All Chapters of 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~: Chapter 11 - Chapter 20

47 Chapters

#11 リズを刺す黄金の斧槍

 春香は、沈黙の支配する街にいた。真っ黒な空の下で、誰の気配もなく、ただ孤独に目抜き通りを歩いていいた。  故郷なのだろうか、という疑問が湧いたが、彼の頭はそれを一瞬で肯定する。 「お前が守れなかった故郷だ」  声が聞こえる。刹那、足元に血が広がる。内臓が、首が、転がっている。家々が燃え盛っている。 「ねえ、兄様」  背後から、消えそうな声がする。振り向くと、そこには銀色の髪と琥珀の目をした、妹の夏目が立っていた。 「どうして、来てくださらなかったの?」  違うんだ、と発しようとした言葉は、喉の辺りに詰まってしまう。 「兄様が来ると、ずっと信じていたのに」  距離があった。どうしようもなかった。そんな音の数々は、声帯に膜の貼ったように、出てこない。 「そんなに、留学生の方と一緒にいたかったの?」  せめて触れようと手を伸ばせば、どこにも届かないまま空を掴む。 「そうよね、クィオウさんも救えなかった兄様には、荷が重いのよね」  クィオウ。クィオウ・ニーウ。その名前を、春香は片時も忘れたことがない。己の弱さ、悔恨の象徴なのだから。 「春香さん」  また背後から声が出た。知っている。今、何より手放したくないリズの声。 「また、逃げるの?」  夏目の琥珀の瞳が、紅玉の瞳を震わせる。いつもこうだった。彼は、心が痛むと視界が揺れる。 「春香さん、聞こえますか!」  リズの張っても張っても細
last updateLast Updated : 2026-08-28
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#12 灼雷の神域

 針の先めいた、鋭い殺気。春香の体が湧き出る空気に、カガリは笑い、頸創は戦く。 「ああ、お兄様、灼雷の神域に至ったのですね……ッ!」  引き攣り、そして貼り付けたような笑みを浮かべたカガリが、真っ直ぐに春香へと向かう。 「ならば、こちらも相応の力を以て応じます!」  金色の斧槍が炎を纏うが、それは揺らめいていなかった。ただ、雷のように迸っているだけ。横薙ぎを春香が跳んで躱せば、玄関の柱に深い傷跡がついた。焦げたような、黒い傷だ。  一方の春香も、龍絶を刃へと流す。バチリ、稲妻の音が響く。打ち下ろされた刃が斧槍に弾かれた刹那、彼の体はカガリの後方へと回り込んでいた。 (空中で曲がった⁉)  攻め時を見出せないまま、頸創は息を呑んでいた。己が観客であることを、思い知らされる。  隙だらけの背中を狙う春香は、まず相手の気勢を削ぐことにした。寝かせた刃が、カガリの腎臓を刺す。そのまま横に振り抜くも、血は散らなかった。焼けている。まるで、焼き鏝を押し付けられたように。  着地した彼の体が、僅かに滑る。 「しかし! 未熟!」  その一瞬を、カガリは見逃さなかった。天津震電流にも匹敵する速度で突撃を仕掛けたその肉体は、斧槍の一振りによって春香を大きく後退させる。  更には、振り抜いた勢いを殺さない連撃を上から叩きつけ、春香を地面に押し込んだ。庭にできる、罅割れ。 「さあ、このまま脚を潰してもよくってよ⁉」  ギリギリと、骨同士が削り合う。金の穂先と、白の刃。  春香はどうにか受け流そうと、刀を傾ける。だが、ほんの
last updateLast Updated : 2026-08-29
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#13 ピジョと逆梟 序

「ですから、雷業様にはどうか娘を取り戻してほしいのです。何卒、何卒」  禿頭の中年男は、表座敷の畳で土下座しながらそう言った。昼時の燦々とした光が庭から差し込んでくる。 「それはわかったのだが……とにかく、頭を上げてくれ」  どこで知れ渡ったか、雷業家の跡取りがここ伊英の街に居候している、ということは町民たちの広く知る所となっていた。 「人攫い組織、逆梟に攫われたという娘だったな。特徴を教えてくれ」「助けていただけるのですか!」「ああ。そのためにも、手掛かりが欲しい」  パッと顔を上げた男は、枯野色の目を潤ませている。 「へいへい、娘は佳代子と言いまして。目は薄紅色、タッパは大したことはなく……」  男は口ごもる。だが、春香は急かなかった。 「へへっ、かわいい娘でも、いざ説明しようとすると出ねえもんですね」  頭を掻いて、男は誤魔化そうとする。 「そ、そうだそうだ。頬に大きな傷がありやした。バッテンの、十字傷でございます。よく目立つんでね、一目見たらもうわかってしまいますよ、そりゃもう」「わかった。探させよう」「へい。どうか頼みましたよ、雷業様」  へこへこと頭を下げながら、男は去って行った。脇玄関という、平民が用いる玄関から降りて、速足に屋敷から出る。 「とんだお人好しだよ、あんたは」  頸創が座敷に入ってきた。 「で、いくらで受けたんだ?」「……金の話か」「おう、奉行所の人間だって動か
last updateLast Updated : 2026-08-30
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#14 弁当でも食べて

「三文字屋でーす」  鎌風屋敷に、岡持ちを担いだ男が一人やってきた。門番の槍を持った侍は、その中身を改める。そこには、八個の四角い檜の箱が納められていた。 「なんだ、詰所に差し入れか?」「いやあ、鎌風様が持って来いって電話してくださってね。何でも、腹を空かせた狩人様が三人待ってるそうだ」「へえ……じゃ、出すものがあるよな?」  ヘヘッ、と阿る笑いを発しながら、岡持ちの男は懐からがま口を取り出し、五十アセイの大きな銅貨を数枚渡した。 「よし、通れ」  カン、と石突が地面を打つ。岡持ちの男は、ヘコヘコと頭を下げて母屋へと向かった。少しあって、リズに迎えられる。 「お疲れ様です」  脇玄関で弁当箱を八つ持とうとした彼女だが、その小さな体では叶わない。 「あっしが上がってよければ、持っていきますぜ」「すみません、お願いします」  リズが二つ、男が六つ。 「しっかし、雷業様ってのは幸せモンですねぇ」「幸せ者? 何故ですか?」「別嬪な嫁さんがいるってのは、何にも勝りますよ。うちの嫁も、もうちょっと穏やかなら嬉しいんですがねぇ」「まだ結婚してないですよ!」  抗弁しようとした所で、狩人三人が顔を突き合わせる、奥の座敷へと着いた。 「うちの妖魔分布図によれば、金鎚龍はここから北に二十里行った街道沿いで目撃されてきた。狙うならそこだぜ」  頸創が地図を指差しながら言う。 「しかし、雷天に近づいてしまうな。殆ど討伐できずに逃げてしまった……かなり危険かも
last updateLast Updated : 2026-09-01
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#15 天空より来る、黄金の翼

 明くる日、快晴の森。馬に跨る三人の狩人は、山道を進んでいた。 「なあ、頸創」  隊列の最後尾を往く春香は、一つ前にいる頸創へ問う。 「二つの龍絶を混ぜる、というのをカガリは神域と言った。それほどまでに、難しいことなのか」「そうだなあ……まず、龍絶に大きく四つの系統があるのは知ってるな?」「炎、水、風、雷。目の色で適性を見分けることができる。そういうことだろう」  速歩で進む馬の上、狩人たちは慣れた様子で会話する。 「右手と左手で違う龍絶を使う、ってのは訓練次第でどうにでもなる。ピジョもできるだろ?」  そう頸創が先頭の背広に呼びかけると、その彼は手綱から手を離す。右手に炎、左手に風を生み出し、合わせて花火のような形で空へと放った。炎が散って、空で消える。 「凄いな……」  春香は小さな声で驚嘆した。 「だが、片手で二つの系統を混ぜ合わせて使う、ってなるとこりゃ天賦の才が必要だ。だろ、ピジョ」「ええ。二つの鉱石で顔料を作り、混ぜ合わせて新しい色を作る。これは、努力次第で習得できる『技術』です」  春香は兄、鷹眼を思い出す。確か、熱い雷を放っていたな、と。 「しかし、鉱石と鉱石を融合させることで新しい色を作る。これは、限られた人間にしかできない、『奇跡』。神域の力というのも、間違いではないでしょう」「俺は、そんな力を持っている……」  赤い瞳は雷業──つまりは雷の証。黄色い瞳は火霊──つまりは炎の証。雷業と火霊の間に生まれた双子が二つの力を併せ持つ。矛盾はしていないな、と春香は自らを見つめた。 
last updateLast Updated : 2026-09-02
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#16 梟狩りの始まり

 鰆の塩焼きを主菜とした夕食を、春香らは終えた。 「で、逆梟の拠点ってのはどこだ」  頸創が、片足を立てた姿勢で問う。ピジョはゆっくりと背広の内ポケットから、一枚の地図を取り出す。 「ここに、拠点の位置を記した地図があります。北西、尺八峠を越えた先……洞窟を抜ければ、ひっそりと、集落が隠れているのです」「馬で行けるか」  春香も質問を発した。 「いや、無理だろうな」  答えたのは頸創だ。 「尺八峠はかなり道が狭い上、馬を休ませる場所がない。徒歩で行くしかないぜ」「私も地理に詳しいわけではないですから、そこは助言できません」  そう言いながら、ピジョは立ち上がった。 「それでは、まだどこかでお会いしましょう」  深く頭を下げて、ピジョは屋敷を後にした。その気が表門を抜ける程度離れたのを待って、春香が口を開く。 「ピジョが逆梟や、その上にある龍仕人と繋がっていたら」  老婆が膳を片付けていく。 「逆梟の拠点に俺たちを誘い込み……叩く。その可能性を否定できないぞ」「あんたらしくもないな。子供を救うなら突き進む。そういうことを言うと思っていたんだが」「……俺が死ねば、リズを守れない」  隣に座るリズの肩を、春香は無意識に抱き寄せる。 「だから、準備をしておきたいんだ」  ただでさえ小さな体を委縮させるリズは、少し頬を赤くしていた。 
last updateLast Updated : 2026-09-03
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#17 梟狩りに至る道

 ぼんやりとした光が照らす、洞窟の奥。狩人二人が目にしたのは、衝立のような木製の壁。 「この先に、逆梟の拠点か」  春香はその門に触れて呟く。 「さあて、梟狩りと行こうじゃねえか」  頸創が長巻を抜く。次いで、二人は足を持ち上げた。気を廻らせた肉体が、それを打ち砕く。  その、少し前のこと……。  ◆  「こっち側に来るのは、久しぶりだぜ」  頸創が、峠を見上げながら言った。 「あれが尺八峠、だったな?」  隣の春香に問われ、彼はすぐに首を縦に揺らす。 「さあて、行くとするか」  背の低い雑草しかない山道を抜け、岩だらけの峠へ。緑はずっと背後だ。  出立から二日。徒歩で三十里ほどの道を往く彼らの顔に、困憊の色はない。狩人の頑強な肉体は、たった二人の行軍を妨げないのだ。  峠を登り始める。ブオウ、と風が岩の間を通って音を立てる。その音は、何かの楽器にも近い。 「なるほど、これで尺八峠……」  春香はその名の由来を理解した。南から太陽の光が浴びせられている。 「岩の隙間に風が通ると、尺八みてえな音が鳴る。そういうこったよ」  話しながら、彼も頸創も、頭の中に地図を広げていた。ピジョが示した逆梟の拠点は、伊英から北西三十里に進み、尺八峠を越えた先にある洞窟を抜けることで、到達できる。 
last updateLast Updated : 2026-09-04
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#18 魔に魂を売った男

 ザシナ。七尺にも及ぶ背丈は、春香の斬撃を受けて猶揺るがない。同じ龍骨でできた刀が、幾度となく斬り結ぶ。叩き下ろされた野太刀を打ち刀で受けた春香は、万力で圧し潰されるかの如く、動けなくなった。  そこを、前蹴りが弾き飛ばす。頭から落ちる直前、春香は左手で地面に触れ、それを軸として緩やかに着地した。 「なんだ、雷業ってのも大したことがないんだな」  全裸のザシナは、どす黒く赤い目で春香を見下す。 「佳代子は生きているんだな」  春香はまともに応じず、言いたいことだけを言った。 「ああ、あいつだけいい買い手がついたんでな。お前を殺して、ゆっくりと船を出す予定だ」「『だけ』?」「あとは殺したさ。買い手がつかなかったからな」  胃の底が沸騰するような怒りに応えて、春香の殺気が鋭さを増す。ザシナは、心臓を掴まれているにも似た恐れを覚えた。 (さあて、そろそろキレる頃か……!)  ザシナの指が、パチンとなる。すると、地面から湧水めいて邪気が立ち上った。形作られるは、猟犬の形を取った黒い妖魔の群れだ。その数は三十を超えようとか、というほど。 「さあ、狩ってみろよ、狩人!」  春香は、ちらりと背後の頸創を見る。これが一騎討の範疇ならば、頸創は手出しでいない。 「タイマン、と言ったはずだが」「俺の力さ、一対一だろ? 安心しろ、後ろの狩人に手は出さねえ。これは『縁呪』だ」「呪いで互いを縛ったか……」  彼の脳内で、天秤が揺れる。縁呪──世界や他者と結んだ、呪いのような条件。それを宣言した以上、無視すればザシナは何
last updateLast Updated : 2026-09-05
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#19 刀鍛冶、天月

「戻ったぜ!」  頸創が表玄関で声を張り上げた。すると、タタッと軽い足音が響いてきた。 「春香さ……ん……?」  そう名前を呼ぼうとしたリズは、たった一人の狩人を見て、目を潤ませた。 「頸創さん、春香さんは、春香さんはどうしたんですか!」  その細い指が強張る。薄い唇が震える。 「まさか、死んで──」「いや! 違う違う、別の用事ができたんだ、五体満足だぜ」  佳代子を降ろしながら、頸創はどうにか落ち着かせようとする。 「五日もすりゃあ帰ってくる。な、ちょっとくらい待とうぜ」  だが、リズはその言葉を聞き届けずに、二階の座敷へ、飛ぶように向かった。 「随分と、惚れられてんだなあ……」  今頃里に着いた頃だろうか、と彼は考える。 (帰ってこいよ、待ってるからな)  ◆   日の高く昇る頃、春香は山間の集落に足を踏み入れた。清水流れる川。静かなせせらぎが、歩き通して疲れた体に染みる。山の斜面に平屋が並び、白壁が陽光に輝いている。 また田に水は入っていないが、畑で収穫を行う、灰色の肌に四本腕の、髪を持たない者たちが見えた。 「おーい、お客人!」  その彼らの内一人が、春香に気付いて声をかけた。 「あんた、狩人かい!」「ああ! 雷業の者だ!」「今|
last updateLast Updated : 2026-09-06
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#20 龍絶『空穿』を得て

 伊英の街から出た蒸気船が、大陸の街に入った。そこから降りた背広に柳色の目──ピジョは、ガラス戸で区切られた公衆電話に銅貨を入れた。交換手と会話してから、繋がる。 「フザン様、大福を送らせました。大福屋もそちらにいるでしょうが……坐天島の大福屋はどうなさいますか?」「腕のいい大福屋が必要だ。一人くらい、雇ってもいいだろう」  落ち着いた声を聴いた彼は口端を吊り上げ、頷いた。 「では、そのように……」  電話を終えて、彼は手袋の位置を直す。また銅貨を入れて、坐天島、雷天から西に行った港町に繋げた。 「雨男です。大福屋を一人、雇ってきてください」「あいよ。いつもの送り方でいいか?」「ええ。日持ちがしないので、気を付けてくださいね」  そこで、電話は切れた。端的な会話だ。だが、ピジョはそれでよかった。あまり話せば悟られる。大福という、金鎚龍の骨が必要だ、という事実を。 (ルルヤの死霊術師の準備ができるのも、そう遠くはないでしょう……)  公衆電話が並ぶ空間。ガラス戸を開いて、後にした。  ◆  「ドルク・ババス」  三日目。まだ日も昇り始めたばかりの森で、春香は右手の中に稲光を生み出した。 「龍の継承。空の果て、輝けるものよ」  呪文が進むにつれ、その光は龍の顎を成していく。 「今この手に来りて、討つべきものを撃ち抜け」  球でも投げるような動作──右手を引いて、結界
last updateLast Updated : 2026-09-07
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