All Chapters of 俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜: Chapter 201 - Chapter 210

211 Chapters

200食目

 放課後、多目的講堂にはすでに人が集まり始めていた。 椅子がいくつも並べられた空間に、まばらに三年生が座っている。ざっと見て五十人ほど。騒がしすぎるわけでもなく、かといって静かでもない、曖昧なざわめきが広がっていた。 蓮は中央付近の列に座り、前を見たまま何もせずにいた。 数秒後、横に人の気配が寄る。「ここ、いい?」 視線を向けると、椿が立っていた。その後ろに陽菜もいる。「ああ」 短く答えると、椿が隣に腰を下ろし、続いて陽菜がその隣に座る。「結構いるね。思ったより」 陽菜が周囲を見回しながら言う。「まあ、これでも絞られてるとは思うが」「人気そうだもんねー」「そんなことより、椿もやっぱりここか。」 椿が小さく頷く。 「やっぱり、IOCが見学できるのが大きいわね」「だろうな」「蓮くんは、FIFA?」「ああ。そうだな」「でしょうね」「二人とも私の存在忘れてない……?」「佐伯が来たのは意外だったな」「あ、ちゃんと認識されてた…… 私は椿と違って具体的な道を決めきれてないからね。普段行けないところで見聞を広めたいんだー」  その言葉に、蓮は意外そうに目を丸める。 「びっくりした? 彼女、こう見えてしっかりしてるのよ」「こう見えては余計じゃないかな!?」「ああ。てっきりただ海外に行けるからくらいだと思ってた」「天根くんまで!?」 そんな会話をしながら、待ち時間を過ごす。 やがて、扉が開く音がした。 数人の教師が入ってくる。 その中の一人が前に立ち、軽く手を上げた。「……全員いるな」 講堂の空気が少しだけ締まる。 名簿に目を落とし、ざっと確認してから顔を上げる。「国際交流コースを担当する高瀬だ」 一拍置く。「念のため確認するが、全員スイス希望でいいな?」 前方から「はい」と声が上がり、あちこちで小さく同意の声が重なる。  蓮は特に反応せず、そのまま前を見ていた。「よし」 教師は頷き、そのまま続ける。「本校の修学旅行は学科横断で行動する。各科二人ずつ、六人で一班だ」 ざわめきが一瞬だけ広がる。「スポーツ科、スポーツ栄養科、普通科。それぞれ二人ずつになるように組む。人数は調整済みだ。事前に面談もしているな」 何人かが小さく頷く。「近くの人間で固めていい。条件だけ満たせば問題ない。では、
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

201食目

 朝、玄関のチャイムが鳴るよりも先に、外でキャスターの転がる音が聞こえた。 扉を開かれると、スーツケースを引いた椿が立っていた。『おはよう。今日は早起きね』『ああ。おはよう。 なんか目が覚めてな』 短いやり取りだけ交わして、そのまま中へ入る。 スーツケースを壁際に寄せ、椿は慣れた動きでキッチンへ向かった。 エプロンをつける。 冷蔵庫を開け、食材を取り出す。 いつもと変わらない手順。 蓮はテーブルに座り、その様子をぼんやりと眺める。 包丁の音。 火の入る音。 味噌汁の湯気。 どれもいつも通りだ。 特別なことは何もない。『準備、もう終わってるのか?』『当たり前でしょ。もう出発するんだから』 フライパンを傾けながら、椿が答える。『今日もやったのか? 再三確認』『やったわよ。忘れ物したら大変だもの』『現地で買えばいいだろうに』『スポンサーが付いてる蓮くんと違って、こっちは気軽にホイホイ買えないのよ。 そういう蓮くんこそ、準備終わってるの?』『問題ない。最低限で済ませてる』『でしょうね』 それだけ言って、皿に料理を盛る。 二人分の朝食が並び、向かい合って座る。『時間、余裕あるわね。ゆっくり食べましょう』『ああ。そうだな』 それ以上は続かない。 静かなまま、食事は進む。 やがて食べ終え、食器を下げる。 片付けを終え、玄関へ向かう。 扉を開けると、朝の空気が少しだけ冷たかった。 マンションを出て、学校へ向かう。 通学路も、いつもと同じ。 違うのは、手に持つ荷物だけだ。 エントランスから出たところで、蓮の足が一瞬だけ止まる。『……』 視線を巡らせる。 歩いてる人たち。 通り過ぎる車。 特に変わった様子はない。 だが、それでも。(……やっぱり、気のせいじゃない) 結論は出ない。 数秒だけそのまま見て、それから小さく息を吐く。『また何か違和感?』 蓮の様子を見ていた椿が蓮のそばに寄りながら聞く。『ああ。なんというか、嫌な感じだ』『これから修学旅行だってのに、不穏ね』『そんなこと言うな、とか言わないのな』『ええ。だって蓮くんが感じたことですもの。大抵何かしら意味があるわ』『まぁだが、把握しきれていない以上、気にしすぎても意味はない。 ……行こう』  二人はそのまま歩き出す。
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

202食目

 ホテルに到着したのは、すでに日が傾き始めた頃だった。 バスを降りた瞬間、周囲の空気が一気に変わる。「やばっ、めっちゃでかくない!?」「え、なにこれ、ほんとにここ泊まるの?」「すっげ、こんなホテル泊まったことねぇよ」 生徒たちが声を上げながらロビーを見回している。  吹き抜けの天井。広いフロア。見慣れない装飾。 確かに、普段の生活とはかけ離れた空間だった。 だが、それもすぐに落ち着く。 教師の指示で部屋割りが伝えられ、各自荷物を持って移動する流れになる。 男女でフロアが分かれ、エレベーターの前で自然と別れた。「じゃあ、また後でな」「ええ」 椿は短く頷き、そのまま女子の列に入っていく。 蓮はその背中を一瞬だけ見てから、何も言わずに男子側へと歩き出した。  部屋に入った瞬間、再び空気が弾けた。 「うお、広っ!」「ベッドふかふかじゃね?」「どれ使う? 俺窓際もらってもいいか?」 スーツケースを開く音と、靴を脱ぎ捨てる音が一気に重なる。 四人部屋の空間は、一瞬で騒がしくなった。 蓮は入口側のベッドに荷物を置き、無言で中身を取り出す。 先に必要なものだけを取り出し、すぐにスーツケースを閉じる。 「おい、景色すげぇぞ」「マジか」 何人かがそちらへ集まる。 その流れの中で、誰かがふとこちらを見る。 「ほら、天根も見てみろよ。すげえぞ」 その言葉に、蓮も窓の方へ寄る。「……圧巻だな」「だろ? てかさ、天根に聞きたいこといっぱいあったんだよ」「俺に?」「そうそう。俺ら普通科だからさ、こういう機会でもないと話すことないだろ?」 話し掛けてきた普通科のペアに、山田も頷く。 「それなら質問投げかけないとだめだぞ。こいつ自分からは語らねぇから」「そんな感じね。把握把握。 何から聞こうかなー。そうだ、橘さんと付き合ってるんだよな?」 「いきなりそこいくか?」 山田が呆れたように言う。 「だって見たろ? あの空気感。一応確認しとかなきゃ。 ……で、どうなんだ?」 「ああ、付き合ってる」  ほとんど間を置かず、何事もないように返す。 「だよな。いつから?」「2年生上がってすぐくらいだな」「まじで? 最近だと思ってた」「どっちから告ったんだ?」 山田までも、質問に参加してきた。 
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

203食目

 翌朝。 ホテルのロビーには、すでに生徒たちが集まり始めていた。 スーツケースはなく、代わりに軽いバッグだけを肩にかけている。 眠そうな顔の者もいれば、朝から妙にテンションの高い者もいる。 そんな中で、蓮は壁際に立ち、特に何もせずに周囲を見ていた。 数秒後、視界の端に黒髪が入る。「おはよう」「おはよう」 椿が隣に立ち、そのまま前を見る。 少し遅れて、陽菜も合流した。「ねぇ、今日ってまずIOCだっけ?」「ええ。とはいえ、本部には入れないから関連施設だけどね」「そのあとFIFAだったな。こっちも併設の博物館だ」「やっぱり難しいんだね。意外とすんなり入れないんだ」 会話はそれだけで終わり、いつもどおり点呼が行われる。 全員が揃ったのを確認すると、そのままバスで目的地へと移動する。 まず到着したのは、国際オリンピック委員会の本部だった。 アスリートの躍動感を表現したガラス張りの曲線的なデザインに圧倒される。「入るのはここじゃないからなー。ここからもう少し歩いた先だぞー」 教師の先導に着いて、隣の湖畔に沿って歩く。 だが、椿の目はなかなか建物から離れることができなかった。「椿ー、置いてっちゃうよー?」 椿が取り残されていることに気づいた陽菜が、遠くから声をかける。 その椿の少し手前で同じように止まっていた蓮が変わりに返した。「悪い。走って追いかけるから、もうちょっとだけ見させてやってくれ」「あー、理解。先生に怒られないようにだけ気をつけてね」「ああ。助かる」 そう言って、椿のそばに寄った。 この間も、椿はじっと建物に刻まれた文字を見ていた『……ここが、私の目指す場所』 蓮は何も言わず、ただじっと椿が満足するのを待っていた。 少しして、椿が動き出す。『ごめんなさい、付き合わせちゃって』『いや、気にするな。それより、もういいのか?』『ええ。十分見たわ』『じゃあ、行くか。まだそんな離れてないし、走れば追いつくな』 そう言って、先に行ったクラスメイト達を追って走り出す。 少し走ると、前方に制服を来た集団が見えてきた。 その集団の列の後方に加わる。 陽菜が、隣に入ってきた椿に話しかける。「おかえり。満足した?」「うん。ごめんなさい、勝手に止まっちゃって」「いいんだよー。椿の目標の場所なんだもん」「…
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

204食目

 メダルの展示コーナーを抜けると、空気が一変した。 静かな展示から、音と動きのある空間へ。 スクリーンや計測機器が並び、実際に身体を動かせる体験型のエリアが広がっている。「うわ、こっちの方が楽しそうじゃない?」「男子皆やるでしょ、これ」「天根、やってみようぜ」 山田が笑いながら言い、目の前のレーンを指差した。 短い直線。 スタート位置にはセンサーが設置されており、その先には記録が表示されている。「100mのスタートダッシュ体験か……」 横に並ぶ記録には、トップアスリートの名前と数値が表示されていた。「これに挑戦ってことか」「やるしかないだろ?」 山田がそのままスタート位置へ向かう。 蓮も特に迷うことなく、その隣に立った。 少し離れた場所で、女子たちがそれを見ている。「椿ちゃん、応援したげないと」「天根くんも欲しがってるんじゃない?」 千秋と翠が、面白がるように言う。 椿は一瞬だけそちらを見て、それから視線を戻した。「別に」「えー、冷たいよー」 そのやり取りを横で見ていた陽菜が、小さくため息をつく。 そして、二人の肩を軽く叩いた。 そのまま、口元に人差し指を当てる。 ――シー。 意味は理解した千秋と翠が、困惑しながらも口を閉じる。 その直後だった。 椿が、何も言わずにバッグを開く。 中から取り出したのは、一冊のノートだった。 ページを開き、ペンを持つ。 視線はすでにスタートラインに向いている。「……ほらね」 陽菜が、小さく呟く。「えっ……?」 千秋と翠の声が重なる。「いくぞ」「ああ」 短く言葉を交わすと、二人が姿勢を落とす。 スタートの合図。 同時に踏み込む。 床を蹴る音が一瞬だけ重なり、そのまま一気に前へ。 加速。 数歩でトップスピードへと持っていく。 そのままゴールラインを抜けた。 表示された数値を見て、山田が息を吐く。「……くっそ、ダメダメだな。 てか、天根早くね?」「そうか? 俺も記録には届かなかった」 蓮も短く返す。 記録には届かない。 だが、遠くもない。 そんな数値だった。 戻ってきた二人に、女子たちの視線が集まる。 だが、椿の言葉はそれよりも早かった。「蓮くん、初速の時がちょっと硬かったわね。 五歩目でトップスピードに入ってた」 ノートを見
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

205食目

 オリンピック・ミュージアムを出ると、空気が少しだけ変わった。 人の流れは同じだが、足取りが軽い。 展示を見終えた解放感と、次への期待。 そんな空気が混ざっている。「次、どこだっけ?」 全員が集合するのを待ちながら、山田が蓮に聞いた。「なんて名前だっけな。確か……」「アリメンタリウム。食の博物館ね」 椿が被せるように即答した。 その声が、わずかに弾んでいる。 蓮は一瞬だけ視線を向ける。「……珍しいな」「なにが?」「いつにも増して、楽しそうだ」 短く言う。 椿は一瞬だけ視線を逸らした。「……別に」 否定はしたが、表情は隠せていない。 やがて全員が揃い、バスに乗り込んで移動する。 移動中も、椿は周囲の建物を見ている。 目的地の方向を、何度も確認している。「いや、どう見ても楽しみにしてるじゃん」 陽菜が横から口を挟む。「別に普通よ」 即答だった。 だが、それで誤魔化せているとは思っていない。 むしろ、肯定しているようなものだった。「そんなにすごいの?」 千秋が興味を持ったように聞く。「世界初の食をテーマにした博物館よ。 展示の幅も広いし、企業との連携も強い。普通に見ても面白いと思うわ。 何より、ただ各国の食事を紹介するだけじゃなくてそれぞれの食の起源とか、栄養価まで説明されてるの。 それに―――」 水を得た魚のように饒舌になる。 その言葉の端々に熱があった。「ストップストップ。椿ちゃん、ほんとに楽しみなんだね」 翠が椿を制する。「ち、違うわ。聞かれたから……」「いいじゃないか」 蓮が前の席から言葉を引き取る。「これから行くとこは椿のテリトリーなんだ。 これくらいテンションが高まっても問題ない」 蓮は当然かのように告げた。 そのままバスが走り続けると、やがて建物が見えてきた。 湖畔に面した、近代的な外観。 白を基調としたシンプルな構造。「……ここが」 足がわずかに速くなる。 入口に向かう団体の中で、自然と先頭に近い位置に出る。 教師の説明が入る。 見学時間と集合時間。 それだけ確認すると、すぐに自由行動となった。「ほら、行きましょ」「あ、ああ」 椿が一歩前へ出て先導する。 館内に入ると、空気がまた変わった。 香り。 音。 視覚。 すべてが“食”に寄っている
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

206食目

 翌朝。 ホテルを出てトラムに乗り、停留所からしばらく歩くと、目的地の建物が見えてきた。 FIFAミュージアム。 その文字が視界に入った瞬間、蓮の歩幅がわずかに変わった。「……あ」 椿がそれに気づき、小さく声を漏らす。「なに?」 陽菜が隣から聞く。「やっぱり蓮くんの足取りが軽いわ」「昨日の椿と同じじゃん」「違うわよ。私は別に」「はいはい」 陽菜が軽く流すと、椿は少しだけ視線を逸らした。 前方では、蓮が何事もなかったように歩いている。 だが、視線はすでに建物の入口へ向いていた。「……なるほどね」 椿が小さく呟く。 蓮が振り返った。「何だ」「昨日、私がアリメンタリウムではしゃいでいても構わないって言っていた理由、わかったわ」「別に、理由なんてないが」「へぇ。自分も今日こうなるってわかってたから、予防線を張ってたんじゃないでしょうね?」「……そんなわけないだろ」 蓮の目がわずかに横へ逸れる。 椿はそれを見逃さなかった。「ほら、今逸らしたわ」「違う。建物を見ただけだ」「私相手にごまかせると思わないでちょうだい」「別にごまかしてない」「じゃあ、昨日の私と同じくらい楽しみだって認めればいいじゃない」「同じではない」「何が違うのよ」 歩きながら始まった二人の応酬に、陽菜たちが小さくため息をつく。「朝から夫婦漫才始めないでくれるかなぁ」「ほんと、見てて飽きないね」 二人の応酬を眺めながら、一行は目的地へと歩いていった。 館内に入ると、まずはロッカーに荷物を入れるよう指示された。 それぞれバッグを預け、必要最低限のものだけを持つ。 教師の点呼が終わると、最初は集団での展示見学になった。 ワールドカップの歴史。 各国代表のユニフォーム。 名試合の映像。 そして、ガラスケースの中に収められたトロフィー。 生徒たちが思い思いに声を漏らす中、蓮は一つの展示の前で足を止めた。「……本物」 小さく呟く。 その視線は、トロフィーから動かない。「持てたら良いのにね」 椿が隣に立つ。「いや、それはだめだ」「だめ?」「ああ。これは勝ったチームだけが触れるものだからな。 今はまだ、持つ資格はない」 淡々とした声だった。 だが、目は離れていない。 椿はそれ以上何も聞かなかった。 少し離れた場所で
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

207食目

 最後は巨大ピンボールだった。 足元のボールを操作し、巨大な盤面の中でターゲットを狙う。 壁や障害物に当たったボールは予測不能に跳ね返り、反射神経と足元の技術が試される。 挑戦した生徒たちは、次々にボールを失っていった。「無理無理!」「跳ね返り読めねぇ!」「足元から消えるんだけど!」 笑い声が広がる中、蓮がブースに入る。 最初のボールが投入された。 跳ねる。 壁に当たる。 角度が変わる。 蓮は一歩下がり、足裏で収めた。 そのまま、軽く押し出す。 ターゲットに当たり、また跳ね返ったボールを今度はインサイドで止めた。 また盤面へ戻す。 ボールは外へ出ない。 当てては収めてを繰り返すたび、得点が積み上がっていく。 周囲の声が、少しずつ大きくなった。「え、まだ続いてる?」「あれ、どうやって止めてんの?」「すご……」 他の観光客まで、蓮のブースの周囲に集まり始める。 最後のボールがターゲットに当たり、終了音が鳴った。 表示された得点を見て、周囲から歓声が上がる。 蓮は一瞬だけ顔を上げた。「……なんか、人増えたな」 少しだけ驚いたように言う。 だが、それもすぐに消える。 視線はすでに、椿たちの方へ向いていた。「終わった」「ええ、見てたわ」 椿はノートを閉じる。「ホテルに戻る前に、買うものを少し変えるわね」「さっきの分か」「ええ。思ったより瞬発系の負荷が多かったわ。 予定してた分に加えて、糖質とタンパク質の補給を少し早める。あと、ビタミンB1も継続」「了解」「夕食まで空くから、途中で軽く入れましょうか」「ああ、任せる」 その会話に、千秋と翠が同時に目を瞬かせる。「今の後に、すぐ栄養の話なんだ」「いつも通りだね」 陽菜が苦笑する。 その時だった。 人だかりの中から、小学生くらいの男の子が一人、こちらへ歩いてきた。 少し緊張した顔で、蓮を見上げる。『……レン? レン・アマネ?』 ドイツ語だった。 蓮は少しだけ目を瞬かせ、それから同じ言葉で返す。『そうだよ』 男の子の顔が、一気に明るくなった。『やっぱり! ユースにいた時からファンなんだ! お兄ちゃんのチームと戦ったのを見たときから!』『ありがとう』 短く返す。 だが、蓮の方が少し戸惑っていた。 男の子は小さなサイン帳を取
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

208食目

 ホテルへ戻る頃には、空はすっかり夕方の色へ変わっていた。 ロビーへ入ると、教師が前に立ち、全体へ声をかける。「夕食までは自由時間とする。ただし、ホテルの外へ出る場合は必ず複数人で行動すること。 それから、教員の誰かに必ず声をかけろ。単独行動は禁止だ。以上」 その瞬間、生徒たちの空気が一気に緩んだ。「やっと着いたー」「足いてぇ……」「でもまだ元気じゃね? どっかいく?」 笑い声が広がる。 そのままエレベーターへ向かう者、ロビーのソファへ座る者、それぞれが散っていく。 蓮たちの班も、ロビーの一角に集まっていた。「どうする? 部屋戻る?」 千秋が聞く。 すると、その横で椿が小さく口を開いた。「……スーパーに行きたいんだけど、誰か一緒に来る?」 一瞬、空気が止まった。「スーパー?」 翠が聞き返す。「ええ。今日の分の補給、少し調整したいの。 あと明日の朝まで考えると、いくつか買っておきたいものがあるから」 当然のように説明する。 だが、普通の修学旅行生の発想ではない。「ほんとに行くんだ、スーパー…… いや、さっき言ったたけどもさ」 山田が半笑いで呟いた。「まぁ、椿が必要だと判断したからな」 蓮が短く返す。「天根くんまで当然の顔してる……」 千秋が呆れたように言う。 だが、その空気のまま陽菜が笑った。「ま、私は行くよ。ちょっと見てみたいし」「私もー」「ここまで来たら気になるかも」 結局、全員が行く流れになった。 教師へ外出の申請をすると、担当教師が目を瞬かせる。「……もっかい聞かせてくれ。スーパーって言ったか?」「はい」 椿が即答する。「食品をいくつか。ホテルの食事だけだと不足してる栄養価があるので」「あ、ああ。いや、まあ、禁止じゃないんだが……」 教師は困惑した顔のまま椿たちを見る。「お前ら修学旅行だよな?」「そうですが?」「だよなぁ……」 何とも言えない顔になりながらも、教師はため息を吐いた。「まぁわかった。じゃあ近場だけな。俺もついていく」「ありがとうございます」 そうして、一団はホテルを出た。 夕方の街は、日本とはどこか空気が違った。 石畳。 乾いた風。 聞き慣れない言葉。 観光客らしい人々の間を抜けながら歩いていく。「ずっとバスとか電車移動だったから実感なかっ
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more

209食目

 ホテルへ戻る頃には、空はすっかり夕方の色へ変わっていた。 ロビーへ入ると、教師が前に立ち、全体へ声をかける。「夕食までは自由時間とする。ただし、ホテルの外へ出る場合は必ず複数人で行動すること。 それから、教員の誰かに必ず声をかけろ。単独行動は禁止だ。以上」 その瞬間、生徒たちの空気が一気に緩んだ。「やっと着いたー」「足いてぇ……」「でもまだ元気じゃね? どっかいく?」 笑い声が広がる。 そのままエレベーターへ向かう者、ロビーのソファへ座る者、それぞれが散っていく。 蓮たちの班も、ロビーの一角に集まっていた。「どうする? 部屋戻る?」 千秋が聞く。 すると、その横で椿が小さく口を開いた。「……スーパーに行きたいんだけど、誰か一緒に来る?」 一瞬、空気が止まった。「スーパー?」 翠が聞き返す。「ええ。今日の分の補給、少し調整したいの。 あと明日の朝まで考えると、いくつか買っておきたいものがあるから」 当然のように説明する。 だが、普通の修学旅行生の発想ではない。「ほんとに行くんだ、スーパー…… いや、さっき言ったたけどもさ」 山田が半笑いで呟いた。「まぁ、椿が必要だと判断したからな」 蓮が短く返す。「天根くんまで当然の顔してる……」 千秋が呆れたように言う。 だが、その空気のまま陽菜が笑った。「ま、私は行くよ。ちょっと見てみたいし」「私もー」「ここまで来たら気になるかも」 結局、全員が行く流れになった。 教師へ外出の申請をすると、担当教師が目を瞬かせる。「……もっかい聞かせてくれ。スーパーって言ったか?」「はい」 椿が即答する。「食品をいくつか。ホテルの食事だけだと不足してる栄養価があるので」「あ、ああ。いや、まあ、禁止じゃないんだが……」 教師は困惑した顔のまま椿たちを見る。「お前ら修学旅行だよな?」「そうですが?」「だよなぁ……」 何とも言えない顔になりながらも、教師はため息を吐いた。「まぁわかった。じゃあ近場だけな。俺もついていく」「ありがとうございます」 そうして、一団はホテルを出た。 夕方の街は、日本とはどこか空気が違った。 石畳。 乾いた風。 聞き慣れない言葉。 観光客らしい人々の間を抜けながら歩いていく。「ずっとバスとか電車移動だったから実感なかっ
last updateLast Updated : 2026-09-25
Read more
PREV
1
...
171819202122
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status