもエドガーの一件を噂されてしまう。だけど、ジュリアやレンナには教育を受けさせたい。 二人のことはエリザベートとアイリーンに頼むことにして、僕は奴隷で唯一の男の娘を連れて飲み歩くことにした。「どうして私が」「すまないな。他の女の子を連れ歩くのは気が引けるんだ」「私も心は女よ!」「わかってるよ。だけど、見た目は男だから、僕の心がお前を選んじゃうんだよ。テル」「ふん、仕方ないご主人様だね」 黒いタキシードスーツに身を包んだテルは、奴隷でありながら農業がしたいと言っていたのだが、なかなか農地が確保できていないので、僕の護衛として飲み歩く際に付き合ってもらっている。 これが凄いのだが、テルは酒豪だ。 僕はお酒が好きだが、あまり強くないので、最初はエールを飲む。 あとはハイボールをゆっくり飲むことにしている。「テルはどんな酒でも飲めるのかい?」「さぁ、知らないわ。私はお酒を飲むのも初めてだったのよ。ご主人様が飲ませるまで、自分がこんなにもお酒を飲めるって知らなかったもの」「それもそうか。だけど、やっぱり友人と酒を飲むってのは楽しいな」「もう、私は女だって言っているのに、男友達のように扱うんだから、仕方ないご主人様ね」 テルは見た目には中性的なイケメンだ。 オネエ口調だが、それも柔らかく感じるので、一緒にいて楽しい。 農業しか知らないテルに酒を教えて、ボートレースを教えて、僕の友人として様々なことを一緒に経験してもらっている。 そして、農業をしていたからか、体は引き締まっていて、意外に腕っぷしも強い。「テルは運動神経がいいから、一緒に遊んでいて楽しいんだ」「ご主人様は、無茶苦茶だって自覚した方がいいよ。平凡なんて嘘をついて」「嘘なんてついていないさ。この世界は夢の続きで、僕が想像していたチート能力が存在しない。僕は魔力はそこそこに多い方だけど、属性魔法も使えない。魔物も思っていたより強くなくて、色々と不便な世界なんだよ」 少し酔ったかもね。友人と遊び歩いて酒を飲むなんてことは、ほとんどないから。「はは、こんな酔っているご主人様を見たら、ジュリアやレンナなら襲ってしまうんじゃないかしら? 私の可愛いご主人様」「うん? 何か言ったか?」「いいえ。それよりも
last updateLast Updated : 2026-08-11
Read more

アイリーンは意思が強い?

  アイリーンが僕のためにしてくれることを疑ってはいない。だから、何かがおかしいと思った。 ブラウンのボサボサ髪にビン底メガネ。彼女は小説の中で、メインヒロインと呼ぶべき力を持った女性である。 絶対に敵対したくない相手として、僕の中でブラックリスト入りしているほどだ。「フライ様? お呼びですか?」 夜遅くにアイリーンを呼びつけることはできなかったので、次の日になって僕はアイリーンに話を聞くことにした。「先日、支援を頼んでいた女性のことなんだけど」「トアさんのことですね? はい。フライ様が要望された通りに手配をしました」 アイリーンの言葉に嘘はない。やはり、彼女が僕に嘘をつくはずがない。「ちなみに、どんな方法で?」「えっと、彼女は男爵家の支援を受けていましたので、そちらに彼女の支援をしたいと申し出て、費用を支給させていただきました。さすがにお世話になっている貴族がいたので、直接はまずいかと思いまして。いけませんでしたでしょうか?」 なるほど、アイリーンは僕の言った通りにしてくれた。だけど、トアはアルバイトをしている。つまり、こちらの支援がトアに正しく届いていないってことか。「ありがとう。なんとなく見えてきたよ」「どうかされたのですか?」「うん。実は昨日、そのトアに会ったんだ。彼女は夜の怪しい酒場でアルバイトをしていて、変なオジサンに危ないことをされそうになっていてね」「!!! 申し訳ありません。どうやらフライ様から引き受けた仕事を、正しく行えていませんでした!」 険しい表情になったアイリーンは、自分の責任だと頭を下げて謝ってくれる。「いや、僕も自分で確認しなかったのが悪いから」「いえ、ユーハイム家の長女として、これは由々しき事態です」「えっ?」「フライ様、この度はアイリーン・ユーハイムの失態でございます。何が何でも、トア様を現状から救出してみせます」「あ〜、うん。なら頼もうかな。だけど、僕も僕なりに動くよ」 少しばかり許せない状況だよね。トア。彼女は学園都市に特待生として入学して、ある分野で大成功を収める才女だ。 今後、戦争が起きた際に、彼女を味方にしているか、していないかによって、戦況は大きく変わることになる。「かしこまりました。フライ様の手を煩わせてしまったこと、心からお詫びします」「いや、本当にアイリーンのこと
last updateLast Updated : 2026-08-11
Read more

研究者って怖い

  夜の学園都市は、別の顔を見せてくれる。 学園と言いながらも幅広い年齢の人間が街を作っており、酒場も存在して、冒険者や傭兵などの柄の悪い者たちが宿を取っている場所も存在する。「ふふ、ご主人様と二人でデートだと言ったら、ジュリアちゃん、レンナちゃんに嫉妬されてしまいます」 先ほどから火酒をガンガン飲んでいるチョコ。 僕は一杯でダウンしてしまいそうな度数の高い酒なのだが、チョコの前に次々と男たちがダウンしていく姿を見て、恐ろしくなる。「二人で来ている気分には全然なれないけどね」「あはははは、皆さんお酒を奢ってくれるので、本当にお優しいです」「はは、奢っているというよりも、潰されているという感じだけどね」 なぜこんなことになっているのかと言えば、チョコはテルから、僕が助けたい少女トアに絡む男たちへ横から声をかけ、酒の飲み比べをしては酔い潰していた。 幼さと美しさを内包したチョコの妖艶さが、男たちを翻弄して、どんどん潰していく。「あっ、あのお客様」 僕に声をかけてきたのは、トアだった。 ミニスカ給仕服を着たトアは、ボサボサの髪とビン底メガネのせいで、あまりにも服が似合っていない。 逆にそのおかげで、他のキャストに比べると人気がない。 それでも、誰でも良いと思う男たちに狙われるので、僕の専属として横についてもらい、お酒を注いでもらっていた。 マスターには、専属としての金貨を通常の倍払っていた。 所謂、指名料だ。 お世辞にも可愛い見た目ではないが、実際の彼女はとても美しくて聡明な人間だ。 ただ、高いお酒を飲む場所には似つかわしくない人物ではある。「なんだい?」「この間、助けてくれた方ですよね?」「うん? よく覚えていないな」「嘘です。私を家まで送ってくれた方が教えてくれました。偉い方の考えはわからないって」 テルの奴が何やらボヤいていたってことかな? それでも、素性のわからない貴族の息子に気に入られて、戸惑っているって感じだろうな。「わからないなら、わからないでいいんじゃないかな? 僕はただ適当に生きているだけだよ。お気楽な貴族様の戯れさ」「適当にですか?」「ああ、そうだ。例えば、ここに火属性の魔石がある」「えっ? 魔石ですか?」 僕は彼女に少しだけ、不思議な話をすることにした。「ああ、そしてここに四角い形をした絹
last updateLast Updated : 2026-08-11
Read more

アイリーンの報告

  トアの酒場から帰ってきた僕は、夜も遅かったので、静かに屋敷の中へ入った。「チョコ、色々とありがとう。助かったよ」「いえ、また美味しいお酒を一緒に飲みましょう」 チョコと別れて、自分の部屋にたどり着いたところ、アイリーンの姿があった。「おかえりなさいませ。フライ様」「ただいま、アイリーン。こんな夜遅くにどうしたの?」 暗くて彼女の表情は見えないが、ネグリジェ姿で少し肌寒そうな服装である。 そのはずなのに、彼女から感じる雰囲気からは寒さが感じられない。「ご報告に参りました」「そう、夜だけど、部屋に入る?」「よろしいのですか?」「僕には婚約者もいないからね。アイリーンについて変な噂が流れるかもしれないけど」「何も問題ありません」 彼女の言葉に従って、僕はアイリーンを夜中の自室へ招き入れた。 屋敷全体が静かなため、部屋全体を明るくすると他の者たちを刺激してしまうので、僕は蝋燭に火を灯すだけでソファーに座る。 何故か、アイリーンは向かいではなく、僕の隣に座ってきた。 しかも、顔が近い。「それではご報告させていただきます」「うん、ちょっと近いかな? 僕、お酒を飲んでるから臭いでしょ」「全然大丈夫です。私も先ほど帰ってきて、お風呂をいただいたばかりです。少し汗ばんでおりまして、申し訳ありません」「いや、凄く良い匂いがするよ」「ふふ、ありがとうございます」 近くで見るからわかるが、どこか恍惚とした表情をしているアイリーンは、いつもの優しくて控えめな雰囲気とは違って見えた。「それで、どうしたのかな?」「はい。そうでした。トアさんの件をご報告させていただきます」「ああ、よろしく頼むよ。だけど、今日の午前中に話したことなのに随分と早いね」「もちろんです。私が、フライ様から頼まれたことを正しく行えていませんでした。それは由々しき事態でしたので、すぐに動かせていただきました」 少し熱を帯びた瞳
last updateLast Updated : 2026-08-12
Read more

パトロンになりました

  アイリーンが言った通り、次の日にトアは戸惑いながらやってきた。 屋敷の大きさに圧倒されているようだったが、来てしまったものは仕方ない。 エリザベートとトアの相性は正直よくない。 何事にも完璧を求め、常に高みを目指そうとするエリザベート。 一つのことに集中してしまうと周りが見えなくなり、色々と無頓着なトア。 あまりこの二人を交わらせたくはないと思っていたんだが、アイリーンが男爵家にトアを置いておくことができないと判断したなら仕方ないよね。「やぁ、トア。よく来たね」「フライ様! ここはフライ様のお屋敷なのですか?」「ああ、ここは僕の家だよ。エルトール家が所有する屋敷なんだ」「そうだったのですね。昨夜、男爵様の家に帰ると、男爵様が今日からこちらでお世話になりなさいと仰せになりました。どなたのお家か不安だったのです」 学園の制服姿に、それほど物が入っていなさそうな鞄を持ったトアの姿は、引っ越しをする人間のものではない。「トアさん、よくいらっしゃいました。私はフライ様と家同士でお付き合いをさせていただいております。アイリーン・ユーハイムです」「ユーハイム様。初めまして、トアと申します」「そう、緊張しなくてもいいのよ」 アイリーンは昨夜の不思議な雰囲気とは違って、今日は落ち着いた令嬢だった。 昨夜の妖艶で恍惚とした彼女には、僕も圧倒されてしまうほどだった。「なんですの? この身なりを整えていない平民は?」 明らかに悪役令嬢風の物言いをするエリザベート。 彼女は、基本的にとても良い人だ。ただ、とても世話好きで、ちゃんとしていない者を見ると無性にイライラしてしまう。「わっ、私はトアと申します。平民で身なりに気を使う余裕が」「言い訳はいりません! ここはエルトール様のお屋敷です。奴隷の身分でも、平民の身分でも、身なりはきちんとしていただきます。まずはそのボサボサの髪をどうにかしましょう。フライ様、彼女のことはわたくしが面倒を見ても構いませんね?」「ああ、任せるよ。屋敷に来た以上は、トアの世話をエリザベート、アイリーンの二人に頼むよ。用意ができたら応接間に案内してあげて」「かしこまりました」 エリザベートはそのままトアを連れていってしまう。 残された僕とアイリーンは、顔を見合わせて笑ってしまった。「エリザベートは相変わらず素直で
last updateLast Updated : 2026-08-12
Read more

男として、女として

 《sideテル》 ご主人様と飲み歩くのも、これで何度目かしら。私は農業ができればそれでよかった。だけど、私の家は貧しくて、奴隷として売られた。 気づけば、変わり者のご主人様に連れ回される日々。「テル、君は本当に付き合いがいいね。助かるよ」 キンキンに冷えたエールを片手に、ほんのり赤くなったご主人様が笑いかけてくる。  初めて飲んだ時は感動した。飲み慣れてしまえば、もうこれ以外のエールを飲みたいとは思えない。 その誘惑に負けて、ついつい一緒に来てしまう。最近は夜更かしとエールの飲み過ぎで顔がパンパンになって、気にしているんだけどね。「そりゃあ、私には選択肢がないもの。奴隷だし。ほら、お酒も次を頼んだわ。冷やしてちょうだい」「ハイハイ。そんなこと言うけど、嫌なら断ってくれてもいいんだよ?」「ご主人様に断れるわけないでしょ? それに、意外と楽しいのよ、こういうの」 そう言いつつも、私は心の中で呟く。 正直、農業をさせてくれたら一番いいけど、この人といると退屈しないのも確かなのよ。それに、私の心は女。だけど、見た目は中性的な男。それを気にせず付き合ってくれるのは、ちょっと嬉しいのよね。 それに、ご主人様は、こう見えて酔うと無防備になるの。そこがまた、可愛いんだから。叶わぬ恋。だけど、あなたのそばにいられる。「テル、君はどんなお酒が一番好き?」「うーん、そうね。ご主人様が作ってくれるキンキンに冷えたエールかしら?」「僕と一緒だね!」 無邪気に笑う笑顔がとても可愛くて、軽口を叩きながら、私はご主人様とグラスを傾けた。♢ 酒場を出た後、冷たい夜風が酔いを少しだけ覚ましてくれる。でも、ご主人様はまだほろ酔い気分。私の肩に手をかけながら、ふらふらと歩いていく。「テル、夜風って気持ちいいよね」「ご主人様、それより足元に気をつけなさい。転んだら私が背負う羽目になるんだから」 そんな軽口を叩いていると、不意に聞こえてきたのは、女の子の悲鳴だった。「誰か、助けてください!」「……テル、行こう」 普段はどこか気の抜けたご主人様の表情が一変した。鋭い目つきに変わり、足取りもまっすぐになる。悲鳴の方に駆けつけると、女の子が酔っ払いに絡まれていた。「いいからついてこいって言ってるだろうが!」「やめてください!」 私が飛び出そうとした瞬間、
last updateLast Updated : 2026-08-12
Read more

闇堕ちご令嬢 前半

 《sideアイリーン・ユーハイム》 私は生まれた時から病弱で、このまま外に出ることもなく死んでいくのだと思っていました。  私の記憶にあるのは、熱と咳で苦しい体。 私のために泣いてくれる両親。 そして、私のためにお金を工面するために、貴族のご令息と婚約をした妹。 生きていることが申し訳なくて、もう早く終わりが来ればいいのに。だけど、優しい家族のために、私は一日でも笑顔でいなければならない。 そう思っていた十年間。 十一歳を迎える年、あの方がやって来ました。もうあと数日生きられるのかも不明な私のために、多額のお金を注ぎ込んでくれた両親に申し訳なさを感じながら、涙が流れてきます。 起きることも、手を動かすこともままならない。 生きていることが奇跡で、治ることのない不治の病として。「そう、アイリーン様、意識はありますか? お見舞いに来させていただきました。フライ・エルトールです」 とても温かい、私を心配してくださる声。 目を開けるのも億劫で、声は掠れて、発声できているのかもわからない。「申し訳ございません。エルトール様に来ていただいたのに、このような姿でお出迎えすることを、お詫び申し上げます」 来客に対して、頭の中で習った挨拶をするけれど、それ以上のことは何もできない。「わたくしは身を起こせません」「大丈夫です。辱めるつもりはありません。ただ、診察をさせてもらうだけです。その前に、この部屋の空気はよくないですね。クリーン! ピリフィケーション」 何をしているのかわかりませんが、今まで感じたことがないほどに息がしやすくなり、とても楽になりました。 もしかしたら、もうすぐ私は死ぬのかもしれません。そのために、殿方にこのような恥ずかしい姿を見られてしまいました。 すでに生きる力はなくても、恥ずかしさは感じてしまいます。「診察をさせてもらうね。サーチ」 朦朧とする意識の中で、次々と温かい魔力が私を包み込んでいきます。それは今まで感じたことのない感覚で、まるで誰かに抱きしめられているような感覚だったように思います。「ハイパーヒール!」 フライ様が呪文を唱えると、それまで苦しかった胸がスッと軽くなり、体の痛みも、頭痛も、熱も、吐き気もなくなっていました。「姉様!」 ずっと会いたかった妹が抱きついてきて、泣いてくれました。私のた
last updateLast Updated : 2026-08-13
Read more

闇堕ちご令嬢 後半

 《sideアイリーン・ユーハイム》 フライ様は気にしないでいいと言ってくださいました。 ですが、私自身が許せないのです。 もしも、男爵に考えがあり、トアさんのためになる教育をしているなら、私が口を出すことではありません。「アイリーン様、資料が揃いました」 家の者に声をかけて、資料を集めてもらいました。我がユーハイム家は私の病によって、長い間、資金不足に悩んでいました。  フライ様によって救われた我が家は、本来の力を取り戻すために、父上は働き始めました。領地持ちの伯爵家であり、そして、情報を扱う裏の貴族。「ええ、ありがとう。エリザベートには?」「大丈夫です。何も気づかれてはおりません」「そう、ありがとう」 これは私が受け継ぐべき力。本来は男子が生まれた際に受け継がれるべき力でしたが、我がユーハイム家には男子は生まれませんでした。 エリック様に嫁ぐことが決まったエリザベートは、いつか婚約を破棄してフライ様と婚姻を結びます。それは変えようのない事実でしょう。 ですが、私もまたフライ様に仕え、この身、この心は全てフライ様に捧げます。「行きましょうか」「はっ!」 集めてくれた資料によって、全てを理解しました。男爵家の現状や、我が家の名を通して、エルトール公爵家の支援を無下にしたことを……。 私は真っ黒なドレスに身を包んで、男爵家に向かいました。「失礼、ユーハイム家のアイリーンと申します」「これはこれは、ユーハイム家のご令嬢ではありませんか?! どうぞどうぞ」 私は応接間に通されて、男爵と話をしました。男爵は人の良さそうな顔で、トアさんのことを最初は褒めていました。 だけど、私がニコニコと聞いていると、次第に脂汗を流して、口汚くなっていきました。「なんなのです! 何か言いたいことがあるのでしたら、おっしゃったらどうですか?」「では、そろそろよろしいでしょうか? 男爵。あなたはトアさんに支援された金貨を横領しましたね」「はっ! 何を証拠に?」「証拠はこちらに」 我がユーハイム家が集めた資料は、男爵の全てをつまびらかにしてくれます。 彼らはずっと私の復帰を願い、そして、私と共に生きることを誓ってくれました。「なっ!?」「男爵、証拠は揃いました。まだ認めませんか」「うるさい! 小娘が! たとえ伯爵様の娘であっても、爵位
last updateLast Updated : 2026-08-13
Read more
PREV
1
...
34567
...
11
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status