LOGIN「三文字屋でーす」
鎌風屋敷に、岡持ちを担いだ男が一人やってきた。門番の槍を持った侍は、その中身を改める。そこには、八個の四角い檜の箱が納められていた。
「なんだ、詰所に差し入れか?」
「いやあ、鎌風様が持って来いって電話してくださってね。何でも、腹を空かせた狩人様が三人待ってるそうだ」
「へえ……じゃ、出すものがあるよな?」
ヘヘッ、と阿る笑いを発しながら、岡持ちの男は懐からがま口を取り出し、五十アセイの大きな銅貨を数枚渡した。
「よし、通れ」
カン、と石突が地面を打つ。岡持ちの男は、ヘコヘコと頭を下げて母屋へと向かった。少しあって、リズに迎えられる。
「お疲れ様です」
脇玄関で弁当箱を八つ持とうとした彼女だが、その小さな体で
ひょろりとした喜林、ずんぐりとした真薙。二人の足軽は、警邏に出ていた。喜林の左手には電気提灯。腰には刀。真薙の方には、灯りはなかった。「最近、暑くなってきたよなあ」 真薙が太い声で言った。「水風呂に入りたいぜ、全く」 喜林は芯の無い声で言うと、大きく欠伸をした。そんな二人の耳に、ヒタ、ヒタと足音が聞こえてきた。「裸足か」 二人は、顔を見合わせて刀を抜いた。凡そ酔っ払いの類だろう、と思いつつ、彼らの間には弓の弦めいた緊張が走っていた。 足音は、少しずつ近づいてくる。音は路地の方からだ。そこに、ピチャン、と水音が混じった。「なんだ……?」 喜林がそう呟いた時、『それ』は現れた。 左手に、生首。真っ白な肌。月明かりに輝く裸体。その顔は、虚ろだった。だらんと開いた口と、光の無い瞳。「何奴!」 誰何をしつつも、二人は相手が己の範疇を超えている存在であることを、理解していた。それでも、逃げるという選択肢はない。奉行所から任された夜警の仕事だ、果たさぬわけにはいかない。「ア オ ア」 その、この世の果てから呼びかけてくるような声音。ゾッ、と二人は背筋が凍り付くのを感じた。が、役割は役割。歯車としてやらねばならないことがある。「真薙、行くぞ!」 喜林は、提灯を腰にかけて走り出した。彼の頭目掛けて、生首が投じられる。もろに食らってふらついた。そこへ、全裸の女は獲物を見つけた蛇とさえ思える俊敏さで、彼の懐に入った。
「あれが例の船かい?」 南の桟橋を望む、牛鍋屋。その二階に、何十人もの客が詰め掛けていた。「何でも死体がたっぷり載せてあるとか……」 その見分を一目見よう、という彼らの視線は、夜の色をした総髪の、若い狩人に注がれていた。「雷業様、お越しになりましたか」 侍の一人が、リズを伴う春香に向けてそう言った。桟橋の東には、腕木で区切られた検問所がある。そこから飛ぶがやがとした声も、彼らにはあまり聞こえていなかった。「状況は」「まず、あの船」 その侍は、桟橋に付けた一隻の黒い蒸気船を指差す。「四代目鴉羽丸、と船長は名乗っておりましたが、入港許可を出した船の名簿に、その名前がないのです」「つまり、未登録の船……積み荷は」「人間も含め、様々な動物の死体が四十体ほど。細かいことは、まだわかりませんが」「死体、か……リズ、死体を持ち込んだ目的は何だと思う」 リズは暫し悩んでから、「死霊術師」 と言った。「死体や死者の魂を扱う、禁忌の分野です。大陸ではその歴史に関する研究のみが認められ、死霊術そのものの研究・発展は禁じられています」「つまり、龍仕人か?」 春香の問いかけに、彼女は一つ頷いた。「勿論、篝人の方々がその特権を使って研究している、というのも否定できないですけどね。あの人たちは、禁忌であっても触れられますから」「だが、篝人はまず山奥から出ないんだ
「鎖閂式の鉄砲を人攫いが、ねえ」 書斎にて、頸創が春香に向けて言った。清然もいる。「最新式の連発銃……さぞ力のある龍仕人が後ろについているのやもしれんな」 清然は、腕を組んで、考え込みながら口を開いた。「力のある、か。カガリの言っていたフザンとやらか?」 胡坐で顎を撫でる春香の問いかけに、頸創は「否定はできねえ。フザンがどれほどのものかは、俺も掴めちゃいないが」「百術の頸創と雖も、か?」「やめてくれ、こそばゆいんだよ。春香に言われると」 チチチッ、と小鳥が植木に停まる。それから、昼空に向けて飛び立った。「確かに、俺は龍仕人の集団をぶっ潰したさ。でもな、あいつらは独立した組織を無数に作って、あちらこちらで悪さをしてやがる。まるで土竜だぜ。一つ穴を埋めたって、また別の穴を作っちまう」「終わりのない戦いになるな……」 清然の一言で、三人の男は沈痛な空気に包まれた。「雷天に、西の港町菅谷。二つを乗っ取って拠点にしているなら……どこかで、狩らねばならない」「お勧めはできねえよ」 右拳を作った春香に、頸創が制止の声をかける。「かなり時間が過ぎてる。今から戦いを挑めば、伊英の侍全員合わせたって二月は戦争することになるぜ」 ギッ、と春香は奥歯を噛み締めた。「で、戦った感想はどうだ。怖いだろ? 連発銃ってのは」 頸創の声は、少し無理を
伊英の街から出た蒸気船が、大陸の街に入った。そこから降りた背広に柳色の目──ピジョは、ガラス戸で区切られた公衆電話に銅貨を入れた。交換手と会話してから、繋がる。「フザン様、大福を送らせました。大福屋もそちらにいるでしょうが……坐天島の大福屋はどうなさいますか?」「腕のいい大福屋が必要だ。一人くらい、雇ってもいいだろう」 落ち着いた声を聴いた彼は口端を吊り上げ、頷いた。「では、そのように……」 電話を終えて、彼は手袋の位置を直す。また銅貨を入れて、坐天島、雷天から西に行った港町に繋げた。「雨男です。大福屋を一人、雇ってきてください」「あいよ。いつもの送り方でいいか?」「ええ。日持ちがしないので、気を付けてくださいね」 そこで、電話は切れた。端的な会話だ。だが、ピジョはそれでよかった。あまり話せば悟られる。大福という、金鎚龍の骨が必要だ、という事実を。(ルルヤの死霊術師の準備ができるのも、そう遠くはないでしょう……) 公衆電話が並ぶ空間。ガラス戸を開いて、後にした。◆「ドルク・ババス」 三日目。まだ日も昇り始めたばかりの森で、春香は右手の中に稲光を生み出した。「龍の継承。空の果て、輝けるものよ」 呪文が進むにつれ、その光は龍の顎を成していく。「今この手に来りて、討つべきものを撃ち抜け」 球でも投げるような動作──右手を引いて、結界
「戻ったぜ!」 頸創が表玄関で声を張り上げた。すると、タタッと軽い足音が響いてきた。「春香さ……ん……?」 そう名前を呼ぼうとしたリズは、たった一人の狩人を見て、目を潤ませた。「頸創さん、春香さんは、春香さんはどうしたんですか!」 その細い指が強張る。薄い唇が震える。「まさか、死んで──」「いや! 違う違う、別の用事ができたんだ、五体満足だぜ」 佳代子を降ろしながら、頸創はどうにか落ち着かせようとする。「五日もすりゃあ帰ってくる。な、ちょっとくらい待とうぜ」 だが、リズはその言葉を聞き届けずに、二階の座敷へ、飛ぶように向かった。「随分と、惚れられてんだなあ……」 今頃里に着いた頃だろうか、と彼は考える。(帰ってこいよ、待ってるからな)◆ 日の高く昇る頃、春香は山間の集落に足を踏み入れた。清水流れる川。静かなせせらぎが、歩き通して疲れた体に染みる。山の斜面に平屋が並び、白壁が陽光に輝いている。また田に水は入っていないが、畑で収穫を行う、灰色の肌に四本腕の、髪を持たない者たちが見えた。「おーい、お客人!」 その彼らの内一人が、春香に気付いて声をかけた。「あんた、狩人かい!」「ああ! 雷業の者だ!」「今|
ザシナ。七尺にも及ぶ背丈は、春香の斬撃を受けて猶揺るがない。同じ龍骨でできた刀が、幾度となく斬り結ぶ。叩き下ろされた野太刀を打ち刀で受けた春香は、万力で圧し潰されるかの如く、動けなくなった。 そこを、前蹴りが弾き飛ばす。頭から落ちる直前、春香は左手で地面に触れ、それを軸として緩やかに着地した。「なんだ、雷業ってのも大したことがないんだな」 全裸のザシナは、どす黒く赤い目で春香を見下す。「佳代子は生きているんだな」 春香はまともに応じず、言いたいことだけを言った。「ああ、あいつだけいい買い手がついたんでな。お前を殺して、ゆっくりと船を出す予定だ」「『だけ』?」「あとは殺したさ。買い手がつかなかったからな」 胃の底が沸騰するような怒りに応えて、春香の殺気が鋭さを増す。ザシナは、心臓を掴まれているにも似た恐れを覚えた。(さあて、そろそろキレる頃か……!) ザシナの指が、パチンとなる。すると、地面から湧水めいて邪気が立ち上った。形作られるは、猟犬の形を取った黒い妖魔の群れだ。その数は三十を超えようとか、というほど。「さあ、狩ってみろよ、狩人!」 春香は、ちらりと背後の頸創を見る。これが一騎討の範疇ならば、頸創は手出しでいない。「タイマン、と言ったはずだが」「俺の力さ、一対一だろ? 安心しろ、後ろの狩人に手は出さねえ。これは『縁呪』だ」「呪いで互いを縛ったか……」 彼の脳内で、天秤が揺れる。縁呪──世界や他者と結んだ、呪いのような条件。それを宣言した以上、無視すればザシナは何







