บททั้งหมดของ 俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜: บทที่ 111 - บทที่ 120

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110食目

 昼休みの図書館は、授業間の喧騒から切り離されたように静かだった。  窓際の席に座った蓮の前には、一冊の文庫本が開かれている。 表紙には、小さく恋愛小説のタイトルが印字されていた。 自分でも、ここに座ってこれを読んでいる状況に違和感はあった。  だが昨夜から考え続けても、答えは出なかった。  それでも、やることは明確だった。 桐生の言葉。  ――まず知るところからだな。 なら、知るための動きを取る。 競技なら映像を見返し、データを集め、仮説を立てる。  今回もやることは同じだと、蓮は割り切っていた。 ページをめくり、中の文章に目を通す。 主人公が相手の何気ない仕草に意識を向ける描写。  会話の間に生まれる沈黙。  たった一言に揺れる心情。「……」 蓮の視線が止まる。  書かれていることは理解できる。 だが、妙に既視感があった。 朝、弁当を受け取る時に触れた指先。  食卓で椿が箸を置く音。  熱を測るために額へ触れた時の体温。 文字として読むよりも先に、自分の中に似た感覚がすでに存在していた。「……小説は感情の流れが強すぎるな」 小さく呟き、時計を見る。 昼休みの残り時間は少ない。  文庫本を元の棚へ戻しながら、蓮は思考を整理する。 小説は感情の描写が中心だ。  だが、今の自分が知りたいのは行動の基準だった。 放課後、帰宅した蓮は制服のままソファへ腰を下ろし、スマートフォンを手に取った。 検索欄へ打ち込む。 ――恋愛 接し方  ――好きな相手 行動  ――相手 意識 対処 出てきたコラムを順に開いていく。 会話を増やす。  小さな変化に気づく。  相手を気遣う。  自然に距離を縮める。「……」 そこで
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111食目

 放課後のグラウンドは、夕暮れ前の熱をまだ色濃く残していた。 ミニゲームを終えた選手たちが給水へ散り、ピッチにはスパイクの擦れる音とボールを片付ける乾いた音だけが残る。空になりかけたベンチ脇で、蓮はボトルの水を喉へ流し込みながら、昨日から胸の奥に置き続けていた結論をもう一度なぞっていた。 焦る必要はない。  だが、止まったままでもいられない。 もっと知る。  もっと知った上で、自分の意思で動く。 それが今の最適解だった。「桐生さん」 呼びかけると、タオルを肩へ掛けた桐生がこちらを向く。「ん?」 蓮は数秒だけ言葉を選んだ。「……椿のこと、もっと知ろうと思います」 桐生の表情はほとんど動かなかった。  ただ、その視線だけが少し柔らかくなる。「そうかよ」 返ってきたのは、それだけだった。 理由は聞かない。  茶化しもしない。  余計な助言も挟まない。 その短さが逆に、蓮には心地よかった。「なら、ちゃんと見てやれよ」 その一言だけが、夕方の風に乗って残った。 帰宅後、玄関の扉を開けた瞬間、いつもの音が耳へ入る。 ――トントン。 包丁がまな板を叩く音。  換気扇の低い駆動音。  煮立つ鍋の小さな泡立ち。  出汁の香り。 リビングへ足を踏み入れた蓮は、そこで立ち止まった。 キッチンに立つ椿の背中。 エプロンの紐を腰の後ろで結び、髪を軽くまとめている。  左手で鍋の蓋を少し持ち上げて蒸気を逃がしながら、右手ではフライパンの火加減を細かく調整していた。 その動きに、一切の無駄がない。 包丁を置く位置。  調味料へ手を伸ばす角度。  盛り付けへ移るまでの間。 何度も見てきたはずの一連の流れが、今日はやけに鮮明に目へ入ってくる。「……」 蓮は何も言
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112食目

「……ごめんなさい」 その一言を口にした瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。  言いたかったのは、そんな言葉じゃない。 嬉しかった。  とても、嬉しかった。 食卓の向こうから、真正面に想いをぶつけてくれたこと。  自分を管理士でも隣人でもなく、一人の女の子として見てくれていたこと。  それが、どうしようもなく嬉しかった。 それでも、ここで頷いてはいけない。  彼は、もっと先へ行く人だから。 全国だけじゃない。  その先の、もっと高い舞台。 きっと自分の想像より、ずっと遠くまで届いてしまう人だ。  だからこそ、この気持ちで足を止めさせたくない。 椿は箸を持つ手に力を込めながら、もう一度視線を上げた。「嫌、とかじゃないの」 声が少し震える。「私も……嬉しい」 そこまで言って、唇が止まる。 言えば全部崩れる。  ここで気持ちを認めてしまう方が、はるかに楽だった。  それでも、逃げずに言葉を重ねる。「でも、私は……  私は、蓮くんの邪魔になりたくないの」 その言葉を落とした瞬間、蓮の表情が止まった。  静かな食卓の空気が、わずかに変わる。「……邪魔?」 低い声に、心臓が強く跳ねた。  椿は小さく頷く。「あなたは、もっと先へ行く人よ」 インターハイ。  その先のクラブ。  いずれは世界。 その未来に、自分の感情が余計な重さになることだけは嫌だった。「私は、ただ食事で支える立場でいたいの」 それがずっと、自分の答えだった。  けれど次の瞬間、蓮の声が静かに返ってくる。  一見すると脈絡のない、そんな回答。「今年のバレンタイン、俺は告白された」
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113食目

 朝のキッチンには、いつもの音が満ちていた。 包丁がまな板を叩く小気味よい音。  鍋の中で出汁がふつふつと温まる音。  換気扇の低い駆動音。 目を覚ました蓮は、寝室の扉を開けた瞬間、その音に足を止めた。 この家に流れる朝の時間は、昨日までと何も変わっていない。  それなのに、胸の奥に落ちる感覚だけが少し違った。 キッチンには、いつものように椿が立っている。  髪を後ろで軽くまとめ、エプロンの紐を腰の後ろで結び、フライパンへ視線を落としていた。「おはよう」 先に振り返ったのは椿だった。 その声に、ほんの少しだけ柔らかさが混じっている。  以前なら気づかなかったかもしれない。  だが今は、そのわずかな温度差まで自然に伝わってくる。「ああ。おはよう」 蓮も短く返し、食卓へ向かう。  椿は皿を並べながら、視線を一度だけこちらへ向けた。「今日、午後かなり走るんでしょ?」「ああ。ミニゲームの本数増えるらしい」「そう」 短く返しながら、弁当箱へおかずを詰める手は止まらない。「じゃあお弁当は少し量を増やしておくわね」 その一言に、蓮の視線が自然に弁当箱へ落ちる。 ご飯の量がいつもより少し多い。  副菜も、午後の負荷を見越した内容に変わっている。「……ありがとう」「当たり前のことよ」 椿は少しだけ口元を緩めた。「それに昨日、帰ってきた時、足運びが少し重かったわよ?  ほどほどにしないとまた怪我するわよ」 その言葉に、蓮の胸の奥で小さく熱が灯る。 見られている。  ずっと、こうして見られてきた。 ただ、それが今は以前よりも少しだけ、心地よかった。  食卓につき、二人で朝食を取る。 会話は多くない。  けれど、沈黙がもう冷たくない。 同じ空間にいること自体が、自然に満たさ
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114食目

期末試験が終わり、校内にようやく夏休み前の空気が流れ始めた頃だった。 廊下では旅行や遊びの予定を話す声が増えているのに、グラウンドの熱だけは少しも軽くならない。むしろインターハイ本戦を目前に控えたサッカー部の空気は、去年のこの時期よりも静かに張り詰めていた。 練習後、給水に集まった部員たちの間で、自然と合宿の話題が上がる。「そういや天根、今年も橘さん来るのか?」 二年のDFがタオルで首元を拭きながら何気なく尋ねた。隣にいた三年の控え組も、ああそれ気になる、と笑い混じりに乗ってくる。「去年の合宿、マジで別物だったからな」 「食堂の空気まで変わったし。あのスープ、今でも覚えてる」 蓮はボトルの水を飲み干し、短く息を吐いてから視線だけを向けた。「さあ」「知らないのかよ」「必要なら来るんじゃないか?」 いつものように淡々とした返答だったが、それ以上誰も深く突っ込まない。 去年の一週間を経験した部員たちにとって、橘椿の帯同はすでに特別な話題ではなく、チームの調整の一部として自然に認識されていた。「まあ、橘さんならそうか」 「今年は去年以上に暑いらしいし、来てくれると助かるなー」 そう言いながら部員たちは部室へ散っていく。蓮もバッグを肩に掛けて歩き出したが、引っかかりを覚えて足が止まる。 そのまま踵を返し、校舎にいる監督の元へ向かう。 監督室の前にたどり着いた時、開いたままの扉の向こうに、見慣れた横顔が見えた。 机の前に背筋を伸ばして座り、手元の資料を相模へ差し出している。 去年の夏、初めてこの部屋に呼ばれていた時の、あの僅かな緊張感はもうない。そこにいること自体が、もう自然だった。 蓮は一瞬だけ足を止めたが、そのまま何も言わずに壁にもたれかかった。 監督室の中では、相模が日程表を机に広げながら椿へ視線を向けていた。
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115食目

合宿二日目の夜、食堂には昼間の喧騒が嘘のような静けさが落ちていた。 三部練習を終えた選手たちはすでに各部屋へ戻り、消灯までの短い自由時間を思い思いに過ごしている。食器の片付けを終えた厨房には、換気扇の低い駆動音と、流しに落ちる水の音だけが規則正しく響いていた。 椿は食堂の隅のテーブルにノートPCを開き、今日一日の摂取量と発汗量の差分を入力していく。Aチームの主力は去年よりも明らかに消耗が激しい。特に午後の紅白戦後、前線の数名に筋グリコーゲンの枯渇傾向が強く見られた。明日の朝食は糖質比率を少し上げ、塩分濃度も再調整する必要がある。「まだやってるのか?」 声に顔を上げると、葛城がトレーを持ったまま立っていた。「葛城先輩。片付け、終わったんですか」「ああ。相模先生は先に部屋に戻った。残りはもう明日の朝でいいってさ」 そう言って、葛城は椿の向かいの席に腰を下ろす。 去年の合宿では、ここに座る彼の視線には常に僅かな疑念が混じっていた。だが今、その目にあるのは純粋な信頼と、少しの疲労だけだった。「今年は去年より手際がいいな」「去年のデータが残っていますから。気温の変化だけ見れば十分調整できます」「いや、そういう意味じゃない」 葛城は小さく笑う。「去年は全部一人で抱え込もうとしてた。でも今年は俺にもちゃんと振ってくる」「効率の問題ですよ」「そういうところ、ほんと変わらないな」 椿は入力の手を止めず、画面に視線を落としたまま答える。「変わる必要がないところは変えません」 その返答に、葛城はしばらく黙った。 流しの水音だけが空間を満たす。 やがて、彼はぽつりと口を開いた。「……卒業、もうすぐなんだ」 椿の指が一瞬だけ止まる。「進路、決まったんですか?」「ああ。大学でスポーツ栄養を続ける。その先も、現場に入
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116食目

夏の陽射しが、スタジアムのトラックを白く照らしていた。 各地区を勝ち抜いてきた代表校が、入場順に整列している。色もデザインも異なるユニフォームが並ぶ光景は、地方大会までとは明らかに空気が違った。スタンドから降り注ぐ歓声、開会を告げるアナウンス、照り返す熱気。そのすべてが、全国の舞台であることを嫌でも意識させる。 常盤台高校の列が入場口付近へ進んだ瞬間、周囲の視線が一段だけ濃くなる。「……天根だ」 「去年のインハイ、準決勝前に抜けてたな」 「ドイツ契約のため離脱したってやつな」 小さな声は、ざわめきの中に溶けながらも確かに耳へ届いていた。 蓮は視線を前へ向けたまま歩く。 去年の全国を思い出す。 準々決勝まで勝ち進み、次が準決勝だった。 その直前、ドイツのクラブとの正式契約のために日本を離れた。全国の舞台の途中で主力を欠いた常盤台は、そのまま敗れた。 冬の選手権は、県予選で敗退。 その結果も含めて、今年の常盤台には去年とは違う視線が集まっている。「今年は最初から最後までいるってことか」 「去年の続きみたいなもんだな」 「今年の注目株は、まず天根だろ」 前方を歩く桐生が小さく息を吐いた。「ずいぶん見られてるな」 隣から若葉が声を潜める。「そりゃそうですよ。去年ニュースになってましたし」 それでも蓮の歩幅は変わらない。「レッテルで見られてるだけですよ」 短い返答に、若葉は横目でその横顔を見た。 全国の舞台。 他校の視線。 報道で知れ渡った名前。 それでも蓮の表情に変化はない。 去年もこの舞台に立った。 途中で去った。 その続きを、今年は最後までやるだけだ。
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117食目

準々決勝の朝、スタジアムには前日よりも一段濃い熱気が満ちていた。トラックを照り返す陽射しは朝の時点でも十分に強く、ピッチの芝の上には薄い揺らぎが立っている。通路を歩く常盤台の選手たちへ向けられる視線も、昨日とは明らかに質を変えていた。ただ強豪校を見る視線ではない。全国の舞台で、天根蓮を擁するチームを見る、明確な警戒の目だった。 すれ違う他校の選手たちの声が、ざわめきの中に断片的に混じる。「昨日の試合、見たか?」 「見た。あれは中央で自由にさせたら終わる」 「二枚、いや三枚で囲まないと無理だろ」 その声を横で聞きながら、若葉が小さく息を吐いた。「完全に先輩中心の対策っすね」 その隣を歩く桐生は前だけを見たまま小さく笑った。「当然だろ」 そこに揺れはない。少し前を歩いていた蓮が、その一言を聞いて返す。「なら、その分空く場所も決まってます」 若葉の目がわずかに細くなる。言葉にしなくても意味は分かる。今日の試合は蓮個人の突破を見せる場ではなく、蓮へ人数を使わせた先で常盤台がどれだけ前へ進めるかを見せる場になる。 準々決勝の相手は東北代表・北嶺学院。 キックオフ直後から、その狙いは誰の目にも明らかだった。最終ラインから若葉へボールが入る。若葉が半身で受けて顔を上げた瞬間、前方の蓮にはすでに二人のボランチが身体を寄せ、さらにセンターバックが半歩前へ出て中央のライン間を圧縮していた。「中央消せ!」 「天根に入れるな!」 ベンチから飛ぶ声に合わせるように、蓮の周囲へ守備が収縮していく。(やっぱりそう来るっすよね) 若葉は一度だけ首を振った。蓮に人数を使う。なら、その外が空く。 中央へ意識を寄せた分だけ右のハーフスペースにわずかな空白が生まれていた。若葉はそれを見て、右足を振り抜く。鋭い縦パスがライン間を裂き、その一本を桐生が背負いながら受ける。「任せろ!」
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118食目

夕方、宿舎へ戻るバスの車内でも空気は静かだった。窓の外を流れる街路樹と白い壁、信号待ちで止まる車列、そのどれにも西条南の選手たちの意識は向いていない。 朝倉は二列前の席でタブレットを開き、先ほどの試合映像を止めては戻し、止めては戻す。若葉が受ける角度。蓮の立ち位置。蓮へ二枚ついた瞬間に生まれる外側の空白。そこへ差し込まれる一本。頭の中で整理されていくのは個の印象ではなく、流れの構造だった。 夜のミーティングは、夕食と軽い調整を終えた後に始まった。西条南のロッカールームには試合映像が投影され、ホワイトボードの中央には10番、その後方には16番のマグネットが置かれている。監督が赤いマーカーで二人を結ぶ線を引く。「そして誠和の試合は見たな」 全員が頷く。「誠和は天根に入る瞬間を潰した」 映像が止まる。蓮が受ける直前に寄せる守備。パスを見て、入る前に止めに行く。「だが、それでは止まらなかった」 次に今日の準々決勝の映像が映る。蓮に二枚、三枚と寄る北嶺学院。その外で前を向く若葉。若葉から外へ、裏へ、足元へと配られるボール。「今日の北嶺は天根に人数を増やした。だが結果は同じだ」 一拍置いて、監督のマーカーが若葉を叩く。「理由は単純だ。後ろが前を向けているからだ」 ロッカールームの空気が静かに張り詰める。「核は天根だ。そこは変わらない」 その前提を先に置いた上で、監督は言葉を重ねる。「そして今の常盤台の攻撃は、柏原から天根へ入るラインで始まっている」 赤いマーカーが若葉から蓮へ伸びた線をなぞる。「誠和のように天根に入る瞬間を潰す。北嶺のように天根へ人数を増やす。どちらも間違いではない。だが、今の常盤台には足りない」 選手たちの視線が一斉にホワイトボードへ集まる。「潰すのは天根じゃない」 低く落ちた次の言葉が、部屋の温度を変えた。「天根に出す所だ」
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119食目

準決勝当日の朝、スタジアムへ続く通路には、前日までとは質の違う熱が流れていた。 歓声の大きさは変わらない。照り返す陽射しも、ピッチ脇に立った時の芝の匂いも同じだ。だが、列の中を歩く若葉は、足を前へ出すたびに小さな違和感が胸の奥へ沈んでいくのを感じていた。見られている。しかも、ただ常盤台の選手としてではない。視線の向きが妙だった。 入場待機のためにトンネルの中で整列した時、その違和感ははっきりした輪郭を持った。 正面に立つ西条南のボランチと目が合う。反射的に逸らすでも、睨み返すでもない。ただ確認するような目だった。しかも、その視線は蓮を通り越して若葉で止まっている。(……俺?) 横目で確認すると、隣の選手も、さらにその後方にいるセンターバックも、試合前の最終確認みたいにこちらを見ていた。蓮へ向ける警戒とも、桐生へ向ける敵意とも違う。もっと静かで、もっと具体的な目だ。 若葉の喉が小さく鳴る。 そのわずかな違和感に先に反応したのは、意外にも桐生だった。「どうした」 低い声が横から落ちる。「……いや」 若葉は短く返す。だが、その返答の曖昧さだけで十分だったのか、桐生は正面へ視線を向けたまま少しだけ口元を上げた。「見られてるな」「先輩もそう思います?」「お前だけじゃない」 その一言の直後、入場のアナウンスが響いた。ブラスバンドの音が通路の壁で反響し、選手たちの背中を前へ押し出す。答えを考える時間はなかった。 夏の光が一気に視界へ流れ込む。スタンドを埋めた観客の色、波のように押し寄せる歓声、照り返すトラックの白さ。全国準決勝に相応しい熱が、芝の上に張り詰めていた。 主審の笛が鳴る。 試合開始直後から、西条南の出足は速かった。「前、速い!」 最終ラインで受けたセンターバックへ一枚目が寄せる。横へ逃がせば二枚目。サイドバックへ渡った瞬間には、さらに一枚が角度を切る。だが、それは単
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