All Chapters of 俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜: Chapter 161 - Chapter 170

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160食目

 晩秋の空気は、吐く息が白く見えるほどに冷えていた。 全国の舞台を目前に控えたグラウンドには、いつも以上の緊張感が張り詰めている。 三年生にとっては最後の大会。  この一日、この一本、そのすべてが終わりへ向かう時間に繋がっている。 だからこそ、紅白戦の強度は明らかに違っていた。「甘い!」 鋭い声とともに、中央へ差し込まれたボールが刈り取られる。 桐生だった。 前線からの寄せが一歩深い。  身体の当て方も、コースの切り方も、いつもより明らかに強い。 一年生の選手が体勢を崩し、慌ててボールを逃がす。  だが、そこにもすぐ桐生が詰める。「止まるな! 全国はこの程度じゃ済まないぞ!」 グラウンド全体に響く声。 その熱量に引っ張られるように、周囲のプレーも少しずつ荒くなっていく。  若葉が中盤で受けた瞬間、背後からの寄せが普段より一歩深く入った。「っ……!」 踏ん張って耐えるが、表情にわずかな焦りが走る。 ライン際で見ていた監督が、一歩前へ出た。「桐生――」 その声がかかる寸前だった。「桐生さん」 先に声を出したのは蓮だった。  中盤でボールを足元に止めたまま、真っ直ぐ桐生を見る。 冬の冷たい空気の中、その声だけが妙に静かに通る。 監督は口を開きかけたが、言葉を飲み込んだ。  視線だけを蓮へ向け、そのまま口をつぐむ。「強度を上げるのは必要です」 桐生の視線が向く。「でも、熱くなりすぎると視野が狭くなります」 揺れのない声に、全員が動きを止める。「焦って見える範囲が狭くなると、身体もチームも崩れます」 その言葉は、自分自身へ向けたものでもあった。 止まれなくなった過去。  足りないと追い込んで、自分を見失いかけた記憶。  怒りに飲まれかけた試合。 全部を
last updateLast Updated : 2026-09-02
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161食目

 昼休みの教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。「え、イブ空いてるの?」 「うちは家族でご飯かなー」 「いいな、それ」 普段なら部活や課題の話題が中心になる時間帯なのに、今日ばかりは教室全体がどこか浮き立っていた。  黒板の端には、誰かが小さく描いたクリスマスツリーの落書きまで残っている。 そんな空気の中でも、椿の手元にあるのはいつも通りのノートだった。 選手権本戦を見据えた献立の調整。  練習強度の上昇に合わせた糖質量の再計算。  回復食のタイミング。 ペン先を動かしながら数値を書き込んでいると、隣の席から陽菜がひょいと身を乗り出してきた。「ねえねえ、椿」「……何?」 顔を上げると、陽菜の目がいたずらっぽく細められている。「クリスマス、どうやって過ごすの? 天根くんと」 その一言に、椿のペン先がわずかに止まった。「……特には決めてないわ」 できるだけいつも通りの声音で返す。「大会前だし、集中してるでしょうから」 陽菜はすぐに大袈裟に肩を落とした。「えー、せっかくなのに〜」「いいのよ」 そう言って、ノートへ視線を戻す。「今やることは、蓮くんを支えることだから」 陽菜は数秒だけ椿を見つめ、それから小さく笑った。「……ほんと椿って、そういうとこぶれないよね」「ぶれてたら、今の時期に選手権のことなんて考えてられないわよ」 言葉にしながらも、心のどこかでほんの少しだけその言葉が胸に残る。 クリスマス。 恋人になって初めて迎える冬のイベント。 それを意識していないと言えば嘘になる。  けれど、それ以上に今は全国大会が近い。 蓮にとって、桐生たち三年生にとって、負ければ終わる冬。  だからこそ、今優先すべきことは明確だった。 陽菜はそんな椿の横顔を見て、少しだけ柔らかい声で言っ
last updateLast Updated : 2026-09-02
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162食目

 昼過ぎの空は、冬らしく高く澄んでいた。  玄関の扉を開けた瞬間、冷たい空気が頬を撫でる。「……思ったより寒いわね」 コートの襟元を押さえながら椿が小さく肩をすくめると、隣で靴を履き終えた蓮が外を見た。「夜はもっと冷えるだろうな」「そうね。帰りはイルミネーションも見るだろうし、長く外にいるかもしれないわ」 そこまで言って、椿は少しだけ言葉を止めた。 ――イルミネーションも見る あまりにも自然に口にしたが、クリスマスらしい予定を自分から織り込んでいることに、少しだけ頬が熱くなる。 蓮は特に気にした様子もなく、短く頷いた。「じゃあ、行くか」「ええ」 二人並んで家を出る。 駅へ向かう道は、普段より人通りが多かった。  家族連れ、友人同士、恋人たち。 街全体が少しだけ浮き立っている。「……みんな楽しそうね」「クリスマスだからな」「蓮くんは、こういうの意識するの?」「まぁ、多少は?  向こうでもマーケットが盛り上がってたからな」 椿が思わず目を丸くする。「意外だったわ。興味ないと思ってた」「……俺だって高校生だぞ?  そういう椿はどうなんだ」「……多少は」「パクリか」「違うわよ」 そのやり取りだけで、自然と口元が緩む。  こうして並んで歩いていること自体が、もう十分特別なのに。 プラネタリウムの館内は静かだった。  席へ座ると、照明がゆっくり落ちていく。「こういう場所、初めて?」 椿が小声で聞くと、蓮は頭上を見上げたまま答える。「小さい頃に一回くらいはあるかもしれないが、覚えてないな」「じゃあ、ほぼ初めてね」「そうなるな」 次の瞬間、天井いっぱいに星空が広がった。「……すごい」 思
last updateLast Updated : 2026-09-02
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163食目

 冬の朝は、空気そのものが張り詰めていた。 まだ昼前にもならない淡い陽射しが、リビングの床に細く落ちている。  普段の休日なら少しだけ緩やかな時間が流れるはずなのに、今日ばかりは空気の温度が違った。 全国高校サッカー選手権、本戦初日。  負ければ終わる冬が、いよいよ始まる。 玄関で靴を履きながら、蓮はふと右手へ視線を落とした。  黒を基調にした競技用の手袋。 薄手で、手の動きを邪魔しない。  それでいて冬の朝の冷気はしっかりと遮る。 指を軽く曲げる。  掌を開き、また握る。「……悪くないな」 小さく漏らした声に、背後からすぐ反応が返ってきた。「“悪くない”じゃなくて、ちゃんと良いって言いなさいよ」 振り返ると、椿がマフラーを両手に持って立っていた。 少しだけ呆れたような顔。  けれど、その視線の奥には今日という日への緊張が確かに滲んでいる。「ちょっと、じっとしてて」「ん?」 問い返す間もなく、椿が一歩近づく。 ふわりと首元へ柔らかな感触が落ちた。 マフラーが丁寧に巻かれていく。  椿の指先が首元を整えるたびに、わずかに触れる体温が意識に残る。「今日、かなり冷え込むらしいから」 結び目を整えながら、椿が静かに言った。「風邪なんて引かれたら困るもの」「……そうなのか」「今日は本戦初日なんだから、万全で行ってもらわないと」 いつものように栄養管理の延長線にある言葉。  でも、その声の奥にある想いは、巻かれたマフラーから感じ取れる。「ありがとう」 珍しく素直に返した言葉に、椿が一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく笑った。「ええ。じゃあ、行きましょう」「待て。椿のマフラーは?」「あるわよ?こっち」 椿はカバンのそばに畳んでいたマフラーを広げる。  そのマフラー
last updateLast Updated : 2026-09-02
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164食目

 開会式会場を後にする選手たちの列は、冬の澄み切った空の下に長く伸びていた。 吐く息は白い。  だが、開幕戦が近づくにつれて、その冷たさとは別の熱が肌を打ち始める。 常盤台の列の先頭には桐生が立っていた。  三年生の背中はいつもより少しだけ大きく見える。 蓮はその一歩後ろに並びながら、空いた首元に指先で軽く触れた。  椿が巻いてくれた温もりは、まだ残っている。 隣では若葉が静かに前を見ていた。  口数は少ないが、その視線はまっすぐだ。 やがて係員の誘導で、蓮たちはロッカールームへと移動した。  ロッカールームの空気は静かだった。 スパイクの紐を結ぶ音。  テーピングを引く音。  呼吸を整える小さな吐息。 その中で、監督が前に立つ。「さぁ、開幕戦だ」 低い声が部屋全体に落ちる。「だが、やることは変わらん。いつも通り、自分たちのサッカーをやれ」 短い言葉。  それで十分だった。 桐生が立ち上がる。「行くぞ」 その一言に、全員が顔を上げる。「三年にとっては最後の冬だ。けど、それだけじゃない」 視線がチーム全体を巡る。「このチームで全国を連覇する。今日はその一試合目だ」 静かな熱が部屋を満たしていく。「勝つぞ」「おう!」 声が重なる。 蓮は手袋をはめ直した。  指先の感覚は良い。 通路の先には、ピッチへ続く光が見えている。 そして――『それでは、全国高校サッカー選手権、開幕戦。常盤台高校対――』 場内アナウンスが響き、スタンドの熱量が一気に上がる。 桐生が先頭で歩き出す。  蓮はその背中を見ながら続いた。 通路を抜けた瞬間、冬の光と歓声が一気に押し寄せる。 芝の匂い。  歓声。  緊張。
last updateLast Updated : 2026-09-02
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165食目

蓮の先制点を境に、常盤台の空気は明らかに変わっていた。 キックオフ直後まで全体を覆っていた硬さが、ようやく剥がれ落ちていく。 最初の数分で見えていた一拍遅いテンポは、もうどこにもない。 中盤で若葉がボールを受ける。 半身で前を向いたところに、すぐに蓮の声が届く。「若葉!左!」 その声で若葉が即座に左へ散らす。 ボールが淀みなく動く。 桐生が前線で相手CBを引きつけ、サイドのSBが高い位置を取る。 空いた空間には蓮が滑り込む。 いつもの常盤台だった。 ピッチの温度が、ようやく常盤台のものになる。 テレビ中継でも、その変化はすぐに拾われていた。『常盤台、立ち上がりこそやや硬さが見られましたが、天根選手のゴールで完全に落ち着きを取り戻しましたね』『ええ。あの一点が非常に大きかったですね。単なる先制点ではなく、チーム全体の呼吸を揃えました』 その言葉通り、蓮は中盤でボールを受けながら、相手の重心を観察していた。 中央へ意識を寄せている。 先ほどの単独突破が、相手の警戒心を強く引きつけている。 ならば、と蓮がわずかに視線を右へ流した。 見えた景色を味方に投影する。「丸さん!中!」 その声に、CBから中へ切り込んだ右サイドの丸へ楔が差し込まれる。 相手の守備の陣形が徐々に崩れていく。 その一瞬だった。 桐生がラインの裏へ鋭く抜け出す。「桐生!」 丸の右足から、迷いのない縦パスが差し込まれた。 中央へ斜めに切り裂く一本。 桐生が相手CBの前へ身体を滑り込ませ、そのままボールを収め、右足を振り抜く。 低く速い弾道が、ゴール左隅へ突き刺さる。 完璧に崩した追加点にスタンド
last updateLast Updated : 2026-09-03
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166食目

開幕戦を終えてから二日。 冬の空気はさらに冷たさを増していた。 全国高校サッカー選手権、二回戦。 相手は城ヶ崎擁する日高川高等学校。夏のインターハイ決勝と同じ相手だった。 スタジアムへ向かう通路を歩きながら、桐生が小さく息を吐く。 「まったく、二回戦で当たる相手じゃねえな」 隣で蓮は前を向いたまま答えた。 「早い方が楽です」 「言うな、お前は」 苦笑混じりの声。 だが、その横顔にはむしろ熱があった。 互いに手の内を知る相手。ごまかしは効かない。 だからこそ、ここで勝つ意味がある。 ピッチへ出る直前、場内アナウンスが響く。 『これより、全国高校サッカー選手権二回戦、常盤台高校対日高川高等学校の試合を開始します』 同じ頃、テレビ中継でもこの一戦は大きく扱われていた。 『早くも二回戦で、夏の決勝カードとなりました』 『インターハイ決勝と同じ顔合わせ。まさに全国頂上決戦の再戦ですね』 常盤台の選手たちが整列し、日高川高等学校の選手たちと向き合う。 「次は勝つぞ。天根」 「望むところです。城ヶ崎さん」 握手を交わし、互いのコートへと散っていく。 両校の配置を確認し、主審の笛が吹かれた。 立ち上がり、蓮はあえて普段通りに入った。 前線へ視線を向ける。前回と同じように、日高川はゾーンで守備を配置している。 蓮には相変わらず、城ヶ崎がマークについていた。 「若葉、右!」 若葉がボールを受けると同時に、蓮がコースを示した、次の瞬間だった。 日高川のトップ下が、そのラインへ先に滑り込んだ。その後ろでは守備が全体的に右にスライドしている。 「っ」 パスコースが消える。 若葉はすぐに後ろへ逃がしたが、攻撃のリズムが崩され
last updateLast Updated : 2026-09-03
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167食目

 ハーフタイムを終え、選手たちが再びピッチへ向かう通路は静かだった。 前半〇―〇。 押している。 だが、まだ崩し切れていない。 それでも常盤台の空気に焦りはなかった。 蓮は前を歩く若葉の背中を見て、短く声をかけた。「若葉」「はいっす?」 振り返った若葉の目には、まだわずかに迷いが残っていた。 前半、何度も差し込んだパス。 決定機も作った。 それでもどこかで、自分を“蓮の代わり”として見ている。 それが感じ取れた。「お前は、俺の代わりじゃない」 若葉が目を瞬かせる。「……え?」「似てる部分はある。使いやすい。でも、それだけじゃない」 蓮はまっすぐ言った。「お前だけのパスがある」 一拍置く。「頼むぞ」 若葉はしばらく黙っていた。 それから、強く頷く。「……はいっす!」 その返事で、若葉の迷いが消えたことが伝わった。 通路の先に、ピッチの光が見える。 桐生が振り返る。「終わったか。ちゃんと先輩してんなぁ」「はい」「よし、後半だ」 主審の笛が鳴り、後半が始まった。 蓮の見立て通り、日高川は明確に変えてきた。 前線へのマンマーク。 桐生に一枚。 両ウイングにも一枚ずつ。 若葉が前を向く前に、次の出口を消しに来る。「来たな」 桐生が小さく笑う。 だが、それでも捕まらない。 桐生は縦へ抜ける。 次の瞬間には中へ落ちる。 一度止まったかと思えば、急に裏へ走る。 相手CBの視線が、一歩ずつ遅れていく。 右ウイングが中へ絞る
last updateLast Updated : 2026-09-03
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168食目

 準決勝。 相手は関西の強豪、攻撃力を売りにする明石高校だった。 キックオフ直後から、その評判通りの試合になった。 前から奪いに来る。 奪えば迷わず縦へ。 細かく崩すより、勢いで押し込む。 常盤台とは違う種類の圧力。「いいな。こういう方が分かりやすい」 桐生が口元を上げる。「殴り合い上等って顔してますね」「お前も嫌いじゃないだろ」「嫌いではないです」 開始早々、中盤で激しくぶつかる。 若葉が刈り取り、蓮へ。 蓮はワンタッチで前へ落とす。 桐生が反転し、右へ展開する。 そのまま右ウイングが一気に仕掛けた。 縦へ突破。 深くえぐってクロス。 ニアへ飛び込んだ桐生が、相手CBごと押し込むように頭で叩き込んだ。『常盤台、先制!! やはりこの男、桐生選手です!』『さすがの完成度ですね。ピッチを広く使っています』「いい入りだ!」 桐生が拳を握る。 だが、相手も止まらない。 失点直後のキックオフ。 迷いなく前進してきた。 中央突破。 ミドル。 こぼれ球。 二列目から走り込んだMFに押し込まれる。『同点!明石高校、すかさず返しました!』『こぼれの前のミドルが素晴らしかったですね。ここしかない位置に打ち込みました。 GKの須藤くんもよく防ぎましたが、押し込まれましたね』「……早いっすね」 若葉が小さく息を吐く。「だから面白い。こういう打ち合いは」 蓮はすでに次を見ていた。 テンポが速い。 なら、その速さごと掌握する。 中盤で受け、散らし、相手を走らせる。 守備の際は、常に視界に入り込み、攻め急がせる。
last updateLast Updated : 2026-09-03
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169食目

 準決勝を終えたスタジアムの外は、まだ熱を残していた。  決勝進出。  あと一つ勝てば、優勝。  その事実だけで、チーム全体の空気は少し浮いている。  桐生は首にタオルをかけたまま、大きく背伸びをした。 「いやぁ、あと一つって思うと、さすがにちょっと実感出るな」 「桐生さんでも緊張するんすね」 「するわ。三年最後の冬だぞ?」  若葉の言葉に、桐生が笑いながら返す。 「お前らはまだ来年もあるけどな」 「いや、普通にこっちもするっすよ」  そのやり取りに周囲も少しだけ笑う。  重かった全国の空気が、ようやく自分たちのものになってきていた。  チームは足取り軽く、帰りのバスへと向かっていた。  その少し前方で、蓮の足が止まる。  視線の先には、椿が立っていた。  だが、その隣には――  見間違えるはずのない男が立っていた。  ハンス・ヴァイス。  去年の夏、全国の舞台から蓮をドイツへ連れ戻した張本人だった。  空気が変わる。  桐生は眉を寄せ、若葉は首を傾げている。 『……ハンス? なんであんたがここに?』  蓮が呆れたように言う。  ハンスはいつも通り、穏やかな笑みを浮かべていた。 『なんでって、君が呼んだんじゃないか』  蓮の通訳に、全員が固まった。  桐生がゆっくりと蓮を見る。  若葉も。  そして、椿も。  その顔には「説明しろ」とはっきり書いてあった。  蓮は小さく息を吐いた。 『俺が呼んだのは、ディーターのはずだが?』 『これからシーズン後半が始まるというタイミングで、彼がチームを離れられるわけがないだろう』  ハンスは、小さく肩をすくめる。 『その点、私はもう冬の移籍市場も閉まる時期だ。だから来た』 『そういうことか。だったら前もって伝えてくれればよかっただろ』 『驚かせた方が面白いじゃないか』 『いらん。迷惑だ』  即答だった。  だが、そのやり取りに妙な緊張感はない。  むしろ、予定調和のように感じる。  それが余計に周囲をざわつかせる。  そして。  ハンスの視線が、蓮の隣に移動した椿へと移った。 『さぁ、さっそくツバキくんと話をさせてくれ』  一瞬。  椿の思考が止まった。 「……え? 私?」  思わず自分を指差す。  その仕草に、ハンスは当然のよう
last updateLast Updated : 2026-09-04
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