「今回のことは純生が悪かった。兄である俺が、あいつに代わって謝る。……望む補償があるなら、こちらで応じる」 長い沈黙の末、純希が最初に口にしたのは、弟に代わる謝罪だった。 今の星奈の状態と、純生を目にしたときに受けるであろう精神的な負担を考え、純希は先ほど弟を宥め、ひとまず病院から帰らせていた。 星奈が本当に記憶を失っている可能性を知ったのも、彼女を病院へ運び込んだあとのことだった。 偶然にも、今回星奈を診察した医師は、以前の事故で彼女がこの病院へ運び込まれた際にも、診察を担当した医師だった。 人口の少ないこの土地にある病院では、事故をきっかけに過去の記憶を失う患者など、五年に一度出会うかどうかというほど珍しい。医師が星奈のことを強く覚えていたとしても、何ら不思議ではなかった。 純希はすぐには信じることができず、医師へ何度も質問を重ねた。 事故当時の状態から記憶を失った経緯まで、どれほど細かく尋ね、問い方を変えて確かめても、返ってくる説明と結論は変わらない。 星奈が実際に事故に遭ったことも、その影響で過去の記憶を失ったことも、この病院の診療記録にはっきりと残されている事実だった。 それでも、何もかもがあまりに出来すぎた偶然に思えてしまう。 自分たちを裏切って姿を消した星奈をようやく見つけ出したと思えば、当の本人は事故に遭い、自分たちに関する記憶も、過去に起きたこともすべて忘れている。 純生がそんな話を信じられないと声を荒らげたのも、無理はなかった。 医師から詳しい説明を受け、診療記録という確かな証拠まで目にした純希でさえ、こうして目の前の星奈を長い間見つめていても、まだその事実を完全には信じきれずにいる。 あれほどひどいことをしておきながら、過去に結ばれていた情も、自分が犯した罪も、何一つ背負わなくていい。 すべてを忘れ、何事もなかったかのように新しい人生を始める。 そんな都合のいい話があるものか。 胸の奥から込み上げてきた不快感に、純希は深く眉を寄せた。 目の前の星奈は、本当に何も覚えていない人間の顔をしている。 以前のように強気な態度を見せることもなく、ただ純希の視線を受けているだけで、怯えたように身体を強張らせていた。 その姿を見ていると、余計に苛立ちが募る。 純希は胸の内に湧き上がる感情を無理やり呑み込み、できるかぎ
Last Updated : 2026-08-30 Read more