監視カメラの死角を縫うように、理聖は音もなくビルの側面へと回り込んだ。 どこから内部へ侵入できるか。通用口のロック構造や、窓の配置を目で追いかけた瞬間だった。 ふと、奇妙な感覚が全身を駆け巡った。 頭では、こんな強固なセキュリティを施された建物への侵入方法など知らないはずなのに、身体が勝手に周囲の状況を読み取って動いているのだ。 遠くを走る車のエンジン音。風が吹き抜ける微かな響き。 警備員が巡回する規則的な足音。人の視線の動き。 誰にも見つからず、気配を完全に消して移動するためには、何を警戒し、どこへ身を隠せばいいのか。理聖の身体は、その最適解を瞬時に導き出していた。 記憶をすべて失っていても、かつて錦戸大翔に〝狂犬〟として骨の髄まで叩き込まれた潜伏の技術だけが、理聖の細胞に色濃く残っている。「……こういうことだけは、忘れていないんですね」 理聖は暗闇の中で、小さく自嘲するように呟いた。 昔の自分であれば、こうして夜の闇に紛れて敵の拠点に忍び込む目的は、標的の命を奪うためだったのだろう。何の感情も持たず、ただ命じられるままに刃を振るっていたはずだ。 でも、今は違う。(和花さんを、連れて帰る) ただそれだけだ。 誰かを傷つけるためではなく、愛する人を守り抜くために、この能力を使う。 理聖は小さく息を吐き出し、深く影の落ちた非常用扉のロックを特殊な手順であっさりと解除すると、滑り込むようにして建物内部へと潜入した。 ビルの内部は、一見するとどこにでもある一般的な企業と何ら変わりはなかった。 規則正しく並んだ事務机。消灯されたままの薄暗い会議室。静まり返った無機質な廊下。 理聖は、猫のようにしなやかな足取りで暗闇を移動していく。 時折、離れた場所から警備の人間が近づいてくる気配を感じ取れば、咄嗟に物陰や空き部屋へ身を滑り込ませてやり過ごす。 人の往来の規則性を読み、視線が向かない僅かな隙を突いて、理聖は一度も姿を晒すことなく奥へ奥へと進んでいった。 だが、上の階へ向かうにつれて、建物の纏う空気が少しずつ異質なものへと変わっていくのを感じた。 表向きのクリーンなオフィスエリアとは違う、重く張り詰めた空気。「……おい、そっちの様子はどうだ?」 「異常なしです。外の警戒も続けています」 廊下の角を曲が
Last Updated : 2026-11-01 Read more