ティッシュを引き出してデスクを拭きながら、早野は黒沢をちらりと見る。黒沢はチョコレートの箱を開けて一つ取り出すと口へ入れた。「土砂降りの雨の中で、とか、花火大会で花火の上がった時に、とか、空港で出国直前に、とか……」 早野はコーヒーを吸って焦茶色になったティッシュをゴミ箱へ捨てた。ゴミ箱からブルーマウンテンの香りが立ち昇る。「今は冬だ。この地域、冬季は晴天が多い。大規模な花火大会の開催もない。奥様が国外へ出られる予定も、恐らくはない」 もう一度カップを取ると、早野はごくりとコーヒーを飲み下す。「……よかった」 黒沢のメガネがきらりと光る。手にしたコーヒーカップを置いて、ぐいと顔を上げると早野を見据えた。「……あなたはほんとに情緒がないわよね」 言いながらいきなり立ち上がる。「そういうとこだわ。愛してるなら、大切なら、きちんと追いかけないと女は逃げてしまうのよ」「……な……」 早野が振り返った。「何の話をしてる?」「あなたの話」 黒沢は早野を指差す。「妻に出て行かれても何の情熱も見せなかった男の話」 早野は黒沢の視線を跳ね返した。「お前はそう言うが、俺は追いかけなかったか? わざわざ土砂降りの日に出て行くなんて無茶までして。それでも俺は追いかけたぞ」「……傘をさしてた」 黒沢は不満げにチョコレートをもう一つつまむ。「傘くらいさすだろうが……! 土砂降りなんだぞ!」 早野はコーヒーをかぶりと飲む。「しっかり空港まで追いかけたんだ、俺は」「ロビーまで歩いて来ただけのくせに」 黒沢はつんと鼻を天井へ向ける。「……あのな! 空港内で走ってたら不審者確定だ。それに搭乗券もないのに搭乗ゲートまで突破したら即刻逮捕案件だ。今はテロ対策も厳しいんだ、知ってるだろ?」「……社長ならそうしてくれるかも」 黒沢はチョコレートを齧ってからコーヒーに口をつけた。「……そうなんだよ」 早野は頭を抱えた。「……とにかく絶対にそんなことをさせないように……」「違うわ! 情熱的だって言って
Last Updated : 2026-10-17 Read more