All Chapters of 拝啓「愛する女」のために私を捨てた旦那様。今度は私を選ばせます。: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話

一番印象を変えたのは、目だった。実里の目は、もともと少したれ目気味。それを整形で少し吊り上げて、化粧でもっと吊り目に見えるようにする。眉の形も変えた。「え、これ、髪の毛だよね?」「そうだよ。後頭部から採取して、移植した」そんなことができるのかと実里は感心したが。「伸びるのは早いし、ちゃんと小まめにカットするんだよ」頭髪だから普通の眉毛とは違うのだと注意を受けた。.「本当に切るのですか?」髪をまとめられながら、美容師は実里に聞いた。「今ならまだやめられますよ」「バッサリ切ってください」実里が答える。実里の髪は背中の中ほどまである。長い間ずっとこの長さだった。「後悔しませんか?」(……後悔、か)実里は鏡を見る。ふわふわした髪の毛。纏めるのが面倒で、特に雨の日はストレスの元だった。それでも伸ばしたのは、広海が好きだったから。――俺が毎日手入れするから。(嘘つき……)長く適当にケアした髪は傷んでいる。それに、広海に関することは残しておきたくない。「切ってください。後悔なんてしません」美容師は渋々承諾した。恐る恐る実里の髪に触れ、最初に鋏を入れたとき目がしっかり開いていなかった。おかげで指定した場所よりも1センチメートルほど上で切られたが、実里は何も言わなかった。誤差範囲だった。一度切ったら覚悟が決まったのか。規則的な鋏の音。長い髪がどんどん切り落とされる。最終的に、髪は肩につかない程度のワンレングスのボブになった。首元が妙に軽い。実里は思わず自分の首へ触れた。「……すごい」「何が?」「頭が軽い」「そこ?」「大
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第42話

「おいし、い……?」自分で淹れたお茶についての最初の感想は疑問系だった。「え?」友梨が驚いた声を上げた横で。(さて……)実里は自分のカップへ視線を落とす。美空と友梨が二人で淹れたお茶だが、微かに色がついているようにしか見えない。そして、味は――。「……薄わね?」「美晴、空気読んで」友梨が困ったように眉尻を下げる。「でも、薄いものは薄いし」実里は美空を見る。カップの中身を飲んでは、不思議そうに首を傾げている。「美空も納得していないみたいだし」「えー……」友梨は項垂れるが、この薄さは友梨のせいだろう。実里が危惧したように、茶葉の半分近くは、最初に友梨が急須からお湯を捨てたとき、一緒に流れてしまったらしいのだから。だから薄い。でも。「美空、楽しかった?」「うん!」美空が初めてお茶を淹れて、それが楽しかったなら、それでいい。「こんどは、おいしくできるよ!」「そうだね」「またママにいれてあげるね!」「楽しみにしてるね」実里の言葉に美空は嬉しそうに笑うと、カップを両手で持って最後まで飲んだ。こういう時間が実里は好きだった。何でもない時間。五年前に願ったもの。(あのときは)子どもを産めるのか。無事に逃げられるのか。そんなことばかり考えていた。でも今は美空がいて、友梨がいて、薄いけど三人でお茶を飲んで笑っている。(幸せだな)そう思う。何か特別なものがあるわけではない。でも、これが実里の欲しかったものだ。.「ごちそうさまでした!」カップを置いた美空が元気よく言った。「このあとは、何をするの?」「おもちゃ!」おもちゃで遊ぶらしい。昨日までは、お絵かきが美空のお気に入りの遊びだった。おもちゃで遊ばないのかと聞けば、何の影響を受けたのか、「もうお姉さんだから」なんて言っていたのに。「何のおもちゃで遊ぶの?」「みせてあげる!」そう言うなり、美空は椅子から降りる。「走っちゃだめよ!」「はーい!」返事だけは立派。美空は走ってリビングの扉に向かう。そして廊下へ走っていった美空に実里は苦笑する。「全く、走っちゃってるじゃない」友梨が苦笑する。「五歳児の『はーい』は信用しちゃ駄目だよ」「本当ね」実里が頷き、友梨が笑った。しかし、すぐに実里の顔が陰る。最近の美空の様子で気になるこ
last updateLast Updated : 2026-10-07
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第43話

「先天性の心臓病です」医師の言葉を、実里はすぐには理解できなかった。「……先天性、って?」「生まれつき、という意味です」それくらいは分かっている。そういう意味ではない。「でも、美空は、生まれてからずっと元気です。何となく変だなって感じたのも最近のことで……」生まれてから5年間、元気だった。もちろん風邪を引いたこともあるし、熱を出したこともある。でも、すぐに治った。心臓病。そんな大きな病気にかかっている様子など、一度もなかった。「そんなはずは……」「落ち着いてください」動揺した親の対処に慣れているのだろうか。一段落とした声は、実里に『聞け』と言っているようだった。実里は大きく息を吐いた。――何かが起きたら、何が起きたのか正確に把握すること。――慌てても意味はない。――情報を集めるんだ。父・大地の言葉を思い出し、実里は背筋を伸ばす。実里は医師を見る。落ち着いたと医師は判断したのだろう。医師はゆっくりと口を開いた。「先天性の心疾患には、生まれてすぐに症状が出るものもあれば、成長してから症状が現れるものもあります」医師はパソコン画面を実里に見せた。詳しい内容は分からないが、検査画像のようだった。「お嬢さんの場合、ここ、冠動脈の走行に異常があります」「冠動脈……?」「心臓そのものに血液を送る血管です」医師は画像の一部分を指差した。「通常とは異なる位置から冠動脈が出ていて、血管の通り道にも問題があります。運動などで心臓に負担がかかったとき、十分な血液が届かなくなる危険があります」実里は息を呑んだ。「……それって」「先天性冠動脈起始異常の一種と考えています。詳しい形態を確認するため、追加の検査が必要です」難しい言葉だった。それでも。危険――その一言だけは、はっきり理解できた。「治るんですか?」医師は即答しなかった。「異常の形によっては、手術で血流を改善できる可能性があります」「手術……」「ただし、手術には危険が伴います。まずは詳しい検査を行い、専門チームで治療方針を検討する必要があります」実里は膝の上で拳を握った。「手術をすれば、元気になりますか?」「それを目指す治療です。ただ、必ず成功すると約束することはできません」医師は静かに続けた。「それまでの間、激しい運動は避けてください。今回
last updateLast Updated : 2026-10-08
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第44話

「……日本か」病院の個室。眠っている美空を見つめながら、友梨が呟いた。「どうする?」「どうするって……」実里は答えられなかった。美空の命が最優先。そんなことは分かっている。でも、日本には広海がいる。·広海は東條家の当主であるが、広海の父親・東條洋一が亡くなったとき広海はまだ子どもだった。そのため、広海に代わって洋一の弟の洋二、広海の叔父が東條家の代表として表舞台に出ていた。広海が成人してすぐ、東條家の親族は広海を会社のトップにするべきだと言ったそうだが、広海が断っている。社会経験がない自分が巨大企業のトップに立っても現場が混乱するだけ。株価にも大きく影響がある。現状で上手く言っているのだから、あえて変化する必要はない。広海も洋二を信頼していたし、洋二は穏やかな性格で野心もなく、「早めに一人前になって引退させてね」と広海に言っていたらしい。当時、広海は実里にそう言ったが。(今は……)あの土砂崩れのすぐあと、広海は東條グループのトップになった。突然のトップ交代で東條グループはその信頼が危ぶまれたが、会社は業績を上げ続け、今ではもう何十年もその座にいたように、広海は東條の顔として表舞台に立っている。そんな広海の妻である東條実里の行方不明は、いまも時々、思い出したように騒がれる。そんな状態で、日本に行く。不安しかない。それに。「日本の病院って、すぐに診てもらえるのかな」実里は呟いた。「それは病院次第だと思う」「紹介状も、あてにできるのかな」「紹介状があったとしても、必ず受け入れてもらえるわけではないしね」友梨はスマートフォンを取り出した。「専門医に診てもらうためには、検査画像や診療情報を送って、病院側に受け入れを判断してもらわないといけないみたい」美空の病気が分かってまだ一日も経っていないのに、友梨は色々と調べ始めてくれているようだ。ただ、美空が治るという確約はどうしても得られない。「それに、手術が必要なら、担当する先生や手術室、入院する病床の調整もあるみたいなんだ」ただ病院へ行けばいいわけではない。世界中から患者が集まるような病院なら、なおさら。「コネが必要ってこと?」「コネというより、専門医に正式につないでもらえる『紹介』かな」友梨は少し考えた。「お金を積めば順番を飛ばせる、なんて話じゃな
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第45話

美空の命を守るお金を自分で用意できない。その事実に俯きそうになったが、それではどうにもならないことは学んだ。唇を噛んで、前を見たとき、友梨が実里の手を握った。「まだ費用も決まってないよ」「でも……」「父さんに相談しよう」実里は顔を上げた。「……高橋さんに?」「うん。父さんなら、日本の病院に口をきける、相談できる人くらいなら知っているかもしれない」「でも、これ以上……」「そういう問題ではないでしょう?」友梨の声が少し強くなった。「いま一番大事なことは何? あなたのプライド?」実里は黙った。その通りだった。五年前。自分のプライドなんて考えなかった。お腹に宿した子どもを守るため、実里は高橋誠に助けを求めた。あのときと同じだ。「……お願いしてもいい?」「もちろん」友梨はすぐに電話をかけた。実里にも聞こえるように、スピーカーにしてくれた。数回の呼び出し音が、とても大きく聞こえた。そして。『友梨?』聞き慣れた声がした。『久しぶりだな。元気にしていたか?』こちらがこんなことになっていることを高橋誠は知らない。だから、普通の父娘の会話が始まった。プライベートに割り込んだ感じがして、実里は少し気まずくなる。「元気だよ。あのね、父さん。美空のことで相談があるの」『……何かあったのか?』高橋誠の声が真剣なものになった。友梨は簡潔に説明した。病名。検査結果。手術の可能性。日本への転院を進められたこと。そして、その場合は多額の費用がかかること。高橋誠は口を挟むことなく、最後まで黙って聞いていた。『……そうか』それだけ答えた。「父さん」『まずは診療情報を送ってくれ……正直、俺だけでは手に余る』手に余る。その言葉に、実里は足元が崩れた気がした。高橋誠に頼れないなんて、それは口だけだったようだ。頭のどこかでは、「高橋誠ならなんとかしてくれる」と頼っていたことに実里は気づいた。それと同時に、高橋誠に無理ならば、美空を救う手立てが何もないということを。友梨が実里を見た。「父さんにも、無理?」『覚悟は、してほしい』「高橋さん!」実里は思わず身を乗り出した。『実里さん。大事なことは美空ちゃんを助けることですよね』「もちろんです。お金のことなら……」『お金のことは何とでもなります』「そんな簡単
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第45話

『あなたはまだ行方不明のまま……そして、まだ東條実里です』「……嘘」高橋誠が、こんな状況で嘘や冗談を言うわけがないことは分かっている。でも、反射的に嘘だという言葉が出てきた。離婚届はどちらも記入が終わっていた。離婚届はすぐ出すかと思った。しかし、他人となっては実里の堕胎手術が予定通り済んだかどうかの確認ができない。そのためだろう、広海は実里の手術が終わってから出すと言っていた。でもそれはあくまでも広海の中で決まったことだった。実里は反対も賛成もしなかった。どうでもよかった。実里は行方不明になると決めていたから。片方が行方知れずの場合の離婚方法を、実里はきちんと調べた。離婚するために、広海に探されたら堪らないから。あれほどやっきに離婚を突きつけたのだ。離婚できないとなれば、血眼になって探されるかもしれないと思った。実里が行方不明になっても、広海は裁判離婚という手続きを使って離婚できること。三年なら、嫌がらせで済むだろう。そう思っていたところに、土砂災害。渡りに船だった。行方不明だと信じるのに、ちょうどいい原因ができたと思った。死亡扱いになることは怖かった。でも、広海から逃げられる。実里の生死が三年以上確認できなくなれば、広海は離婚手続きに入るだろうと実里は思っていた。そうなれば、もう広海が自分を探すこともないと思った。なぜなら、広海は愛する女がいると言ったのだから。あれから五年以上たった。(それなのに、まだ離婚していない?)三年経ったら、すぐに離婚すると思っていた。愛する女と再婚するために。三年から数ヶ月なら、仕事で忙しかったとかもあるかもしれないが。(何で……は、いまは関係ないわね)東條実里に戻れば、父・深沢大地が残した遺産を受け取れる。離婚裁判になれば、広海から財産分与もされる。美空の治療に必要なお金の問題は解決する。お金は、だ。美空はどうなる?愛する女のために実里と別れた広海。実里との間にできた美空を殺そうとした。すでに生まれている以上、堕胎手術のように合法的に美空を殺害することはできない。でも、また今回別の手ができた。心臓病。手術が受けられれば助かる。でも、その手術の邪魔したら?手術を失敗する必要はない。そんな危ない橋は渡らない。医師が見つからなかった。病院が受け入れ
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第46話

高橋誠は何度も考え直すように言った。友梨も同じように反対した。でも、実里の意思は変わらなかった。結局。『すみません……その方法も含めて、少し時間をください』結論は先延ばしにされた。電話を切った友梨は大きくため息を吐いた。「バカ……」「……馬鹿じゃないわ」「どんな目にあうのか分かんないんだよ」「……うん、でも……美空を守りたいの。広海が何をするか分からない以上、リスクを負わせたくない」実里は友梨を見た。「美空は何も悪くないんだから」「そう言うなら実里だって」「男の趣味が悪かった……ね?」実里の言葉に友梨は口をつぐみ、小さく笑った。「……バカ」◇◇◇「追加検査の結果が出ました」医師はそう言って、パソコンの画面を実里に向けた。「美空さんの病気について、詳しいことが分かりました」美空は友梨と家にいる。一人で病院に来てほしいと言われたときから、実里は嫌な予感がずっとしてきた。「左冠動脈が、本来とは異なる位置から出ています。右側の大動脈洞という場所から出て、大動脈と肺動脈の間を通っています」「それは……悪いことなんですか?」医師は、実里の質問の答えに迷うような素振りを見せた。「問題は血管の通り道だけではありません。美空さんの場合、冠動脈の入口が細長く狭くなっています。また、血管の一部が大動脈の壁の中を通っていることも確認できました」医師は画像の一部分を指差した。「心臓に負担がかかると、この部分で血液が流れにくくなる可能性があります」苦しそうに胸を押さえる美空を思い出す。「先日、美空さんが走ったあとに息苦しくなったのも、この異常が関係している可能性が高いと考えています」実里は息を呑んだ。「では、激しい運動をしなければ……」大丈夫なのでは?そんな思いを込めて、実里は尋ねる。「残念ですが、そう単純ではありません」「……どういう意味ですか?」「激しい運動を避けることで危険を減らせる可能性はあります。しかし、冠動脈の形そのものが変わるわけではありません」根本的な解決はできていない。医師の言葉が実里の胸に刺さる。「美空さんのように症状があり、冠動脈に危険性の高い形態が認められる場合、手術による治療を積極的に検討したほうがいいです」「手術……しないといけませんか?」「最終的には、小児循環器科と心臓外科の専門
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第47話

買い物から帰ってきた実里は、リビングにいる人物を見て足を止めた。「……高橋さん?」日本にいるはずの高橋誠が、ソファに座っていた。「ああ、お帰りなさい」「お帰りなさい、じゃなくて。どうして台湾に?」「美空ちゃんの手術の件で来ました」誠は当然のように答えたところで、友梨がキッチンから顔を出した。「父さん、説明くらいしてから来ればいいのに」「連絡しただろう」「このマンションの入口からね」どうやら友梨も知らなかったらしい。ここの入口からの電話なんて、インターホンと何も変わらないのに。.実里は買い物袋を置くと、誠の向かいに座った。「何か分かったんですか?」「ええ。まず、美空ちゃんの担当医が紹介しようとしている日本の先生についてですが」誠はタブレットを取り出した。「非常に優秀な先生です。ただ、アメリカの病院とも契約があり、手術の受け入れには決められた優先順位があるようです」「……それって」「担当医の知り合いだからという理由で、美空ちゃんを優先してもらえるとは考えにくい」実里は唇を噛んだ。紹介してもらえれば、何とかなるかもしれない。そう思っていたけれど、名医であればあるほど、診てもらいたい患者は多いようだ。「もちろん、紹介自体に意味がないわけではありません。医学的な緊急性によって判断されるでしょう。ただ、受け入れまでの見通しは立っていません」「……そうですか」「そこで、別の先生について調べました」誠が画面を切り替える。「明日の夜、台北市内のホテルで開かれるパーティーに、彼とは別の日本人の小児心臓病の専門医が出席します」「パーティー?」「国際的な医療交流と慈善活動を目的とした会合です。医療関係者だけでなく、企業経営者や支援団体の代表も集まります」「その先生は、美空の病気を診られるんですか?」
last updateLast Updated : 2026-10-15
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第48話

翌日の夜。実里は高橋誠に連れられて、台北市内の高級ホテルにいた。天井から下がる巨大なシャンデリア。磨き上げられた大理石の床。壁には大きな絵画が飾られ、会場のあちこちに豪華な生花が生けられている。弦楽四重奏の演奏が流れ、グラスを手にした人々が談笑していた。男性は仕立てのよいスーツやタキシード。女性は華やかなドレス。宝石が照明を受けて輝いている。(……懐かしい)実里は小さく息を吐いた。東條家に嫁いでから、こうした場所へ出席する機会は何度もあった。あの頃は、広海の隣に立っていた。(あの頃はそれがずっと続くと思っていたけれど……)今は違う。ガラスに映った自分の姿を見る。鏡の前で何度も確認した化粧で、実里の面影はあるが別人。ややつり目に見せた目元。肩に届かないワンレングスのボブ。ドレスも、以前の実里なら選ばなかった華やかな色のものにした。ここにいるのは広海だけを見ていた東條実里ではないから。社交的な西村美晴だ。「緊張していますか?」隣の誠が尋ねた。「……少し」「大丈夫ですよ。失敗しても“私”の連れに文句など言えません。普通に振る舞っていれば大丈夫です」「……普通が一番難しいんですけど」「それもそうですね」高橋誠は笑ったが、いつもと笑顔が違う。彼の兄はこのような顔で笑うのだろうと思った。実里は強い意志の力で、普段とは違い後ろに撫でつけている髪は見ないようにした。「大丈夫ですよ、ちゃんと毛はあります」吹き出しそうになるのを実里は慌てて抑えた。「それでは楽しみましょう」高橋誠は流暢な英語でそう言った。
last updateLast Updated : 2026-10-16
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第49話

実里を抱き締めていた広海は、ゆっくりと身体を離した。ただし、腕は離してくれない。まるで実里が逃げるのを察しているかのように、両肩を掴んだまま、顔を覗き込んでくる。「……実里?」五年ぶりに見る顔。少し大人びたように見えるのは、気のせいだろうか。(髪の毛を伸ばしているから?)まるで洒落者のように長い髪をリボンで結んでいる。短い髪でも邪魔だと言っていた広海の変化に実里の顔は驚いたものになった。一方で、広海の表情には、隠しようもない喜びが浮かんでいた。けれど、その喜びが、少しずつ戸惑いへと変わっていく。眉が寄る。目が細められる。そして、怪訝そうに首を傾げた。「……実里、ではない?」 その言葉に、実里の鈍っていた思考が高速で動き出した。 (……そうよ!) 今の自分は、東條実里ではない。 西村美晴だ。 化粧を変えた。 髪を切った。 服装も、以前とは違う。 広海が知っている実里とは、見た目も雰囲気も変わっているはずだ。 (落ち着いて。大丈夫) 実里は広海の腕を振り払った。 一歩。 さらにもう一歩。 後ろへ下がって距離を取る。 眉を顰めた。 初対面の男に突然抱き締められた女性なら、当然の反応だ。 むしろ、悲鳴をあげてもおかしくない。 (……悲鳴) 一瞬、本当に叫んでしまおうかと思った。 そうすれば周囲の注目が集まる。 広海だって、これ以上は近づけなくなるはずだ。 けれど。 (駄目) ここには日本人もいる。 東條グループのトップが女性に抱きついたとなれば、騒ぎになるかもしれない。 その相手が自分だと、誰かに覚えられるのは困る。 実里は小さ
last updateLast Updated : 2026-10-16
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