All Chapters of 『親友に婚約者を奪われた私ですが、彼女の葬儀で「娘をお願い」と遺言を渡されました』: Chapter 51 - Chapter 60

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第五十一話 黄色は、勝手に使わせない

 謝罪文を確認する日は、朝から小卓の上が忙しかった。 ノエルはまだ謝罪文を読まない。 それは昨日決めた。 けれど、謝罪文が届いたことは知っている。 大人が先に確認することも知っている。 そのあと、何をどこまで聞くかは、またノエルが決める。 そのために、小卓には紙が三枚並んでいた。『謝罪文は、読まなくても謝罪文です』『わたしの心を開ける鍵ではありません』『中身で、今日のわたしを変えさせない』 ノエルは朝食前にその三枚を見て、しばらく黙っていた。 昨日より、目が少し眠そうだった。 たぶん、夜に何度か起きたのだろう。 セレスティアは、聞きたくなった。 眠れた? 怖い夢を見た? おばあさまの謝罪文が頭の中で泣いた? けれど、聞きすぎるのも違う。 だから、ただ温かいミルクを出した。 ノエルはそれを両手で持ち、少しずつ飲んだ。「今日は」 ノエルが言った。「小さい黄色じゃなくて、強い黄色がいいです」 セレスティアは頷いた。「庭へ行きますか」「行きます」「朝は少し冷えています」「上着を着ます」 リュシアンがすぐに立ち上がった。「私も行く」 ノエルは彼を見上げる。「伯父さまは、花を選べますか」「黄色なら分かる」「黄色の中にも、いろいろあります」「……教えてくれ」 ノエルは少しだけ満足そうに頷いた。「はい
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第五十二話 判決の日も、朝ごはんはあります

 判決の日が決まった。 その知らせは、灰色の封筒で届いた。 最近のノエルは、封筒の色を見るだけで少し顔を変える。 白なら、警戒する。 青なら、手元の布兎の耳を確かめる。 黄色なら、食卓の花を見る。 灰色なら、裁判所だと分かる。 子供が、封筒の色で大人の事情を見分けるようになる。 それは、本当なら褒めることではない。 賢いですね、と言って済ませていいものでもない。 けれど、ノエルはそうしなければ、自分の心を守れなかった。 セレスティアは灰色の封筒を受け取りながら、まず小卓を見た。 そこには、昨日までの紙が一枚だけ残っている。『黄色は、勝手に使わせない』 ほかの紙は箱に入った。 けれどこの紙だけは、ノエルが「もう少し乾かします」と言って小卓に置いたままだった。 もう十分乾いている。 けれど、気持ちのほうがまだ乾いていないのだろう。 リュシアンは書斎にいた。 今日は机を睨んでいない。 机から少し離れた場所に立っている。 その進歩に、セレスティアは気づいてしまった。「机が安全な距離ですね」「意識している」「素晴らしいです」「十割か」「今日は八割です」「なぜだ」「顔がすでに裁判所を殴りそうなので」「顔は元からだ」「判決日の封筒なので、今日はその言い訳を二割だけ許します」「基準が難しい」「私も分かりません」 そんなことを言い合ってから、封を切る。 裁判所の文面は、相変わら
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第五十三話 お父さまの罰も、わたしの宿題ではありません

 判決の日まで、あと六日。 その数を、ノエルは朝から数えなかった。 少なくとも、口には出さなかった。 けれど、セレスティアは気づいていた。 ノエルが食卓の黄色い花を見る時間が、いつもより少し長い。 小卓に置かれた紙を、通りすがりに一度だけ指で押さえる。 犬のパンが廊下を走っても、すぐに追いかけず、少しだけ窓の外を見る。 子供は忘れたふりがうまい。 大人よりずっと、うまいことがある。 忘れたふりをしなければ、食事も遊びもできないからだ。 その朝、ノエルはスープを二口飲み、柔らかいパンを少しだけちぎった。 判決の日ではない。 けれど、判決の日の朝食と同じものだった。「練習ですか」 セレスティアが聞くと、ノエルは小さく首を振った。「違います」「では?」「今日は、普通の日です」「そうね」「普通の日に、普通のスープを飲みます」「ええ」「判決の日だけ普通にするのは、少し難しいです。だから、今日も普通にします」 リュシアンがパンを持つ手を止めた。 それから低く言った。「十割だ」 ノエルは彼を見た。「伯父さま、今日は早いです」「いい判断だからだ」「顔は怖いです」「元からだ」「普通の日なので、二割だけ許します」「判決の日より厳しいな」「普通の日は、顔も普通にしてください」「努力する」
last updateLast Updated : 2026-10-07
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第五十四話 見せる紙は、許す紙ではありません

 小卓の上で、一枚の紙が乾いていた。『見せる紙は、許す紙とは限りません』 昨日の夜からそこにある。 ノエルは朝起きると、まずその紙を見に来た。 まだ寝間着のまま、髪も少し跳ねていた。 布兎を片腕に抱き、もう片方の手で小卓の角を撫でる。 角が丸い。 家令が選んだ小卓だ。 ぶつかっても痛くなりにくい。 それだけでなく、ノエルの紙が置かれていると、不思議とこの部屋の空気が少しやわらかくなる。 セレスティアは扉のところで立ち止まり、声をかける前に少し待った。 ノエルは紙を見つめたまま、小さく言った。「乾いています」「ええ」「紙は乾いたけど、気持ちはまだ少し湿っています」「そういう日もあります」「湿っている紙は、箱に入れるとくっつきますか」「紙はくっつくかもしれませんね」「気持ちは?」「気持ちも、無理にしまうとくっついてしまうことがあるかもしれません」 ノエルは振り返った。「では、今日はまだ小卓ですか」「ノエルがそうしたいなら」「少し考えます」 そう言って、ノエルは小卓から離れた。 食堂には、いつもの黄色い花が置かれていた。 今日は、淡い黄色。 ノエルが「お父さまの紙を考える日だから、強すぎない黄色」と選んだ花だ。 強すぎない黄色。 弱いわけではない。 ただ、目を痛くしない黄色。 そういう黄色があることを、セレスティアは最近知った。
last updateLast Updated : 2026-10-08
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第五十五話 呼び方は、血で決まりません

 呼び方は、まだ小卓です。 ノエルがそう書いた紙は、一晩経っても小卓の上に置かれていた。 朝になっても、箱には入らなかった。 小卓の角のそばで、少し反ったまま、じっと待っている。『何と呼べばいいですか』『呼び方は、まだ小卓です』 その二枚の紙の前に、ノエルは朝食前から立っていた。 布兎を抱きしめ、青いリボンを親指で撫でながら、じっと紙を見ている。 セレスティアは、扉の外で足を止めた。 声をかけるべきか迷った。 こういう時、声をかけるだけで、答えを急かしてしまうことがある。 けれど、何も言わないことも、ひとりにしてしまうことがある。 難しい。 本当に難しい。 その時、背後から低い声がした。「入るか」 リュシアンだった。 彼も扉の外で立ち止まっていた。 顔はいつも通り怖い。 けれど、少しだけ迷っている顔だった。「見守るべきか、声をかけるべきか迷っています」 セレスティアが小声で答えると、リュシアンは頷いた。「私もだ」「閣下も迷うのですね」「最近、迷うことが増えた」「いいことです」「そうなのか」「たぶん」「たぶんか」「私も迷っていますから」 二人が扉の前で小声で話していると、ノエルが振り返った。「聞こえています」 セレスティアは少し気まずくなった。「ごめんなさい」「悪
last updateLast Updated : 2026-10-09
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第五十六話 セレスティアさまと、伯父さま

 小卓には、まだ呼び方の紙が残っていた。『まだ決めない人』『寂しいも、練習です』『何と呼べばいいですか』 昨日、ノエルは何枚かを箱に入れた。 けれど、この三枚だけは小卓に置いたままにした。 理由を聞くと、「まだ、乾き方が変です」 と言った。 紙は十分乾いている。 けれど、ノエルの中では、まだ乾いていない。 そういうことなのだろう。 セレスティアは、今ではその説明をすぐ理解できるようになっていた。 以前なら、紙は乾いているでしょう、と言ってしまったかもしれない。 乾いているかどうかは、指で触れば分かる。 だが、気持ちが乾いているかどうかは、本人にしか分からない。 それを教えてくれたのは、ノエルだった。 朝の食堂には、やわらかな黄色い花が置かれていた。 判決の日まで、あと四日。 ノエルは数えない。 大人も、あえて口にはしない。 ただ、料理長が少し落ち着きなくスープの味を確かめ、家令が毎朝花瓶の水をいつもより丁寧に替えているので、屋敷全体が数えているようなものだった。 ノエルは席に着く前に、小卓から一枚の紙を持ってきた。『呼び方は、血で決まりません』 昨日箱に入れたはずの紙だ。 どうやら、もう一度確認したくなったらしい。「今日は、その紙が一番上?」 セレスティアが尋ねると、ノエルは少し考えてから頷いた。「一番上ではないです」「違うの?」「今日は、横です」「横」「はい。ほかの紙を書く時に、横に置きます」
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第八十七話 食べたものを、全部教えなくていい

 翌朝になっても、小卓の紙は同じ場所にあった。『わたしのスープは、まだ教えません』 昨夜、ノエルが書いた紙。 箱には入れていない。 裏返してもいない。 朝の光が差し込む小卓の上に、そのまま置いてある。 ノエルは寝台から起きると、まずその紙を見た。 夜の間に文字が変わることはない。 けれど、朝になると、同じ言葉が少し違って見えることがある。 昨夜は、はっきりした「まだ」だった。 今朝は、その「まだ」の隣に、小さな隙間があるように見えた。 全部は教えない。 でも、何も教えないのか。 そこまでは、まだ決めていない。 ノエルは布兎を抱き上げ、その耳を整えた。「おはようございます」 布兎は答えない。「スープは、まだ教えません」 やはり答えない。「でも、知らないスープを三口飲みました」 口に出すと、エルフォード領の食堂が少し戻ってきた。 香草の匂い。 アデライードの遠慮しすぎる歓迎。 父の静かな顔。 リュシアンの眠い顔。 セレスティアが「エルフォードが少ない」と笑った朝。 ただ「スープを三口飲んだ」と伝えるだけでも、その後ろにはたくさんのものがついている。 アルベルトにどこまで見せるのか。 食べたものは、食べ物だけではない。 一日の一部だ。 ノエルは布兎を抱いたまま、小卓の前へ座った。 紙へ指を置く。『わたしのスープは、まだ教えません』「全部は、です」 小さく言ってみる。
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第五十七話 裁かれる大人と、眠る子供

 判決の日の朝、食卓には普通のスープがあった。 野菜を細かく刻んだ、いつものやさしい匂いのスープ。 柔らかいパン。 小さな皿に置かれたバター。 黄色い花。 犬のパン。 それだけ。 パンケーキはない。 杏も蜂蜜もない。 料理長は、今日ばかりは余計な工夫をしなかった。 それでも、いつもより少しだけスープの器が温かかった。 きっと、厨房なりの祈りなのだろう。 ノエルは席に座り、スプーンを持ったまま、しばらく湯気を見ていた。 誰も急かさない。 セレスティアも、リュシアンも、口を開かなかった。 外では馬車の準備が進んでいる。 裁判所へ行くための馬車。 公爵家の紋が入ったもの。 今日は、セレスティアとリュシアンが行く。 エリスも後見局専門官として同席する。 ノエルは行かない。 それは何度も確認した。 それでも、当日の朝になると、その確認はもう一度必要だった。「わたしは」 ノエルが、湯気の向こうで言った。「行きません」「はい」 セレスティアは頷いた。「ノエルは行きません」「伯父さまとセレスティアさまが行きます」「ええ」「エリスさんも」「はい」「犬のパンは?」 机の下で犬のパンが顔を上げた。 何か呼ばれたと思ったらしい。「パンは屋敷です」 リュシアンが答えた。「食べるパンも?」
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第五十八話 もう来ない、でも消えない

 朝になっても、判決は食卓には置かれていなかった。 置かれていたのは、いつもの黄色い花だった。 昨日より少し淡い黄色。 強く主張する花ではなく、窓から入る朝の光に似た、静かな色だった。 スープの湯気が上がっている。 柔らかいパンが小さく切られている。 犬のパンは、机の下で前足を伸ばして寝そべっている。 何も知らない顔だ。 いや、何も知らないからこそ、そこにいてくれる。 ノエルは席に着く前に、小卓へ寄った。 昨日、自分が書いた紙を見る。『帰ってきたら、起こすかどうか考えてください』『眠っていたら、たぶん眠りたいです』 その紙は、まだ小卓に置かれていた。 ノエルはそれを指で少し押さえた。「起こしませんでしたか」 背後から声がした。 セレスティアは、静かに答える。「起こしませんでした」「どうして?」「眠っていたから」「それだけですか」「それだけでも、十分な理由です」 ノエルは振り返った。 髪はまだ少し乱れている。 寝起きの顔だ。 けれど目は、もう判決のことを聞く準備をしていた。 子供は朝に戻る。 でも、戻った朝に、昨日の続きを持っている。「眠っていたら、たぶん眠りたいですって書きました」「ええ」「セレスティアさまは、守りましたか」「守りました」「伯父さまも?」「守りました」 リュシアンが扉のそばで答えた。 いつの間にか
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第五十九話 黄色いリボンを買いに行く

 外へ出る日なのに、朝のノエルはいつもより静かだった。 怖がっているのとは少し違う。 楽しみにしているのとも違う。 両方が混ざっている。 最近のノエルは、そういう顔をよくする。 泣きそうで、でも泣かない。 怒っていて、でもスープを飲む。 楽しみで、でも布兎の耳を握る。 それを一言で何と呼べばいいのか、セレスティアにはまだ分からない。 たぶん、小卓の顔だ。 箱に入れるには早く、食卓に出すには少し震えている顔。 ノエルは、いつもの服より少し明るい色のワンピースを選んだ。 淡いクリーム色。 胸元には小さな刺繍。 髪はまだ何も結んでいない。 青いリボンは布兎の耳にある。 そこは変えない。 黄色いリボンは、今日買いに行く。 自分の髪に結ぶために。「今日は、髪をまだ結びません」 ノエルは鏡の前で言った。「お店で選んでから?」「はい」「途中で髪が邪魔になりませんか」「少し邪魔かもしれません」「仮の紐で結ぶ?」 ノエルは首を横に振った。「今日は、空けておきます」「空けておく」「黄色いリボンの場所です」 セレスティアは、その言葉に胸が少し熱くなった。 空けておく。 未来のために。 それはとても小さなことのようで、ノエルにとっては大きい。 以前のノエルは、自分の持ち物を空けておくこ
last updateLast Updated : 2026-10-13
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