「本当に申し訳ない」広海はもう一度謝った。(……そんな顔をしないで)申し訳なさそうな顔。そんな表情を向けられると、困る。昔みたいに、許したくなってしまう。(いいえ、ダメよ)五年前、自分が何度泣いても、広海は態度を変えなかった。お腹の子どもを諦めろと言った。離婚しろと言った。愛する女がいると言った。あのときの広海は、こんな顔などしなかった。(……関係ない)今の自分は、広海にとって赤の他人。そうでなければならない。「俺は東條広海です」広海が名乗った。「東條って、あの東條グループの?」実里は驚いたように目を見開いた。知らない人間なら、まず聞くであろうこと。それを口にしただけだ。「一応、トップですね」広海は軽く肩を竦めた。(……一応、ね)東條グループのトップという立場を、こんなふうに軽く口にする。そのくせ、仕事に関しては真面目。実里は何度も、広海が仕事をしている姿を見てきた。夜遅くまで資料を読み、休日でも連絡があれば対応していた。それでも、以前は実里との時間を大切にしてくれたのだから……。(……やめよう)思い出す必要などない。「それで、あなたの名前は?」広海が尋ねた。実里は一瞬だけ息を止めた。名前。五年前に捨てた名前ではなく、今、名乗るべき名前。「西村美晴よ」「……西村」広海が小さく繰り返す。(……お願い)ただの名前だ。それ以上は考えないでほしい。「お目にかかれて光栄です」実里は社交的な笑みを浮かべた。「先ほど、あちらの紳士たちがあなたの会社の話をしていましたよ」
Last Updated : 2026-10-17 Read more