それから数日。玲との連絡は、不思議なくらい静かに続いた。毎日ではない。長いやり取りもしない。フェスティバルの確認事項があれば、玲から短いメールが来る。エマが返す。それだけで終わる日もあれば、最後に一文だけ、仕事とは関係のない言葉が混ざることもあった。『今日は海がかなり青いですね』『こちらは少し灰色に見えました』『エマさんの方が正しい気がします』正しいも何もないでしょう。そう思いながら。エマは、『見る場所によると思います』と返していた。そんなやり取りをする必要はない。分かっている。それなのに。玲から通知が届けば、以前より早く画面を見るようになった自分にも気づいていた。***その日の午後。フェスティバルの広場では、本番を想定した二度目の動線確認が行われていた。黒板の前には、子どもたちが描く位置を示すテープ。横には色別に分けられたチョーク。以前より資材も増え、簡易テーブルや作品を乾かす棚まで用意されている。「朝倉さん、大きいキャンバスも届きましたよ」担当者に言われ、エマが振り返った。壁際には、梱包された数枚のキャンバス。先日。玲が何気なく言っていたものだ。――必要とする人が、ほかにも出てくるかもしれませんから。結局、本当に用意したらしい。「子どもたちに使うんですか?」「自由制作で使おうかと。神崎財団から、用途は限定しなくていいと言われてます」「そうですか」それだけ返す。自分には関係ない。そう思いながら。キャンバスの大きさを無意識に測っていた。横幅。高さ。このサイズなら。オイルスティックで大きな線を入れたら綺麗だろう。そこまで考えて。エマは視線を外した。まただ。最近。何かを見ると、描くところまで考えてしまう。八年間。止め続けていたものが。一度動き始めた途端、以前より強くなっている気さえした。「気になります?」背後から聞こえた声に。肩が僅かに揺れた。振り返る。玲が立っていた。「……また、いつからいらしたんですか」思わず言うと。玲が少し笑った。「五分くらい前です」「声をかけてください」「楽しそうに見ていたので」「見ていただけです」「はい」否定しない。そのくせ。明らかに信じていない顔だった。エマは小さく息を吐いた。「神崎さん、最近少し意地悪にな
Last Updated : 2026-08-26 Read more