付き合い始めても、会社での呼び方は変わらなかった。私は「深見さん」、景都は「水城さん」。二人きりになれば名前へ戻る。その境目を最初に面白がったのは沙耶だった。 海外案件の会議中、景都がこちらを見た回数まで数えていたらしく、終わったあと「恋人なんだから、もう少し堂々としてもいいのでは」と言われた。「仕事中です」「深見さんも同じ言い訳をしてました」 少し離れたところで景都が「言い訳じゃない」と返す。沙耶は笑って、先にエレベーターへ消えた。 帰り道、会社へ付き合ったことを話すかという話になる。景都は隠したいわけではないが、必要のない人に説明する理由もないという。私も同じだった。 番組の時みたいに、関係へ名前を付けた途端、それを人前へ差し出したいわけではない。「じゃあ、しばらくは二人で知ってればいいね」「灯さんは、たぶん知ってるだろ」「顔見れば分かるって言われそう」 駅へ着く前、コンビニの前で足を止めた。恋人になった最初の日らしいことを何かするべきなのかと景都が本気で考え始めたので、私はアイスの棚を指した。 桃のカップを選び、景都はバニラにした。駅前のベンチで食べる。「一口いる?」 景都が自分のスプーンを止めたので、急にこちらまで意識してしまう。「欲しいなら食べれば」 桃を一口食べた景都は、「甘い」としか言わない。「感想それだけ?」 しばらく考えたあと、「もう一口ほしい」と言うので、笑って容器を寄せた。 夫婦だった頃なら同じスプーンを使うことなど数えもしなかった。今は受け渡すたび、指先の位置まで気になる。知っている身体なのに、関係だけが新しい。 景都が溶けかけた桃を最後まで食べた。ベンチの近くを学生が三人通り、笑い声だけが残った。景都はバニラの蓋を折って小さくし、空いた容器へ入れる。私は桃の容器をその上へ重ねた。二人分のごみが一つになったくらいで、恋人らしいと思う自分がおかしい。景都へそう言うと、「そういうものなんじゃないか」と真面目に返され、また笑った。 駅へ向かいながら、ふいに「恋人なんだよな」と言う。「二人の時な
Last Updated : 2026-10-13 Read more