All Chapters of 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした: Chapter 71 - Chapter 80

95 Chapters

71.忍耐の花

 カレンダーが10月へとめくられ、街を吹き抜ける風に心地よい涼しさが混じり始めた頃。  フルリールの店内は、色鮮やかな秋の花々と、かつてないほどの活気に満ち溢れていた。 「へい、いらっしゃいませぇ! 奥さん、今日は上物……いや、綺麗な鉢植えが入ってやすぜ!」 「お兄さん、今日も威勢がいいわねぇ!」 「へへっ。この深紅の秋バラなんか、まるで……その、返り血みたいに鮮やかで最高ッスよ!」 野太い声で接客をしているのは、深凪組の武闘派である雄之助だった。  どう見てもそのスジの男が、可愛らしいピンクのフリルエプロンを身に纏い、一生懸命に花を勧めている。  そのあまりにも強烈なギャップがなぜか近所の奥様方の間で大ウケしており、フルリールの客足は目に見えて増加していた。「もう、雄之助くんったら。お花の色をそんな物騒な例え方しないでください」 そこへ、深いグリーンのエプロンを纏った理聖が、柔らかな微笑みを浮かべてすかさずフォローに入る。「お客様、申し訳ありません。彼は少々言葉のチョイスが個性的でして……。ですが彼の言う通り、こちらの秋バラは香りも深く、とても長持ちしますよ。ご自宅のリビングにいかがですか?」 「あら、素敵。それじゃあ、このバラをいただくわ。理聖くんのお見立ても、雄之助くんの元気な接客も大好きよ!」 理聖のスマートで洗練された接客と、雄之助の極道感溢れるコメディタッチなやり取り。  二人の見事な連携プレイにより、店内は絶えず和やかな笑い声に包まれていた。 一方、その様子を奥のバックヤードから眺めていた和花は、手元にある花々の水揚げ作業をしながら、ふと微笑みをこぼした。「ふふっ。雄之助くん、すっかりお店の人気者ですね」 「ええ、本当に助かってるわ。……あのエプロン、私が選んだんだけど、すっごく似合ってると思わない?」 和花の隣でハサミを動かしている梓が、嬉しそうに声を弾ませた。  梓の表情は、恋する乙女そのものだ。雄之助との交際がよほど順調なのだろう。  ずっと素敵な恋愛をしたがっていた梓の幸せそうな様子を見て、和花も自分のことのように嬉しくなる。 ――けれど。  その笑顔の裏で、和花の胸の奥には、鉛のように重く冷たい塊が沈んでいた。(梓さんたちは、あんなに幸せそうなのに……) 夜な夜なうなされる
last updateLast Updated : 2026-09-03
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72.初恋が終わった冬

「紅雅のこと、ずっと、ずーっと好きだったの。もし良かったら……付き合わない?」 それは、忘れもしない。中学一年生の、凍えるような冬の記憶だった。  クリスマスが近づく12月の半ば。  街がイルミネーションで浮かれ始める中、一人は寂しいからという中学生らしいささやかな打算もあり、和花はずっと胸に秘めていた想いを紅雅に告げたのだ。 近所の公園。  吐く息が白く染まる寒空の下で、勇気を振り絞って伝えた告白は、思いもよらない形で玉砕することになった。「……わりぃ、和花。俺、お前とは付き合えねぇんだわ」 「な、な、なんで……?」 和花はショックのあまり、震える声で問い返した。  正直に言えば、断られるなんて微塵も思っていなかったのだ。  普段から頭を撫でてくれたり、からかいながらもいつも守ってくれたり、彼からのスキンシップの多さや優しさに、絶対に両思いだと確信していた。「和花とは……っつーか、俺、誰とも付き合うとか、彼女を作るとか、そういうの全然考えてねぇんだ」 紅雅は気まずそうに視線を逸らし、後頭部をガシガシと掻いた。「だから、これからも今まで通り……道場で切磋琢磨する修行仲間として、大事な幼馴染として、よろしく頼むわ」 その言葉は、突き放すような内容とは裏腹に、どこか切なげに響いた。  和花と視線を合わせようとしない紅雅の横顔には、ぎゅっと唇を噛み締めるような、苦痛に耐える色が微かに滲んでいた。 今思えば、紅雅はあの時すでに、和花には言えない何かを抱えていたのだろう。  だからこそ、自分の想いを胸の奥に押し込めるようにして、あえて一線を引いたのかもしれない。  けれど、当時中学生だった和花にそんな複雑な事情を察することなどできるはずもなく、ただただ〝ふられた〟という絶望に打ちのめされるしかなかった。 初恋の相手に失恋したショックで、その日から和花はあからさまに元気をなくした。  道場での稽古中も身が入らず、学校でも机に突っ伏してため息ばかり吐いている日々。  そんな心にぽっかりと穴が空いた状態の和花へ、するりと入り込んできたのが、元夫となる芽流だった。「……なんか、元気なくね?」 放課後の教室。  窓際の席で落ち込んでいた和花に、同じクラスだった芽流がひょっこりと顔を出した。「はい、これ」 そう言って、芽流は和花の好物
last updateLast Updated : 2026-09-04
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73.価値のある女

「あー、楽しかったですね!」 シネマコンプレックスの自動扉を抜けながら、和花はポップコーンの空箱をゴミ箱へ放り込み、弾むような声を上げた。 休日のデートに二人が選んだのは、最近話題になっているヤクザを題材にしたコメディ映画だった。「ええ。とても面白かったです。あの主人公の組長、強面なのにすごく不器用で愛嬌がありましたね」 理聖も目尻を下げ、穏やかに同調する。 ひょんなことから捨て子を育てる羽目になった極道の親分が、赤ちゃん相手に〝おしゃぶり〟のことを〝シノギ〟と呼んだり、ミルクを飲む姿に「いい飲みっぷりじゃねぇか、盃交わすか?」と極道用語で話しかけてしまう抱腹絶倒のストーリーだった。「あははっ、そうそう! 離乳食の汚れを拭きながら、『指詰めじゃ済まされねぇぞ』ってドスの利いた声で言うシーン、最高でしたよね!」「あのあと、赤ちゃんに顔をビンタされて泣きそうになっていましたしね。……それにしても、子育てというのは本当に大変なんだと勉強になりました」 理聖が真面目な顔をして育児映画の感想を述べているのがなんだか可笑しくて、和花はさらにクスクスと笑い声を漏らした。 過去の重圧から解放され、心から笑い合える幸せな時間。 そのまま手を繋いでショッピングモールを歩き出そうとした瞬間、ひどく耳障りな、下卑た笑い声が飛び込んできた。「あはははっ! マジウケるんだけどぉ! 芽流ってば超太っ腹〜!」「だろ? 欲しかったブランドのバッグ、全部買ってやるよ。俺、いま金だけは腐るほどあるからさ」 聞き覚えのある声に、和花の足がピタリと止まる。 声の主は、元夫の芽流と、その不倫相手である派手なギャルの恵美だった。 恵美の両腕には高級ブランドの紙袋がいくつもぶら下がっており、隣を歩く芽流の腕にすっかりメロメロな様子で絡みついている。 和花を裏社会の人間へ売り飛ばして得た大金で、我が世の春を謳歌しているのだ。「おっ。なんだ、和花じゃん。……へぇ、そっちの男も生きてたんだな」 こちらの姿に気づいた芽流が、薄ら笑いを浮かべて近づいてきた。 その顔を見た瞬間、和花の背筋にゾクリと悪寒が走る。 以前彼にスタンガンを押し当てられ、気絶させられて拉致された恐怖が瞬時にフラッシュバックしたのだ。和花の身体が強張り、無意識に一歩後ずさる。 すかさず、理聖が和花を背中に庇う
last updateLast Updated : 2026-09-04
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74.まさかのダブルデート

 芽流の残した不気味な捨て台詞の余韻を断ち切るように、理聖は和花の肩へ優しくポンと手を置いた。「思わぬ乱入者に水を差されてしまいましたが……せっかくのデートです。気を取り直して、美味しいものでも食べに行きましょうか」 「……はいっ。そうですね!」 和花はパッと顔を上げ、理聖の差し出した大きな手を力強く握り返した。 二人が遅めのランチに選んだのは、ショッピングモール内にある昔ながらの洋食屋だった。  運ばれてきたのは、黄金色に輝くふわふわのオムライス。  ナイフで中央に切れ目を入れると、とろとろの半熟卵が花開くように広がり、湯気とともにバターの芳醇な香りが立ち上る。  そこへ、何日も煮込まれた濃厚な特製デミグラスソースをたっぷりと絡めて口に運んだ。「んん〜っ! 卵がとろっとろで、チキンライスの酸味とソースのコクが絶妙です!」 「本当に美味しいですね。和花さんが幸せそうに食べる姿を見ると、さらに美味しく感じますよ」 顔をほころばせて頬張る和花を見て、理聖も嬉しそうに目を細めた。  食後には、大きなグラスに高く盛られたチョコレートパフェを一つ頼み、二人で半分こすることにした。  ひんやりとした濃厚なチョコアイスに、サクサクのコーンフレーク、甘酸っぱいベリーのソース、そして口どけの滑らかな生クリーム。  長いスプーンで交互に掬い合い、「美味しいですね」と顔を見合わせて笑う。甘くほろ苦いパフェの味が、先ほどの嫌な出来事を完全に上書きしてくれた。 お腹も心も満たされた二人は、腹ごなしを兼ねて大型アミューズメント施設〝スクエアワン〟へと足を運んだ。「ボウリングなんて久しぶりです! 理聖さんはやったことありますか?」 「どうでしょう……記憶にはないですが、体が覚えているかもしれません」 受付を済ませて指定されたレーンへ向かい、和花が自分に合う重さのボールを探していると、ふいに隣のレーンから聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。「おっ、惜しいッスね梓さん! あと一本だったのに!」 「もう〜、また右に逸れちゃった。雄之助くん、次はストライクお願いね?」 ……ピタリ、と和花と理聖の動きが止まる。  恐る恐る隣のレーンを覗き込むと、そこには休日の私服姿でボウリングを楽しむ、梓と雄之助の姿があった。  目が合った瞬間、四人の間に気まずすぎる沈黙が
last updateLast Updated : 2026-09-05
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75.混ぜるな危険

 駅前にあるお洒落なイタリアンレストラン。 薄暗い間接照明が店内を照らし、ジャズの生演奏が静かに流れる落ち着いた空間だ。 しかし、案内された奥のテーブル席に腰を下ろすなり、梓はメニューも開かずに元気よく店員を呼び止めた。「すみませーん! とりあえず赤ワイン、ボトルで一本お願いします!」「えっ、梓さん!? ちょっと待て、まずは料理を決めようぜ!?」 いきなりのボトル注文に、雄之助が目を丸くして慌てて口を挟む。だが、梓の暴走は止まらない。「あ、あとスパークリングも一本追加でください!」「増えた!? なんで飲む前から増えてんだよ!」 雄之助の悲痛なツッコミも虚しく、店員は「かしこまりました」と爽やかに微笑んで去っていった。 数分後、テーブルには氷で冷やされた黄金色のスパークリングワインと、重厚な赤ワインのボトルが並べられた。 理聖と和花は、グラスに注がれたワインを適度に嗜みながら、色鮮やかな料理を楽しんでいた。「和花さん、こちらの生ハムとルッコラのサラダ、とても美味しいですよ。熟成された塩気が絶妙で、ワインによく合います」「本当ですね! このカルパッチョも、真鯛の身がぷりぷりで、オリーブオイルとピンクペッパーの香りがすごくいいです」 二人が和やかに食事を進める傍らで、梓は水でも飲むような恐ろしいペースでひたすらグラスを空けていく。「ぷはーっ! やっぱり休日のワインは最高ね〜! ほら、雄之助くんも飲んで飲んで!」「うぐっ……わかった、わかったから少しペース落とせって……!」 梓に無理やりグラスを押し付けられながらも、雄之助は運ばれてきたメインディッシュに豪快にかぶりついていた。 じっくりと煮込まれた牛ほほ肉の赤ワイン煮込み。フォークを入れただけでホロリと崩れるほど柔らかく、濃厚でコクのあるソースが肉の旨味を最大限に引き出している。 付け合わせの滑らかなマッシュポテトとともに口に運べば、極上の味わいが広がった。「やべぇ、この肉マジでうめぇ……。梓さん、あんた酒だけじゃなくて、これも食いなよ」「ん〜、私はワインがあれば十分! ほらほら、グラス空いてるわよ!」 四人でワイワイと賑やかに過ごしていると、ふいに隣のテーブル席のパーテーション越しから、ひょこっと覗き込んでくる人影があった。「んげ。ゆーのすけじゃん。……うわ、理聖もいるし!」
last updateLast Updated : 2026-09-05
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76.忠犬極道の黒歴史

 レストランの奥のテーブル席は、完全に異次元の空間と化していた。 静かなジャズが流れる上品な店内で、そこだけがまるで嵐の暴風雨のような騒ぎになっている。「梓ちゃ〜ん! グラスあいてるよ〜! じゃんじゃん飲んじゃお〜!」「うふふっ、蘭華ちゃんってば、すんごい気持ちいい飲みっぷりね! 私、初めて会ったわ。私のペースにしっかりついてこられる女の子なんて!」 完全に出来上がった二人の間には、すでに空になったワインボトルが三本も転がっている。 二人は肩を組み、グラスをカチンと合わせては、水でも飲むような恐ろしいペースでワインを喉へと流し込んでいた。 その向かいの席で、和花はグラスに残ったサングリアを少しだけ口に含んだ。 すでに頬はほんのりと赤く染まり、心地よいほろ酔い状態だ。 一方で、隣に座る理聖の顔色は全く変わっておらず、平然とワイングラスを傾けていた。「お酒、強いんですね。理聖さん」 和花が目を丸くして見上げると、理聖はクスリと小さく笑みをこぼした。「どうやら、記憶を失う前から強かったのかもしれませんね。まだまだ飲めそうな気がします。……まあ、あそこまで酔っ払うほど飲もうとは思いませんが」 理聖の視線の先では、ベロンベロンになった梓と蘭華がカオスな宴を繰り広げている。 梓は手元のフォークをマイク代わりに陽気なシャンソンを歌い始め、蘭華はそれに合わせてカスタネットのようにアヒージョの空き皿をカチカチと鳴らして合いの手を入れている。 周囲の客がチラチラと見ているが、二人は全く気にする素振りもない。「理聖くんっ! 和花ちゃんっ! 人生は愛とワインよ〜!」「あはははっ! 梓ちゃんウケる〜! もっと歌ってぇ〜!」 そんな惨状の中で、ただ一人地獄を見ている男がいた。 雄之助は梓を無事に家まで送り届けるため、ギリギリ酔いすぎないラインを必死に保とうとしていた。 しかし、「ほら雄之助く〜ん、私の愛のワインが飲めないのぉ?」と梓に無理やり注がれるため、すでにかなりのアルコールを摂取させられ、顔を真っ赤にしてぐったりとしている。 そんな弱り切った雄之助を見て、蘭華が悪戯っぽく目を細めた。「ねぇねぇ、梓ちゃん。ゆーのすけの恥ずかしい秘密、教えてあげよっか〜?」「えっ、なになに!? すっごく聞きたいわ!」「おまっ……や、やめろ蘭華……それ以上は……
last updateLast Updated : 2026-09-06
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77.俺の女に触れるな

 レストランを出てから、どれくらい歩いた頃だろうか。  夜風が冷たく吹き抜ける人気のない裏通りを、雄之助は梓の肩を抱きかかえるようにして、フラフラと千鳥足で歩いていた。「うぷっ……だ、大丈夫ッスか……梓さん……」 胃の底から込み上げてくる強烈な吐き気と戦いながら、雄之助は虫の息で隣の女性に声をかけた。「雄之助くんこそ、大丈夫〜? ごめんねぇ、ちょっと私、飲ませすぎちゃったわねぇ」 完全に出来上がっている梓は、心配するどころか上機嫌でふわりと笑い、雄之助の太い腕にさらにギュッと抱きついてくる。  その柔らかい感触と甘い香水にドキリとしつつも、アルコールで回った脳は悲鳴を上げていた。 ――その時だった。  背後から、眩しいヘッドライトの光が急激に迫ってきた。  黒塗りの高級車がタイヤを激しく軋ませ、二人のすぐ横で乱暴に急停車する。  ガチャリとドアが開き、黒服に身を包んだ二人の男が無言で飛び出してきた。「……っ!」 極道の直感が、雄之助のアルコールで鈍った脳に強烈な警鐘を鳴らした。「梓さん、下がって!」 雄之助は咄嗟に梓を背後へと庇い、ズボンのポケットに忍ばせていたコンバットナイフを抜き放ち、逆手に構えた。  しかし、致死量に近いワインを飲まされた影響は大きかった。  足元がおぼつかず、視界がぐらぐらと揺れて、刃先が微かに震えてしまう。  男の一人が雄之助を牽制するように立ち塞がり、もう一人がその隙を突いて背後の梓へと手を伸ばした。(どういうことだ!? なんでカタギの梓さんを狙う!?) 雄之助が混乱の中で暗闇に目を凝らし、街灯のわずかな光が男たちの顔を照らし出した瞬間、その脳裏に雷に打たれたような衝撃が走った。「てめぇら……深凪組の、榊原派の残党か!」 かつて若頭である理聖と敵対し、組織のトップである大翔によって粛清された幹部・榊原。  その息がかかっていた末端のチンピラたちだった。 雄之助の頭に、以前、梓から聞かされていた誘拐事件の記憶が蘇る。  あの時、榊原の部下たちは梓の姿を見て、「いい女だ」と下劣な笑いを浮かべていたらしい。  見目麗しくスタイルの良い梓なら、風俗に沈めれば莫大な〝シノギ〟になる――そんな胸糞の悪い思惑まであったと、後から聞かされていた。  組織のゴタゴタに乗じて、今度は残党どもが小遣い稼ぎの
last updateLast Updated : 2026-09-06
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78.シャワーだけのはずでした

 カオスな飲み会を終え、和花と理聖もマンションの自室へと帰り着いた。 玄関の鍵を閉め、靴を脱いでリビングへ向かおうとした時、理聖のコートのポケットでスマートフォンが短く震えた。 画面を確認すると、雄之助から一通のメッセージが届いていた。『若頭、今日はおつかれさまッス。いちおう報告です。さっき帰る途中で、梓さんが榊原派の残党にねらわれました。チンピラが二人いましたけど、ナイフで追い払ったんで今はだいじょぶです。でも、奴らまた来るかもしれねぇんで、若頭も気をつけてくだせぇ。和花さんも気をつけて。あと俺はだいじょぶです。ぜんぜん吐いてないです。ちょっとだけ世界がぐるぐる回ってますが。おやすみなさい若頭』「……雄之助さんからですか?」 隣から画面を覗き込んだ和花は、メッセージの内容を読むなり、サーッと顔を青ざめさせた。「梓さんが……残党に狙われた!? い、色々大丈夫でしょうか……?」「文面を見る限り、だいぶ酔っ払ってそうですが……雄之助くんがどうにか追い払ったようなので、とりあえず梓さんの身は大丈夫そうですね」 理聖はホッと息を吐きながらも、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。 榊原派の残党が、まだこの街をうろついている。 カタギの和花だけでなく、梓まで巻き込まれたという事実は、決して看過できるものではなかった。(……裏の掃除を、少し急がなければいけませんね) 決意を固めた理聖だったが、その時、隣を歩いていた和花が「あっ」と小さく声を漏らして足元をふらつかせた。 リビングのラグの縁につまずき、体勢を崩したのだ。「危ないっ」 理聖はすかさず腕を伸ばし、倒れそうになった和花の身体をガッチリと抱き留めた。「大丈夫ですか? ……どうやら、和花さんもかなり酔ってしまっているようですね」「す、すみません……。私、お酒ってあんまり強くなくて」 腕の中にすっぽりと収まった和花が見上げると、その瞳はアルコールでとろんと潤んでおり、頬はほんのりと桜色に染まっていた。 サングリアを数杯飲んだだけだが、普段お酒を飲まない彼女には十分すぎたらしい。 無防備で甘やかな表情に、理聖の胸の奥でドクンと大きな音が鳴る。「……とても、眠たそうですね。一緒にシャワーだけ浴びてしまいましょうか」「えっ……? い、一緒に……?」 予想外の提案に和花が目を丸くした瞬間、
last updateLast Updated : 2026-09-07
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79.分かりやすい女

 翌日。 フルリールでのピンクのエプロン姿から一転、雄之助は漆黒のスーツに身を包み、深凪組の本家へと足を運んでいた。 事務所特有の重苦しい空気が漂う中、最奥にある組長室の重厚な扉をノックする。「……入りなさい」 低く、地を這うような声。 雄之助が深く一礼して足を踏み入れると、革張りのソファに深く腰を掛けた大翔が、紫煙を燻らせながら冷ややかな視線を向けてきた。「組長。お耳に入れたいことがありやす」 雄之助は直立不動の姿勢を崩さず、昨夜イタリアンレストランの帰りに起きた出来事を詳細に報告した。 カタギの女性である梓が、突然黒塗りの車に乗った男たちに襲撃されたこと。そして、その男たちが、大翔の手によって粛清されたはずの幹部・榊原の残党であったこと。「……なるほど。榊原が死んだ後も、勝手に動いている連中がいると」 大翔は灰皿に煙草を押し付け、不敵に目を細めた。 榊原は生前、風俗やキャバクラなどの水商売を牛耳り、深凪組の稼ぎ頭としてかなり手広くシノギを回していた男だ。 彼が粛清されたことで、行き場を失った末端の残党どもが、手っ取り早く金になる女を狙って小遣い稼ぎに走っているのだろうか。「だけど、腑に落ちないな」 大翔が低く呟く。「ただのシノギなら、あえて理聖や芥の周囲にいるカタギの女を狙う必要はないはずだ」「……はい。俺もそう思いやす」 雄之助が深く頷いた。 記憶喪失の若頭が未だにナンバーツーの座に居座り、大翔から異常な寵愛を受けていることに対して、組内で不満を燻らせている反逆分子は多い。 残党どもが理聖や雄之助の周囲の人間を狙い撃ちにすることで、理聖への当てつけや組織内への牽制を図っている可能性は十分に考えられた。「残党どもを束ねて、裏で糸を引いている奴が必ずいるはずだ。そいつを炙り出そう」 大翔の瞳に、残酷な光が宿った。「だが、正規の組員を動かせば、ネズミどもはすぐに警戒して尻尾を隠すだろう。……こういう時は、外側にいる人間を使うのが一番だ」 大翔はそう言うと、部下にひとつ指示を出した。「天霧蘭華を呼べ」 それからしばらくして、組長室の扉がノックされた。「おっじゃましま〜す」 軽い声とともに現れたのは、腰よりも長いプラチナブロンドを揺らした小柄な女――蘭華だった。「珍しいじゃん。錦戸がアタシを呼び出すなんて」「蘭
last updateLast Updated : 2026-09-07
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80.和花という駒

 蘭華の軽やかなヒールの音が遠ざかり、薄暗い廊下には再び重苦しい静寂が舞い戻った。  雄之助は深い溜め息を一つこぼし、気を引き締め直して出口へと向かって歩き出した。  この場所は、いつ誰がどこで見張っているか分からない。常に隙を見せてはならないと、武闘派として長年培ってきた直感が告げている。  しかし、その研ぎ澄まされたはずの直感すらも、〝彼〟の前では赤子同然だった。「…………芥ぁ」 突如として、首筋に氷の刃を当てられたかのような錯覚に陥った。  背後の至近距離から聞こえた、地を這うような低い声。「……っ!?」 雄之助は心臓を鷲掴みにされたようにビクッと肩を震わせ、弾かれたように振り返った。  そこには、つい数分前に組長室を出て行ったはずの大翔が、音もなく立っていた。「く、組長……っ!?」 雄之助の額から一瞬にして冷や汗が噴き出した。  数々の修羅場を潜り抜けてきた雄之助でさえ、背後を取られるまでその存在に全く気が付かなかったのだ。  息遣いも、足音も、そしてあの圧倒的な威圧感すらも完全に消し去っていた。  トップの底知れない実力に、雄之助は思わず後ずさりしそうになるのを必死に堪え、深く頭を下げた。「ど、どうされましたか……?」 大翔は感情の読めない冷徹な視線で、雄之助の顔をじっと見下ろした。「……お前も理聖も、深凪組という組織の人間だということだけは、決して忘れるな」 静かだが、ずしりと重い言葉が鼓膜を打つ。「……カタギの女と付き合うなら、それなりの覚悟はしておけ」 「……っ!!」 雄之助は息を呑んだ。  先ほど蘭華が、梓のことを自分の彼女だと大翔の前であっさり口にしていたのを思い出す。  背筋を冷たい汗が伝い落ちる。「は……はい。勿論です。……申し訳ありません」 雄之助が震える声で答えると、大翔はフッと短く鼻で笑った。「それと、もう手遅れだろうが……極力、一般人をこちらの世界に巻き込むな」 大翔は一歩だけ雄之助に近づき、その凄みのある声のトーンをさらに落とした。「だが、すでに巻き込んでしまったのなら、お前の命に代えても絶対に守るんだ。……特に、理聖の女だ。あの子は、何かと使えそうだからな」 右目を覆う黒い眼帯。残された左目が三日月の形に細められ、大翔の口元に不気味な微笑みが浮かんだ。  その笑みを見た
last updateLast Updated : 2026-09-08
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