「直接は話してない。でも、最初に外へ出したのは俺だ」 「それだけ?」 景都は資料へ目を落とした。 「確認してから話そうとしてる。……また待たせることになるけど」 契約書より、景都の前に置かれた薄い資料の方が重く見えた。 次に開かれるページへ、私の名前が書かれている気がした。 翌日、森下が示したのは出演者用の安全管理シートだった。氏名ではなく管理番号が振られ、撮影中に避けるべき薬品、食物、持病、家族関係などを必要最小限で記載する書式になっている。 私の欄には、二行だけ追記されていた。 『過去に妊娠喪失。乳幼児・妊娠関連の演出について刺激を避けること』 文字を読んでも、しばらく意味が入ってこなかった。病院名も時期も書かれていない。それでも、分かる人には十分だった。 「これ、誰が出したの」 森下が答える前に、景都が口を開いた。 「俺だ」 「私、申告してない」 「知ってる。制作の安全担当から、深見家側にも確認が来た」 「深見家側って何」 景都は一度、手元の資料へ目を落とした。 「流産した時、病院や移動の手配を秘書室に頼んだ。危機対応の記録が残っていた」 あの夜、私の身体はすでに深見家の業務記録になっていたらしい。事故でも契約でもないのに、“要配慮”という小さな表示が付いている。 「それを、私に聞かず番組へ渡したの?」 「安全担当だけに、機密指定で。撮影で妊娠や流産のことに不用意に触れられないようにしたかった」 机の上に置かれた管理票には、私の身体のことが短い項目として印刷されていた。読むほど、自分だけが文書の外へ追い出される。 「私に聞いたら、断ると思ったから?」 景都は紙へ目を落としたまま、長く黙った。「……そうだ」 「だから聞かなかった?」 景都の喉が動いた。 「……必要だと思った。嫌がるのは分かってた。でも、出した」 胸の奥が冷えた。私がどう思うかを聞く前に、もう答えは出ていた。 森下が共有経路の図を表示した。本来は医療・安全担当と責任者しか閲覧できない。ところが一時的な権限設定ミスで、演出資料フォルダから、水城真帆に紐づく管理番号の安全シートへリンクを辿れる状態になっていた。瀬名の端末から、そのファイルを開いた記録が残っている。 「景都が直接話したわけじゃない」 安堵は確かにあ
Last Updated : 2026-08-19 Read more