All Chapters of 俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜: Chapter 91 - Chapter 100

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90食目

 試合当日の朝、橘家のキッチンにはいつもより少しだけ早い時間の静けさが残っていた。窓の外は薄曇りで、春先の光は白く広がるだけでまだ温度を持たず、コンロの上で湯気を立てる味噌汁と焼き上がった鮭の匂いだけが室内を先に起こしている。蓮は椅子を引いて席につくと、並べられた朝食へ一度視線を落とし、向かいで手際よく弁当箱の蓋を閉めている椿を見た。「分かってると思うけど、今日は出ない」 椿は手を止めずに、「ええ」とだけ返す。「ベンチにも入らない」「それも聞いてるわ」 言葉は淡々としていたが、輪ゴムをかける指先だけが少し強く動いた。蓮はそれを見てから味噌汁に口をつける。「だから、今日は来ないだろ」 椿はようやく顔を上げた。目が合う前に一度だけ弁当箱を自分の方へ引き寄せ、そのまま当然のように言う。「行くわよ。試合に出ないからって、あなたが動かない保証がないもの」 椿は言い切ってから、自分の前の皿に箸を伸ばした。「それに」と続ける声は平坦で、そこに余計な温度を乗せないようにしているのが分かる。「試合に出ない日ほど、消耗の種類は読みにくいの。立ちっぱなしになるかもしれないし、考え続けるかもしれないもの」「そうか」 蓮は鮭をほぐしながらそれ以上は言わなかった。来るなと言えば来ない相手ではなく、来る理由もまた、理屈の上で成立している。なら来るんだろう。  現に椿は何もなかったように味噌汁の椀を取り、いつも通りの速度で食べ始めている。  けれど、蓮がご飯を半分ほど進めたところで、椿は不意に視線を上げる。「不満はないの?試合に出ないことへの」「ないといえば嘘になるが、今回は納得の行く理由だからな」「そう」 椿は一瞬だけ箸先を止めた。「あなたが出ない試合を、ちゃんと見るのは初めてだわ」 蓮は返事の代わりに味噌汁を飲んだ。椿もそれ以上は言わず、食卓には箸の触れる音だけが残る。出ない試合だと自分で言っておきながら、そう口にされると妙に輪郭が立つ。  今日、自分はピッチの外にいる。その
last updateLast Updated : 2026-08-21
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91食目

 試合が始まると、常盤台は立ち上がりから悪くなかった。  最終ラインからの前進は整理され、ボランチは相手の一列目を外しながら前を向けている。サイドへ逃がす判断も遅くない。前半十五分までは、むしろ常盤台の方がボールを握れていた。 ただ、握れていることと相手を壊せていることは別だった。 三列目までは運べる。サイドの深い位置も取れる。だが、そこから先、中央へ差し込む最後の一本が入らない。クロスは上げられても狙いどころがぼやけ、ミドルは打てても相手のブロックに触れる。崩しきる手前で一度ずつ遅れ、その遅れを相手守備陣に回収される形が続いた。 スタンドから見ていた椿にも、それは分かった。常盤台は戦えている。押し込まれているわけではない。けれど、いつも見ている点が入る絵が鮮明にならない。椿は隣で腕を組んだまま試合を追う蓮をちらりと見た。表情は動かない。  それでも、目だけはずっとピッチ上の配置と距離を拾っている。右SBが一歩高い、トップが降り過ぎている、左のインサイドの立ち位置が半歩内側。そういう修正点をすでに頭の中で並べている視線だった。「険しい顔してるけど、いい感じなんじゃないの?」 椿が小さく言うと、蓮は目を離さないまま答える。「ああ、相手のミドルサードには入れてる。  ……でも、その先で止まってる。三人目が噛み合ってないんだ。前の枚数が揃う前に入れてる時もあるし、逆に待ちすぎて閉じてる時もある」 説明の中に試合の停滞がほぼそのまま入っている。椿は口を閉じ、もう一度ピッチを見る。蓮がいなくても進める。だが、蓮がいないからこそ整いきらない。その差は派手ではなく、だからこそ埋めにくいのだと少し遅れて理解した。 後半に入ると相手も修正を加え、常盤台のボランチへの圧力が強くなる。受ける前の首振りが半拍遅れた選手から順に追い込まれ、縦へのスピードは落ちた。それでも桐生が収め、二列目が拾い、何度かゴール前まで迫る。  しかしあと一歩が届かない。後半二十三分、右からの折り返しに逆サイドが飛び込むが僅かに合わず、後半三十一分には中央で奪ってからのショートカウンターでは最後のスルーパスが長くなってしまう。
last updateLast Updated : 2026-08-21
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92食目

 試合の翌日、放課後の教室にはまだ昼間の熱がわずかに残っていた。窓の外ではグラウンドへ向かう運動部の掛け声が遠く重なり、廊下を走る足音とチャイム後のざわめきが、教室の空気を少しずつ外へ押し出していく。 そんな中で、椿だけが席を立てずにいた。 机の上には開いたままのノート。書きかけの文字は途中で止まり、その先には何も続いていない。視線は落ちているのに、見ているのは文字ではなかった。 昨日の試合。  ベンチ外だと分かっていながら、蓮について行った。 必要だったのかと問われれば、即答はできない。 管理のため。  そう言えば理屈は通る。 だが、それだけではないことを、もう椿自身が一番よく分かっていた。「椿?」 隣の席から声が降ってきて、椿はゆっくり顔を上げた。  陽菜が鞄を机に置いたまま、じっとこちらを見ている。いつもの柔らかい目だが、その奥には観察するような静けさがあった。「どしたの?もうホームルーム終わったよ?」「……少し、話したいことがあるの」 陽菜の眉がわずかに上がる。「わかった。聞かせて?」 いつもの軽快な笑いを浮かべず、陽菜は椅子を引いて椿の正面へ座り直した。教室にはまだ何人か残っていたが、二人の周囲だけが少し静かになる。 椿は一度だけ息を整えた。  言葉にしてしまえば、もう戻れない気がした。  けれど、昨日から胸の奥で引っかかり続けているものを、このまま抱えたままにする方が苦しかった。「……私、蓮くんのこと、好きみたい」 言い切った瞬間、自分の声が思ったより静かだったことに気づく。  陽菜は数秒だけ瞬きを止め、それから口元を緩めた。「ようやくかぁ」 あまりにも自然な返しに、椿は思わず顔を上げた。「……驚かないの?」「驚かないよー。むしろ、やっとかぁって感じ」 陽菜は頬杖をつきながら笑う。「だって椿、去年の途中からもう分かりやすかったよ?」
last updateLast Updated : 2026-08-21
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93食目

 放課後のグラウンドには、春先の乾いた風と、校舎から聞こえる吹奏楽の音が流れ込んでいた。  練習前に集合がかかり、監督が正面に立つ。「今日からメンバーを一部変更する」 短い一言で、周囲の空気がわずかに引き締まる。「柏原」 監督の視線がBチーム側へ向く。「今日からAに上がれ」 一瞬、若葉の動きが止まった。「……はいっ!」 返事は鋭かったが、わずかに緊張が混じっていた。 周囲が小さくざわつく中、若葉の視線が自然と蓮へ向く。蓮はそれに気づくと、短く頷くだけに留めた。  その小さな動きを見て、若葉の自然と背筋が伸びる。 若葉は、Aチームのコートのラインを跨ぎ、ピッチの輪の中へ入る。  桐生が肩を軽く叩く。「ようこそ、柏原。とはいえ、ここからだぞ」「……はいっす」 その返事には、嬉しさよりも食らいつく意思の方が強く滲んでいた。 アップを終え、最初のパス回しが始まる。 AチームのテンポはCとは明らかに違った。  止める前に次が決まり、受ける前に動き出している。ボールが止まる時間がほとんどない。 若葉は最初の数本こそ慎重に合わせていたが、精度自体は十分だった。  中央で受け、横へ散らす。 右で受けた蓮が、そのまま足元で止めることなく逆サイドへ一気に展開した。 速い。 若葉の視線が思わずその軌道を追う。  左サイドで受けた選手が中央へ入れ、桐生がワンタッチで落とす。そこへ別の選手が縦へ抜ける。 一連の流れが、ほとんど間を置かずに繋がっていく。  若葉は次のボールを受けながら、その差を肌で感じていた。 自分には通す技術はある。それも、蓮に負けない自負があるほどの。 だが、蓮のボールは精度だけではない。次が見えている。 自分が出す一本は、まず目の前の相手を外すためのもの。  蓮の一本は、その先で点に至る形まで含んでいる。 ミ
last updateLast Updated : 2026-08-22
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94食目

 放課後のグラウンドには、日が傾き始めた春の光が斜めに差し込んでいた。練習を終えたAチームの選手たちは、それぞれクールダウンや片付けに移っている。 若葉もボールを抱えながら、ようやくこの空気に慣れ始めていた。 Aチームに上がって数日。  テンポの速さにも、要求される判断速度にも、まだ追いつききれてはいない。 それでも、蓮のプレーを間近で見られるこの環境は、若葉にとって何より刺激的だった。「天根センパイ、さっきのあれ、どうやって見えてたんすか?」 ボールをラックへ戻しながら若葉が問いかける。  蓮はタオルで首元の汗を拭きながら、当然のように答えた。「相手の重心が右に寄ってた。左のハーフスペースが空くのは見えてただろ」「いや、だろって言われても。それが分かんないんすよ……」 若葉が肩を落としたところで、グラウンド脇から、蓮を呼ぶ声が届いた。「蓮くん」 振り向くと、フェンス越しに椿が立っていた。手には紙の挟まれたバインダーを持っている。 若葉の目が自然とそちらへ向く。(蓮くん? 誰だろ。あんなマネージャー、いたっけな) そんな若葉を尻目に、蓮はフェンスの前まで歩み寄る。「今日は運動量がいつもより多かったから、帰ったら糖質少し増やすわ。練習終わったら帰る前にこれ、先に食べておいて」 バッグから取り出されたのは、補食用に整えられたおにぎりとドリンクだった。「……分かった」 蓮はそれを当然のように受け取る。「あと、水分足りてないわね」 椿はそう言いながら、蓮のボトルを見て眉を寄せた。「さっきのミニゲームで思ったより汗かいてるわよ。もっとしっかり水分取らなきゃ」「ああ。ありがとう、椿」 やり取りに一切の淀みがない。 若葉はその様子を見て、思わず瞬きを止めた。 距離感が近い。  近いというより、自然すぎる。「天根センパイ、この人は…?」「うん? ああ、彼
last updateLast Updated : 2026-08-22
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95食目

 5月、インターハイ予選。 県予選が始まってから、常盤台は一度も試合の主導権を手放していなかった。  立ち上がりからボールを握る。 最終ラインで相手の出方を見て、中央が閉じれば外へ逃がし、外が詰まれば半歩内へ差し戻す。受ける前に次の位置が決まり、出した瞬間には三人目が動き出している。ボールは止まらず、ピッチの上を意思を持ったように循環していた。 県内レベルでは、その流れを九十分維持できるチームはそう多くない。  試合は終始、常盤台のリズムだった。 二回戦、準決勝と勝ち進んでいても、スコアだけ見れば、順当の様子だった。  だが、その順当さの中には、昨年とは明らかに違う質があった。 桐生が前線で収める。  若葉が中央で受け、迷いなくサイドへ散らす。  二列目がそのこぼれを拾い、再び前を向く。 ボールの循環が止まらない。  春先に見せた、崩しきれない停滞感を感じさせない試合展開だった。 そして、極めつけは出場している選手の姿。 この大会、蓮は未だに出場していなかった。  準々決勝の試合中、ベンチに座る蓮は腕を組んだまま試合の展開を見ていた。 相手の最終ラインが必要以上に低い。  本来ならもっと前から来るべき場面でも、一歩目が遅れる。 視線が、何度かこちらへ向く。 ――まだ出てこないのか。 その意識が、確かに相手の中に残っているようだった。 今回の予選、準決勝までは蓮を使わない。  その判断は、監督から事前に伝えられていた。  だが、それを知っているのは、こちら側だけだ。 相手からすれば、天根蓮はいつでも投入され得る存在だった。 だからこそ、蓮は時折アップエリアへ行く。  蓮がピッチ外で動けば、本来なら前へ出るべき局面で、相手に微かな躊躇いが生まれる。 中盤で奪いに来るはずの選手が半歩下がる。  ラインを押し上げるべき場面で、最終ラインが必要以上に残る。 その一拍の遅れが、今の常盤台
last updateLast Updated : 2026-08-22
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96食目

 決勝戦当日。 スタジアムには、試合開始前から独特の熱が満ちていた。 観客席はほぼ埋まり、春の陽射しを受けたスタンドには、両校の応援席の色がくっきりと分かれている。吹奏楽の音合わせ、ベンチスタッフの慌ただしい足音、ウォームアップを終えた選手たちがピッチ脇を引き上げていく姿。それらすべてが、決勝の空気を少しずつ濃くしていた。「今日も天根はベンチか?」 「いや、誠和相手だぞ。ここで使わないわけないだろ」 「でも準決勝まで出てないぞ。試合勘とかあるだろ」 「あいつにそんな概念あんのか?」 スタンドのあちこちから、そんな声が漏れていた。 観客の視線が何度も常盤台ベンチへ向く。  その視線の先にある名前を、誰もが意識していた。 やがてスタジアムの大型モニターに、両校のスターティングメンバーが映し出される。 一拍の静寂。 次の瞬間、スタンド全体にどよめきが走った。  先ほどまでの予想混じりのざわめきとは違う。 決戦の熱が、一気に観客席を駆け抜けていく。  そのどよめきは、選手たちの耳にも届いていた。  誠和のロッカールームには、試合前独特の静けさがあった。 スパイクの紐を締める音。  テーピングを引く音。  誰かが短く息を吐く音。 外の歓声とは切り離された空間で、全員の意識が一つの試合へと集約されていく。 監督がホワイトボードの前に立つ。 すでに書かれているのは常盤台の布陣。  その中央には、一つだけ丸で囲われた番号がある。「天根は出てくる」 短い一言だった。  だが、その場にいる誰も驚かない。端から全員、その想定だった。「想定通りだ。ここまで温存してきた理由も分かる」 監督はホワイトボードの中央を軽く叩く。「だが、やることは変わらない」 志岐が口元を歪める。「前と同じっすね」「ああ。同じだ」 監督は頷
last updateLast Updated : 2026-08-22
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97食目

 若葉の足元から放たれたボールは、一直線に中央を切り裂いた。 速く、鋭いパス。 春先、誠和との試合で常盤台の流れを止めたあの速度よりも速い。加えて、芯を食った分だけわずかに鋭い。 観客席の空気が、一瞬だけ張る。  だが蓮の右足は、その勢いを正面から受け止めるのではなく、ほんの僅かに面をずらした。足の甲に触れたボールの回転が、そのまま吸い込まれるように殺される。 足元に収まった。  止まるまでに、ほとんど時間はない。 次の瞬間には、右サイドへ鋭い展開が走る。  ボールを受けた右ウイングが一気に縦へ運び、誠和の最終ラインを押し下げる。 その一連を追いながら、志岐の目がわずかに細くなった。(……攻めたパスだな) あの一年のパスの精度が高いことは、事前のスカウティングで知っている。  だが、それでもあのパススピードは、これまでの試合では見せていない。そんなパスを中央であそこまで自然に収め、そのまま次へ繋げるとなると話は別だ。 それでもまだ、志岐の中には余裕が残っていた。 今の一回。  まだ偶然の可能性はある。 誠和はすぐにラインを整え直し、中央の圧力を再び強めた。 ボランチへの縦パスコースを切り、蓮へ入る角度を狭める。 だが常盤台の循環は止まらない。  最終ラインから若葉へ。 若葉は受ける前に一度だけ首を振り、中央の位置を確認する。  見ている先は同じだった。 もう一度、蓮。  今度も速い。 先ほどとほとんど同じ威力。志岐とコンビを組むボランチがギリギリ触れないスピード。  一直線に走るボールに、スタンドの視線がまた中央へ集まる。 志岐も半歩寄せながら、蓮のトラップを見た。  今度は左足だった。 体を半身に開き、左足の内側で回転を吸収する。  勢いを完全に殺したボールが、次の動作へと滑らかに繋がる。 そのままワンタッチで前方へ。 桐生の足元へ鋭く
last updateLast Updated : 2026-08-22
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98食目

 後半開始の笛が鳴る。 誠和の空気は、前半終了時よりもさらに鋭く研ぎ澄まされていた。  ロッカールームで共有された修正は、全員の中に明確に落ちている。 中央を締める。  天根蓮を前へ向かせない。  個ではなく、組織で潰す。 開始直後から、その意図ははっきりと表れていた。  常盤台は後方からいつも通りにボールを回す。 最終ラインから若葉へ。  中央で受けた若葉の視線の先には、すでに蓮がいる。 前半と同じ角度。  同じ距離。  同じ速度。 若葉の右足から鋭い楔が走った。 一直線。 だが今度は違った。  誠和のボランチが完全に読み切っていた。「触った!」 志岐の横で、一歩前へ出た相方がつま先を伸ばす。  ボールの軌道がわずかに変わった。 ほんの少し。  だが中央へ向かっていたはずの一本が、蓮の足元を外れ、やや右へ膨らむ。 若葉の目が見開かれる。(……触られた) その一瞬のズレを、誠和は逃さなかった。「行け!」 志岐の声と同時に、誠和の中盤が一気に前へ出る。  蓮へ入るはずだったボールが中途半端な位置へ転がったことで、中央に小さな空白が生まれる。 そこへ志岐が飛び込む。  若葉もすぐに切り替えて戻るが、一歩遅い。 志岐が先に触った。  状況が、反転する。 後半開始直後、誠和が初めて中央で蓮への供給を断ち切った。 スタンドがどよめく。  そのまま誠和は一気に縦へ運ぶ。 中盤を抜けたボールが右サイドへ流れ、ウイングがスピードを上げる。  常盤台の最終ラインが慌ただしくスライドする。「戻れ!」 桐生の声が飛ぶ。 サイドから低いクロス。  中央へ走り込んだFWが足を伸ばす。 危ない。 誰もがそう思った瞬間、常盤
last updateLast Updated : 2026-08-22
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99食目

 後半も残り五分を切り、時間は容赦なく削られていく。 二点差。  スコアだけ見れば常盤台優勢。  だが、決勝の空気はそんな数字だけで緩むほど甘くはない。 誠和はまだ折れていなかった。  二点差を背負ってなお、前への圧力はむしろ増していく。 センターライン付近でのセカンドボール争いが激しくなる。  若葉が競り合いで弾いたボールを相手ボランチが拾い、そのまま前線へ縦パスを差し込む。 誠和のFWが身体を張って収め、落としたボールに二列目が走り込む。「寄せろ!」 桐生の声が飛ぶ。 常盤台の守備陣が一斉にスライドするが、誠和のテンポも落ちない。  右サイドへ散らし、そこから早いクロス。 ゴール前に二人が飛び込む。  スタンドが息を呑んだ。 だが、常盤台のCBが先に頭で触れた。  クリアボールが高く跳ねる。 その落下点に志岐が詰める。  ダイレクトで打ち込まれたミドルが、ゴール左をわずかに逸れた。 誠和応援席から大きな感嘆が上がる。  流れは、今度こそ明らかに誠和へ傾きかけていた。 この一点を返せば、一気に空気が変わる。  誰もがそう感じる時間帯だった。 蓮は中盤でその流れを受け止めながら、相手の押し上げるラインと、中盤の圧縮具合を冷静に見ていた。 焦りではない。  だが、相手の熱量は確実に増している。 あと一度、この流れを断ち切る必要がある。 ゴールキックから試合は再開し、若葉が中央で受ける。 視線を上げる。  当然のように、蓮へ寄る守備が一枚増えている。(……来る) 若葉は半歩だけボールを運び、右へ散らす。  そこからサイドを経由して再び中央へ。 ボールがもう一度蓮へ入った。 背後には志岐。  前にはボランチ。 挟み込むような守備。 それでも
last updateLast Updated : 2026-08-22
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