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第6話

Author: Hayama
last update Petsa ng paglalathala: 2026-08-05 16:25:02

「は……?」

あまりにも拍子抜けする私の返答に、悠は完全に虚を突かれたような顔をした。

「……ふざけんな」

数秒の空白の後、彼の茶色い瞳に、先ほどよりもさらに激しい怒りの炎が揺らめいた。

「あんな風に俺を突き放して急に姿を消したくせに、よくそんな平気な顔ができるな!」

「そうね。あなたから見れば、私はただの裏切り者よ。最低な女だわ」

私は自嘲するように小さく笑い、その痛みをすべて飲み込んで肯定した。

「なんで今更現れるんだよ! あの時…っ、俺は、お前さえいれば他には何もいらなかったのに!」

絞り出すような彼の叫び。

「だからよ……!」

私は一歩、彼に向かって強く踏み出した。もう、はにかむような笑顔は作れなかった。

「あなたが私を選んで、自分の可能性を捨てようとするから……っ! あなたの夢を一番近くで見ていたのは私よ。誰よりも才能があって、誰よりも必死に努力していた。それなのに、私と一緒にいることでチャンスを潰していくのを、黙って見ていられるわけないじゃない!」

静まり返ったスタジオに、私の叫びが響き渡る。

悠の肩が、ビクンと小さく跳ねた。

私を睨みつけていた瞳から鋭い憎悪が薄れ、代わりに強烈な戸惑いと、今まで知らなかった真実に対する激しい動揺が浮かび上がる。

「だから、私があなたを裏切ったように見せかけるしかなかった……っ!」

私は彼を見捨てたわけじゃない。

彼の輝かしい未来の足手まといにならないために、あえて自ら泥を被り、彼を遠ざけた。

「本当は…私だって、ずっと隣にいたかった。でも、私がいたら、あなたは……」

とめどなく溢れそうになる涙をギリギリで堪え、私はただ真っ直ぐに彼を見つめた。

静まり返ったスタジオの中、私の震える声だけが吸い込まれていった。

やがて彼は、ふっと短く息を吐き出し、自嘲するように目を伏せた。

「……馬鹿だな」

静かな、ひどく掠れた声だった。

「馬鹿って……何よ」

私が震える唇で言い返すと、彼は再びゆっくりと顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめ返した。その目には、もう隠しきれないほどの熱と痛みが滲んでいる。

「俺は、お前さえいればそれだけで良かったのに」

飾り気のない、痛いほどの本音。

その切実な響きに、私は息を呑み、言葉を返すことができなかった。

彼の手がわずかに動き、虚空を彷徨うようにして、また力なく下ろされた。

「いや、馬鹿は俺か」

悠はぽつりと呟き、苦しげに顔を歪めた。

「お前のそんな不器用な嘘にも気づかずに、勝手に絶望して、恨んで。お前をずっと、一人で泣かせてた」

張り詰めていた私の心の糸が、その優しくて悲しい声によって、ぷつりと音を立てて切れた。

ギリギリで堪えていた涙が、ポロリと頬を伝って落ちる。

「……ごめんなさい。私っ、」

声が震え、言葉が続かない。

そんな私を前にして、悠は一歩、二歩と大きな歩幅で距離を詰めると、伸びてきた長い腕が私の体を強く、ひどく強い力で引き寄せた。

「っ……」

大きな胸の中にすっぽりと閉じ込められる。

二年ぶりに感じる彼の熱と、微かに香る懐かしい匂いに、私の涙腺は完全に決壊した。

「……もういい。だから泣くな」

私の肩に顔を埋め、絞り出すように囁く彼の声も、微かに震えていた。

私を抱きしめる背中の腕には、すがるような、そして二度と逃げ道を許さないような強い力がこもっている。

「もう勝手にいなくならないでくれ。お前がいない世界で夢だけ叶えたって、意味がないんだよ」

耳元に落ちた、掠れた低い声。 その震えるような響きと、私をすっぽりと閉じ込める腕の熱さに、張り詰めていた私の最後の意地も、音を立てて完全に崩れ去っていった。

「…っ、本当に、バカね……」

私は溢れ続ける涙を彼のシャツに押し当てながら、震える両腕で、彼の広い背中をきつく、きつく抱きしめ返した。

「私だって…あなたがいなきゃ、ずっと息ができなかったのに……っ。ごめんなさい…ごめんなさい……」

私の言葉を聞いた悠の腕に、さらに強い力がこもる。

「……あぁ」

彼が深く安堵したような吐息とともにそう囁き、互いの体温と鼓動が痛いほどに重なり合う。

まるで世界にただ二人だけが取り残されたような、濃密で甘い静寂が降りた。

その、直後だった。

「─────はい、カット!そこまで!!」

監督の弾んだ大声が、静まり返っていたスタジオに雷のように響き渡った。

瞬間、ピンと張り詰めていた魔法のような空気がパンッと弾ける。

「台本がないとは思えないほどの見事な掛け合いだった」

興奮気味な監督の称賛の声に、私はハッと我に返った。

慌てて彼の腕から抜け出そうと身をよじる。けれど、悠の腕はすぐには解けなかった。

ほんの数秒だけ、私の体温と存在を確かめるように強く抱きしめ直した後、彼はゆっくりと腕を離した。

「……ありがとうございました」

荒い息を整えながら、審査員席に向かって深く頭を下げたその瞬間。

不意に視界がぐらりと大きく揺れた。

足からふっと力が抜け、体が無防備に傾く。

「大丈夫ですか」

ふいに力強い腕が伸びてきて、私の肩と腕をしっかりと支え止めた。

驚いて顔を上げると、そこには私を覗き込む悠…いや、審査員でありトップ俳優の一ノ瀬悠の顔があった。

「あ、すみません。ありがとうございます」

私は慌てて体勢を立て直し、彼にペコリと頭を下げる。

先ほどまで狂おしいほどの熱で私を抱きしめ、低い声で感情をぶつけてきた彼とは別人のような、他所行きの丁寧な声と態度。

「……足元、気をつけてくださいね」

淡々とした声でそう言うと、私の腕から手を離した。

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