帰国して最初の週末、景都の部屋へ行った。 三か月しか離れていないのに、知らないものが増えている。冷蔵庫には見覚えのないドレッシング。洗面所には以前なかった整髪料。「これ、使うようになったの?」「出張先でもらって。悪くなかったから」「知らなかった」「俺も、真帆が向こうで買ったものは知らないよ」 スーツケースから、小さなコーヒーカップを出した。 ホテルの近くで買ったものだ。「これ、置いていこうかな」「ここに?」「次来た時、使うから」 景都が棚の空きを見つけようとするのが分かり、私は笑った。「今日はテーブルでいいよ」 手が止まる。「じゃあ、そうする」 午後、景都がそのカップでコーヒーを飲んだ。ホテルの部屋では一人で使っていたものが、彼の手にあるだけで別の物に見える。「使いにくくない?」「普通」「それ、感想として一番困る」 景都はカップを回し、底の小さな傷を見つけた。「ここ、欠けてる」「スーツケースの中で当たったのかも」「まだ使える」「まだ使える」という言い方だけは昔のままだった。私は笑い、欠けたところを指で確かめた。 夕食は私が現地で覚えた炒め物を作り、景都がご飯を炊いた。味付けが濃い、いやこれくらいでいい、と言い合い、結局それぞれの皿で調味料を足す。「辛いの、平気になった?」「少しだけ。景都よりは無理」「俺も昔ほど食べない」 また一つ、知らないことが増えた。 食後、荷物を片づけていると、シンガポールで使っていた小さなノートが出てきた。ページの端には、橙が初めて売れた日や、ひどい雨、現地スタッフが覚えた日本語のことまで書いてある。景都へ話したいことは、こんなにあった。「これ、全部話したら夜が終わるね」 景都が覗き込む。「全部じゃなくていいだろ。真帆が話したいところだけで」 ノートを閉じた。三か月分を全部話さなければ、と気負っていた自分がおかしかった。 ソファに座る
Last Updated : 2026-10-23 Read more